馬の子の

2008年09月30日 | Weblog


 昨日はこのブログに延べ1,000回以上ものアクセスがあったようです。人数では200人くらいですから、一人当たりおよそ5回アクセスしたということです。たぶん、そういう平均値などという計算は当たらないで、ほんの一人か二人の方がたくさん訪れてくださったのかなと思います。ありがとうございました。

                 
 ところで、昨日の

                               馬の子の故郷はなるゝ秋の雨 

という一茶の句ですが、パロディは作ってみましたが止めにしました。私の感想をちょっとお話します。

 馬の目はやさしいです。藁の中で育てて何ヶ月か、母馬の後を追って駆け回り育った子馬。それが売られていくわけです。まだ体はそれほどにはなっていない。そして、いったん故郷を離れたら、もう一生二度とは故郷は見られない。母にも会えない。子馬はそれを知っているのか知らないか。その門出に秋の雨が子馬の背中にかかっている。という状況を考えたら、しんみりした気持ちになってしまいました。ということでした。それ以上多くは言いません。やっぱり秋はいかん。おセンチにさせすぎますね。                  

                 

 

 レタスはこれくらいになりました。これは虫取りをする必用がないので、楽です。こういう、楽に出来る野菜が好きですね。食べてもパリパリして、いかにも生野菜を食べているという感じたしておいしいし。

 たいていの野菜は、こういう虫がつかないものに改良できないものですかね。虫が嫌がる野菜。虫の好かない人はたくさんいるようですが。そういう私も、人の数は多いですし、百人百感でしょうから、誰かにそう思われているかも知れませんね。


 

 一日一茶

   行秋(ゆくあき)をぶらりと大の男哉 

 行く秋

   行く秋を何もしないでボーっとし

   行く秋にふら~~っとどっかにお年寄り

   行く秋に思い出の町河原町

   行く秋に何度通っても百万遍

   行く秋に境内近道建仁寺

   行く秋に京都大原三千院

   行く秋に恋に疲れた女がひとり

   行く秋に京都栂尾高山寺

   行く秋に鐘がなるなり法隆寺

   行く秋に金をなくして大慌て

   行く秋に近江の人を訪ねけり

            行く春を近江の人と惜しみけり 芭蕉     

   行く秋は梨に林檎に柿葡萄

   行く秋は本でも持って温泉へ

   行く秋に行こうよ笠間の菊人形

   行く秋は大子袋田四度の瀧


   行く秋は心のうさを吹っ飛ばせ

   行く秋は切りがないのでもう寝よう

 


枝の始末終わり

2008年09月29日 | Weblog

 涼しさを通り越して寒くなってしまいました。ぎりぎりまで残暑をひっぱっていて、急に寒いというのですから、だんだんにとか、少しずつというやさしい感じではないです。何でも11月の気温になってしまったとか。これでは暖房器具がないと、何となく落ち着かないです。まあ、そのうち戻るでしょうけど。でも、気温とはまた違いますが、台風が来ていますからね。油断できないです。どっかに行ってください。退風なんちゃって。我慢しなければならない時には耐風。


 

 近所に住んでいる従兄弟が花を持ってきてくれました。何かよく分からないのですが、全部ホトトギスらしいのです。4~5種類くらいあるようです。奥さんは勤めから帰ってきたら忙しくなるゾ。私ははなれて観戦。

                 

 裏の草地に放置されていた木の枝を全部処分しました。軽トラで20数回運び、残りは草地で燃やしました。それにしてもすごい量だったです。運んでもはこんでもあるのです。最後の頃は、持ち出すとその下にまたあり、それを持ち出すと、その下にもまだ濡れて乾かない真っ黒になったのがあるという状態でした。それに枝のうえにまではい上がってきてしまった草、草、草。これを引っ張って複雑な枝をはぎ取るのです。


               images

 もうええだなんて思いませんでした。こだわります。小倉優子とかいう女の子がゆうこりんなら、私ゃこだわりんじゃ。


 

 これは5月11日に載せた写真です。この時に、軽トラでおよそ40台分はあるだろうと見ましたが、だいたい当たっていたのではないかと思います。枝ですから隙間だらけで、トラックで運ぶのも、まるで空気を運んでいるような感じがしないでもなかったです。

 雨が降ってきましたが、かまわずにドンドンもやしました。しまいにはザーザー降っていましたが、燃やしているので寒くはなく、というより夢中でしたから、しまいにはずぶ濡れになってしまいました。雨のためにドローということはありませんでした。これで完了です。達成感は十分に味わえてスッキリしました。

                 


 

 ほうれん草はすでに蒔きましたが、この白い所はこれから蒔くところで石灰の色です。数日おいてから耕し、それから蒔くことにします。これは普通の石灰と蛎殻石灰をまぜてあります。蛎殻だけだと今すぐ種を蒔くには弱すぎますが、混ぜれば効き目が持続すると考えました。間違っているかも知れません。自信は無し。詳しく知っている方は教えてください。たとえば二種類混ぜちゃだめとか。おせっかい(お石灰:教えようか)なんてね。


 


 一日一茶

  馬の子の故郷はなるゝ秋の雨

 すごい句だなと思いました。いろいろと感じてしまいました。パロディなど作れない雰囲気です。今日は止めます。

さつまいもを掘りました

2008年09月28日 | Weblog


 今朝は寒かったです。4時半に目が覚めて起きたのですが、夏以降では初めてエアコンで暖房を入れました。もちろん、暖房器具などまったく出していません。

 この気温の落ち込み具合は華厳の滝あるいは那智の滝並みです。袋田の瀧のように4段になって落ちるなんてことはないで、一気と言ってよいくらいに感じました。

 

 さつまいもを掘ってみました。出来てはいるようですが、出来はあまり良くないです。何も作らずに通路にしていた所に作ってみました。道を通る近所の人に、肥料が足りないぞと言われたこともありましたっけ。

 それで、さつまいもと豆類用の肥料を追肥しました。成分は窒素が抑えてあるようです。大豆やさつまいもは連作すると良いと言われたことがあります。窒素がどんどん減るからかなと思いましたが、間違いでしょうか。

 これは洗ったばかりなのですが、乾くと少し白っちゃけます。紅あずまという名前の通り赤いです。聞いた話ですが、この紅あずまの中でもいくつか種類があるそうです。これはそれ以上のことはわかりません。苗はホームセンターで買ったのですが、それ以上の名前はでていませんでした。味はまあまあです。去年の芋よりはずっとおいしいです。

 

 わが屋敷に住むかわいい一員です。物置の前の日だまりにいくつもの植木鉢やらプランターが置いてありますが、その陰あたりに住んでいます。猫のミーちゃんに見つかるとたいへんです。大抵は命はありません。気をつけて暮らしてほしいです。

 食後に食べるのはデザート。砂漠もデザート。買い物はデパート。彼女の住むのはアパート。のど自慢は素人。トカゲはリザード。

                 

 久しぶりに、元・隣村の親類の家におじゃまして長話をしてきました。距離は無いのですが、なかなか行く機会がないものです。先日は、一人でいる叔母のところに様子を見に行ってきました。元気でよかったです。

 畑の草むしりが少しずつ減ってきたので、ゆとりがでてきました。それでも、今日はイチゴ畑の草取りをやりました。追肥をしたものですから、雑草がすごいです。特にカタバミがかなり出ていました。

 この「かたばみ」は繁殖力があるので、それが買われて家紋になっていると言う話を聞いたことがあります。

              


  一日一茶

   うら口は小ばやく暮て秋風(あきのかぜ)

  廃句

   うら口が銀座通りでいいんかい?   ○○委員会

   うら口が表門なり出世かな

   うら口はあやしい人の出入り口

   うら口は賄賂のメインストリート

   うら口は表門ではないうら門です

   江戸川や荒川中川隅田川


枝燃やし

2008年09月27日 | Weblog

 今日は天気が良かったです。裏の草地に置いたままになっている枯れ枝燃やしをやりました。燃やしてももやしても草の中から出てきます。今日こそは終わりにしようと思ってやったのですが、だめでした。でも、枝を拾っては歩いて焚き火にという動作の繰り返しだったので、そうとう歩くことができました。

 枝を拾うといいましたが、本当は拾うなんてどころではないです。枝を草から引っこ抜きです。それも蔦がからんだりして、かなりの力が要りました。でもやっぱり疲れたら「ひろう」かな。「疲労」しましたからね、なんちゃって。

 道路一本へだてた向こうの田圃では、裏の息子がの~~~んびりとコンバインで稲刈りをやっていましたっけ。彼の年老いた頑固な母親は、田んぼに入り、手伝うつもりが何もやることなくて、曲がった腰を伸ばして、つまり反っくり返って突っ立ったままでいて、嫁さんは、と言ってももう結構な年ですが、やっぱり手伝うことがなくて、ボーっとコンバインを見つめていました。

       
        「曲がった腰を農婆(のば)す」の図

 私も暇ですね。裏の田んぼの3人を細かく観察してるんですから。でも、そう動き回ってばかりいては疲れてしまいます。


 

 ほうれん草です。まあ、何とか芽がでました。雨に叩かれたりしたのですが、大丈夫だったようです。白いのは石灰です。意味が違ってしまいますから「お」は付けません。

 昔の田舎の娘のほっぺたを思い出します。だいたいがリンゴのほっぺでした。そしてワカメさんのようにおかっぱ頭です。頬連想なんちゃって。


 

 真ん中のなどは、ちょっとウニのようにも見えるかも(見えない!)知れませんが、栗を甘く煮てもらいました。これがまたうまいんだな~~。でも、甘いから糖を気にする私などは気をつけなければなりません。とうとうとうが出てしまった。なんてないように。女の坊さんの住むところです。甘栗(尼庫裏)なんちゃって。

 

 この花壇の囲いも貫禄が出てきて、石で作ったように見えます。やはり時間が経過すると、物でも威厳が出てくるんですね。出自を明らかにしますと、これは近くのホームセンターで買ったプラスチック製です。値段もなんと¥100税込でした。こんな風に咲いている花も良いですね。

 きょうは、「なんちゃって」の三連発でした。


 一日一茶

  江戸川や月待宵の芒船  えどがわやつきまつよいのすすきふね

 

長靴の悩み

2008年09月26日 | Weblog

 まったく、はっきりしない天気の一日でした。外に出て仕事をしようとするとパラパラと降り出すのです。「じゃ、やめようか。」と長靴を脱いで家に入って本でも読んでいると止むので、「それじゃ始めようか。」と外にでると降り出すという、きわめて根性の悪いいじわるな人がやるようなことに似たような降り方でした。

 それでも、合間を見ては少しは野良仕事をしました。長靴と言いましたが、本当は畑仕事は地下足袋がいいんでしょうね。しかし、あのコハゼを10個もはめるのが面倒なので、いつも長靴を履いてしまいます。運動靴は土が入ってだめですからね。

 ところでコハゼって漢字で書けないので、辞書で調べてみたら 小鉤(鞐)という字なんですね。こういう字は書けなくたって恥ずかしくないですね。だいたい、コハゼなんて知らない若者の方がはるかに多いと思います。

      
  矢印のところに異常に力が加わるので、破けてしまうんです。

 話をもどしますが、その長靴ですが、直ぐにだめになってしまうんです。草むしりを多くするからですね。無理に曲げられるので、とうとう耐えられなくなり裂け目ができてしまうんです。数ヶ月しか持ちません。長靴というのは、長いばかりでなくて長持ちする靴という意味は無いんでしょうか。何か良い履き物がないでしょうか。

 

 ワケギです。プランターに植えて、取りやすくしてあるのですが、それでも食べないですね。食べるときにはワケギでなくて、ネギになってしまいます。チャイブも食べませんね。

  

 昨日は午後は暑かったのですが、今日はとても涼しいです。暖房器具を使った地域もあったとか。秋が深まってきましたね。いま、コオロギが一匹さびしく鳴いていますよ。泣いているわけじゃないでしょうね。

      しんしんと     谷村 馨

   しんしんと  更けゆく夜に
   こおろぎよ  泣くな一人で淋しいと
   もっと淋しい 人もいる

       しとしとと  冷たく落ちる
       秋の雨    泣くなこおろぎ悲しいと
       もっと悲しい 人もいる

   しみじみと   思い浮かべむ
   おさなき日   泣きなき聞いた子守歌
   もう戻りゃせぬ 母の影


  一日一茶

    淋しさに飯をくふ也秋の風

  廃久

    淋しさに飯をくふ也秋の暮

    淋しさに耐えたる人の秋の暮

    淋しさに思わず家を出(いで)にけり

    淋しさはきのうやけふのことでなし

    淋しさを噛みしめながら秋の暮


 おセンチな秋の夜でした。
 
 

少し動くと暑いです

2008年09月26日 | Weblog

 いつまでも残暑が続きますね。昨日は午後にとても暑くなりました。今日はこれからどういう日になるのか。ただ、何もしないで居てはさほどは暑く感じませんですが、朝食後にちょっと動いたら汗をびっしょりかいてしまいました。

 このごろは、「彼岸まで」という言葉も通用しなくなっているのではないかと思うのですが、そういう言い方が生まれた頃に生きていたわけではないので、うまく比較出来ませんからよく分かりません。

 しかし、「彼岸」という時期を選び、その時期ならしっかりと季節も移り変わっているだろうと思って言い始めたのかなとも思われます。言いならわしが生まれ、それが長い間言い継がれて来たと言うことを考えると、そのように先ず考えて良いのかなと思います。

 ただ、もちろん季節のことですから、ずれは常にあるでしょう。それに、彼岸という時期をはずして、彼岸に相当するような目立つ全国的な行事しきたりというのは、その後はしばらくありません。とすると、「彼岸」と言い切ってしまった方がはっきりするということも確かです。

 いつか私が勝手に「暑さ寒さも彼岸過ぎまで」と言ったことがありましたが、そういう言い方は固定された言い方がすでにあり、変わることのないほとしっかりと固定されていますから、普遍性が生まれるとは言えません。ただの言葉遊びに過ぎません。

 

 さて、先日はスズメバチのことを話しましたが、みなさんからいただいたコメントに何とお答えしたらよいか分からなくなってしまいました。それで、その話題の部分は封印してしまうことにしました。よろしくお願いします。

 日は巡り、紅顔の美少年は白髪の腰の曲がった老人に。光陰は矢の如しとか、流れる水のようだとか、白馬が隙間を取りすぎるくらい速いとか、歳月は人を待たずとか、時は飛ぶなんていろいろな言い方がありますから、やっぱり誰にとっても速いんですね。

 今日は何をしようかなと朝のうちはワクワクしていますけど、たぶんアッという間に過ぎてしまうのかなと思っています。 まあ、あまり気にしないで本でも読んで過ごすことにしましょうか。

 

ホテルで昼食

2008年09月25日 | Weblog


 裏の草地で枝を燃やしていたら雨がザーーーーーーッと降ってきて、ずぶ濡れになってしまいました  。近ごろは、そういうこともあまり無くなってきたので、寒くはないし気持ちよいずぶ濡れを久しぶりに味わいました。味わうなんてふさわしくない表現ですけど。

 家に引き上げ、全身を濡れタオルで拭いてホッとしていたところ、友達から電話があってお昼ご飯を食べに行きませんかという嬉しい誘い。さっそく支度をして、どちらの奥さんも一緒に4人で大洗の海の見えるホテルに食べに行きました。グッドタイミングでした。そういう時のお昼は何倍もおいしいものですね。

  

 やはり、女性が入るとテーブルが賑わいます。つまり楽しくなるということです。海は比較的近くてめずらしくないので、松林の木立越にちらちらと見えるのを楽しんだ程度でした。

 

 キュウリはうどん粉病にやられても頑張っていますよ。多少は人に分けてあげられるくらい取れています。キュウリに窮したことはありませんね。キュウリのQちゃんは何に窮しているのでしょうか。黄色くなるから黄瓜ということでしたっけ?


 

 ところで、この頃テレビで韓国ドラマが多すぎると思いませんか。私は地デジと衛生、それからCSテレビを見ていますが、多いときには2つも同じ時間帯にやっていることがあります。韓国ドラマを毛嫌いするわけではありませんが、他にもカナダやメキシコなどなど、それからオーストラリア、イタリア、フランスだってドイツだって、他の大陸の国もあるんです。そういう国のドラマだってやっても良いのではないかと思います。

 民放は見てくれないと営業が成り立たないという苦しさがあります。それにアジアを重視することは大切だと思いますが、それにしてもブームとは言え、もう少し世界にも目を向けて欲しいと思います。同じアジアにもインドや他の国もあるでしょうに。とまあ、ちょっと気づいてしまいました。


  一日一茶

   膝抱いて寝(羅)漢顔して秋の暮

  廃久

   膝抱くと言えば登紀子を思い出す 
          一人で寝る時はヨ~ 膝っこぞうが寒かろう~

   
膝抱いて空を見上げりゃ赤とんぼ

   膝抱いて明日は何をしようかな

   膝抱いて明日もきっと金がない 

   膝抱いて悟り顔して秋の暮れ

   膝抱いて今日もやっぱり偉くない

   膝抱いて今日もとにかくまあいいか

   膝抱いて昨日もたぶんまあいいか


蝸牛文庫

2008年09月23日 | Weblog

 天気が良いと暑いですね。今日は風も涼しくありませんでした。蝉が元気に鳴いています。まだ夏です。でも、ツクツクホウシの鳴き方は口調が早いですね。せっかち法師です。今の内に早く鳴いて早く子孫を作っちゃおうという算段なのでしょうか。それとも、迫り来る秋の冷えを恐れてか。

 何かを突っついている坊さんなので、突く突く法師なのでしょうか。「突く突く法師。突く突く法師。お師匠師、お師匠師、お師匠師ぃ~~~。」と鳴いています。

 

 

 

 元の同僚が、退職をしてから自分の持ち物や、その企画を聞いて他人(ひと)から寄付してもらったものなどを、とある田舎の廃校に持ち込んで「蝸牛文庫」というのを始めました。私もその設立のための委員になっていますが、そこに本を20冊くらい持って行ってきました。

 私の住んでいるところから、車で一時間ほど離れた所にあります。小学校の教室4部屋を借りられました。町では廃校をどのように利用しようか考えていたらしいですが、このような文化活動ならよろしいだろうと許可をもらえました。レコードやらCD、それから本などがびっしりと展示してあって、町の人に開放しています。行ったときにも年寄りがひとり一生懸命に本を読んでいました。 面白い企画でしょう。毎週3日ほど開けています。

 着いたら、ちょうど懇意にしているユニークなレストランのオーナーが来ていました。彼も委員の一人です。久しぶりに会ったものですから、いろいろな話に花が咲いて、とても楽しい時間が過ごせました。


 

 オクラ入りスープ朝食版です。こういうのを食べるときは私の顔は鼻と口だけになります。お化けみたいですね。つまり目がなくなるのです。お代わりしたいのですが、グッと堪えました。お代わりは無かった、のではなく我慢したのです。体のためですからね。それが近ごろできるようになってきました。修行しましたからね。ウソ。本気で心配になったからです。奥さんの私に対する気持ちは「我慢してオクラ」でしょうね。


 


 一日一茶

  仰(あお)のけに落て鳴けり秋のセミ
            (昔ですので、送り仮名は今とは違うようです)

 廃久

  仰のけにねて雲をみて船酔いし  

  仰のけにねて背中で地球負い

  仰のけにねて天下の秋を知る

  仰のけにねても何も変わらない

  仰のけにねて思う秋の暮れ

  仰のけにねてもやっぱり腹はへる

  仰のけにねて泣けり秋のガキ

  仰のけにねても立っても彼岸かな



さぬきうどん

2008年09月22日 | Weblog

 ある本で読んだのですが、いま一番面積の広い市町村は岐阜県の高山市だそうです。どれくらい広いかと言いますと、具体的な数字は敬遠しまして、ただ比べるだけにしますと、何と大阪府や香川県より広いのだそうです。市町村の合併により、そういう現象が起こったのだそうです。もいもいさん、すごいですね。

 逆にいちばん狭いのは富山県の船橋村というところなのだそうです。ここは高山市の1/628の広さしかないとか。何が何してこういうことになってしまうのでしょうか。

 突然、そういう話を持ち上げて皆さんの気持ちを混乱させてしまいました。私は、それを読んだとき、驚きましたね。市町村の合併が盛んに行われた結果そういうことになってしまったんですね。

 

 載せるのが遅くなってしまいましたが、先々週にシソの実をとりました。これはブルーのポリバケツの中を写したものです。一部を友達にあげたところ、たまり漬けになって戻ってきました。香ばしくておいしいです。

  

 たけさんの気になる店に行って来ましたよ。古民家を買い取って始めた うどん屋 さんが市内に出来たというのです。讃岐出身の人が始めたのだそうです。家は昔からこの地方にある田舎の作りそのもので、畳のある部分は全部テーブルが置いてあります。

 

 天ぷら釜揚げにしました。さつまいもが大きいこと。うどんは腰が強くて、かなり太かったです。右のコンロは、燃料が無くなったら蓋をとって食べるという豆腐です。これもおいしかったです。

 ここは、いま人気があって、土日はかなり待たないと入れないくらいの繁盛です。今日は月曜日だったし、着いたのが一番だったので、ゆっくりと食べることができましたが、食べ終わる頃はもう順番待ちの人たちがいました。


 

 ちょっと分かりにくいかも知れませんが、柿の木を写したつもりです。しかも枝が土についてしまったものです。この頃の木の現象ですが、他の木も地面に枝がつくことが以前より多いような気がします。温暖化現象でしょうか。

 今年は柿は豊作だと喜んでいたのですが、夏の盛りも過ぎる頃からポタリポタリと落ち始め大部分が落ちてしまいました。どうしてだか分かりません。天気のせいなのか、ヘタムシでもついたのか。この、地面にくっついた枝にはまだ残っています。おかしな現象です。

 

 ところで、飛騨高山って言うのは何ですか? あれは観光用語なんでしょうか。正式名かなと思っていたら違うんですね。


 一日一茶

  町中や列をただして赤蜻蛉(あかとんぼ)

 廃久

  町中や列をただして開店待

  町中や右も左もいらっしゃい

  町中や電気器具よりメイドかな

  町中や右や左の旦那様    

  町中やメイドに呼ばれ顔ゆるむ    ゴルゴ13が田中邦衛の顔に

  町中や金がなくても楽しいね

  町中や知らない言葉が多くなり    外人多いね

  町中や人や車の帯だらけ

  町中や田舎にないものばかりあり

  町中や君たち住まいも町の中?

  町中や世間の制裁無いから楽

  町中や隣は何をする人ぞ

叫び

2008年09月21日 | Weblog

 海の波を見ていると、引き潮のときなどは引いては押し寄せしながらも、ほんの少しずつ引き下がって行くのがわかります。今の季節は、まるで暑さが押し返しては引き下がるという、そういう引き潮のような時と同じに思えます。

 逆にみますと、涼しさ、あるいは寒さとまでは言えないにしても気温の下降は満ち潮であるわけです。

 おっと、突然ドドーーーーンという、すごい爆音が聞こえました。クーデターかはたまたテロか。なんだろうと思ったらその後に続くゴロゴロという音で雷だと分かりました。大気が不安定だと言っていましたが、まさにそのとおりのようです。そしてまた雨。もっとも、台風の時にはただの雨降りの程度だったので、まあいいか。

 

 レタスらしくなってきました。これで、半ばサラダはだいじょうぶ。

         

 卒倒するかもしれないので、そっと小さく写真を載せます。これは蛇です。蛇は蛇でもマムシです。まだ子供ですけど、捕まえてしまいました。

 この頃は、畑を田んぼにする陸田というのが多いので、下の田んぼから陸田を伝って、今までには絶対にいないと思われてきた、あらぬ所にこのマムシがでるようになりました。危険ですね。空からは雷  。空中からはスズメバチ。地べたからはマムシ。そして誰かさんは奥さんの雷しかも落雷。おそろしい~~~  。このマムシの恐ろしさはヘビー級ですよ。
 
             


 今日も、友達たちと夕方会っておしゃべりをしていましたので、更新が遅くなってしまいました。その内の一人は名前に口という字がつきます。例えば関口とか、川口とか。そして、その人はまた愚痴が多いのです。名は体を表すと言いますけど、本当ですね。でも、その友達は愚痴が生き甲斐みたいです。愚痴はグチでもグッチなら好きな人が多いでしょうけどね。私にはグッチなど猫に小判ですけど。

 

 この花の名前は未だに分からないです。毎年きれいに咲いてくれるのですが、名前が分からないと何となく気がかりです。花にはなはだ申し訳ない気持ちがわいてくるのです。

 一日一茶

   石仏誰が持たせし艸の花

 廃久

   石仏確か昨日は西向いた

   石仏今日はどうして東向く

   石仏どっちを向いても石仏

   石仏私の喉にはのど仏

   石仏あした天気になあああれ

   石仏あたまの上に赤とんぼ

   石仏あしたの無事を祈ります

   石仏・・・・・・・・・・・・  
 

蚊取り線香

2008年09月20日 | Weblog


 日は昇り日は沈みますが、今朝は日の出が見られません。雨の夜明けでした。台風はどうかと思ってテレビをつけたら、千葉県勝浦市の南東90kmの海上にあるとのこと。どうやら茨城県には来ないみたいです。大雨洪水注意報なども出ていない!!! 助かったみたいだ。ハウスも閉めなかったのですが、横着しても大丈夫でした。

 その台風の行ったあとの蒸し暑いこと。夕方はずいぶん蚊に食われました。あっちにも蚊、こっちにも蚊、そっちにも蚊。カカカカカカと蚊ばかり飛んでいました。

 

 栗拾いなど、日蔭で仕事をするときに、もう何年も前からこういう蚊取り線香入れを使っています。ところが、図の③にありますようにベルトにはさんで留めておくと、④の図のように、かがんだ時に地面に触れて下からツンツンと押し上げられて、いつのまにか落としてしまうのです。

 それで、⑤のように紙ばさみを結わえ付けたら、こんどはがっちりとベルトにくっついていて、絶対に落とすようなことはなくなりました。近ごろ、めずらしく頭が働いた例です。その程度の工夫ですけど、うまく行くと嬉しいものですね。


 

 モロヘイヤの花です。小さいですよ。これがポチポチ咲き始めました。

 

 大根の芽です。かわいい感じがしますけど、皆さんはどう感じますか。田舎では ダイコン なんて上品な発音はしません。大体は デーゴン か デーゴ です。コ は濁って発音されます。どう発音しても味は同じです。

 森 敦という人の「月山」という小説の中で、大根はどう切っても大根だなというようなことを言っている場面があったと思いましたが・・・。四角く切ってもいちょうに切っても三角でも、大根は肉の味はしませんね。そういう場面を思い出しました。


 

 一日一茶

   昼飯をぶらさげて居るかがし哉

    案山子はくえびこ(久延毘古)という名前で、とても物知り
    なのだそうです。

 廃句

   昼飯を食ったらふたたび昼寝かな

   昼飯を木にひっかける木こり哉

   昼飯をカラスにとられてコンチクショー

   昼飯を輪になって食う娘たち

   昼飯のうえをツイツイ赤とんぼ

   昼飯の時にどうして客が来る

   昼飯を食べ終わらずに寝る子かな

   昼飯はかけがえのない良い時間

   昼飯をみんなで食べるありがたさ   

   昼飯やああ昼飯や昼飯や


生き(行き)かた

2008年09月19日 | Weblog


 退職してから、毎日家に居ても良いとなると、これまたどう過ごしたら良いのか、真剣に考えると難しいですね。何もしないでいても良いのか。それでは単なる糞尿生産機ではないか。それともきちんと生き方を考えるべきなのか。何か勉強をすべきなのか。絵でも描いてみるのも良いのではないか。何かボランティアなどすべきなのだろうか。

 こうやって猫なんかとおしゃべりしていてよいのだろうか。蜂の巣は見つけたら取るようなことをしない方が良いのか。米は大丈夫なのか。日本の政治はどうなっているのか。サザエさんのその後という内容の映画ができたというではないか・・・・・。


 

 とまあ、いろいろと考えた末に、結局はオバカさんたちのでるクイズ番組などせんべいを囓りながら見てしまうなんてことになっています。

 近くの飛行場から飛び立った軽飛行機です。気持ちいいでしょうね。私は高所恐怖症なので、たぶんだめでしょうけど・・・。いちど二階の屋根から落ちてから恐怖症になってしまいました。それまでは、棟瓦の上をひょこひょこみひょこひょこと歩いていました。


 

 寂しがりやの作物で、やたら人に声をかけています。「ヤー、コン(来ん)かねぇ。」なんちゃって。これも世話無しの作物です。ただ芋を植えておけばいいんですから。あとはときどき追肥。それもサボり気味。


 

 栗おこわです。こういうのは大好きです。栗を剥くのはたいへんですが、奥さんにばかりもまかせておくのは大変ですから、わたしも手伝います。指がおかしくなりそうです。

 わが家ではクズ栗ばっかり食べています。虫食い、小っちゃなの、鬼皮のはじけたものなど規格外のものです。それがたくさん出るのですが、捨てられないからです。これもそういうのです。写真をとるよと言ったら、せっせと良く写るものを表に出したみたいです。これも一種のやらせ??


 

 オットットット。ドキッとした方もいるんじゃないでしょうか。これは栗剥き用の包丁だそうです。奥さんの職場の皆さんがプレゼントをしてくれました。片刃で、しかも右手で持つと、この写真の表の面が下になるように出来ています。とても使いやすいですね。皆さん、ありがとうございま~~~す。     


 


 一日一茶

  稲妻にへなへな橋を渡りけり

 廃句

  稲妻かそれどころじゃない台風だ

  稲妻のように小言を切り込まれ

  稲妻のような名案浮かびゃ良い

  稲妻のように光る頭脳が欲しい

  稲妻のように光る頭皮は要らないね

  稲妻よたのむ遠くで光っててくれ
 
  稲妻が稲を稔らすという話

  稲妻にこころあるなら力くれ


 へなへな橋のその先は、ひとつ淋しい赤ちょうちん。とんとんとんと渡りきり、右に折れたら柳かな。左は止めな、底なしよ。柳の下にはどぜうが二匹。あしたの運命(さだめ)は何とやら。あんたよしなよその先は、きっと元へは帰られぬ。あそこは夜などないんだぜ。まっ昼間より明るいだ。そこには女狐古狸。わんさかとぐろをまいている。それでも行くんか俺ら知らね。へなへな橋を渡るときゃ。遠い稲妻きいつけな。足をはずしてドボンだぜ。

 


スズメバチの巣

2008年09月18日 | Weblog


 「おい、おまえ。やるのかやらないのか、はっきりしろよ。このぉ。」
 「うん、どうしようかなー。迷っちゃっているんだよ。君だったどうする?」
 「バーロー、てめこのやろう。おめーが決めるんだよ。」
 
 というような会話でも想像したくなるような、はっきりしない天気の一日でした。降るのか降らないのか。はっきりして欲しかったス。でも降らない方が良いですけど。

 

 昨日、枝燃やしをやっていて見つけたスズメバチの巣です。なんか飛び回っているなと気づいたので、殺虫剤を持っていって、シューシューやりながら取ってしまいました。大きなものが砕けて、これだけがはっきりした形を保っていたので、持ってきて写しました。

 これはスズメバチでも地べたに近いところに巣をつくる、世界一大きいといわれるタイプのスズメバチです。色も、小型の方は黄色が濃いのですが、こっちは黒ずんでいましたね。飛び方もちょっと威厳がありそうな。

 幼虫は鶏がおいしく食べました。知らないでやっていたら、刺されていたかも知れませんが、たぶん一つくらいは巣があるかも知れないと思いながらやっていたので、幸い気づきましたよ。

 これで、今年は巣を二つ取りました。三つ目はあるかな。


 

 山の上になくても、これはオクラです。名前を付けるとすれば、これは「里の中のオクラ」ですね。

  おくららはまだ食えるぞよ子らよ食え
           それその母もおくら食えくえ

 という歌を詠んだとか詠まなかったとか。

 まだ取れています。これは大きくなっても固くなりにくいシマオクラという品種です。もいもいさんに教えていただきました。さすがに、あまり大きくなると固くなりおいしくなくなります。おかげさまで、去年よりは多く食べられます。去年はほとんど種にしてしまいましたからね。しまらない話です。

 
  

 あるビルの中の通路なんですが、左の奥の方はパン屋さんです。時々ここでパンを買って、ドリンクバーを申し込み、友達と三人でおしゃべりをします。飲むのはカプチーノ。いま坐って写真を撮っている所はいくつもテーブルがあって、そこで時間をすごすことができます。受験勉強などやっている若者もいますね。座席は無料です。

 右の写真はパン屋さんの右手にある本屋さんです。どちらも人が写っていなくて淋しい写真ですが、人が途絶えたところで撮っています。実際はいろいろな人が歩いています。好きな空間です。

 互いに愚痴などこぼしあったり、励まし合ったり同意したり反対したりと、話はあっちこっちへ行きます。おもしろいですね。ストレス解消になります。飲んでしまうとゴチャゴチャになっちゃうので、それは無しにしようという暗黙の内の了解で、ここで の~~んびり話をする習慣になってしまいました。そして、帰りは本屋さんの中を探検です。欲しい本ばっかりありますね。読み切れないので買わないように勇気が要ります。そして「勇者は帰る」ぞーと言わんばかりの顔をして買わずに帰ります。

 一日一茶

  エイヤッと活(い)きた所が秋の暮


 廃句

  エイヤッと飛び込んだけど面とられ

  エイヤッと勇気で買うは安売り品

  エイヤッと威勢だけが先走り

  エイヤッと生きてきたけど普通以下

  エイヤッと生きてきたけど金来ない

  エイヤッとアリコジャパンもアブナイなぁ

  エイヤッと眉にツバしても騙された

  エイヤッと硬いオクラを無理に食べ


暑かった~~~

2008年09月17日 | Weblog

 いやはや、外で仕事をすると暑っついですね~~~~ 。 おまけに、暑いのに思いっきり暑い仕事をしてしまいましたよ。

 最初は、四輪草刈り機では刈りきれない、土地の端っこのあたりの草を刈り払い機で涼しげにやっていたのですが、ヨモギの背が高くなり太さも小指くらいになってしまったあたりにさしかかった時あたりから本気になってしまいました。そのあたりはクズの蔦もかなり暴れているものですから、同じところを縦になぞったり横に切り入れたりと、複数回刃をつっこんでいかないと刈り取れません。

 刈り 払い 機ですから、草を刈って、刈ったものを払いのけながら進んでいくわけです。その 払い が草が多いと大変なんですよ。

 それで汗ビッショリ。ひと休みしようと、振り返ったら、「あっそうだ。」と思って、今度は枯れ枝がわんさか積み重なっているところに関心が移り、今度はそれを絡まる草を取り除きながら燃やす作業になりました。

 そろそろ燃やしてしまわないと、乾燥期になってくると燃えすぎて心配ですからね。今日なら雨が降ってから時間が経っていませんから、むしろ燃えにくいくらいですから安全です。

 

 ミニトマトです。これは、名前なんかないです。ほとんど原種に近いんでしょうね。このごろは他においしいのがあるので食べませんが、絶やしてしまうのももったいないので、畑の隅の方に作っています。

 以前は、これを取ってきてジュースにして飲んだのですが、この頃はもうナスやキュウリがたくさんあって窮しています。そんな気分になれないなす。この上にトマトがあったらとまとい ます。


 

 これも気遣いする必用のない作物、モロヘイヤです。そろそろ黄色い花が咲き始めました。種は猛毒だとか。と言ってもどれくらいの毒なんだかさっぱり分かりません。とにかくもう、毒なんだと思えということなんすね。なんか、危険な作物のような気がするのですが、平気で葉っぱを食べています。


 

 ケーキを買って帰ろうとしたら、とても夕日がきれいだったので、駐車場から撮ってみました。夕焼け小やけで日が暮れて・・・・カラスも帰って行きます。こういう時のカラスは憎たらしくないです。童謡を思い出すからす。


 

 今年中なら、この花の名前は覚えていられます。来年の夏になるとどうだか自信ありません。とにかく キ バ ナ コ ス モ ス とはっきり覚えておくことにします。どうして花の名前を覚えられないのでしょうか。努力が足りないからが一つ。もう一つは熱がいまいち無いからなんでしょうね。花は花であれば良い、とまあそのくらいの気持ちだからでしょうね。

 一日一茶

  艸(くさ)花やいふ(言う)もかたるも秋の風

 廃句

  草花やとにかく暑くてたまらんわぃ

  草花や明日は涼風たのんます

  草花や刈り払い機には気を付けて

  草花や儂(わし)は除けて刈り払い

  草花や君たちがいちばんきれいだよ

  草花や暑い日なのに焚き火かな

  草花やなんともハーこりゃ能なしネ

  草花や一茶がちょいと立ち止まり

  草花や一茶が一句詠みにけり

  草花や明日天気になぁぁぁれ  

  

脱線。負傷者ゼロ。

2008年09月16日 | Weblog

 昨晩中飴が、いや雨が降りました。降ったのが飴だったら、子供の頃はさぞや嬉しかったことでしょう。幼児の頃は、あまり甘いものを食べた記憶がありませんでした。米軍から配給された、名前ははっきりと覚えていないのですが、グリコースとか何とかいうカルメを硬くしたようなものを、少し食べた記憶はあります。

 ガムは、ジープに乗ってあのカーキ色の変なツバのない帽子をかぶった進駐軍にもらった記憶がありますが、それは全然甘くなくてハッカが強かったように覚えています。初めて食べたので、あるいは幼児だったから強く感じたのかも知れません。

 おっとっと、最初から脱線してしまいました。もっとも、このブログは線路が敷かれている訳ではないのですけど。それに、この脱線は死者もけが人もでません。それが自慢なんです。ついでに、「おいおい、百姓のことが少ないんじゃないの。」なんて密かにあるいは大っぴらに思われているのではないかと、いや確実に思われています。

 野良仕事のことは、近ごろはなんだか身体的にも精神的にも疲れてしまって、もうやることが多すぎて嫌気がさしてきているものですから。それに種まきゃ虫に喰われるし、実がなりゃカラスに突っつかれるし、葉っぱは穴だらけだし、雑草は暴れ回っているし、枝は延び放題で、竹はどんどん侵略してくるし、蚊はゾッとするほど寄ってくるし、パソコンは古くなっちゃったてスピードが遅いし、新聞は休むし、関係ないか。・・・・  いっそのこと、団地にでもマンションにでも引っ越したいくらいです。


  

 やっとインゲンを取ってきて食べました。おいしいですね。やっぱり百姓のまねごとを続けようかな。団地住まいはこの次にして。マンションはそのまた次にして。とまあ、クルクルと変わる私の心境。疲れているんですね。

 今日は、さほど暑くはないのですが、さっき2時間ほど裏で草刈りをやってきたところ、いやその暑いのなんのって。気温だけじゃなくて湿度が高いんですね。まるで梅雨の頃みたいです。台風が影響しているんでしょうか。


 

 トマトは、まあ下の方から枝がでてきてしまって、地這いトマトになっちゃいました。それでも花が咲いているので、倒さずにおいてあります。生るんでしょうか? サぁーーー?? 分かりまへんな。少し前までは地べたに赤い実がなっていました。イチゴにしては大きすぎるかなという感じでしたね。

 初夏の頃は、せっせと脇芽などかいたりしていたのですが、真夏も過ぎるとどうでも良くなってしまって、ほったらかしです。脇芽かきどころか、恥をかいてしまうという始末。商売でやっているんじゃないので、損するとかなんとかがないせいか、気持ちの上で新鮮さがなくなっちゃっているんですね。

 初夏のころは、何もかもめずらしいという、いわば新婚時代と同じで、真夏も過ぎたころは、もうハぁどうでもよい夫婦になっちゃっている、というような例えはあまり良くないでしょうか。何も、そんなものに例えなくったって・・・。


 

 「天声人語」に書いてあったんですが、志ん生の落語に「どうしてカビが生えるんでしょうね。」「早く食っちまわないからだ。」というのがあるそうです。まさにその通り。でも、初めからカビを生やしたままで海を渡ってくる米はどうしようもないですね。そういうのを運ぶ船はカビ航船。

 その先は今日は言いませんよ。心にカビが生えちゃったなんていうようなことは。次の機会にします。

 一日一茶

  こほろぎのなくやころころ若い同士  

      原文の こほろぎ は虫偏に車という文字でした

 廃句

  コオロギのなくやころころころころり

  コオロギは縁の下でもころころり

  コオロギのなくやころころもう寝よう

  コオロギのなくやころころ淋しそう

  コオロギのなくやお前も独りぼっち

  コオロギのなく夜は思い駆けめぐり

  コオロギのなく夜は遠い日に帰り

  コオロギのなく夜は涙ながしけり

  コオロギのなくや父と遊んだ日

  コオロギのなく夜は昔を思い出し

 蠅蚊(廃歌)

  コオロギは淋しからずや闇のなか
            孤独に耐えてひとりころころ