歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

② 円覚寺大方丈の御不浄はとても清浄で気持ちがイイ!

2014年05月28日 | 鎌倉の風景
一昨日の続きです。

総門を通り、三解脱門を通り、仏殿に向かいます。

円覚寺はこのように、いろいろな建物が点在する、大伽藍となっています。


仏殿は、円覚寺のご本尊が祀られている建物です。大正12年(1923年)の関東大震災で倒壊、昭和39年(1964年)の再建、と云う事は再建までに40年間もの月日が流れているのです。現在の“円覚寺の威光”を持ってすれば数年で再建可能?


1964年の再建ですから?もちろん?鉄筋コンクリート製です。ところで、私、鉄筋コンクリートと云うと、どうしても、何故か、“テッキンカンコンクリート”と、頭の中で呟いてしまうのです。


キンキラキンの冠を被った釈迦像で“宝冠釈迦如来座像”です。ちょっとお顔が怖いです。それなりに時の流れを経過し、それなりのお方の作なのでしょうが、特に“重文”等の指定は無いようです。


見上げると天井から龍が睨んでいます。


描いたのは守屋多々志画伯で、“監修”したのが“前田青邨画伯”こう云う絵にも、作者とか、監修者とか、なんて事があるのです。守屋さんとしてはかなり微妙だった?

それで、天井に龍を見ると、何故か、思わず“手を叩いて”反響を試してしまいました。

連れ合いに“何やっての?こんなところで?”的な視線を向けらました。ここは円覚寺、日光東照宮ではありません、当然、龍は鳴きませんでした。

円覚寺大伽藍の中心である本殿ですが、何か、物足りない想いを残しつつ、本殿を後にしたのです。

本殿は歴史的遺物でも美術鑑賞品でもなく、現役の宗教施設なのだと、認識を改めつつ“方丈”に向かったのです。


門構えも、なかなかです。


方丈には庭園があるようです。


入って直ぐ左手にこの百観音が祀られています。


江戸時代に彫られ、境内に点在していたものを、


昭和58年に、すべてこの一画に移したそうです。一体、一体、じっくりと拝見したかったのですが、本日は、諸般の事情により全体を一望するだけにとどめました。


「方丈」とは、こう云う事でした。


靴を脱ぎ、帽子を脱ぎ、静かな方丈に足を踏み入れます。


丁度いいタイミングで、“東司”を発見、用足しをして行きます。


お寺のトイレは“不浄”ではいけません。


“清浄”でなければならないのです。信仰の修行は整理、整頓、清潔、清掃、から始まるのです。トイレの汚い宗教施設は怪しいのです。

さすが、禅宗の大本山です。円覚寺です、とても、とても、清潔です。


本堂に入ります。仏前では海外からの参拝者がガイドの説明を受けていました。


先ずは、お庭から拝見します。

この先は次回。


それでは、また。


コメント
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