投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2014年12月 8日(月)20時37分31秒
>筆綾丸さん
>上杉慎吉
宮沢俊義の『天皇機関説事件:史料は語る』上・下(有斐閣、1970)を読んでいる途中なのですが、上杉慎吉の文章は特に神憑り的ということもないですね。
もともと明治憲法に非常に古風な神憑り的表現が多々ありますから、上杉のように素直な憲法解釈をすると古風で神憑り的表現も増えますが、論理は平明、というか単純ですね。
実際に論争の記録を読んでみると、意外なことに美濃部達吉もあまりたいした議論をしていません。
もっと切れ味の鋭い、颯爽たる議論を展開しているのかと思ったら、不必要に感情的な表現を用いて相手に揚げ足を取られたりしていて、何だかなあ、と思う箇所もいくつかあります。
>世田谷区若林町
近くに国士舘大学もありますね。
蓑田胸喜は慶応予科に10年勤めた後、1932年(昭和7年)から国士舘専門学校教授となっていますから、「世田谷区若林町二七八」は蓑田の自宅住所かもしれないですね。
土日に三井甲之について少し調べようと思って『原理日本』所収の論文や『明治天皇御集研究』 (復刻版、国民文化研究会、1977)をパラパラ見たのですが、正直、どれを読んでも同じような感じがして、いささか飽きてしまいました。
古い時期の伊藤左千夫や斎藤茂吉との関係は多少面白そうな感じがしないでもありませんが、後年の政治活動と直接関係する訳でもありませんから、そろそろ打ち切ろうかなと思っています。
※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。
http://6925.teacup.com/kabura/bbs/7600
>筆綾丸さん
>上杉慎吉
宮沢俊義の『天皇機関説事件:史料は語る』上・下(有斐閣、1970)を読んでいる途中なのですが、上杉慎吉の文章は特に神憑り的ということもないですね。
もともと明治憲法に非常に古風な神憑り的表現が多々ありますから、上杉のように素直な憲法解釈をすると古風で神憑り的表現も増えますが、論理は平明、というか単純ですね。
実際に論争の記録を読んでみると、意外なことに美濃部達吉もあまりたいした議論をしていません。
もっと切れ味の鋭い、颯爽たる議論を展開しているのかと思ったら、不必要に感情的な表現を用いて相手に揚げ足を取られたりしていて、何だかなあ、と思う箇所もいくつかあります。
>世田谷区若林町
近くに国士舘大学もありますね。
蓑田胸喜は慶応予科に10年勤めた後、1932年(昭和7年)から国士舘専門学校教授となっていますから、「世田谷区若林町二七八」は蓑田の自宅住所かもしれないですね。
土日に三井甲之について少し調べようと思って『原理日本』所収の論文や『明治天皇御集研究』 (復刻版、国民文化研究会、1977)をパラパラ見たのですが、正直、どれを読んでも同じような感じがして、いささか飽きてしまいました。
古い時期の伊藤左千夫や斎藤茂吉との関係は多少面白そうな感じがしないでもありませんが、後年の政治活動と直接関係する訳でもありませんから、そろそろ打ち切ろうかなと思っています。
※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。
http://6925.teacup.com/kabura/bbs/7600