毎日決まった仕事として毎日ブログを更新することに決めています。出来ない日もありますが、なるべく出来るように努めています。
以前にも何年か前に書いたことがありましたが、ブログというのは web log の略語です。 web はネットワークつまりインターネットのこと。 log はいろいろな意味がある中で、航海日誌のことです。普通は日記はダイアリー diary ですが、それを業務日誌のようなニュアンスを持たせて ダイアリー ではなく ログ にしたのかもしれません。それで web の最後の b だけ残して blog ということにしたらしいです。変な名前の付け方だなと思います。英語でも blog と言います。
昨日は炎天下、布団干しの塗り替えをしたのですが、あまりにも暑いので途中でやめにしました。今日もチャレンジしました。8月も終わりになると、廂の陰が少し出来てきます。それで、今日はその日陰に持ち込んで基底部以外の所は塗りおえました。上の方が乾いてから逆さにして下の方を塗ろうと思っています。二度塗りが良いかと思いますので、塗りおえるにはまだ時間がかかりそうです。
キュウリは二度目の苗がから採れるようになりましたが、今日はこれくらいです。こんなに採れてどうしよう。
ハマグリをもらいました。味噌汁にアサリの酒蒸し風。酒蒸しは最後にごはんに汁をかけるととても美味しかったです。
キクイモ
午前中、会議室にいてお昼時に外に出たら暑いことあついこと。なんじゃいな、これは。台風の影響でしょうか。暑さの倍返しという感じです。
まだまだ油断できないとはこのこと。
布団干しが錆びてきてしまったので、もう一度塗ろうかな~と思って始めたのですが、やけどしそうなので止めました。
ホームセンターの塗料売り場の所には専門家が貼り付いていて、よ~~~く説明してくれます。何を塗るのかを話すると、それじゃ塗料はこっからここまでの間で選ぶと良いです。と連れて行ってくれます。
今日の新聞広告に面白いものがありました。よくまあ、こういうことを思いつくものですね。たいしたものです。奧さんの写真が一番合うかな~。女の子は、ちょっと無理したみたいです。皺が隠せなかった。
ゴーヤの煮物。ガリガリ感がなくなりました。
そろそろ追肥して溝を埋めなければなりませんが、暑くなってしまったので先送りです。急ぐこともありませんから。
これからの草は背丈がまだ低いうちから種をもってしまうので気をつけなければなりません。今年出来た種は来年、再来年と数年たってもでますからね。
私が子供の頃、と言ってもまだ小学生にも生らない頃でしたが、その頃は田舎では自動車を見ることはほとんどありませんでした。
ジープは、今考えて見ると私にとっては比較的早いころ、おそらくは一番最初かも知れませんが、見た車のような気がします。進駐軍の兵士が家のすぐ脇の道路に来たことを覚えています。
茄子はまだまだ元気です。味がますます良くなってきました。きっと蝉の声がたくさんしみ込んでいるからだと・・・。関係ないか。
それで、その時に思ったことは『アメリカ人ってみんな同じ顔をしているみたいだ。どうやって誰が誰だか分かるんだろう』でした。いま思うと、初めて見た外国人なので、驚いて、いや驚きとはまた違うでしょうが、何か普段日本人を見ているときとは違うので顔を見分けることが出来なかったんですね。
市内の新しくできたホテルに行ってお昼を食べてきました。ほとんどが女性でした。かなりの席があったのですが、ほぼ満席になるくらいたくさんの人が食べに来ていました。食事の時にはみなさんいい顔をしていますね。
で、何をたべたかと言いますと、聞いたことも無いようなカタカナの文字が並んでいて覚える気もしなかったので分かりません。肉か魚かと言うときに魚にしました。スズキをすてきな味に煮たものがメインでした。
色は薄いのですが、この葡萄はあまり紫色にはならない種類のようです。試食してみたところ熟していることが分かったので収穫してみました。猛暑のせいか、萎びてしまったり房が長くならずに短いまま熟してしまうものがほとんどです。味はとても良いです。
それで、そのアメリカ兵は白くて平たい真四角なチューインガムをくれました。甘くない味だった記憶があります。強い刺激がありました。あの頃は、甘いお菓子はほとんど食べた記憶が無いですね。ザラメの砂糖が美味しかった記憶があります。そのザラメで父がカルメ焼きを作ってくれました。それはとても美味しかったです。
今年も、自家製キューちゃん漬けです。買った物とはまた違っておいしいですよ。
廃句
あー暑い 風邪でもないのに ぶり返し
あー暑い 蝉はますます 元気じゃな
あー暑い アイスにコーラに 胃は大変
あー暑い 心頭滅却 出来ぬわい
あー暑い 生きてる証拠じゃ 楽しもう ・・・ 楽しくなかった
やっぱり風が違います。暑い時にはあったかい風が吹いてきたのですが、今は涼しい風が吹いてきます。たぶん湿気もあのころよりは少ないのではないでしょうか。
夜になってから外に出て見ると、野球場の照明が雲を明るくしているのか、普段と違った空の様子が見られました。光っているところの形がどんどん変わって行きます。
水道のメーターは何年かおきに交換するのだそうす。このメーターの両端にあるネジを外して付け替えていきました。地中にあるので、泥がはいりこんだりして、ネジは固いし交換も大変なようでした。
ミニトマトはたくさん採れるので、食べきれずポトポトと落ちてほったらかされレしまうものも多いです。もったいないですが、仕方ないですね。
東北自動車道のサービスエリアの売店のカウンターで見かけた蛾。飾り物かと思ったら本物でした。何と言う蛾なのか分からない。茨城弁だと「分からない」は濁って「わがらない」だから「わ蛾らない」です。
でもまあ、それは良い方で、もっと訛ると「わがんね」ですね。「八重の桜」の中で八重が喋っているのと同じ言葉は幾つもありますね。なにせ、会津は隣の県ですから。
また暑さはぶり返すと言っていますが、この二日は風が涼しいので助かります。
今日はフルート教室がある日で、行ってきました。仲間が何人も一緒に練習していますので励みになります。私は初心者ですので、先生に教わる他に、仲間の人たちから話を聞いたり質問をしたりして教えてもらったり、話の中からヒントを得たりすることができます。
教室に行く途中、駐車場に車を駐めて歩いて行くと、以前に茨城県庁があった元の水戸城址三の丸のお堀の土手は鬱蒼と木が茂っています。
そこにいる蝉の声がすごい。耳がどうかしてしまうほどの声で鳴いていました。
来年の1月に発表会がありますが、その時の曲はヘンデル作曲のオンブラ・マイ・フという曲になりました。
この曲は、ずいぶん前になりますが、ウィスキーのコマーシャルで、この歌手のこの映像が放送されて有名になりました。もちろん私は歌いません。
蝉は私の地域では5種類いますが、いま盛んに鳴いているのはツクツクホウシです。夏は最後に登場して秋にならないうちに鳴き急ぎ、子孫を残すつもりなのでしょうね。
二度目のインゲンです。この写真を撮った時より、大きくなっています。蔓無しインゲンよりも蔓が伸びた分だけ多く生ります。
欠点は手を作らなければならないことです。いろいろな作物に手を立てるので棒がいくらあっても足りません。
多く使うのは茄子やピーマンですね。
やっぱり涼しいです。日中は暑いですが、風は今日はとても爽やかでした。試しにお昼頃から草刈りと草むしりをやってみたら、大汗をかきましたが熱中症になるのでは無いかというような心配はしませんでした。
涼しい風はとても楽にさせてくれます。そよ風が無かったら草刈り草むしりなどとても出来なかったですね。
紫いろをした実が垂れ下がっています。ヤマゴボウだと言われているこの植物、実はそうではなくて全体に亘り毒があるのだそうです。名前はヨウシュヤマゴボウと言うそうです。
これが裏山に生えていて、けっこう太くなるのです。直径が3~4cmくらいになるでしょうか、刈り取っても根っこが残っていて、また生えてきます。
冬の山掃除のときに掘り起こしてみたらかなり太くて硬い根っこをもっていました。
牛糞や豚糞を使ってみましたが、結局は雑草の種が入っていて、特に牛糞にはみたこともない草の種が含まれ、その後何年もなんねんもその草に悩まされています。もう絶対に牛糞は使うまいと思っています。それで、今は鶏糞をつかっています。これが一番雑草の種を持っていません。
近くに卵を生産しているところがあり、そこに電話をしておくと袋詰めをしておいてくれます。今年は10俵ほど頼みました。混じりものがないので、濃度が強いのでそうは沢山使わなくても効果があるかなと思っています。
世界にはこういう所もあるんですね。周り一帯ひまわりの畑。これは「僕のだいじなコレクション」という題の映画の中の一シーンですので、たぶんこの家は俄に作ったロケのための家ではないかと思いますが、印象的な風景でした。いちおうはロシアのウクライナという設定になっていました。
他にも、「ひまわり」という映画の冒頭にも見わたす限り一面のひわまり畑がでてきました。
生き物を観察していると、なんと騒がしいことかと思う事があります。烏骨鶏を飼っています。今は三羽だけになってしまいましたが、多い時で二十数羽飼っていたことがありました。
すると、彼らはひっきりなしに声を出しています。本当にうるさいです。かと思うと、数羽いる雄鳥がコケコッコーと鳴きます。どこか遠くで鶏を飼っているところがあると、そちらの雄鳥もコケコッコー。それを聞いて応えるかのようにこちらもコケコッコー。
蝉がうるさいという声を聞きます。確かにうるさいです。何時でしたか、今は静岡市になってしまいましたが、清水市にある山岡鉄舟が復興をしたという撤収寺に行ったときには話ができないほどの蝉が鳴いていました。私の家の周りはそれほどは鳴いていませんが、暑い日などはうるさいと思う事がありました。
人もそうです。子供の頃、私の父は小学校の近くの役場に勤めていましたが、あるときに用事があって父の所に行ったときに、やたら騒がしい声が聞こえてくるので父にどこから聞こえてくるのかと聞くと、「お前の小学校からだ」と言われて、そんなに騒がしいものなのかと驚いたことがあります。
私の家の裏に保育園がありますが、そこの子供たちも運動場に出ると声が聞こえて来るのですが、ひっきりなしに大声をだして走り回っています。それぞれが主張しあっているのか、とにかくうるさい、いや私にはうるさくはないのですが、子供が嫌いな人には、とてもうるさいのではないかと思うくらいに声を出し続けています。
植物は発声器官がないので黙っているように思えますが、ひょっとしたら別な方法で何かシグナルを発しているかも知れません。その音?を聞く?装置があれば、きっとひっきりなしに信号を出し続けているかも知れません。
匂いや色で虫に信号を送っているのかなと思うことがあります。その他、私たち人間の五感以外の感に訴える方法で信号を出している可能性は、あるような気がします。
はっきりとは分からないのですが、やっぱり少しずつは猛暑が遠ざかり始めているような感じがします。確かに「目にはさやかに見えねども」です。作物などは夏物が盛りを過ぎてきていることは確かです。カボチャなどはとっくに終わり、まだ残っているのはうらなりばかりです。トウモロコシは二度目、三度目になっています。
しかし、暑さはまだまだあとひと月くらいは続くのではないでしょうか。涼しくなってきたなんて気を緩めるとジリジリと暑い日があり、どっと疲れを感じるものですから、注意しなければなりません。夏の疲れがたまっていますからね。胃腸も水分の多いものばかりだったり、揚げ物など多く取りすぎてかなり疲れが来ているのではないかと思います。
バジル
蝉は、最後に登場するツクツクホウシがとっくに鳴いています。最後なので忙しいです。早口で鳴いていますね。もっとも、これがゆっくり鳴いているのは聞いたことが無いですが。あちこちで実に慌ただしい。
いつの間にか、ニイニイゼミは聞こえなくなっているらしいです。まだ少しは鳴いているのかもしれませんが、アブラゼミなどに声をかき消されているのでしょうか。たぶん、もういないと思うのですが。
いやいや、たったいま聞こえてきました。日が暮れかかってきてカナカナ蝉の合唱が聞こえてきますが、アブラゼミの声が少しずつ減って来ました。そしたら、ニイニイゼミが鳴いているのが分かりました。
蝉が沢山鳴いている様子を 蝉しぐれ と言うのだそうですが、「蝉しぐれ」と言えば藤沢周平の同名の小説。面白かったです。これが彼の作品の中で一番人気があるのではないかと思います。ドラマにも映画にもなりました。
さて、芭蕉が出羽国(山形県)の山寺(立石寺)で聞いた蝉の声を「岩にしみいる」と詠んでいますが、一匹の蝉の声が岩にしみいるように聞こえたのでしょうが。それとも沢山鳴いていたのでしょうか。そのフレーズの前に「閑けさや」と言っているので、どうも気になってしかたがないのです。そして蝉の種類は?
蝉の種類については、かつて文人たちの間で論争があったのだそうです。それで、結局は意見が分かれたままで終わったそうです。数に着いては気にしているのは私だけのようです。
私はニイニイゼミがたった一匹で力強く岩にも声がしみ入る様に鳴いていたと想像しています。一匹というのも時期からして不自然な気はするのですが。
なんかの気体が充満していて、マッチを擦ったら爆発したなんていう感じの一発触発のような空気が充満しているようなこの頃の大気。
爆発はしないでしょうが、湿気はたっぷり充満しているような感じがします。雷や竜巻などが起こるかも知れないような気もしますが、まあそういうものは、ぜひやって来ないで欲しいものです。
稲の穂が垂れ下がりました。いよいよ稲刈りの時期です。あの包帯をグルグル巻きにして保存発酵させる飼料用の稲は刈り終えたようです。秋は着々と近寄ってきています。去らないのが暑さです。いち早く去って欲しいのに。
まあ、世の中はそういうものでしょうね。いちばん嫌な奴がいつまでもたむろしていてゆっくり出来ないとか。夕方になって涼しい風が吹いた来た。お月さんを眺めようと思っていると、蚊がプ~~~~ンと飛んで来てチクリ。よく言うではありませんか。花に風、月に叢雲なんてね。
小さくてまだ青いですが、コキアは一応こんな具合に花壇で育っています。秋になり紅葉するのが楽しみです。
暖かい春の訪れが今年は遅かったので、柿の花の咲く時期が遅くなりました。花が咲けばヘタ虫が活躍してまだ小さいうちに実をどんどん落としてしまいます。
それなので、駆除のために薬を散布したのですが、薬の分量を間違えて散布したものですから、葉がパラパラと落ちて枯れてしまうのではないかと一時は心配するくらいになってしまいました。
しかし、新しい葉が出てきて生き返って来たのでホッとしました。これは干し柿用の幼樹です。背の高さくらいなのですが、それでも花が咲きました。
柿の花といっても地味なもので緑色していますから、ちょっと気がつきにくいものです。
今年は実を採るのは諦めるとして、苗木が枯れなかったのは本当に良かったと思っています。分量を間違えた最大の理由は噴霧器が壊れてしまい、新しいものを買ったのですが、容量が違ったせいでまちがえたのです。薄ければ枯れないのでしょうが、濃い液体を作ってしまったわけです。
廃 句
人は皆 時間空間 旅をする 「月日は百代の過客にして・・・」
雨蛙 さあ鳴いてくれ 雨を呼べ
一週間 過ぎて行くのが 早いこと
放射能 半減半減へと 早く減れ
あきあかね 二匹三匹 やっと来た
何かに夢中になっていると暑さを忘れます。昼寝でも、眠っている間は忘れていますね。夢は世界を駆け巡っていることもあります。
真夏の午後、と行ってももう秋は立っているのですが、保育園児は夢の中です。太陽はジリジリとグラウンドを照りつけていました。
その保育園の前にある林の少し薄暗い草の中ではギボウシが花盛りです。ずいぶん増えて群生するようになりました。
昨日、高速道路のサービスエリアで、南米の音楽がきこえてきました。ペルーの音楽だそうです。彼らが演奏しているのはサンポーニャと言う笛を横に束ねた楽器で、ケーナなど他の楽器も演奏していました。伴奏はカラオケでした。
この楽器、欲しいなとちょっと思ったのですが、たぶんやっている時間がないだろうと思って買いませんでした。
「ランバダ」と言う曲、演奏していました。この曲は大好きです。彼らの曲はとてもエネルギッシュで聞いている側も元気になります。
ムクドリが来る季節になりました。
ものすごい数です。数が多いし、ひっきりなしに鳴いていますからとてもにぎやかです。圧力を感じますね。これが街路樹にとまると、上から糞が落ちてくるのでたいへんだそうです。ちょっと問題になっているようですね。
廃 句
あきあかね 撮ろうとしてら 逃げられた
おい雨よ も少ししみじみ 降ってくれ
雷さん 一発二発だけとは 脅しかね
欲しいとき 雨はなかなか 降らぬもの
春秋が このごろとても もの足りぬ
朝食前にブルーベリーを採っていたら、雷雨のようなのでバケツ一杯分だけ採って引き上げてしまいました。その後はゆっくり朝食。それから、どうしようかなと思っていたのですが、出かけようと言うことになり、日光に行ってきました。
高速道路は日光の一つ手前の今市インターまで行き、日光杉並木を歩きました。
杉並木の道路より一段低い所に遊歩道があり、いくつかの水車が回っていました。
さすがに杉並木は緑の層が厚いせいか、涼しいです。
いろは坂を上ってしまったのでは、たぶん雨模様なので景色は期待できないし、歩くのも露っぽいので今日は止めた方が良いと判断し、麓の街のあたりを散策しました。
神橋の下を流れる川は大谷(だいや)川というのですが、それより上流の川を渡ってから少し歩くと、このようなお地蔵さんがたくさん並んでいるところがあります。
東照宮のあたりは毎回行っても飽きてしまいますから、今日はそこは避けて散策して楽しみました。
大谷川は水が青く澄んでいました。すごい流れです。この辺りは憾満ガ淵(かんまんがふち)と言われます。並んだお地蔵さんはこの川を見下ろすようにしてあります。この辺りに来る人は本当に少ないです。あまり知られていないのかも知れません。
対岸は田母沢(たもさわ)邸記念公園です。元は皇族が使用していた屋敷です。廷内にある植物園は見事です。今回は田母沢邸は行きませんでした。
帰りには金谷ホテルの発祥の地となっている「侍屋敷」にある金谷ホテルベーカリーでパンを買いましたが、パン屋さんの隣にこの屋敷があります。今は閉鎖していますが、二年後には公開されるとベーカリーの人が言っていました。
街の中で湯葉料理を食べて帰ってきました。ほとんどが高速道路ですので、大体1時間40分くらいで日光に行けます。帰宅はとても早くて3時前には家に帰っていました。
車の中は部屋と違って、ものすごく暑くなりますから、エアコンはかけます。ガラス窓から太陽の光が入って、温室になってしまうわけですから、かなり気温は上がるはずです。
しかし、車から出ると灼熱地獄です。今まで涼しい思いをしてきただけに、その反動がすごいです。
虫たちは元気ですね。この暑い中を大いに動き回り、大いに鳴き、大いに地べたを這い回っていますいています。彼らは夏が大好きです。動物はぐったり。人間も動物。
これは熊ん蜂。
そして、こちらはマルハナバチ。形はにていますが、模様が違います。どっちも忙しそうに同じ花の中をあちこち移動していました。
隣の猫が植木鉢の間から蛇をくわえだしました。太っていて、普段はあまり動かないのですが、こういうときには本領を発揮するんですね。
引っ張り出しましたが、何かの物音に気付いてよそ見をしている間に、蛇は陰ににげこもうとしています。
後ろの方が怪しくなってきました。さっきは雷の音がしていたのですが、今はさっぱりです。
思いっきり降って欲しいです。古い風呂桶に一杯たまっていた雨水はだんだん減って来ています。もう、しばらく降っていません。
オクラはよく生っているのですが、採るタイミングが難しいです。見に行くと小さすぎるか、大きくなりすぎているものばかりです。
毎年、このように大きくなりすぎたものを虚しく捨てています。莢が筋っぽくて食べられないです。圧力鍋で煮てしまえばいいのかも知れませんが、これだけのためにってのも・・・。
「井の中の蛙大海を知らず」という言葉がありますが、これは日本のことわざなのかなと思っていましたが、実は中国に同じ表現があるようです。
「井蛙不可以語於海」という表現がありました。何となく意味が分かるような気がします。不可は「~出来ない」。語があるから、語ることが出来ない。於は私の想像では「~に関して」。以は「~で」つまり「言葉で」。その後に海ですから、井戸の蛙は海のことを語れない。つまり知らないということになるだろうと想像できそうな・・・気がするのですが 。 『荘子』という本の中にあるそうです。私は原点にあたっているわけではないので、「~そうです」というような言い方しか出来ません。
ホームセンターに行ったら、このパイプを掃除する道具があったので、試しに買ってきてみました。
まず、流しの抽斗を取り出して作業がしやすいようにして。
ネジ式になっていて外せるところは外し、そこから道具をくるくると回しながら入れていきました。すると、汚い臭いぬるぬるした灰色のどろどろが出てきました。
結果は大成功です。汚れたところはぬれ雑巾で何度も拭い取りきれいにしました。水をバケツ一杯流してみたらゴーッと、何の抵抗もなく流れていきました。
暑い中ごくろうさまでした。と、自分に言いました。汗はポタポタと垂れましたね。
こういう季節ですね。毎年、落ちた種から次の年には芽がでてきますので、種を蒔く必要が無いから楽です。
入り口からの通路脇は花が咲き乱れとてもきれいになりました。
今日もまた井の中の蛙のような生活でした。
しかし、どうやら平穏に過ごせているようです。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」と言う言葉を聞くことがありますが、今日のような暑い日に言われることがあります。由来は武田信玄が亡くなったあとで、織田信長に責められた信玄の子の武田勝頼をかくまったとして責められた寺の住職が言った言葉だそうで、元は杜 荀鶴(と じゅんかく)という9世紀末の中国の詩人の言葉が元なのだそうです。
今は調べたばかりですから覚えていられますが、そのうちに必ず忘れそうな気がします。この頃は記憶に関しては極めて自信が無くなってきました。知っているはずの、あまり使われない日本語、知っていたはずの英語の意味に自信がなくなり、よく辞書を引くことが多いです。
あ、それでその坊さんは、そう言いながら焼かれた寺の中で焼け死んだとか。その時に発した言葉ということなのですが、激しい場の中にいて誰がどのように聞いて記録したのか。そうとう学のある人、あるいは坊さんでも居合わせないと後世にはその言葉は伝わらなかったことでしょうね。もっとも、攻められる前のまだ静かな時に「住職逃げましょう。」「いやいや、わしゃ此処に居るでござるわ。心頭を・・・。」と言ったのなら十分に後世に伝わることだと思います。
それで、今日も心頭を滅却できない私にはとても暑い日であります。滅却してしまったら、うなぎの味など分からなくなるでしょう。まだそのレベルには達したくないっす。
悟りの境地に入ったがために心頭を滅却できるのなら良いのですが、凡人は年老いて感じなくなり、火もまた涼しいというように、感じなくなってしまうことの方が可能性は大ですからね。
「いやー、今日も暑いねえ」 と、ガリガリ君に手を伸ばす程度のレベルでけっこうでござんす。
種田山頭火の句
沈み行く夜の底へ底へ時雨落つ
分け入っても分け入っても青い山
鴉啼いてわたしも一人
木の葉散る歩きつめる
どうしやうもないわたしが歩いてゐる
秋風の石を拾ふ
うしろすがたのしぐれてゆくか
うつむいても石ころばかり
わかれてきた道がまっすぐ
ころりと寝ころべば空
ひとり山越えてまた山
蜩(ひぐらし)の声聞くころに書き出そう だけど三時じゃ早すぎじゃない
エアコンの部屋から出れば灼熱の 地獄の世界慌てて引っ込む
放浪の旅でもしたらと妻が言う 灼熱日本の何処へ行こうか
悶々と家から出ない我を見て 心配してくれる妻は有り難し
大垣は奥の細道の最終点 そこへ直行旅は終わりじゃ
文庫本一冊もって数時間 今は懐かしあの純喫茶
そう言えば名曲喫茶もあったっけ ドトール、スタバじゃ情緒無し無し
スピーカーじっと眺めて音を聴く 今は皆無かあのジャズ喫茶
街行けば地下からプンとコーヒーの香り 階段上ってくる曲「コーヒールンバ」