今日はオミナエシ。いざ探してみるとなかなか見当たらないのに驚く。ようやくオトコエシを撮影した近くに見つけることができた。全国的にオミナエシが少なくなっているという。この平凡な秋の七草が少なくなってきているということをこうして実感すると、とても寂しい気がする。別名、粟花。オミナメシ転じてオミナエシ。
秋元湖村道はススキの白い穂が風にゆれ、もはや初秋。そんなススキを背景に白いレースを思わせる花がたくさん咲いているのに気付く。なんという野草だろうか? 早速図鑑を調べる。驚いた事にオトコエシ(男郎花)という。オミナエシ(女郎花)の黄色、それに似た白花をオトコエシ。まるでトンチクイズのような・・・知らなかった。語源を探ると、女郎花→黄色→粟飯→女飯(おみなめし)、男郎花→白→白米飯→男飯、こんな説にぶつかった。男尊女卑、面白いとばかり言っていられない。だが、図鑑にある女郎花より剛強な感じがあるので男郎花、という説より断然説得力があるように思える。
西に傾いた太陽光線が森を抜け、トラディスカントの花びらを透かす。美しい。イングリッシュローズの中で最も好きな赤バラといえる。生みの親オースチンの評価が低いのはなぜだろうか。暴れる樹形が災いしているのだろうか。Tradescant・・・ 名はイギリス国王チャールズⅠ世のおかかえ庭師、植物学者、且つプラント・ハンターだったトラデスカント親子にちなむ。プラント・ハンターとして航海に出向き、今日英国では馴染みとなっている数々の植物を持ち帰っている。バラの他にも彼等の功績の偉大さは消えることのないツユクサ科の属名Tradescantiaとして残っている。
ミヤマアカネが好きだ。草原を飛び回るたくさんの赤とんぼの中からついミヤマアカネを探してしまう。そしてしつこく追い回す事となる。ミヤマアカネはそれを察したかのようにカメラを意識し、ポーズをとってくれる。羽の茶色い帯、赤い偽縁紋、色彩華やか、締まった小ぶりの体型、アキアカネとは比べ物にならないほどいい。(秋風の吹く草原にて)
紫燕飛舞 ツーヤンフェウーと読む。繰り返しよく咲く魅力的なバラ。中国で作出されたとされていたがこれがどうも怪しい。アメリカではMaggieという名で流通している。(ウイリアム・ウエルチがルイジアナで発見、マギーとは彼の義理のお母さまの名前)国色天香はグルス・アン・テプリッツ、香粉蓮はスベニール・デリゼ・ヴァルドンというように、中国に渡ったヨーロッパのバラが中国人によって漢字で名前をつけられた、とする説が今では有力である。どうしてこの魅力的なバラがヨーロッパに残らず、アメリカ各地で生き残ったのか、いつ、誰が、どこで、作出したのか疑問は残ったままである。
庭のゲンノショウが咲きだした。小さい花ながら美しい立派なゲラにウム。フウロソウ科フロソウ属 学名ゲラニウム・ツンベルギィ(Geranium Thunbergii)、優れた健胃整腸剤として知らない人はいないほど有名な薬草。だが残念ながら日本の美しい原種のゲラニウムとして語られることは少ない。西日本には赤花が多く、東日本では白花が多く自生する。事実裏磐梯で赤花を見たことがない。英国のプラントハンターが赤花を持ち帰ったため、海外でゲラニウム・ツンベルギィと言えば赤花タイプを指し、白花タイプはレア物扱いされているという。ゲラニウムのお好きなあなた、庭にゲンノショウコを植えてみては・・・
裏磐梯に居を移して16年。仮住まいに小野川湖のほとりにある借家。2階の窓辺に佇めば眼前に小野川湖が広がる。毎日のようにフライロッドを振ってバッシングに興じた。そんな時、対岸に群れ咲くミソハギ。1991年の夏だった。あっという間の経過であった。(小野川湖にて)
久しぶりの雨。今年の夏は気温高く、乾燥しているためかコガネムシの食害がひどく、バラの花は満足に咲かない。雨の中、エマニュエルが無傷に咲く。古いイングリッシュローズであるが美しく香り高い素敵なバラ。黒点病に弱いという理由でこの世から消えようとしているのは寂しい気がする。
息抜きに近くのコンビニへ買い物。帰りに秋元の小高い丘に寄り道。高原の爽やかな風が夏草の生い茂った草原を吹き抜ける。磐梯山が真正面に立ちはだかる。今年はこの山に登ってない。秋になったらリンドウ咲く静かな山にゆっくり登るとしよう。
春に植えたマルバ・アルセラ ファスティギアータ咲く。知らぬ間に面積を大きく広げている。買ったときに付いていたタグによればアオイ科マルバ属、マロウとも言い、和名をタチアオイ、とある。よく見受けるタチアオイとだいぶ様子が違う。欧米では広く栽培されているようであるが、日本ではまだそれほど知られていない。なぜだろうか。