
弁柄は江戸時代中期の1707年、
全国ではじめて吹屋で生産されて以来、
江戸末期、明治、大正と大いに繁昌を続け、
吹屋町並みの基礎をつくりました。

ベンガラ産業は、昭和47年の銅山の閉山後、
昭和49年に製造が終了しました。
吹屋では銅を産した鉱山の副産物として造られ、
伊万里焼や輪島塗などに使われました。

町並みから少し離れたところにある「ベンガラ館」は、
吹屋で最後までベンガラを製造していた工場を修復、
明治の頃の弁柄工場を当時の姿に復元した施設ですが、
実際に使用された古い製造用器具の展示もされています。

弁柄は、赤色顔料・研磨剤の一つです。
日本では、江戸時代にインドのベンガル地方産を
輸入したために「べんがら」と
名づけられたそうです。
インドを旅行した時に見た色でもあり、
懐かしく思いました。

ベンガラは赤い砂のように見えますが、
土の中にそのままあるわけではなく、
原料の磁硫鉄鉱→ローハ(緑礬)→ベンガラへと
作り上げられるものなのです。
1951年にローハ(緑礬)が途絶えると、
弁柄製造は次第に衰退します。

ローハ(緑礬)を焼き、石臼でひき、
水の中で酸を抜き、乾燥させるという工程を、
アナウンス付きで詳しく知ることができました。
岡山県高梁市成羽町吹屋367
2024.5.16

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