前回の続きとなります。
2日目、14日の朝、5時ごろに起床し入浴、7時半ごろまでベットに寝転んで、ボンヤリとテレビを眺め、その後、一階のロビー(食堂でなくまさしくロビー)で朝食。
朝食開場はかなり混雑。みなさん特に会話もなく、黙々とエネルギーを摂取中。ボンヤリ摂取中に辺りを眺めていると、蓋つきの透明プラスチック容器(弁当箱)に、ご飯とおかずを詰め込む人を発見。
そうだ! その手があったのだ! 容器に詰めて、混雑をさけ、部屋でゆっくりテレビを見ながらの朝食。前回、新潟で目にし、今度は弁当箱作戦で! と、考えていたのですが、完全に忘却の彼方に。
8時半にホテルを出発。姫路城の開城時間は9時から、ホテルからお城までは30分程度。
地図で確認した時は駅から徒歩5分とあり、とても賑やかそうなイメージを抱いたのですが、向かいは山陽電鉄のガードで、ガード下に並ぶ居酒屋、何となく、うら寂しいと云うか、うら悲しい風景に囲まれた"東横INN新幹線北口店" なのでした。
地図を頭に描きつつ姫路城に向かって歩きます。
道路の向かいに、お菊神社の文字を発見。お菊とは、井戸から出てきて皿を数える幽霊の、 番町皿屋敷? 播州皿屋敷?、あの"お菊さん" の事? 場所の設定は、日本全国津々浦々にあるようです。
Wikipediaによると、
古い原型に、播州を舞台とする話が室町末期の『竹叟夜話』にあるが、皿ではなく盃の話であり、一般通念の皿屋敷とは様々な点で異なる。18世紀の初頭からから、江戸の牛込御門あたりを背景にした話が散見される。1720年4、大阪で歌舞伎の演目とされたことが知られ、1741年に浄瑠璃『播州皿屋敷』が上演され、お菊と云う名、皿にまつわる処罰、井筒の関わりなど、一般に知られる皿屋敷の要素を備えた物語が成立する。1758年に牛込御門内の番町を舞台に書き換え、これが講談ものの「番町皿屋敷」の礎石となっている。
「怪談播州皿屋敷」の世間的流布と「姫路城築城」の歴史が、それなりに、時代的に重なっているようです。それにしても、お菊さんの怪談話は創り話です。
世界遺産の城内に"お菊の井戸"があったり、公式パンフレットに記載したり、これでは、歴史的事実と、作り話を、ごちゃ混ぜです。それでも、所有者の文部科学省は問題にしていないようです。
当日も、小学生の集団が見学に来ていました。先生たちは、この事を、どう説明しているの? たぶん、質問が無ければ、"お菊の井戸"の前は黙って素通り。
うん、まあ・・・、そこは・・・、お堅く考えず、お菊さんの井戸は、世界遺産に含まれて居ないようですから、賑わいの一つとして、話のタネとして、それは、それで、よいと考えることにします。
怪談ついでに、衆議院選挙と同一投開票と勘違いしていた、17日投開票の兵庫県知事選挙の結果ですが、こちらも、お菊さん以上に、怪談めいた結果でした。
因みに、市内を歩いて見かけた選挙ポスター掲示板は、大手門前の大駐車場の脇だけでした。実は、駐車場に出入りする観光バスを狙って撮ったのですが、ポスターは後で気が付きました。
拡大してみると、上段の右から2番目、清水氏の隣が、"さいとう元彦氏"のポスターのようです。
県議会で全会一致で失職した知事が、何と何と、再選されたのです。怪談です、珍事です、予想外です。
そも、そも、ですよ、この騒ぎですが、知事のパワハラとか、おねだりとか、公益通報者保護法に抵触とか、いろいろ言われていましたが。
私としては、自民党の主流派と非主流派の、権力・利権争いが、一番の原因だと見ております。
3年前、5期20年間君臨していた前知事が引退して、後継に前知事の副知事を、自民党の主流派が擁立し、対抗馬に、維新が中心に担いだ斎藤元彦氏に、自民党非主流派が相乗りし、結果、斎藤氏が当選。
そのことから、新勢力の斎藤、維新、自民非主流は、新たなる利権を、主導権を、旧勢力から奪い取るために、県庁舎の建て替え見直しとか、天下りの規制とか、旧利権構造叩き、旧勢力の弱体化を着々と実行。
これに耐え切れず、旧勢力は、パワハラ・おねだりを口実に、主導権の奪い返しを画策。これが、この間の騒ぎの本質ではないかとと思うのです。
そして、そして、結果として、旧勢力の反撃に失敗した一番の要因は、斎藤元彦氏のキャラと、マスコミが連日、連夜、個別会見とか、百条委員会で追及の採り上げ方に問題があったと思います。
兎に角、斎藤氏は、見た目には "いけだか・傲慢・威張り散らす" 暴君タイプには見えず、弱弱しく、自信なさげで、ボソボソと話す、気弱な小役人タイプに映っていました。
質問や、追及に、まともに回答せず、それでも、追及する側の激しさに、視聴者の目に、何か、とても、可哀そうに見えてしまい、同情を誘い、母性本能をくすぐったのです。
街頭演説の映像を見ると、ホントに、ホントに、演説は下手、でも、それが、聴衆には、まじめで、実直で、かわいそうな"被害者"に見えてしまったのでした。
それにしても、立憲、国民、自民反主流の応援を受けて、立候補した稲村和美氏ですが、斎藤氏の当確を聞いた後、"選挙中、私は、何と闘っているのか分からなくなった" と語ったのです。
私としては、あなたは、保守勢力の掌の上で、権力闘争の駒として、踊らされていたのです、と、申し上げます。
立憲と国民、背後には連合がいます。大企業と公務員組合の寄り集まりです。彼らも、斎藤一派に、天下り規制の攻撃を受けていました。利害は一致していたのです。関西は商人の街、反公務員感情が強いようです。
▽斎藤元彦(無所属・前)111万3911票 当選
▽稲村和美(無所属・新) 97万6637票
▽清水貴之(無所属・新) 25万8388票
▽大澤芳清(無所属・新) 7万3862票
▽立花孝志(無所属・新) 1万9180票
▽福本繁幸(無所属・新) 1万2721票
▽木島洋嗣(無所属・新) 9114票
立花孝志氏の選挙運動は、斎藤擁護一点に絞った、公選法に反するような活動をしていました。彼は、"選挙ゴロ" のような、こんな活動もやるのです。
兎に角、播州皿屋敷の土地で、負けず劣らず、怪談めいた知事選挙でした。
因みに、裏金脱税5人衆のひとり、西村康稔氏(兵庫9区)は斎藤元彦氏側を応援していたようです。
話が、逸れてしまいました。
姫路城の話は、次回とします。
それでは、また。