かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

新作短編 その24 (完)

2008-11-23 21:09:11 | 麗夢小説 短編集
 6月1日からはじめた短編小説連載、ついに今日で完結です。足掛け5ヶ月24回、もう短編というボリュームではなさそうですが、正式に表題を決めるまでは、一応「新作短編」ということにしておきます。
 本来なら先週片付けるつもりでいましたが、何かと予定が積み重なって、結局2回に分けるような形になってしまいました。ここまでの感想等はまた明日にでも改めて記述するとして、とりあえず最後の一回1300字あまり、アップしてしまいましょう。

-----------------------本文------------------------

「そんな、それでは我々は、貴方を運ぶためだけに利用された、と?・・・」
 榊は、絶句して目の前の青年の姿をした旧日本陸軍大尉を凝視した。頭ではまだ信じがたい思いがぬぐえないが、朝倉=倉田に続いて、鬼童、そして円光が頷いているのを見ては、無理にも納得するしかない。
「あなた達はこれからどうするの?」
 麗夢の疑問に、朝倉=倉田は改めて傍らの少女に目をやった。少女も自らがしがみつく青年の顔を見上げるのを軽く頷いてみせたあと、朝倉=倉田は、厳かに宣言した。
「彼女は力を使い果たし、次の冬が来るまで眠りにつくことになるでしょう。私は、再び彼女が目覚めるまでこの山にとどまります。今度は、私の方が約束の成就の時まで待つことになると言うわけです」
「雪中行軍隊の人たちはどうなるの?」
「私が約束どおり戻ってきた以上、山の神にも、もう彼らをここに留める必要はなくなりました。すぐにも開放し、成仏してもらいましょう。それでいいね?」
 そう言うと、朝倉=倉田はまた少女に顔を向けた。少女がこくりと頷きを返す。ほうっと鬼童がため息をつき、円光が一瞬だけうらやましげな表情を閃かせて、目をしばたたいた。
 麗夢はしばらくすっかり自分達の世界に入った二人の姿を見つめていたが、やがて榊に振り返ると、にこやかな笑みを浮かべてこう言った。
「それじゃ、これで一件落着ね、榊警部」
 榊は、ぽかん、として麗夢の言葉を耳にしたが、すぐに自分の立場を思いやって、心中盛大にため息をついた。毎度おなじみのことではあるが、果たしてこの「事件」について最終的にどう始末をつけるか、その落とし所の模索に悩まされることは確実である。麗夢や、円光、鬼童は、自身が納得すればそれ以上思い悩む必要は無いであろう。3人とも超自然な話はそのまま理解しておけばすむ世界で生活しているのだから。だが、榊はそうではない。この顛末を、何らかの形で警視庁の公式記録に残さなければならない立場なのだ。もちろん、山の神の一目ぼれとか、戻り損ねた百年前の戦死者の魂とか、遭難した若者達の半年遅れの凍死などとは、それが事実だとしても一行だって報告書に書けるはずも無い。とても麗夢のように、一件落着と笑顔を浮かべる気持ちにはなれなかった。
「さあ、それじゃあ帰りましょう! 私、おなかすいちゃった!」
「ニャーン!」
「ワンワンワン!」
 麗夢がうーんと伸びをしながらきびすを返すと、お供の子猫と子犬が、その足元にじゃれ付きながらついて行った。
「あ、ま、待ってください麗夢さん!」
 榊がそのあとを追ってあわてて駆け出す。
「では、どうぞお幸せに」
「ご免」
 鬼童と円光も颯爽と背広と墨染め衣のすそを翻すと、先を行く麗夢を追いかけた。
「麗夢さん! 結界を出るにはまたちょっとした儀式がいるんですよー!」
「麗夢殿、お待ちくだされ!」
 背後からあわててついてくる男達に、肩越しにチラッと視線をやった麗夢は、その向こうで青年と少女の姿が、手を取り合って消えるのを見た。青年はにこやかに、少女もまたはにかむ様なぎこちない笑顔を口の端に浮かべて、互いに空いた手を麗夢に振りながら宙に溶けていった。これから八甲田山の山の神は、道祖神のような男女一対の神として語り継がれるようになるのだろうか。麗夢はその仲睦まじさをうらやましく感じつつ、彼らの聖域をあとにした。

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新作短編 その23

2008-11-16 22:20:14 | 麗夢小説 短編集
 今日は通常勤務と同じ、休日出勤の日でした。懸念された雨は午前中かなり強く降ったものの午後には上がり、夕方には薄く日も差す所まで回復しました。十全とは行かないまでも、まずまず我慢できる一日だったように感じます。
 そんなわけで、思うような時間がとれず、今日で片付けようと思っていたこの連載短編、あと一週だけ続けようと思います。とはいえ、もう今回で謎解きは大方終わりですので、来週は物語の締めをするための一幕、ということになります。当初構想よりも大幅に延びたお話でしたが、あと一回だけ、お付き合い願えれば幸いです。

それでは、今週の分をはじめます。

--------------------本文はじめ--------------------------

「そんな約束を・・・でも貴方は 明治38年1月28日、黒溝台の会戦で戦死された」
 鬼童の言葉に、朝倉=倉田はうなずいた。
「ええ。彼女との約束で、私が帰るまで神の怒りに触れた隊員達の魂を山に閉じ込めることにもなっていました。だから、たとえ戦死したとしても、私は靖国には行かず、御魂となってこの八甲田山に帰るつもりでいたんです。彼女もそのつもりで私の招魂をしました。ですが、どこかで何かが狂った。さしもの山の神の神通力も、遠く異国の地までは及ばなかったのかもしれません。私は結局山に帰ることができず、永劫とも思える無明の刻を過ごした末、朝倉幸司として転生してしまったのです。そして、前世の記憶などすっかり失ったまま、田中、植田、斉藤といった仲間達とスキーをしにこの八甲田山にやってくることになったんです」
「それで、彼女が貴方に気付いたのね?」
 麗夢もようやく合点が行き始めた。時の流れなどあって無きがごとき神の世界で、100年の時を経て再び現れた倉田の魂は、その器がどうあれ彼女にとって倉田そのものでしかなかったのだろう。
「そうです。ですが、記憶のかけらも無い私を、さしもの彼女も見分けることまではできなかった。私の魂の匂いとでも言うべきものは感じながら、4人のうちの誰が私なのかわからない。彼女はあせり、悲しみ、そして、怒り狂ったことでしょう。そのせいもあったか、夜の肝試しに出た私達4人は、その日すさまじい吹雪に見舞われ、あえなく遭難しました」
「え? 幸畑墓地で粗相して帰ったのではなかったのかね?」
 榊が、初耳の真相を聞いて目を丸くする。朝倉=倉田は苦笑を閃かすと、榊に軽く頭を下げた。
「申し訳ない警部。あれは、貴方達に私をここまで導いてもらうための創作です」
「創作?」
「そう。私は、そして田中、植田、斉藤の4人は、あの肝試しの夜、遭難して凍死したのです。そして、彼女の神通力の命ずるまま、記憶を取り戻すための猶予が与えられたのです」
「既に死んでいただと?!」
 さすがに榊もその言葉はショックだった。真夏の凍死という怪現象を追いかけていたつもりが、実は真冬の雪山で順当な死に方をしていた、と言うのである。麗夢、アルファ、ベータもこれには驚かざるを得ない。本当に死んでいたなら、どうしていままで、死霊の気を感じなかったのだろう。ことにベータの鼻は敏感で、その独特の『におい』をかぎ分ける事にかけては、麗夢も遠く及ばぬくらいなのだ。その鋭敏な超感覚を持ってしても「嗅ぎ分け」られなかったとは、それが山の神の力だというのなら、一体目の前の小さな少女にどれほどの力があるというのだろうか。半ば呆然とする一堂を前に、淡々とした口調で朝倉=倉田は言葉を継いだ。
「そうです。私の魂の記憶を呼び戻し、だれが私そのものなのかを明らかにするため、我等4人の魂は、その日から毎晩八甲田山雪中行軍隊の遭難行の悪夢に参加させられました。かわるがわる隊員達の役を割り振られて、白い地獄をさまよい続けたわけです。そしてようやく、私は自分が倉田であることを思い出した」
「それで、役目を終えた田中さん達は、元の通り凍死体にされた、と?」
「ええ。私、つまり朝倉幸司もまた役目を終えた今、半年をさかのぼって凍り付いた体に戻り、魂だけがこの山まで行くはずでした。それを無理やり貴方達に助けられてしまったおかげで、自らここまでやって来なければならなくなりました」
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新作短編 その22

2008-11-09 18:41:12 | 麗夢小説 短編集
 お昼ごろ、アマゾンからメールが届きました。てっきり、荷物発送しました、という連絡かと思いきや、肝心の「スレイブヒロインズ8」について、『ご注文いただいた商品の配送予定日がまだ確定しておりません』という話。なんですとー!とよく読んでみても、「継続して商品の調達に努めてまいりますが、調達不能な場合または入荷数の関係上キャンセルをさせていただくこともございます。」としか書いてありません。リンクのサイトまで見に行っても、出版社に発注かけるので3~5週間かかるかも、とのこと。えらい人気で品薄にでもなったんでしょうか。ランキングを見ると本で849位になっているじゃないですか。他の事例を知らないので全くの個人的感想ですが、沢山本がある中で、この種のコミックスが三桁代につけるというのは珍しいんじゃないでしょうか? これも今回急展開しているらしい「ドリームハンター麗夢XX」効果? それならうれしくもありますが、頼みのアマゾンがこの調子では、私はいつ本を手にすることができるんでしょうか?(泣)

それはさておき、ようやく復活したPCを用いて、1週見送ってしまった連載小説の続きをいきます。謎の一つが解けて、全体に落ち着きを取り戻しつつある内容になりました。このまま順調に行けば、あと一回、来週の更新で完結できそうです。それでは、始めましょう。

-------------------本文開始------------------------

「私と彼女との出会いは、明治35年1月23日、旧暦12月12日の、『山ノ神の日』とされる寒い冬の夜のことでした。我々歩兵第5連隊より選抜された八甲田山雪中行軍隊は、ちょうどその時襲ってきた未曾有の大寒波に遭遇し遭難した、あの夜のことです」
 朝倉=倉田は、淡々とした口調で、参加210名中199名が凍死した事件を語り始めた。
「我々は、目的地の田代元湯まで後わずかと言うところまで行きながら、ついに到達することができず、やむなく雪濠を掘り、露営することになりました。だが、暖を取ろうにも燃料が役に立たず、食事も満足に取れないでいた私は、持病もあったのか、いつしか眠りに落ちてしまいました。彼女が現れたのは、そのとき見た夢の中のことです」
「夢の中、山の神は美しい娘の姿で立ち現れ、こう言いました。『「山ノ神の日」を穢した主達は、その報いを受けてここで死なねばならぬ。だが、わしは主のことを一目見て気に入った。わしの言う通りにせよ。そうすれば助けてやろう』 私はそこで目を醒ましましたが、その時は、疲労と寒さで変な夢を見てしまった、としか思いませんでした。でも、私はその後、雪原を彷徨ううちに、あちこちで彼女の姿を見ることになりました。行軍隊の中には、おかしくなって服を脱いで雪に飛び込むような輩も現れ始めた頃のことです。はじめのうちは、私は自分もついに狂ったのではないか、と何度も疑ったのですが、それもしばらくして考えないようになり、いつの間にか、自ら彼女の姿を追い求めるようになっていました。その頃から体の調子も軽くなり、寒気と吹雪に蝕まれ崩れていく隊の中で、私はただ一人意気軒昂として歩き続けることができました。そして、確かに彼女は道を案内し、私を誘っていたんです。この、神聖なる神の地に通じる道を開くために」
「秘められた神の場所に到達するための道順をたどったんですね。北斗七星の形に」
「どうしてそれを・・・」
 鬼童が口を挟むと、それまで黙って朝倉=倉田の腕にしがみついていた少女が、驚きに目を丸くして思わずつぶやいていた。鬼童は朗らかに笑みを浮かべ、同じように驚きを隠せないでいる朝倉=倉田と山の神の少女に語りかけた。
「道教には『兎歩(うほ)』と呼ばれる北斗七星の形に足を運ぶ歩行呪術があります。さっき資料館で行軍隊のビバーク地点や行軍路の地図を見たとき、あれ? と思ったんですよ。その時の疑問をベースに推理して、朝倉さんが現れたり消えたりしていたのは、ひょっとしてこの地全体を使った壮大な『兎歩』そのものだったんじゃないか、と思ったんです。なるほど、倉田大尉が助かったのも、山の神に誘われてその通りに歩んだ結果だったんですね」
「確かにその通りです。しかし大したものだ、たったそれだけでここまでたどり着くとは。あの地図には行程が不明確な部分も多かったのに」
 朝倉=倉田の感嘆に、鬼童は恐縮の体で言葉を継いだ。
「僕一人では到底無理でしたよ。でも、円光さんやアルファ、ベータが、それぞれの地点で立つべき場所、通るべき道を丁寧に感知してくれましたからね。何とかたどり着くことができました」
 鬼童の隣で円光が軽くうなずき、アルファ、ベータが尻尾をピンと立てて胸を張る。
「なるほど、我々連隊も貴方方ほど連携が取れていたなら、みすみす遭難せずにすんだかもしれません」
 感心しきりの朝倉=倉田に、麗夢が言った。
「で、この地に着いてから、どうなったの?」
 麗夢の催促に、朝倉=倉田は我に返ったかのように言葉を継いだ。
「そうそう、ここからが肝心なところです。ここに至るまでに、山の神の言葉通り、ほとんどの兵が落伍し、凍死していきました。そんな中で、私は、山田少佐以下数名の生き残りとともに、ようやくこの地にたどり着くことができました。私は、ここにたどり着いた頃にはすっかり持病の肝臓が治り、不思議と飢えもなく、寒さも覚えませんでした。もちろん、この「山の神」の加護のおかげです。彼女はここで再び夢に現れて言いました。自分とともに山に残れ、と」
「で、倉田さんはなんと?」
「それはできない、と答えました。当時は、いつロシアとの戦争になるかもしれないという時期。そもそもこの雪中行軍もそれに備えての研究でもありました。そんな未曾有の国難を控えて、一人安寧と山にこもるわけにはいかない、と答えたんです。それでも彼女はなかなか諦めてくれず、生き残りの兵達を川に引きづり込んで死なせなどして私を脅すことまでしましたが、結局、根負けして、一つだけ約束することを条件に、私を帰してくれたんです」
「何を、約束されたんですか?」
 いよいよ確信の答えが出る。麗夢や榊たちは、覚えずこぶしを作って朝倉=倉田の言葉を待った。すると朝倉=倉田は、頬をほんのり赤く染めると、腕に抱きついている少女をちらりと見て言った。
「戦争が終わったら山に戻ってくる。それまで待っていて欲しい、と言ったんです」
 
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新作短編 その21

2008-10-26 22:30:04 | 麗夢小説 短編集
 何のカンのと言っている間に早や10月も最後の日曜日になってしまいました。来週はもう11月ですよ。日々多忙に過ごしたとはいえ、ちょっと時間の速度が速すぎやしませんか? と自分で自分に問いかけたい気分なのですが、今更過ぎた日や時間を取り戻す訳にも行かず、こうして過ごしてきた日々の生業が、明日のために少しでも意味のある行為だったことを信じつつ、加速する時の流れを乗り切るよりないようです。というわけで、ようやく終わりが見えてきた連載小説。ここに至るまでいまだに題を決めかねているという体たらくではございますが、本当にあと少し、できれば来週の連休でけりをつけたいと言うところ。とはいえ、今週はちと長期であちこち渡り歩く出張生活に突入し、帰宅はちょうど1週間後の日曜日遅くの予定ですので、果たして思うように大団円を迎えられるかどうか。まずはともかく今日の分を上げてしまいましょう。

--------------------本文開始----------------------

『散々我らの邪魔をした末に、今更そのような物言いが通じると思うたか』
 土偶は、改めて左の槍を麗夢の左胸に擬した。胸を覆って薄く透明な皮膜を形成していた氷がその圧力にひび割れ、槍の穂先に圧されたプロテクターの布が軽くへこむ。もう少し力を加えるだけでその先端は布を突き破り、麗夢の柔肌に傷をつけることだろう。もちろん、八甲田山の神はそんな位で事態を収めるつもりはない。一気呵成にその胸肉を裂き、心臓を串刺しにして、夢守の耐久力を試す所存なのだ。
「だからそれは誤解なんです。つい先刻まで、倉田大尉は朝倉幸司だった。麗夢さんにちょっかいかけたのも、朝倉幸司としてであって、倉田大尉ではなかったんです」
 今にも飛び出しそうな円光、アルファ、ベータらを抑えて、あくまで冷静に鬼童は言った。
「第一、さしもの貴女ももう限界のはずだ。それ以上この炎天下で無理を重ねれば、倉田大尉との約定を果たすことすらかなわなくなりますよ!」
 微妙な動揺が今にも麗夢の胸を貫こうとしていた槍先を震わせた。切っ先が胸からわずかに外れ、キラキラと陽光を跳ねる氷の破片を落としていく。あれ? と麗夢は思った。お日様など、いつ差し込んでいたのであろう? ついさっきまであれほど荒れ狂っていた雪と風はどうしたのか。麗夢は、思わず自分の状況も忘れて周囲を見やった。さっきまで、あれほど寒々とした駒込川大滝の谷筋から、いつの間にか冷たい冬の気配が失われている。ところどころに雪を張り付かせていた崖にうっすらと緑の草の生えるのが見え、足元で硬く凍りついていたはずの川岸からも、すっかり氷の姿がない。どうやら厳寒期の様子を見せているのは、目の前の雪の土偶と囚われの身になっている朝倉、そして自分の周囲だけのようだった。それすら、暖かな日の光が差し込み、今にも全身を覆うばかりだった氷が、少しずつ表面から溶けてきているのが判った。
「無理はいけないよ。そろそろおしまいにしよう」
 朝倉、いや、倉田大尉の落ち着いたやさしげな言葉に、ついに雪の土偶も自身の限界を悟ったようだった。まず、麗夢の左胸の前で震えていた巨大な雪の槍が、いきなりどさっと音を立てて崩れ落ちた。同時に、麗夢手足を拘束していた氷と雪の塔が見る間に溶け出し、雪の土偶が崩れ落ちるとともに、麗夢の身も自由を取り戻した。しばらく谷は土偶の上げた朦朦たる雪煙に覆われたが、急速に侵入してきた8月の日差しと熱気をはらんだ風が、雪の残滓を拭い去っていった。ふらりと落下した麗夢は、すぐに円光に受け止められ、アルファ、ベータらに迎えられた。
「朝倉さんは!」
「大丈夫ですよ麗夢さん。山の神も、それ位の力は残していたようです」
 鬼童が指差すその先で、朧に丸い光に囲まれて、宙に浮かぶ朝倉の姿が見えた。背中越しにちらと見えたのは、朝倉が正面で両手を繋いでいる小さな白い人影だった。光はその人影ごと朝倉を包み込み、ゆっくりと下りてくる。やがて、河原に下り立った朝倉は、左手を離して麗夢達の方に振り返った。
「皆さん、百年前に交わした私とこの八甲田山の神との約束に巻き込んでしまい、申し訳ない」
 だが一堂は、朝倉の言葉よりも、深々と頭を下げる朝倉の右手にしがみつく、年端の行かない少女の姿に釘付けになっていた。身長は麗夢よりも随分低い。抜けるような白い肌を真っ白な着物で包み、綺麗に切りそろえたおかっぱ頭の下で、大きな目をおびえたように見開いている。服を着せ替えてランドセルでも背負わせれば、立派な小学生として通用するだろう。
「・・・素晴らしい。山の神をこの眼で拝めるなんて・・・」
 鬼童が感極まった声を上げると、円光も、雷に打たれたようにその姿を凝視した。一方、榊はというと、こんな少女が? とその意外な姿を不審げな顔つきで眺めるばかりだ。アルファ、ベータはというと、円光同様その目に見える姿以上の力と神気を敏感に感じ取ったのであろう。麗夢を護るように身を寄せ合い、警戒怠りなくその姿を見据えていた。一人麗夢だけが、落ち着き払った態度で、目の前の神と人に話しかけた。
「話していただけますね。百年前のこと。どうして田中さん、植田さん、斉藤さんを殺したのか。そして朝倉さん、いえ、倉田さん、でしたっけ? 貴方だけが殺されないでいることを」
「判りました。お話しましょう」
 おびえるようにぎゅっとしがみつく少女の頭を軽くなでると、朝倉=倉田は、おもむろに話し始めた。
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新作短編 その20

2008-10-19 22:11:21 | 麗夢小説 短編集
 今日はミニ引越しをいたしました。ちとうちの押入れ付近で雨漏りがするもので、そのあたり一帯を修繕しようと言うことになって、押入れの中のものを別の部屋に移したのです。それにしても、出るわ出るわ、まさにこれまでここで住んでいた軌跡が地層をなして、手前から奥にかけて、実に様々なものが大量の埃とともに出てきました。ほとんど一日がかりでようやく人心地つきましたが、今週予定の工事完了後、またこれを元通りに戻す必要があると思うと、さすがにげんなりしてしまいます。出来ることなら、この際不用物はすっきり処分しておきたいのですが、山となった雑多なモノどもを整理するだけでも一苦労、実際に引越しでもしない限り、そこまで手がけるのはちと難しいようです。

 さて、と言うわけでこちらの方の時間はちと厳しいものがありましたが、何とか今週も更新できました。とうとう連載20回に達してしまいましたが、ようやくゴールが見えてきたようです。それでは、はじまりはじまりぃ。

-----------------------以下本文-------------------------

 一瞬、真っ黒になった視界が、次の瞬間にはま白く反転した。まだジーンと衝撃が頭に残り、それが何故なのか、はっきり判らないのがもどかしい。薄ぼんやりと開いた目に映るのは、やはりただ白一色のぼやけた世界。そして・・・。
 鋭い冷気を肌に感じ、はっと麗夢は意識を取り戻した。とっさに両手を動かそうとしたが、それがまるで言うことを聞かないことに驚く。見れば、大きく大の字に広げられた両腕の、二の腕から先が分厚い氷で覆われ、それが下から不定形に積みあがった二つの雪の塔に繋がって、ちょうど麗夢の身体を空中に固定していたのである。頼みの剣はと言うと、右手の氷の中に一緒に封じ込まれていた。剣さえ振るうことが出来れば、これくらいの氷をどうにかするくらいわけはないのだが、柄の部分が指先からほんの少しだけ離れ、その隙間を緻密に埋める氷が硬く凍てついていては、さしもの夢の戦士といえども、即座にこれをどうすることも出来なかった。
 かなり状況は悪い。
 まだ夢のガードが力を保っているが、氷に覆われた腕、そして、夢戦士の姿のまま、すなわちほとんど裸同然に露出している全身を蝕む冷気が、一段と強く、深く染み通ってきているようだ。すなわち、この「八甲田山」そのもの、と鬼童の呼ぶ相手の霊力の大きさに、今自分は圧倒されつつあると言うことである。このままでもしばらくは耐え忍ぶことも出来るだろうが、いずれこちらの気力が尽きてしまえば、真夏の東京で透視した3人の若者達のあとを、自分も追うことになるのは間違いない。
『ほう、まだ凍りつかぬとは。噂に違わぬ力よの夢守』
 嘲弄とも怒声ともつかぬ声が麗夢の耳を突いた。正面にいつの間にか、さっきまで戦っていた巨大な雪製遮光式土偶が立っている。
「あなた、何故朝倉さんを・・・、いえ、朝倉さんだけじゃないわ。田中さん、植田さん、斉藤さん達の命を奪ったのは何故なの!」
『そのような瑣末事、我は覚えておらぬ』
 土偶の右腕が上がり、宙吊りの麗夢の足に伸びた。途端に、膝のアーマーから下が腕と同じく透明な氷に覆われた。同時に、その足下から雪が不規則に伸び上がり、腕同様に足も固定してしまう。更に冷気が、氷が、ほんの少しずつではあったが、確実に両腕と足から身体へと成長し始めた。麗夢は気力を振り絞ってその力を阻止しようと努めたが、わずかにスピードを抑えることが出来たに過ぎなかった。
腕の氷は更にひじを越え、肩に届き、肩のアーマーには白い霜がうっすらと降りつつあった。足の方も、氷の薄い皮膜が太ももを徐々に這い登って、そろそろ腰に届こうかと言う状況である。
『夢守は突いても裂いても死ぬことはない、と聞く。その噂、試してくれよう』
 遮光式土偶の左手が上がり、その先が急速に細く、長く伸びていった。やがて、先端鋭い槍のような形に変形した左手が、その切っ先を麗夢の胸元に突き立てた。
 駄目だ。相変わらず話が通じない。
 身動きできない麗夢が、氷の槍を胸に受ける覚悟を固め、歯を食いしばった、その時。
「もうやめなさい。山ノ神ともあろう者が、大人げない」
 麗夢が声の元を探して見下ろすと、ちょうど足元、対局の土偶雪人形と麗夢の間に割り込むように、両手を左右に広げた朝倉の身体が、小さく見えた。
「朝倉さん! 危ないから逃げて!」
 麗夢は思わず声をかけたが、朝倉は振り返ろうともせずに目の前の雪の塊に語りかけた。
「これだけ暴れたらもう気も済んだだろう。さあ、約定を果たしにきたんだ。煮るなと焼くなと好きにすればよい」
『よい心がけだ』
 左手の槍を下ろした土偶は、ぐらり、と前かがみに傾いて、右手で朝倉の身体をわしづかみにするや、そのまま空中高く持ち上げた。
「朝倉さん! 朝倉さんを放して!」
 麗夢は必死に呼びかけたが、氷が既に首まで届き、声を上げるのも難しい。すると、朝倉が麗夢に振り返った。
「何度も言うようだが、私は朝倉じゃない。私の名前は・・・」
「倉田大尉! あなたは、倉田大尉ですね!」
 麗夢の背後から突然上がった声に、朝倉はようやく判っててもらえたか、と安堵のため息を一つついた。そして、背後の見えない声の主に、朝倉は答えた。
「いかにも。自分は青森歩兵第五連隊大尉、倉田だ」
「ならばもう何の問題もない! 八甲田山の神よ! 麗夢さんを放してくれ! 私達は、けして貴女の邪魔をしにきたのではありません!」
「麗夢どのぉ!」
「ニャーアン!」
「ワンワンワンワン!」
「麗夢さん!」
「どういうこと・・・? どうやって来たの、みんな・・・」
 麗夢は信じがたい気持ちで、次々に上がる呼びかけを聞いた。首を回して見られないのがもどかしかったが、それは確かに、心強い仲間達の声だった。


 
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新作短編 その19

2008-10-12 19:46:50 | 麗夢小説 短編集
 新作短編、と銘打って始めた連載も、気がついてみるとこれで19回。一回平均2000字として、既に4万字、原稿用紙にして100枚分に達そうかという量になってきてました。これはもう、短編小説と言う枠を超えていますね。本気で題名考え直して、早急に「短編集」カテゴリーから独立させる必要を感じて参りました。
 それにしても、かつて、コミケ用小説では、大体書き始めの段階でどれくらいの量になりそうだ、という予測が立つようになっていました。その感覚からしたら、これは大体50枚、2万字位で10回も連載したらケリが付けられるかな? と読んでいたのですが。うーん、想像以上に伸び伸びになって、まるでいつまで書いても終わりそうにない、と途方にくれていた、小説書き始めた頃の自分を省みているみたいです。まあ書きつなぎながらの連載は確かに初の試みですから、初心者っていうところは確かなんですけどね。
 とまあそう言うわけで、先週大ピンチに陥った(というか、陥ってもらった(笑))麗夢ちゃんを助けるべく、外側に取り残された面々が動き始めます。大団円まで、あと一息です!

---------------------以下本文---------------------------
『もう、手遅れみたい・・・』
 ぼそっとその呟きが届いた途端に、 一旦は繋がった麗夢との連絡が切れた時、榊、鬼童、円光、アルファ、ベータの面々は、ほんの一時ではあったが完全なパニック状態に陥った。普段は冷静沈着な鬼童や榊が、「麗夢さん! 返事をしてくれ! 麗夢さん!」とあたりはばかることなく叫び続け、アルファ、ベータもニャンワンと小さな身体で精一杯鳴く一方で、円光は力を出し切ったせいもあって、難しい顔のまま地面にこぶしを突き立て、なすすべなく荒い呼吸に肩を揺らす。それでも円光は今一度気を凝らそうと両手の指を組み直すが、疲弊した精神力は容易に戻ってくるものではない。
「くそっ! 円光さん、鬼童君、なんとかならんのか!」
 全く麗夢からの返事がないことを悟ると、榊は焦慮もあらわに年少の二人に声をかけた。人外の者に対する能力としては、今目の前にいる二人の若者以上に優れた力をもつ者を、榊はただ一人しか知らない。その唯一無二の大切な存在が、恐らくは想像を絶する窮地に陥っていることは想像に難くないのだ。榊ならずとも、円光、鬼童の二人に期待をかけるのはやむをえないところだった。
「駄目だ、結界の力が強すぎる」
 しばらく般若心教を唱えて意識を集中していた円光は、やがて額に玉の汗を浮かべながら、再びその場に手をついた。
「こんなものしかないのでは・・・せめて実験室に帰ることが出来たら!」
 我に返った鬼童も、背広のポケットやショルダーバックからいくつかの機械類を取り出して並べ始めたが、その焦りに満ちた言葉を聴いては、今すぐここで役立つものは得られそうにないらしい。
「アルファ、ベータ、君達ならどうだ、何とか麗夢さんと連絡がつかないか?」
 榊のすがるような目を向けられて、子猫と子犬は顔を見合わせた。だが、程なく同時にがっくりと頭を下げて、打つ手のなさを榊に悟らせるばかりである。
「ええい、すぐそこにいる事が判っているのに、まるで手を出せないなんて!」
 榊は憤懣やるかたなくやにわに河原の石を拾い上げると、力任せに駒込川の流れに投げ込んだ。円光によるとその辺りから強力な結界が張られているというが、石は何の抵抗もなく川面まで飛び、水音と飛沫だけを散らしてすぐに見えなくなった。その手ごたえのなさに、結局自分は何も出来ない凡人だ、と言う厳然たる事実を突きつけられたように感じ、榊はがっくりとその場に腰を下ろしてしまった。
「しっかりしてください警部! 何か、何か方法があるはずです」
「左様。麗夢殿がまだがんばっておられる以上、我らも根を上げるわけには参らぬ」
 鬼童と円光が、顔面を蒼白に変えつつも気丈に榊に話しかけた。アルファ、ベータもまだあきらめていないとばかりに榊の足元までかけてきて、その髭面を見上げて鳴いた。榊も、もちろんその言葉に否やはない。ただ、では実際にどうしたらよいのだろうか。
「せめてその結界の内側に入ることが出来れば・・・」
 榊は、眼に見えない結界を、そうすれば見えてくる、とでも言うように睨み付けた。円光も榊と並んで結界と思しき河原を凝視したが、円光の力をもってしても気の流れがおかしくなっていること以上のことは感知できない。もちろん、アルファ、ベータの超感覚も、この結界に対しては何の効力も発揮できなかった。
 一方鬼童は、せめてこれまでのデータからだけでも何とか突破口が見出せないか、と、朝倉にくっつけた発信機の電波を受けていた、携帯ゲーム機のような受信装置を再び動かした。八甲田山の周辺の地図と、朝倉が出現した時に点いた光点が液晶画面に浮かび上がる。鬼童はそれを小さなスティックと装置のボタンを操作しながら調べ始めたが、程なく、おや? と声を漏らして、一段と熱心に装置にかじりついた。
「どうしたんだ、鬼童君、何か判ったのか?」
「・・・ええ、ひょっとしたらひょっとして・・・」
「何が判ったのだ! 鬼童殿!」
 榊、円光に加え、アルファベータも鬼童の元に駆け寄り、期待に一杯の目で真剣な鬼童の顔を見上げて待つ。そんな周囲の様子をあえて無視して機械の操作に集中していた鬼童は、やがてはっきりと一人ごちた。
「そうか、そうに違いない」
「何がそうなんだ?」
「にゃーん!」
「わん! ワンワンワン!」
 焦って答えをせがむ榊達に、ようやく鬼童は思わずほころんだ笑顔を見せた。
「うまくいけば、我々も結界の中に飛び込めそうですよ!」
「何だって?」
 期待していた答えとはいえ、さすがにこうもいきなり言われては、榊や円光と言えども判断に躊躇するのはやむをえない所だろう。何せ相手は、円光、アルファ、ベータという当代切っての能力者たちの束ねた力すらあっさりひしぐ力の持ち主である。その者が作った結界を破って中に侵入しようなど、およそ正気の沙汰とは思えない。だが、鬼童は喜び勇んで榊に言った。
「さあ、急ぎましょう! 早くしないと、間に合わなくなる!」
「ど、どこに行くんだね」
「朝倉さんの辿った道、すなわち青森第五連隊の通った道を、我々もそっくりなぞるんですよ!」
「第五連隊の辿った道?」
「そうです。それが多分、結界を抜ける唯一の通り道なんですよ。さあ早く!」
 鬼童は率先して苦労の末降りてきた山道をまた登り始めた。アルファ、ベータがあわててその長い足を追いかけて斜面を駆け上がる。榊、円光も、こうなっては鬼童の後を追うしかない。
「鬼童君! もう少し詳しく説明してくれ!」
 きびすを返す榊の背中を尻目に、円光は結界の方角へ振り向いた。
「麗夢殿、しばしの辛抱だ。拙僧、必ず助けに参る!」
 円光は軽く一礼を残すと、やにわに鬼童の後を追った。
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新作短編 その18

2008-10-05 23:01:17 | 麗夢小説 短編集
 今日は雨模様の天気の中、壷阪寺という古寺を訪ねました。高取城という日本三大山城の一つがある壺阪山の中腹、つづら折れの山道を上がったところにある、西暦703年開山の由緒あるお寺です。この壺阪山から真北の藤原京までに散在する古墳などを結ぶ南北の直線が、古代の聖なるラインの一つ、なのだそうです。ちょうどご本尊の十一面千手観世音菩薩像がご開帳されており、じっくり見学させていただくことが出来ました。今日は恒例の連載小説アップの日ですので詳細は後日改めて掲載いたします。
 それでは、続きを始めましょう。

----------------------以下本文-------------------------

『山の禁を犯す者はぁ、何人とてぇ許さぬぅ!』
 半ば閉じていたはずの遮光式土偶の目が突然大きく見開かれ、太い首と大きな目の間に押しつぶされたような口が大きく裂けて、文字通り咆哮した。全身ただ真っ白なだけの雪の塊のなかで、その目と口の中だけが灼熱の炎を燃やすがごとく、真っ赤に染まってその迸るエネルギーを吐き出していく。先ほどの叫びとは比べ物にならない大音声に、大気が目に見えて震え、あちこちで雪崩を誘発して谷の奥へと吸い込まれていった。
『とにかく早く朝倉さんから離れて! 「山」の怒りをこれ以上かきたててはなりません!』
「もう、手遅れみたい・・・」
『麗夢さ・・・」
 額に冷や汗を浮かべつつぼそりと麗夢がつぶやいた時、動揺した鬼童の呼び声が、ふつり、と切れた。恐らく想像を絶する膨大な力を放出した遮光式土偶=八甲田山が、円光達の精神力をも凌駕する心的なエネルギーで、結界を更に強く、高密度に織り上げたのであろう。その威力は、夢の戦士となって飛躍的に精神エネルギーに対する抵抗力を増した麗夢にしても、その肌にひしひしと危険を意識させられるほどになってきていた。完全に遮断していたはずの冷気がじわじわと再び浸透を始め、露出した肌に、ぽつぽつと鳥肌があわ立ち始めている。このまま推移すれば、裸同然の身で雪山に立つというその見た目と、自分の感覚が一致するまでにはさほどの余裕もないであろう。麗夢はようやく立ち上がると、剣を両手で青眼に構え、まっすぐ遮光式土偶を睨みすえた。
「朝倉さん! 下がって!」
 張り詰めた気を更に絞り込み、鮮烈な闘気に練り上げていく様が、背中越しに伝わったのであろう。朝倉はごくりと息を呑むと、尻餅をついたまま後ずさった。
『とこしえに凍りつくがいいぃ!』
 開いたままの巨大な口から、突然無数の雪玉が麗夢めがけて降り注いだ。一つ一つは野球ボール程度の大きさだが、まるで機関砲のごとく撃ち出され、暴風を伴う吹雪のように麗夢に襲い掛かる。麗夢は気を振り絞って剣の青い光を一段と輝かせながら、一足飛びに雪の土偶めがけて突っ込んだ。一瞬麗夢の姿を見失った土偶が、猛烈な雪玉を左右に撒き散らしつつ足元に狙いを変える。だが、ここは麗夢のほうが一歩早かった。麗夢は一気呵成にその足元まで駆け寄ると、相手の右足に思い切りよく斬り付けた。表面を氷で鎧われ、ほとんど鋼鉄の強さを持った太い土偶の足が、その一撃で見事に粉砕された。雪玉を吐き出しつつ、バランスを崩した土偶が右によろけて谷の崖に激突する。土偶の背後で急転進した麗夢は、その背中を間髪いれず駆け上がるや、今度はその太い首を横様に殴りつけた。
「でやぁあああああっ!」
 気合一閃!
 ほとんど雪を蹴り飛ばす勢いで土偶の首をなぎ払った麗夢は、そのまま宙を飛んで再び土偶正面に降り立ち、剣を青眼に構え直した。その目の前で、足をくじかれ、首を切り落とされた雪の巨大土偶が、膨大な雪煙をまといながら崩れていった。
(まだだわ。まるで手ごたえがない!)
 麗夢は軽く肩で息をしつつ、見た目とは裏腹に相手の力が一向に弱まっていないことに思わず舌打ちをした。その目の前で、一度は崩れた雪の小山となった遮光式土偶が、まるで時間を逆に進めたように改めて同じ姿に復元していく。恐らく幾ら突き、斬り、薙ぎ払おうと、ただの雪の塊に過ぎない目の前の敵に致命傷を与えることは不可能であろう。だが、どこかにこの膨大な力を統御する核があるはずだ。その核を直撃しなければ! 麗夢はすぅっと息を整えると、まだ復元途中の雪の土偶めがけ、もう一度地面を蹴った。三角跳びの要領で左の崖中腹に足がかりを求めた麗夢は、思い切りよく全身のバネを効かし、今度は土偶の胸辺りに突っ込んだ。上段に振り上げられた剣が、雪と激突する瞬間に振り下ろされる。どごぉっ! と雪を突き破った麗夢の肉体が、ようやく形を成し始めた土偶の胸と背中に直径2mはある大穴を開けた。だが、今度の修復は予想以上に早かった。麗夢が着地してもう一度背後からの突撃を敢行しようとした時、既にその穴は塞がり、土偶がぐるりと麗夢の方へ向き直っていたのである。あ、と思う間もなく、びゅん! と猛烈な風圧を伴って、不気味に伸びた腕が麗夢を正面から迎え撃った。間髪いれず駆け込もうとした麗夢の華奢な身体が、思わぬカウンターになす術もなく反対方向に跳ね飛ばされた。
「このっ!」
 麗夢は歯を食いしばって体をひねった。だが、何とか着地を決めようとした麗夢の背中が、今度は岩の塊のような硬いものにぶち当たった。肺の空気が瞬間的に強制排気され、後頭部を強打して、意識が唐突に暗転する。パニック寸前の途切れかけた頭に、崖はまだ先のはず、と言う疑問符が点滅する。だが、その正体を確かめる間もなく、麗夢の背中が猛烈な勢いで前に押し出された。麗夢は川原の氷を跳ね上げつつ、数メートルを飛んでうつぶせに倒れこんだ。
「な、なんなのよ一体・・・」
 落とさなかったのが奇跡的な剣を支えに、麗夢はかろうじて上体を持ち上げた。そして、今、自分をここまで投げつけた相手の正体を見た。
「う、そ・・・」
 いつの間に現れたのだろう。麗夢の目の前に、巨大な雪製の遮光式土偶が立ち塞がっていた。まさかと背後を見返ると、そこにも同じ雪の土偶が傲然と谷をふさいでいる。2体に増えた巨大な土偶の口元が、にやりとひねりあがったかのように見えた途端、同時にその右手が白い雪煙を上げながら鞭のように伸びた。
「っ!」
 思わず上にジャンプした麗夢は、すぐにそれが致命的な失敗だったことを悟った。
「しまっ!」
 た、と思った時には、既に麗夢の視界は猛烈な勢いで迫る真っ白い壁に覆われていた。麗夢は次の瞬間、ちょうどヒトが宙を舞う蚊を叩き潰すかのように、前後から息の合った土偶の左手によって押しつぶされた。一拍置いて開いた雪の手から、失神して脱力した麗夢の体が零れ落ちた。

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新作短編 その17

2008-09-28 21:59:50 | 麗夢小説 短編集
 PCの挙動不審なピープ音、どうしても止まらないので、今朝になってあけてみたところ、CPUクーラーに大量の埃がたまっておりました。ひょっとしたら、この埃のせいで熱交換がうまくいかなくなり、熱暴走しているのかもしれない、と思いましたので、出来るだけ綺麗になるよう掃除してみました。一応開けた当初からしたら見違えるようになりましたが、その後ふたをして起動してみても、まだピープ音が鳴って起動できません。何度かリセットスイッチ押したり電源落としたりしているうちに起動できるようになり、と思ったら昼ごろにはフリーズしたり、と、まだ安定して動くところまで到達しておりません。夕方以降、とりあえずピープ音とともに起動失敗、はなくなり、一見安定しているように見えますが、さて、このまま安定期に入ってくれますかどうか。そんな不安いっぱいなシステムをかかえつつ、今日も恒例の短編小説を更新します。ようやく敵の正体が明かされると言うか、本格的にはもうちょっと待って、というか、とにもかくにもここまできました。まだまだ引っ張る方法もあるにはありますし、それも面白いかも、と思わないでもないのですが、とっとと終わって次のことをしたい、というのもありますし、ここは思案のしどころですね。来週には答えを出して続きを書こうと思います。
それでは、お話、スタート!

---------------------本編-------------------------

「その声は鬼童さんね?! どこ? どこにいるの?!」
「私達は今、駒込川にかかる大滝という滝の側にいます。麗夢さんと朝倉さんがいるその場所です!」
 麗夢は咄嗟に辺りを見回したが、鬼童はもちろん、円光、榊の姿もない。近くには、不審げな面もちの朝倉幸司がただ一人いるだけである。
「どう言うこと?・・・!」
 と呟いた麗夢は、朝倉が全く鬼童の声に反応していないことに気が付いた。あれ程明瞭に聞こえたのだ。すぐ近くにいた朝倉が聞き逃したとは思えない。その事を問いかけようとした麗夢の頭に、もう一度鬼童の声が響いた。
『麗夢さん! 僕は今、円光さんとアルファ、ベータの力を使って、二人が囚われている強力な結界の中に、声だけを届かせているんです』
「結界?」
『そうです! 言うなれば次元の狭間。現実世界からズレた異質な空間が、この駒込川の流域に出現しているんですよ。もうもの凄いエネルギーです! 円光さん達の力を振り絞っても、僅かに麗夢さんへ声を届かせることしかできません。このラインだっていつまで保つか判らない! だからよく聞いて下さい! 敵は、僕たちの敵は・・・』
「あ、あれはなんだ!」
 朝倉の上げた悲鳴にも似た声に振り向いた麗夢は、遂に形をなしたその巨大な姿に一瞬だけ虚を突かれた。
「あれって、遮光式土偶・・・?」
 分厚い瞼が覆い被さり、ほんの一筋うっすらと開いているばかりに見える巨大な両目。恰幅ある胸板とその両脇に垂れ下がる太い腕。雄大な腰回りに相応しい太股が急激に細くなり、膝らしいものもないまま絞り込まれた短い足。それは、八甲田山からおよそ50キロほど西に行った津軽半島の西の付け根にある縄文時代の遺跡、亀ケ岡遺跡から多数出土し、その異様な姿から、宇宙人を象ったとも称される、遮光式土偶その物の姿であった。全身白色に光り輝く身の丈十数メートルの遮光式土偶は、巨大な一歩を谷のせまい河原へと降ろし、太いが短い両腕を振り上げた。
「危ない!」
 麗夢が突き飛ばすように朝倉に飛びつくと、鞭のように唸りを上げて、急激に伸びた腕が、間一髪麗夢達の立っていたところを殴りつけた。何トンにもなろうかという雪の塊が叩き付けられ、ちょっとした小山のような雪が積もった。
『ぐぅおおおおぉおう!』
 ほとんど口らしいものも見えない雪製の土偶が吠えた。びりびりと空気が震え、その一声だけであちこちで雪崩が起こり、谷を埋める勢いで雪が落ちてくる。土偶はその雪も吸収し、更に一回り大きくなりつつあるようだ。
『麗夢さん! 聞こえますか?! 麗夢さん!』
「だ、大丈夫。聞こえてるわ。鬼童さん」
 間一髪難を逃れた麗夢は、更に凶悪な姿に成長しつつある「敵」の姿に戦慄を覚えつつ、頭の中の鬼童の声に返事をした。すると鬼童は、明らかにほっと安堵の声を漏らして、麗夢に言った。
『麗夢さん、まずは朝倉さんから離れて下さい。絶対に近づいては駄目です。ましてや、身体に触れたり、その、そ、それ以上に接近したりするのは厳禁です!』
「どう言うことなの? 私今、朝倉さんをかばってちょうど抱きついた格好になっているんだけど?」
『な、抱きつくなんて絶対駄目ですよ! 麗夢さんすぐ離れ・・・』
 ほんの僅かであったが、まるでラジオの周波数がずれたように、耳障りな雑音と共に鬼童の声がかすれて消えた。その刹那の間に、『一体麗夢殿はどうなっているのだ!』という苛立たしげな声が聞こえたような気がする。麗夢は軽く溜息をついて、語りかけた。
「鬼童さん、落ち着いて! アルファ、ベータ聞こえてる? 聞こえてたら、円光さんに落ち着くように言って! これじゃおちおち話もできないわ」
 すると、何となく「面目次第もない」と言うような気配が感じられた途端、また、明瞭に鬼童の声が聞こえてきた。
『す、すみません麗夢さん。円光さんが取り乱してしまって(拙僧だけではない! 鬼童殿!)。いいからちょっと黙って念を凝らしていてくれって! ああ何度もすみません麗夢さん、とにかく朝倉さんとできるだけ離れて下さい。奴は、朝倉さんに危害を加えるようなことはありません。むしろ、貴女と一緒にいる方が、巻き添えを食う危険が大きくなる』
「巻き添えって、敵の狙いは最初から私なの?」
『いいえ、本来はそうではありませんでした。でも、あの「雪中行軍資料館」で貴女に明確な敵意を抱くようになったんです』
「え? 私何かしたの?」
『事を起こしたのは朝倉さんです。でも、その相手となったせいで、貴女が狙われているんですよ。とにかくこれ以上相手を刺激してはなりません。まず朝倉さんから離れて! 対応はそれからです』
 麗夢には何がどういうことなのかさっぱり判らなかった。だが、鬼童がこうもせっぱ詰まって何度も力説する話に、何の根拠もないはずがない。となれば、まずは朝倉に下がるように言って、自分はここであの雪玉の遮光式土偶の化け物を食い止めることに専念するまでだ。その前に麗夢は、これだけはどうしても知りたい疑問を、鬼童にぶつけてみた。
「その相手って言うのは何者なの? 鬼童さん知ってたら教えて!」
『「山」ですよ!』
 間髪をいれずに返ってきた鬼童の言葉に、麗夢はきょとん、と鸚鵡返しした。
「やま?」
『八甲田山その物が、今回の敵なんです!』
「八甲田山そのものですって?!」
 ようやく理解が追いついた麗夢の目の前で、そのまま海を渡って雪祭りに参加すれば相当な好評を博しただろうほど、精密で巨大な遮光式土偶の雪像が、完成の時を迎えていた。
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新作短編 その16

2008-09-21 19:52:34 | 麗夢小説 短編集
 今日は今年を象徴するようなゲリラ豪雨が頭上を襲いました。ちょっと3時のおやつでも見繕って来よう、と外出したところ、北の方の空が真っ黒な雲に怖気を震うほど覆われているのが見えておりました。真上は晴れ間も見えておりましたし、一応傘は持って出たので歩き始めましたが、思いのほか雲の動きが早く、たちまち雲が近づいてきます。更にぴかっ! と雷が瞬き、数秒遅れておどろおどろしい雷鳴が轟きました。これは少々厄介なことになるかも、と道を急ぎ、半ばにかかろうと言うところで、ぴかっ! どしゃーん!てな具合に雷が頭上を圧する轟音をかなで、私は大慌てで信号を渡り、すぐそこの行きつけのスーパーに飛び込みました。
 で、買い物を済ませて出ようとすると、猛烈な風に乗って無数の大粒の雨がアスファルトを叩き、道路をたちまち川に変えている様子が。時おり雷も鳴って瞬間的な停電もあったりしつつ、結局20分くらいして小ぶりになるまで、スーパーのガラス越しに秋の嵐を見ておりました。この間の台風が大したことなかっただけに、これは遅ればせながらやってきた台風のような天気だと感じさせられました。
 
 さて、そんな状況には見舞われましたが、こちらも嵐が猛る展開となりますでしょうか。それでは、日曜恒例の連載小説、続き、行きます。

---------------------本文----------------------------

 一瞬、眼底が漂白されるほどの膨大な光が、谷間の全てを真っ白に呑み込んだ。一足早く、その中心近くまで迫った雪玉が幾つか、はじけるエネルギーに、じゅんっ! と音を立てて消滅する。更に遅れて飛び込む雪玉が、横薙ぎに走る青白い光芒にまっぷたつとなって吹っ飛ばされた。谷を埋め尽くした光がようやく薄れ始めると、その彗星のごとき青い光をふるう姿が忽然と姿を現した。
 赤を基調とした女戦士。肩と膝を覆う硬質のプロテクター。腰と胸の大事なところを辛うじて覆い隠すビキニ。夢の戦士、ドリームハンター麗夢の真の姿が、碧の黒髪を艶やかな背中に打ちかけつつ、ひらりと宙を舞って雪玉を迎え撃った。
 その両手に握る剣が、刀身に宿る蒼い光を一段と強め、一閃の光芒を残して数体の雪玉を切り裂いた。カモシカのような足が崖の岩場を蹴る。フィギュアスケートのように高速回転しつつ転がり落ちてくる雪玉をかわし、飛び込んでくるものを薙ぎ払い、切り捌き、突き飛ばして、更に麗夢は頭上高くジャンプした。数十メートルは下らない切り立った崖をカモシカもかくやとばかりに駆け上がった麗夢は、遂に崖を飛び越え、雪玉達の頭上をとった。
(何処? 何処にいるの?)
 ふわりと宙を舞いつつ、麗夢は足元のま白き平原と、その平原をほの黒く割り裂く駒込川の谷を見る。その崖頂上の両端に蠢くのは、あの雪だるま達である。
(一体どこ?!)
 麗夢は両岸の雪だるま達を交互に見据え、気を澄ませてあの殺気の源を探ったが、まるでそれらしい姿は無い。しかも、かえって殺気が拡散したのか、あれ程明確に自分を指向していた殺気の方向すらはっきりとしなかった。と言うよりも、一段と360度、あらゆる方向から監視され、挑まれているかのように麗夢が感じたとき、突如それは襲いかかってきた。
 ジャンプの頂点に達し、背面飛びの要領で体を入れ替えた麗夢は、右か左の雪だるま達のただ中に飛び込んで蹴散らしてやろう、と背中越しに眼下を見やった、その時。これまでにない猛烈な突風が、いきなり麗夢を巻き込んで更に上空高く跳ね上げた。
「きゃっ!」
 思わずバランスを崩して錐もみ状に飛ぶ麗夢の背中を、巨人の張り手のような一撃がぶつけられた。ぐはっ、と肺の空気を全部強制的に吐き出され、エビぞりにのけぞったまま、猛烈な勢いで地面へと落下する。その無防備にさらけ出されたお腹に、稠密に圧縮された風の塊が撃ち込まれた。麗夢の身体が九の字に折れて、暴風に晒された木の葉のように再び舞い上がり、それをもう一度、透明な巨人の手、吹雪の一陣が、地面目がけて叩き付けられた。急降下爆撃ではなたれた爆弾のように麗夢の体が一直線に落ち、真下の水面に突き刺さった。
 ザブーン! と、真冬の八甲田山系にありうべからぬ着水温が木霊し、盛大な水柱が立ち上がる。宙を舞った水滴がたちまちで氷と化して、折からの風に雪と混じる。麗夢の身体は、空中で暴風に弄ばれている内に流され、大滝の滝壺に落下したのだった。
 水柱がおさまり、淵に刻まれた波紋が静まる頃、その岸辺に雪だるまの大群が集まった。白い雪玉達が滝壺を覗き込むように折り重なって、不気味に蠢きを繰り返している。その静かな喧騒の中、低い女の声がどこからとも無く、流れ出た。
『ふっ、他愛もない。・・・なに!』
 数瞬の勝利の余韻。その沈黙が、突然川面を割った赤い颶風に撃ち破られた。
「いったいじゃないの! この!」
 盛大に水しぶきを上げながら飛び上がった半裸の少女は、手にした剣を一段と青白く輝かせ、密集する雪だるま達に飛びかかった。一閃して数体の雪玉が斬り飛ばされて蒸発し、二閃で更に倍する雪だるまが蹴散らされる。たちまち河原に丸い空隙が生じ、その中心で暴れる剣が、その空隙を更に広く刈り取った。麗夢は、直径数メートルに広がった雪刈り場の中心に降り立つと、右手に剣を構えつつ、周りと取り囲む雪だるま達を睨み付けた。
「これくらいじゃ私は倒せないわよ! いい加減、姿を見せなさい!」
 ほんの数秒で心臓を強制的に止めうる水に落ちて更にそこから飛び出し、零下十数℃、体感温度は更にその数倍低いであろう中で、圧倒的な存在感をもって辺りを睥睨する半裸の美少女。そのほとんど何も身につけずに肌を晒している姿が雪に囲まれているのを見るのは、永らく雪の中を旅してきた朝倉でさえ、非現実感に囚われる不思議な光景であった。
「麗夢さん、貴女は一体・・・」
「朝倉さん!」
 麗夢は、果敢に雪だるまの壁に突撃すると、瞬く間にこれを蹴散らし、その外まで近づいていた朝倉と合流した。
「さあ、話して! この雪だるま達は何? あなたは、こいつらと一体何を約束したの?」
 麗夢は朝倉を背中に回し、啓開した雪の壁を新たに埋め、此方に向けてじりじりと迫る雪だるま達に剣を向けた。雪越しにはっきりしなかった麗夢の姿を目の当たりにして、朝倉は、思わず口ごもって顔を赤くした。だが、雪だるま達に意識を集中する麗夢には、朝倉の様子は分からない。その変化に目ざとく気づいたのは、雪だるま達の方だった。
「え?」
 麗夢は突然また奔騰した怒りの炎に、朝倉をかばって一歩身を引いた。その途端、またしても怒りの波が更に高まり、麗夢の身体を朝倉へと近づけた。
『お、おのれおのれおのれおのれぇっ!』
 雪だるま達の怒りが遂に限界を超えようとしたその時。
「麗夢さん! 朝倉さんから離れるんだ!」
 聞き慣れた叫び声が麗夢の耳を突いたとき、怒りの大きさに比例した巨大な白い塊が、麗夢の視界を覆い尽くした。
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新作短編 その15 +お知らせも少し

2008-09-14 23:52:03 | 麗夢小説 短編集
 連載小説、今日からいよいよ麗夢ちゃん戦闘シーンに突入! なるべく盛り上げて行きたい訳ですが、あれもやりたい、これもやりたい、と結構考えることばかり先走って、書き込むのが大変です。話の流れから出来ないこともありますし、多少無理しても入れたいものもあれば、それ程こだわりの無いものもあり、まだまだ終盤のクライマックスは始まったばかりですので、これからそれらを整理整頓した上、きっちり話をつめて行きたいと思います。

 ところで、本編に入るまでに少しご紹介をば。
 「ドリームハンター麗夢」のDVD企画を実現された敏腕プロデューサーの松本竜欣様が、このたび、実写特撮に進出、素晴らしい企画を進行中です。
詳しくは「オフィス・ファンタム」ブログhttp://blog.livedoor.jp/kimidori1983/を参照願いたいのですが、その名も『ビットバレット』という、女子高生同士のバトルを描いた物語です。女優陣には今をときめくジュニアアイドル達を配し、監督は『時空警察ヴェッカーシグナ』の畑澤和也、 デザインワークスには我らが谷口守泰&毛利和昭 という豪華メンバーです。これから「オフィス・ファンタム」ブログを初め、ネットでも色々な仕掛けをされていかれるはずですので、今年後半は大変面白いことになりそうです。

詳報はまた改めて随時お知らせしていきたいと思います。
では、本編いきます!

------------------------------本編開始---------------------------------
「あなたは誰なの?」
 構えた銃口の先に佇立する白い塊。咄嗟に連想されるのは、そう、それはまさに、雪だるまであった。ただし、目も口もなく、バケツもかぶっていない。ただ白色の雪の塊が、人の背丈ほどに雪原の上へ積み重なっているに過ぎない。それでも、それが一つの意志を体現するかのように、強烈な殺気をまとう圧倒的な存在感が、その白い塊に凝集しているのは間違いない。
『百有余年前の約定、その成就を妨げる者は、その身を以て罪を購うがいい』
 言い分に耳を傾ける気など露ほどもなかったに違いない。その言葉が放たれた瞬間、雪の塊に凝集していた殺気が言葉と共に急激に膨れ上がったかと思うと、さきに倍する勢いの突風が、猛烈な吹雪となって麗夢に襲いかかってきたのである。
「きゃあっ!」
 麗夢は思わず前屈みになって風圧に耐えた。腰まで届く碧の黒髪が千路に乱れて風に巻かれ、ウィッグとスカートが引きちぎれんばかりにはためく。咄嗟に顔をかばった両腕や露出した太股にもたちまち雪が分厚くへばりつき、瞬く間に風上の半身が雪のオブジェへと変化していく。一点集中した吹雪が、瞬く間に麗夢の腰まで雪を積み上げ、更にそのけして大きくはない身体を呑み込んでいく。もちろん、今もこの夢の幻覚に対抗して、麗夢の力は全力を振り絞っている。それでも、恐らくは本体であろうこの白い脅威が吹き出してくる吹雪の姿、そしてその凍え切った冷気の強さは、麗夢の力をじわじわと押し返し、その肉体から確実に体温を奪っていくのだ。
「・・・っの! いい加減にして!」
 麗夢は目を開けるのさえ困難な正面をぐっとにらめ付けると、付着した雪ですっかり真っ白に変じた銃を構え直し、気力を振り絞って引き金を引いた。
 耳を聾する銃声が、正面から襲い来る吹雪を切り裂いた。両側を高い崖に挟まれた谷間に反響した炸裂音がどこまでも木霊し、満ち満ちた殺気さえ、一瞬で吹き飛ばす。まるで神の怒りを鎮める乙女の祈りが届いたかのように、辺りに再び静寂を取り戻した河原で、麗夢は原型を留めることなく崩れた雪の塊に目をやった。
「終わった・・・訳ないか!」
 麗夢は、きっと右手の崖を見上げると、その光景に思わず息を呑んだ。崖の稜線に、はるか彼方までずらりと並ぶ白い姿。振り返ってみれば向かいの崖上にも、いつの間にか無数の白い雪だるまが立ち並び、麗夢を見下ろしている。麗夢は銃を構えたまま、崖の上目がけて呼びかけた。
「あなた、何者なの?! どうして朝倉さんにこんな悪夢を見せるの? 答えて!」
『・・・我が雪に触れ、我が冷気に晒されて、何故凍らない。貴様、何者だ・・・』
 頭上から降り注ぐ強烈な怒りに、ほんの僅か、戸惑いと疑念が混じり込んだ。頭上をとられ、状況は圧倒的に不利ではあるが、少なくとも今度こそは話をすることができそうである。相手の正体も不明な今、このチャンスを逃しては、勝機を見いだすことすらできない。麗夢は一旦銃を降ろすと、改めて語りかけた。
「私は、ドリームハンター、綾小路麗夢! 私立探偵よ!」
『あやのこうじ・・・そうか貴様、夢守か・・・』
 どうやらこれ以上の自己紹介は不要らしい。麗夢は少しほっと息を付くと、改めて頭上の雪だるま達に語りかけた。
「どうやら私のことはご存知のようね。だったら次は、あなたのことを教えて頂戴! 朝倉さんを狙うのは何故? 約定って、何を約束したの!」
 だが、気を許すのはまだ早すぎた。
『何を約束したか、だと・・・。夢守風情が、出しゃばるでない!』 
 一段と怒りの気が高ぶったかと思うと、上から叩きつけるような大音声で、狼の咆哮のごとき声が谷全体に鳴り響いた。
『これ以上の邪魔は許さぬ! 早々にこの場から立ち去れい!』
 その途端、遠目にも、ぐらり、と雪だるまが一体、傾くのが見えた。更に一体、また一体と、雪の塊がその身を傾け、やがて次々に谷底目がけダイブを始めたのが見えた。大半は斜面を転げ落ちてくるが、中には途中で跳ね上がり、そのまま宙を飛んで直接河原目がけて落下してくる。更にその後を追って、陸続と落ちてくる多数の雪だるまが砕けながら一つになって、雪崩と化して谷底目がけ流れ落ちてきた。
「んもう! どうしてこっちの話は聞いてくれないのよ!」
 麗夢は改めて銃を構え、落下してきた雪玉を二つ撃ち崩した。だが、今度は何より数が多い。しかも、右からも左からも際限なく落ちてくる雪玉と雪を見れば、たとえ避け続けていたとしてもいずれこの谷その物が埋め尽くされるのは時間の問題のように思われた。
「朝倉さん! 危ない!」
 そんな最中、殺気の突風に尻餅をついたままだった朝倉の頭上に、一際大きな雪玉が転げ落ちてきた。朝倉も頭を抱えてその場に伏せたが、間一髪、雪玉は朝倉のすぐ右脇に落下して崩れた。その隙に麗夢が駆け寄って、朝倉に手を貸してともかくも立たせる。すると、周囲に充満した怒りが一段と沸き立ったように、谷全体が鳴動した。その怒りに身をすくめた朝倉は、狼狽も明らかに叫んだ。
「誤解だ! 私はちゃんと約束を果たしに来たじゃないか! 彼女は関係ない!」
 だが、その言葉は単に怒りを掻き立てただけだった。谷を走る雪崩が次々と麗夢達の足元に波のごとくうち寄せ、その動きを封じるや、少なく見ても十は下らない雪玉が次々と跳ねて、頭上から襲いかかってきた。
「こうなったら!」
 麗夢は拳銃をしまい込むと、最後の奥の手とばかりに両手をまっすぐ頭上に掲げた。
「はああああああぁっ!」

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新作短編 その14

2008-09-07 10:39:19 | 麗夢小説 短編集
 どうやら今日の天気は残暑厳しい晴れ模様。特段の注意をせずとも安堵してインテックス大阪まで足を伸ばせそうです。コミトレ12参加の後は、日本橋に移動してオフ会ですので、今夜は大分遅くなる見込みです。時間と疲労度合いによっては更新もままならないかもしれませんので、忘れないうちに週一連載の小説をアップしておきましょう。

---------------------以下本文---------------------------

 「それ以上しゃべっちゃ駄目!」
 麗夢はその光景を見た瞬間、あらん限りの声を張り上げ、朝倉の動きを制止した。麗夢自身は、今朝倉を含む数人の男達が演じつつある光景が何を意味するのかは知る由もない。だが、この寒気森々と満ちた、一種荘厳ささえ感じられるこの夢の世界にうち寄せる、期待と歓喜の波を感じ取ったとき、何はともあれ、朝倉を制止なければ、という思いに駆られたのだ。そしてその判断はどうやら正しかった。満ち満ちた悦びの気が一瞬で萎み、代わりに、無理矢理留められた事に対する怒りと苛立ちの気が恐ろしいまでに急速に高ぶるのを麗夢は見逃さなかった。今の今まで、漠然としてその存在すら定かではなかったそこはかとない悪意の源が、今、まさにその気配を凝集し、目の前に現れようとしている。麗夢は思わず左脇のホルスターから、愛用の拳銃をとりだした。そして、鋭く左右に視線を配る。目の端に、呆然とこちらを見上げる朝倉の姿が映る。その向こうには、冷え冷えとした流れを刻む駒込川の水面。更にその先には、所々申し訳程度に雪をへばりつかせた切り立った崖が、何者も寄せ付けぬとばかりに黒々とそびえ立ち、麗夢の視界を遮っている。と、ふと気づくと、朝倉のすぐ側にいた男達の姿が、ない。他と比べて僅かに広い河原となったその谷底の窪地には、いまや朝倉ただ一人が佇むばかりである。麗夢は、意を決すると慎重に道を選び、ついに朝倉の立つ河原まで降り立った。
「朝倉さん! 大丈夫?」
 だが、朝倉は、さっき遠目で見たのと同じく、惚けた顔つきで此方を見返すばかりだ。
「朝倉さん! しっかりして!」
 麗夢は両手で銃を前に突き出しつつ、油断無く辺りを見渡した。朝倉に近づくにつれ、険悪な気配はどんどん強くなっていく。だが、まだその気配が発せられるポイントが特定できない。この、周囲を崖に取り囲まれた地形のせいだろうか。まるで、全身を圧するかのように、頭上の全方向から強烈な殺意が降り注いで来るかのようだ。
「朝倉さん目を覚まして! これは、貴方の夢なのよ! 貴方が目を覚ませば、この悪夢も消えて無くなるわ!」
 だが、麗夢が念を込めて必死に呼びかけたにもかかわらず、朝倉の反応はすこぶる鈍かった。これには麗夢も不審を覚えずにはいられなかった。幾らここが何者かの生み出した悪夢のただ中とはいえ、麗夢がその力の一端を解放して呼びかけたからには、何らかの影響が出てくるものだ。たとえば悪夢の映像が揺らいだり、悪夢に囚われる人が、一時的にせよ惑いから目を覚まし、麗夢に対して反応を示したり。しかし、今この悪夢は非常に安定した形で、麗夢の力を寄せ付けようとしなかった。
「朝倉さん?」
「君は、誰に声をかけているのかね?」
 初めて朝倉がしゃべった。麗夢は一瞬、ぽかんと気をとられ、すぐに目の前の青年に呼びかけた。
「だから、朝倉さん」
「私は、朝倉という名前ではない」
「は?」
 おかしい。見た目は確かに朝倉に見える。あの、人好きする甘めのマスクは、間違いなく朝倉その人の顔であり、格好こそあの幸畑の資料館で借りたと思われる明治時代の陸軍外套や軍帽をかぶっているが、それ以外は、ついさっき、資料館前で、自分をナンパした若者の姿その物にしか見えない。ただ、雰囲気が明らかに変わっていた。あの資料館前で見せた軽薄な姿は完全に影を潜め、まるでどっしりと地に据えられた巨岩のような落ち着きが、その口調や目の光に感じられる。
「じゃあ一体・・・」
「君こそ何者だね。ひょっとして、『彼女』の侍女か何かか?」
「え? 侍女って・・・」
「君は『彼女』に命じられて、私をこの八甲田山まで連れて来たんじゃないのかね?」
「私が、連れてきた?」
「そうだ。私と『彼女』との約束を果たさせるために。でもせっかく後一歩だったのに、邪魔しないでもらいたかったな。そんなに『彼女』はご立腹なのかね。そろそろ許してもらえるよう君からも口添えしてもらえないだろうか?」
 朝倉は、20そこそこの外見からは想像付かない、落ち着いた声とやや年寄りめいた話しぶりで麗夢に言った。どうやらすっかり麗夢をその『彼女』とやらの侍女か何かに勘違いしているようだ。
「『彼女』って誰? 約束って、何を約束したの!」
 麗夢は、拳銃を握ったまま、朝倉につかみかからぬばかりに迫った。落ち着き払っていた朝倉も、さすがにこれには少し慌てたようだった。
「おいおい! 『彼女』と言ったら、この山の・・・」
 朝倉が告げようとした瞬間だった。これまで崖に阻まれ、僅かにそよぐばかりだった風が、突如大量の雪を巻きながら、猛烈な勢いで二人に吹き付けた。正面からまともに受けた朝倉があっさり尻餅をつき、麗夢もはためくスカートを抑えながら、必死に身をかがめた。風が動いたせいだろうか。一段と凍える冷気が肌を斬りつけるように露出した太股やふくらはぎに襲いかかり、拳銃を握る手を凍えさせた。と同時に、そんな冷気などささやかな涼風にしか感じさせぬほどの殺気が、麗夢の背中に氷の刃となって突きつけられた。
「くっ!」
 麗夢は必死に振り返ると、銃口をその殺気の焦点に突きつけた。と同時に、ひとしきり谷を席巻した突風が過ぎ去り、再び落ち着きを取り戻した河原で、遂に麗夢は、相手の正体を知った。
『軽々に吾が名を口にするでない』
 白い、ただ白いだけの背景に溶け込むような白い姿が、麗夢の目に映った。
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新作短編 その13

2008-08-31 22:31:40 | 麗夢小説 短編集
 昨晩は絶望的、と思っていた今日の天気、明けてみれば見事な晴空で、一日、暑いくらいでした。これなら仕事もまずまずだろう、と感じたとおり、仕事の方は順調にこなすことができましたが、最後の最後で、帰路、大阪から奈良盆地のほうへ二上山-葛城山の山並みを貫くトンネルを越えた途端、空が暗くなって大粒の雨が。そのうち止むか、との期待もむなしく、雨は強くなるばかりで、結局最後は合羽を着てバイクで走ることになりました。まあ行きから雨に遭うよりは遥かにマシな結果でしたので、満足しておくことにいたしましょう。
 というわけで、日曜恒例の小説更新をいたします。ちと量が少ないのは、話の展開上ここで切って以後の展開を次回に廻したかった、というのと、単純に時間の都合ということとで、それぞれご勘弁を願うとして、早速始めましょう。どうやら、ようやく終わりが見えてきましたようです。

---------------------以下本文-----------------------

・・・ユキーノシン-グンコォオリヲーフンデドーコガカワヤラミチサエシレズーゥッ、ウマーハタオォレルスーテテモオケズ、コーコハイーズコゾミーナテキノクニ、ママーヨダァイタンイィイップクヤレバ・・・。
 自然に耳についたフレーズが頭の中で鳴り響きだしたのは、果たしていつからであろうか。初めのうちこそ、確かに日本語、と思われるのに音だけではまるで歌詞の内容も理解できず、単純で画一的な旋律にも不快に近い違和感しか覚えなかったのだが、いつの間にか、そう、本当にいつの間にか、気がつくと頭の片隅にそのメロディーが流れているようになり、次第に慣らされてしまったのか、不快さも不思議さも感じなくなり、いつの間にか、歌詞の内容も判るようになってきていた。ある日、勝手に自分がそれを口ずさんでいたことに気がついたときにはさすがに驚いたが、それもしばらくするうちに当たり前になり、今や僕は・・・俺は・・・、・・・私は、自分がそれを歌うにふさわしい者である事を疑わないようになってきていた。
 思い出したのだ。
 あの日。ラッパの音も高らかに、第二大隊第五中隊長の指揮で筒井の営舎を出発し、田茂木野の老村長の言葉を無視して山に入り、文字通り地獄の1週間を過ごしたあの日の出来事を。そして、あの、全てが絶望に白く塗り固められたかのような中で、唯一さしのべられた手に誓った約定のことを・・・。自分は、その約定を果たすため、ここまで来た。だが、正確に言えばこれは、約定を違えるな、と相手から迫られ、ここまで半ば強制的に呼ばれてきた、と言うべきなのだろう。もっとも、最初のきっかけとなったスキー旅行計画、そしてあの夜の肝試しは、この私が最初に立案したのだ。そのことを思えば、無意識下では約定のことを忘れてはいなかったという強弁も、成り立つことだろう。もちろん、それが言い訳以上のものではないことは百も承知であるし、そもそもそれでどの程度損ねたご機嫌をなだめることができるかどうかも判らない。現にこうしてここまで、半ば無理矢理に引っ張りまわされてきた。もう思い出した、と謝っているのに、あえて全行程をなぞらえ、艱難辛苦を再現して見せるあたり、そのへその曲げようもうかがえるというものだ。でも、ここまで来たらそろそろその機嫌も直していただかねばならない。こうして曲がりなりにも自分は約定に従いここまで訪れた。これで契りは成就し、我が戦友、我が上司、我が部下達の魂は、永劫の苦しみから解脱し、輪廻の歩みに再び戻ることがかなうはずなのだ。さあ、もう少しの辛抱だ・・・。
「大尉、その長靴をお貸しください」
 唐突な声にびっくりして振り向いてみると、げっそりと痩せこけ、雪焼けしたどす黒い顔が、目ばかり異様な光をたぎらせてこちらをにらみ据えている。
 どうやら軽くまどろんでいたらしい。
 この、すぐそこに滝を控える窪地は、これまでの白い地獄からすれば別天地とも言うべき場所であった。左右を断崖絶壁に囲まれ、これ以上身動きが取れない、という点では絶望的な場所なのだが、そのおかげであの一吹きごとに生命力をこそぎ落とすかのような暴風雪からは護られている。ここでは、風は時折川面に吹き込んでくるだけだったし、雪も横なぎに殴りつけてくるのではなく、あくまで静かに、上から少しずつ降りかかってくるばかりで、どうということも無い。それに恐らく水辺が近いせいだろう。流れているがために凍らずにいる水が、氷点下の気温にわずかな熱を運んできてくれているのだ。ここまで我らが生きながらえてきたのも、この滝と川と崖のおかげといって間違いない。そして、緩慢にかつ確実に、命を刈り取ろうとしているのもこの川と崖なのだ。
「・・・長靴がなんだって?」
 さすがにこう長いこと連れ回されて、こちらも意識がかなり怪しいようだ。だが、更におかしさを増している部下の・・・誰だろうこの男は・・・。いかんな、このていたらくではまた「思い出せないのか!」と責められるかもしれない。難儀なことだ・・・。
「その長靴は魔法の長靴に相違ありません。その靴をお貸しいただければ、あのカラスがいるがけの上まで、ひとっとびに飛ぶことができるはずです!」
 とうとう来たか・・・。
 見上げたがけの頂に、黒々とした影が映る。どうやらこれで辛い記憶辿りの旅も終わるようだ。
「あれはカラスじゃない・・・。カラスではないぞ伍長、あれは・・・」
 そのときだった。救助隊だ! という最後の一言。それを言おうとした口が、背後から叩きつけられた叫びに唐突にふさがれてしまったのだ。
「待ちなさい! 朝倉さん! それ以上しゃべっちゃ駄目!」
 予想外の闖入者の声に、朦朧とした気分が吹き飛んだのを意識させられた。やれやれ、また一からやり直しかもしれない。でもせっかくこの現地まで出てきているのだ。大目に見てもらえないものだろうか・・・。

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新作短編 その12

2008-08-24 16:29:20 | 麗夢小説 短編集
 夏コミ参加で結局一回抜かすことになってしまいました連載小説、今日から再スタートということで、ラストのクライマックスへ向けて動かして参りたいと思います。

--------------------以下本文-------------------------

「ふぎゃっ!」
 ずぼっと言う何とも言えない音を耳に残し、麗夢の視界が一瞬で白一色に塗り固められた。頬が、まるでかき氷かアイスクリームに触れたように異常な低温を感知してたちまち赤く染まっていき、掌にも、まさに氷その物を掴んだような、痺れる冷たさが知覚される。
(これって・・・雪?!)
 今の今まで、自分は円光を先頭に道無き山中を苦労して歩いていた。そして、よろけた鬼童を助けようとして飛びつき、勢い余って崖下に転落しようとしていたはずだった。体には、支えを失って自由落下するとき特有の、あの怖気を振るう浮遊感が、藪を分け入る強行軍の火照りと共に色濃く残っている。だが、それが消えるのは時間の問題であろう。まるで漫画のような人型の浅い穴にうつ伏せに倒れ込み、身体半分を包む形になっている白い悪魔達は、恐らく零下20℃以下という冷凍庫並みの低温で、麗夢の熱量をどん欲に蝕みつつあるからだ。
「アルファ! ベータ! みんないるの?!」
 麗夢は何とか手をついて立ち上がると、周囲を見回してできるだけ大声で呼びかけてみた。その声が、いつ果てるともなく吹き荒れる強烈な風にかき消され、無限の白い闇に吸い込まれていく。麗夢は、風にあおられ危うく斜面を転げ落ちそうになる身体を傍らの木で支えながら、はためくミニスカートを気にするいとまもなく、辺りの光景と気配に全神経を集中した。もしアルファ、ベータ、あるいは円光がいれば、たとえ彼らが気を失っていたとしても、まず確実に探知できる。だが、幾ら耳を澄まし、心を研ぎ澄ませてみても、頼りになる味方の気配は一向に探知できなかった。どうやら麗夢は一人、この白銀の地獄の夢に招待されたらしい。ただ、それにしても一つ疑問は残る。これは果たして、「夢」、なのだろうか?
 これが夢なら、この冷たさや寒さは幻覚としてシャットアウトすることができる。だが、万が一これが現実だった場合、それでなくても夏向きの軽装、それも山道を歩いて汗ばんだ身体では、ほんの数分もしないうちに体熱を失い、凍死への崖を転がり落ちるよりない。麗夢は間断無く襲ってくる寒気に身を震わせながらも、ようやくにして夢の波動の端緒を掴んだ。非常に希薄な、それでいて底知れない無限の力を隠し持っているかのように感じさせる夢の魔力。それは、この青森行全般を通じてそこはかとない不安を惹起させた、あの気配未満のなにか、に違いなかった。
(それにしても、このとんでもない現実感は何なの?)
 探知した夢の波動に合わせ、全身を蝕む幻覚から本体を隔離しようと麗夢の能力が無意識的に発動を始めている。だが、かつて朝倉の夢の中でやって見せたように、冷気その物を完全に遮断することができなかった。この幻覚の浸透力が異常に高く、麗夢一人では何とか凍傷にかかるのを防ぐ程度にしか無効化できないのである。
「寒い・・・」
 麗夢は少しでも寒気から逃れようと、樹にくっつくように風下側へと移動した。ここでアルファ、ベータか円光でもいれば、互いの力を補い合って、多分この幻覚にも対抗しうるであろうが、今は一人の力でできることをやるしかないのである。
 麗夢は、木陰で僅かに風が弱まったのにほっと一息つくと、改めて辺りの気配に探りを入れ、今度は朝倉を捜した。この夢を支配する相手はまだ不明ではあるが、その鍵は恐らく朝倉が握っているに違いない。円光や榊も朝倉を追っているはずであり、うまく行けば、朝倉を焦点にして再び彼らと合流することもかなうかも知れなかった。
 しばらく息を潜ませ、探りを入れるうちに、ようやくそれらしい気配が、この谷底から立ち上るのを麗夢はつかんだ。麗夢は意を決すると、暴風吹き荒れる雪と氷の斜面に足を踏み出した。
 夢の幻覚のかなりの部分を相殺しているとは言え、体感温度で言えば多分氷点下を上回ることのない寒さの中、麗夢は震えながら山を下り続けた。やがて、ごうごうと水音を轟かせる谷川の流れが、吹雪と木々の合間から見えてきた。駒込川の清流である。あちこちに小さな滝や瀬が存在する典型的な山中の渓流で、水量はそれ程でもないが、この寒さの中でも凍り付くこともなく、ひたすら青森湾目指して水の流れが続いている。だが、川縁など水の動きの鈍いところでは、水面に薄い氷の膜が張り、周辺の河原も、まるで氷でコーティングされたように、何もかもが雪と氷で覆われていた。麗夢はその流れを右手に見下ろしつつ、更に山道を降りていった。やがて、地響きのような水音が一段と大きくなるとともに、川の姿が見えなくなった。更に進むと、そこには大滝という、落差20mはあるちょっとした滝がかかり、幅30mにも達する大きな滝壺が、漫々と水を湛えているのが見えた。
「こっちだわ」
 麗夢は一言呟くと、滝を越えて更に下流へと足を向け、河原に降りる道を探した。朝倉の気配が近い。麗夢は更に気を済ませると、円光、そしてアルファ、ベータの気配がないか意識を集中しつつ、駒込川の河原へと降りていった。
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新作短編 その11

2008-08-10 19:44:55 | 麗夢小説 短編集
 昨日は夕方以降涼しかっただけに、今日の昼間の暑さはなかなかに堪えました。頭痛も引かないどころか少しきつくなっているみたいですし、とりあえず風邪薬を飲んで様子を見ています。夏風邪ならまだマシなのですが、ひょっとしてもう少し困った病気だったりしたら厄介なことです。せめてあと1週間、もって欲しいですね。

 さて、週間恒例となりました小説の更新です。ようやくここまでたどり着きました。次はいよいよ、というところでしょうか。ただ、来週は所用で東京にいるので更新可能かどうか少々危ぶまれるところではあります。なるべく途切れないように努力はしてみるつもりですので、もし更新できなかったときはごめんなさい。
 それでは、いきます。

------------------------本文----------------------------

 円光の背中越しに、先頭を行くアルファ、ベータの姿が木立や下草の間に見え隠れする。時折止まってこちらを見上げるのは、ちゃんと付いてきているかどうかを確かめるためだろう。勾配はそれ程のものではなく、何とか革靴でも滑らないで歩けるが、もともと獣道ですら無いところを強引に割り進んでいるため、灌木の根や露出した岩が所狭しと散らばり、歩きにくいことこの上ない。円光が錫杖を振り上げ、自分の身体をブルドーザー代わりにして行く手を文字通り切り開いてくれるので、辛うじて榊もその後に続くことができたが、それでも顔の前を塞ぐ小枝や足元の草までは手が届かないと見えて、それは榊が自ら注意して曲げるなり、折るなりして道を付けねばならなかった。特に一度払った小枝が鞭のようにしなり返って後続する鬼童を打ち据えた後は、その恨みがましい非難の声を聞かなくて済むように、入念に排除するよう注意している。そんな状況で一歩一歩進んでいくために、歩みは遅々として進まず、榊は自然額に浮き出た汗を袖で拭った。本州最北端の山中とは言え、真夏の午後遅く、蝉時雨がうるさいくらいに辺りを満たす中、既に背中も水を浴びたようになって、ワイシャツが肌にへばりつくのが気持ち悪い。振り返ると、最初こそ後ろの麗夢を気遣い、時折軽口を飛ばしていた鬼童が、顔中汗塗れになってぜいぜい荒い息を立てながら心持ちこわばった笑みを浮かべている。その長身に最後尾の麗夢の姿が隠れているが、鬼童が左右に身を揺らすたび、豊かに揺れる髪や赤いミニスカートの端がちらついて、何とか麗夢が付いてきているのが見えた。
 谷川の流れる水音が耳に届き始めた頃、また目の前でアルファとベータが大きく右に進路を変えた。それを追って円光が続き、更に榊が右に折れる。左手、木立の中に見え隠れするのは、ほぼ垂直に切り立った崖である。岩肌が露出し、蔓性の雑草が垂れ下がるそれは、およそ3m程の高さだった。まあこれくらいなら落ちても捻挫くらいで済むかも知れないが、念のため榊は後ろの鬼童、麗夢に声をかけた。
「気を付けて。崖だ」
 余り余裕も乏しくなってきたのか、鬼童が硬い表情で辛うじて頷き、後ろの麗夢に振り返る。この山は、こうしたざっくり斜面をえぐり取ったような崖があちこちにある。ほんの1m位の高さのものから数mはある大きなものまで、大小さまざまに口を開け、一行の行く手を遮っていた。これ位なら、榊なら多少無理をすればなんとか降りられないこともないが、鬼童、あるいは麗夢にはかなり厳しい事になるだろう。第一、こんなところで無理をして怪我でもしたら元も子もない。アルファ、ベータ、それに円光も、それを十分承知の上で、少しでも降りやすいところを選んでいるはずだ。
 やがて、アルファ、ベータが崖を大きく迂回して再び針路を修正した。枝越しに、円光が左に回っていくのが見える。榊は無造作にその枝を払いのけ、前に進もうとして自らの失態に気が付いた。
「しまった!」
 タイミングが悪かった。恐らく前を向いていれば、既に一度洗礼を受けた鬼童なら、榊が曲げて避けた枝のしなりを見逃しはしなかっただろう。だが、榊が振り返った瞬間、ぱしっと肌を打つ音と共に、麗夢の方から前方に振り向きつつあった鬼童ののけぞる姿が見えた。そのまま、あろう事か鬼童の長身がバランスを崩し、崖の方へ傾いていく。
「危ない!」
 榊が救いの手を伸ばすよりも早く、最後尾の麗夢が鬼童の身体に抱き付いた。だが、麗夢では鬼童の身体を支えるには非力に過ぎた。更に足元がお世辞も安定しているとは言えない。鬼童の手が今自分の顔面を打ち据えた枝を握ろうと虚しく宙を掻いたのを最後に、二人の身体がひとかたまりになって、崖下目がけて倒れ込んだ。
「くっ!」
 麗夢に一瞬遅れて、榊が鬼童の腕を掴んだ。まさに間一髪、今にも崖に落ち込みそうになっていた鬼童の身体がその場に四つんばいでへたり込み、榊も勢い余って尻餅をついた。しかし・・・。
「麗夢さん!」
 さっきまで、鬼童の腰にしがみついていた麗夢の姿が、忽然と、消えた。
「麗夢殿!」
「麗夢さん!」
 慌てて引き返した円光が、消えた麗夢を求めて崖を見下ろし、我に返った鬼童も、手をついたまま崖を覗き込む。だが、二人の視界にも、あの赤いミニスカートや紫の短いマントは無かった。
「麗夢殿ぉっ!」 
 円光が叫びつつ、崖下に飛び降りる。高さ3m位なら、円光にとってはさしたる障碍にはなり得ない。榊、鬼童も大急ぎで立ち上がり、アルファ、ベータと共に崖を迂回して下に降りた。
「麗夢殿! どこだ!」
 がさがさとやぶを分ける円光の声が聞こえる中、榊等もやぶに飛び込んで落ちたはずの麗夢の姿を追い求めた。
「麗夢さん! 大丈夫か! 麗夢さん!」
「麗夢さん! 返事をして下さい!」
 しかし、アルファ、ベータが悲しげに一声鳴いたとき、円光もまた、困惑と焦慮に端正な顔を歪ませて榊等に言った。
「麗夢殿の気配が消えた」
「何だって?」
 榊があまりの驚愕に思わず聞き返していた。鬼童もさすがに顔面蒼白で目を剥いている。円光は、アルファ、ベータに振り返ると、改めて沈痛な面もちで二人に言った。
「拙僧にも、アルファ、ベータにも、麗夢殿の気が感じられない」
「な、そんな馬鹿な! 一体麗夢さんはどこへ!」
 なおも信じがたいと声を荒げる榊を遮り、鬼童が言った。
「ひょっとして、麗夢さんも朝倉さんと同様、夢の狭間に落ち込んだのかも」
「うむ、拙僧もそう思う。だが、それならそれで邪気の流れ位は感じ取れそうなものなのに、まるで気配を感じない」
「にゃーん」
「きゅーん」
 アルファ、ベータも、忽然と消えた主にべそをかいている。この二匹は普段から麗夢と強い精神的なつながりを持ち、その動向を互いに感知できる間なのだが、その力を持ってしても今、麗夢がどうやって消え、どこにいるのかを知ることはできなかった。
「仕方ない。先へ進もう」
 榊はようやく自分を取り戻すと、皆に呼びかけた。
「アルファ、ベータ、それに円光さんでさえ感知できないとあれば、今ここでこうしていても我々には何もできない。それよりは朝倉さんの身柄を確保しよう。相手が朝倉さんを夢の狭間に捕らえようとしているのだとしたら、麗夢さんもその場所に現れないとも限らないだろう」
「うむ、榊殿のおっしゃるとおりだ。アルファ、ベータ、麗夢殿ならまず案じる事はない。先を急ごう」
「朝倉さんなら、もう少しですよ」
 鬼童が再び端末をとりだしてその反応を二人に告げた。アルファ、ベータも気を取り直して立ち上がる。
「よし、行こう!」
 榊の号令で、一人欠けた一堂は、再び道無き山道に分け入った。
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新作短編 その10

2008-08-03 12:52:50 | 麗夢小説 短編集
 今日は朝から熱気がこもるかのような、昨日に輪をかけた暑さになっています。一年で一番暑い頃合な訳ですから当然といえば当然なわけですが、さすがにこう暑いと思考力も何も明らかに衰えてしまっているのが自覚されます。このままでは、いつもどおり昼下がりから夜にかけて更新をかけようとしても支離滅裂な話になりかねないので、今日はまだしも頭の回る朝から今日の連載分を綴ってみました。多分内容破綻はしていないとは思いますが、来週読み返して、さてこれでどう次につなげよう? と悩みを深めるようなことになっていないか、と少々心配ではあります。まあ前置きはこれくらいにして、PCが熱暴走する前にアップを片付けるといたしましょう。

---------------------本文-------------------------

 程なく車は、「賽の河原」と看板の立った所まで戻ってきた。青森市からの一本道で、さっきの「中の森」同様、駐車スペースなどはない。榊はなるべく車を端に寄せて停めたが、上下線から同時に複数の車がやってきたら少々困ることになるだろう。だが、今、車を降りて円光の指差す先を見下ろした榊には、車道の通行を気にする余裕は消し飛んでいた。
「本当にこんな先に彼がいるのかね?」
 榊が躊躇うのも無理はなかった。円光が指差すその「道」は、到底道とは言い難い、灌木生い茂る「崖」であった。もちろん車では行けないし、徒歩でも果たして無事歩いて降りられるかどうか判らない。そんな榊の躊躇いに気づかないのか、円光は平然と言った。
「この下に駒込川が流れており申す。その流れまで降り、川に沿って行くと大滝平というところに出る。恐らく朝倉殿は、そのあたりにいるはず」
「円光さんの言う通りです。今さっき発信機が反応を返してきたんですが、やはり彼がその大滝平付近にいることを示していますよ」
「じゃあ行きましょう!」
 麗夢が決然として言い放つと、早速アルファ、ベータが灌木の中に駆け込んだ。
「ま、待ってください! 麗夢さん、その格好でこの中を突っ切るお積もりですか?」
 麗夢はトレードマークとも言うべきいつものミニスカート姿だった。町中ならともかく、大胆にふくらはぎから太股までが露出したその姿は、とても山の中に分け入る格好とは思えない。榊が慌てて制止すると、アルファ、ベータが立ち止まって振り返り、円光と鬼童は口々に麗夢に言った。
「麗夢殿はしばしここで待たれよ。拙僧が行って朝倉殿を連れて参る」
「そうですよ麗夢さん。そんな格好で下までおりようとしたら、足が傷だらけになってしまいますよ」
 しかし麗夢は、心配は無用と言い切った。
「でも、ここまで来たら下に何があるか判らないわ。何だか、とってもイヤな予感がするの」
「それ故拙僧が・・・」
「私もいきます!」
 麗夢ははっきり宣言すると、率先して先を行くアルファ、ベータの後を追って崖に向かった。さすがにこうなってはその足をとどめるわけにも行かない。円光は鬼童、榊と目配せすると、一向に告げた。
「では拙僧が先頭を引き受け道を開きましょう。その後を榊殿、鬼童殿が続き、麗夢殿は一番最後に我々が開いた道をお伝いなされ」
「判ったわ」
「恐らく上から見ただけでは判らない崖などもあるはず。アルファ、ベータ、先導を頼むぞ」
「ニャン!」
「ワンワン!」
 円光の言葉に、アルファ、ベータも喜び勇んで再び鼻面を崖に向けた。
「では参ろう」
「お、おう!」
 円光のかけ声に、榊が緊張の面もちで返事する。鬼童は後ろを振り返ると、笑顔で声をかけた。
「麗夢さん、足元にはくれぐれも気を付けて」
「鬼童さんこそ、はぐれないように気を付けなくちゃ」
 円光は修行僧として道無き野山を駆け回るのに慣れている。榊も基本的に肉体派の、足で稼ぐタイプの警察官だ。対して鬼童は、あまり運動が得意そうには見えない上、普段のスーツ姿に革靴といういでたちでは、円光、榊の背中を追いかけるだけでも大変だろう。鬼童はそんな麗夢の気遣いに苦笑いして前を向き、今にも灌木の中に消える二人のがっしりした背中を追いかけた。麗夢も「よしっ」と気合を入れると、鬼童の後を追って、3人の男によって啓開された道無き道に踏み込んだ。普段履きの赤い靴底が、水平のアスファルトから突然変じた急傾斜の土と石にたちまち不安定に滑った。麗夢は行く手を遮る灌木の幹に手をかけて今にも転げ落ちそうな身体を支えながら、見え隠れする3人の姿を必死で追った。追いながらも頭をよぎるのは、朝倉を次々とかつての青森第5連隊の遭難通りにつれ回す、未知なる相手の存在であった。
(誰が朝倉さんをこんな所まで誘いだしたのかしら。全然そんなそぶりも見えなかったのに、一体何故そんなことを・・・)
 麗夢は事の初めから何となく感じていた不安が、とうとう現実に形となって現れたことに舌打ちを禁じ得なかった。どうして事ここに至るまでにはっきりと感じ取ることができなかったのか。いや、今この段階に来ても、実際には相手の正体や目的はおろか、その存在の気配すら探知することがかなわないでいるのだ。これまで数多の夢魔や人外の者共を相手に戦ってきた麗夢だったが、ここまで相手の存在感が希薄な事例はおよそ記憶にない初めての経験であった。余程気配を隠すのがうまいのか、あるいは遠隔操作などの能力に長けているのか。いずれにしても、一筋縄でいく相手でないことだけは確かである。
(とにかく気を引き締めてかからないと)
 灌木生い茂る崖はどこまでも深く、麗夢達を地獄の底まで誘うように、不気味な静けさのうちに一行を呑み込んでいった。
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