あれ? と気が付いたとき、私は夢を見てた。
夢を見ながら、「これは夢だ」と気づくことがたまにあるけど、ちょうどそれが今起こったというわけ。まあ、夢の中で夢と気づく、と言う夢を見ている事もあるから、本当に自分が夢の中で意識してこれが夢と気づいているのはもっと少ないかも知れないけれど。
でも、これは正真正銘夢の中だと思った。
どうして? と聞かれたら困るけど、夢なんてそんなものでしょう?
さて、その夢の中で、私は見慣れない部屋にいた。
何となくかび臭く、ほこりっぽいその部屋は、ヴィクター博士が研究所に使っているフロイト城の、滅多に人が使わない古めかしい物置と何となく似ている。でも、久しく火をくべたことのなさそうな暖炉や、厳めしいテーブルやイスなどの調度品の数々は、そこが物置でなく、一応応接間のような部屋であることを私に教えてくれた。
でも一体どこだろう?
少なくとも私にはこの部屋について記憶はない。
ふと気づくと、私はいつものパステルグリーンのブラウスにピンクのスカート、それに白のエプロンを身につけていた。と言うことは、ここは私が知らないフロイト城の一室なんだろうか。でもこれは夢な訳で、夢だからってそんな記憶にもないような部屋が見えたりするものなの?
ひょっとして、目が見えなくなる前の、赤ちゃんの時の記憶かも。
これは一度麗夢さんに教えてもらわねばならない。目覚めた後にこの夢を覚えていられたらだけど。
きょろきょろ部屋を見回していた私は、正面の壁にドアが一つ付いていることに気が付いた。向こうに出れば、たとえば見慣れたフロイト城の回廊だったりして。
私は目の前のテーブルを迂回して、ドアに近づこうとした。ところが、突然そのノブががちゃりと耳障りな音を立て、ぎいと軋みながら開きはじめたからびっくり。思わず立ち止まってドアを見つめた私の前に、やがて一人の少女が姿を見せた。
顔かたちがお姉さまにそっくり。私は息を呑んでその姿を凝視し、似てないところもいっぱいあると思い直した。
飾り気のない白いワンピースとストレートの黒髪は、明らかにお姉さまのそれとは違う。
視線は冷ややかで顔は無表情。これも、私を振り回して止まないあの少女とは大違い。
私の知るお姉さまは、やや癖のあるふわっとした豪奢な金髪に、誇らしげにウサギの耳のようなピンクのリボンを立て、ピンクのワンピースにレースのきれいなエプロンドレスをまとい、くりくり落ちつき無く動く目に、何時も自信たっぷりに大輪の華が開いているような笑顔を浮かべているのだ。
よく似ているけど別人。
私は、滑るように部屋に入ってきたそのお姉さま似の少女に、気圧されるようにテーブルの後ろまで下がった。私と少女は、部屋の中央にあるテーブルを挟んで、にらみ合うように対峙した。
「お前のそのデータを取り込めば、私は完成の時を迎える」
何の前触れもなく少女はそう言うと、無造作に右手を私の方へ差し出した。もちろん私と握手しようとしている、なんて勘違いはしない。明らかにその手は私を捕まえようとして伸ばされたものであり、しかもその腕が、一瞬でテーブルを横切って、あり得ない長さで私の首を鷲掴んできたのだから。
「ひっ!」
私は総毛立ってその手を振り払おうとしたが、逆にものすごい力で抑え込まれた。その腕を両手で握りしめても、全然びくともしない。
「は、離してっ……」
息が詰まり、かすれがちな声で必死に訴えたが、相手はまるで聞いてくれそうにない。それどころか、一段と強く首を締め上げ、そのうちに私は本当に息が出来なくなった。死んじゃう、という思いが私の頭からあふれ出す。涙が流れ、意識が薄れていく。
助けて……。誰か……。
おじいちゃんの顔が浮かび、麗夢さんやアルファ、ベータの姿が見え、円光さんやヴィクター博士が現れては消えていく。
「さあ、こちらに来い。お前を取り込めばそれで終わる」
ぼやけつつある視界に、その無表情な少女が、初めて感情らしいものを浮かべているのが見えた。
薄ら笑いだ。
ジュリアンを狂わせたときの悪魔は、ひょっとしてこんな顔を浮かべたのだろうか?
陰惨としか言い様のないその笑みに、私は心底恐怖した。
助けて……。
私の脳裏に一人の少女が愛くるしい笑顔を投げかけてきた。縋るように私はその人に呼びかけた。お願い助けて!
「こら! 勝手な真似はやめなさい!」
聞き覚えのある声が、薄れかけた意識に躍り込んできた。一拍おいて、首を締め付ける力が弛む。私は精一杯力を込めて、その腕から逃れた。勢い余って床に倒れ、げほげほと咳を繰り返す。心臓がばくばく言っているのが判る。
「大丈夫? シェリーちゃん」
私は涙目でその声の主を見上げた。
テーブルの上で腰に手を当て、仁王立ちしているピンクの背中。
豪奢な金髪に服と同色のリボンをピンと立てるその姿。
肩越しに振り向く笑顔は、紛れもないあの人だ。
「お、お姉さま……」
「良かった、まだ私をそう呼んでくれるのね」
お姉さまはほっと息を付くと、また正面を向き直った。
夢を見ながら、「これは夢だ」と気づくことがたまにあるけど、ちょうどそれが今起こったというわけ。まあ、夢の中で夢と気づく、と言う夢を見ている事もあるから、本当に自分が夢の中で意識してこれが夢と気づいているのはもっと少ないかも知れないけれど。
でも、これは正真正銘夢の中だと思った。
どうして? と聞かれたら困るけど、夢なんてそんなものでしょう?
さて、その夢の中で、私は見慣れない部屋にいた。
何となくかび臭く、ほこりっぽいその部屋は、ヴィクター博士が研究所に使っているフロイト城の、滅多に人が使わない古めかしい物置と何となく似ている。でも、久しく火をくべたことのなさそうな暖炉や、厳めしいテーブルやイスなどの調度品の数々は、そこが物置でなく、一応応接間のような部屋であることを私に教えてくれた。
でも一体どこだろう?
少なくとも私にはこの部屋について記憶はない。
ふと気づくと、私はいつものパステルグリーンのブラウスにピンクのスカート、それに白のエプロンを身につけていた。と言うことは、ここは私が知らないフロイト城の一室なんだろうか。でもこれは夢な訳で、夢だからってそんな記憶にもないような部屋が見えたりするものなの?
ひょっとして、目が見えなくなる前の、赤ちゃんの時の記憶かも。
これは一度麗夢さんに教えてもらわねばならない。目覚めた後にこの夢を覚えていられたらだけど。
きょろきょろ部屋を見回していた私は、正面の壁にドアが一つ付いていることに気が付いた。向こうに出れば、たとえば見慣れたフロイト城の回廊だったりして。
私は目の前のテーブルを迂回して、ドアに近づこうとした。ところが、突然そのノブががちゃりと耳障りな音を立て、ぎいと軋みながら開きはじめたからびっくり。思わず立ち止まってドアを見つめた私の前に、やがて一人の少女が姿を見せた。
顔かたちがお姉さまにそっくり。私は息を呑んでその姿を凝視し、似てないところもいっぱいあると思い直した。
飾り気のない白いワンピースとストレートの黒髪は、明らかにお姉さまのそれとは違う。
視線は冷ややかで顔は無表情。これも、私を振り回して止まないあの少女とは大違い。
私の知るお姉さまは、やや癖のあるふわっとした豪奢な金髪に、誇らしげにウサギの耳のようなピンクのリボンを立て、ピンクのワンピースにレースのきれいなエプロンドレスをまとい、くりくり落ちつき無く動く目に、何時も自信たっぷりに大輪の華が開いているような笑顔を浮かべているのだ。
よく似ているけど別人。
私は、滑るように部屋に入ってきたそのお姉さま似の少女に、気圧されるようにテーブルの後ろまで下がった。私と少女は、部屋の中央にあるテーブルを挟んで、にらみ合うように対峙した。
「お前のそのデータを取り込めば、私は完成の時を迎える」
何の前触れもなく少女はそう言うと、無造作に右手を私の方へ差し出した。もちろん私と握手しようとしている、なんて勘違いはしない。明らかにその手は私を捕まえようとして伸ばされたものであり、しかもその腕が、一瞬でテーブルを横切って、あり得ない長さで私の首を鷲掴んできたのだから。
「ひっ!」
私は総毛立ってその手を振り払おうとしたが、逆にものすごい力で抑え込まれた。その腕を両手で握りしめても、全然びくともしない。
「は、離してっ……」
息が詰まり、かすれがちな声で必死に訴えたが、相手はまるで聞いてくれそうにない。それどころか、一段と強く首を締め上げ、そのうちに私は本当に息が出来なくなった。死んじゃう、という思いが私の頭からあふれ出す。涙が流れ、意識が薄れていく。
助けて……。誰か……。
おじいちゃんの顔が浮かび、麗夢さんやアルファ、ベータの姿が見え、円光さんやヴィクター博士が現れては消えていく。
「さあ、こちらに来い。お前を取り込めばそれで終わる」
ぼやけつつある視界に、その無表情な少女が、初めて感情らしいものを浮かべているのが見えた。
薄ら笑いだ。
ジュリアンを狂わせたときの悪魔は、ひょっとしてこんな顔を浮かべたのだろうか?
陰惨としか言い様のないその笑みに、私は心底恐怖した。
助けて……。
私の脳裏に一人の少女が愛くるしい笑顔を投げかけてきた。縋るように私はその人に呼びかけた。お願い助けて!
「こら! 勝手な真似はやめなさい!」
聞き覚えのある声が、薄れかけた意識に躍り込んできた。一拍おいて、首を締め付ける力が弛む。私は精一杯力を込めて、その腕から逃れた。勢い余って床に倒れ、げほげほと咳を繰り返す。心臓がばくばく言っているのが判る。
「大丈夫? シェリーちゃん」
私は涙目でその声の主を見上げた。
テーブルの上で腰に手を当て、仁王立ちしているピンクの背中。
豪奢な金髪に服と同色のリボンをピンと立てるその姿。
肩越しに振り向く笑顔は、紛れもないあの人だ。
「お、お姉さま……」
「良かった、まだ私をそう呼んでくれるのね」
お姉さまはほっと息を付くと、また正面を向き直った。