足助城の外観だけでも充分心躍る時間が過ごせますが もっと詳しく話を聞くと大ファンになります。
前の記事でボランティアのおじさんのこと少し書きましたが 実は特にお願いしなくてもつきっきりでボランティアさんが説明をしてくれます。 一日あたりの来訪者が少ないこともあると思うのですが 至れり尽くせりです。
南の丸ところで待っていて下さいました。 ここから足助城の秘密をいっぱい聞きます。
台所の役割をしていたと思われる曲輪のところで待っていて下さいました。
「下を見て下さい。これはたたきです。 土に塩を混ぜて作ってあります。」
そこまで聞いて私 あ 塩? ひょっとしていざというときに土の中の塩を利用するの? まさかねぇ・・・・
と思ってしまったので
「えっ? まさか舐めるのでは」と言ってしまったのでちょっとご気分を害されたようでした。
「今から説明するから」 あ はい
ご自分のシナリオ通りにいかないとちょっと嫌なんでしょうね? 私も人の話をもっと上手に気か無いといけません。
かちかちのたたき 子どもの頃近所の家はこんな風でした。 上から歩いて固めるので黒光りしていました。
これはいざというときに舐めるわけでは無いのですが 水を混ぜて湧かし塩を抽出し それを利用できるようにと言うことなんだそうです。 実際に使われたかどうか解りませんが 凄いサバイバル
ついでにわかりやすい画像なので書いておきます。
足助城は 建物は上に置いただけの物なのだそうです。 工事現場で当たり前に見る土をいっぱい掘って 基礎を作り 柱を立てるという構造ではないのだそうです。ほんの数センチだけを彫って建てた。
「それじゃぁ 弱くてすぐ倒れるじゃないですか」
「弱い部分は横板で補強しているから大丈夫。」
「木が腐ったりしないのですか?」
「案外大丈夫なんですよ」
と言うことでしたが 他のサイトで見たらやっぱり腐りが入って何本かは取り替えているそうで
長く使うことよりも
早く形を整えることが大事だったのでしょうか?
わらじ色々
見たことあるものですが 一つだけ気になったのは竹筒の隣の隣にある 半分サイズの草鞋
子供用か思ったら わざと半分のサイズで作ったと
まさかこの時代からダイエット?
いやいや あり得ん
実は藁がとても貴重だったので 少しでも節約したくて半分にしたのだと・・・・
それ きついね
中に炉が切ってあった。
幟旗は鈴木家の物
表紋は下がりフジ 裏紋は何?
何処の家にもあるけれど表紋しか意識したことないな
あ 裏門は奥様の実家の紋だからあまり使われないのか・・・・
大きな自在鉤が下がっている。
竹の筒 松で作られた鯛の飾り 鉤の部分はなんだっけ?
忘れちゃったけれど火を使うと言うことは神聖な物への敬意をも考えて拘っている。
昔 おじいさんの家に囲炉裏があった。 自在鉤をひょいと引っ張って鍋を引っかけていたけれどどういう構造なの?
外に竈があったので見て見ましょう
鉤の部分が横木にはまっている。
この切り込みが絶妙な角度で重い鍋を支えているらしい。
よく見ると 変則的な切り込みになっていた。 外すのはちょいとずらすだけ
一度はめ込むとお 上からどんなに力を入れてもびくともしなかった。
恐るべし 昔の人の技術 知恵
建物の右の方に見えるとは跳ね上げ式(しとみ)って言うのに似ています。
少し暗いのでわかりにくいですが
で手前のはスライド式です
戸が二重になっていてスライドさせるとピタッと隙間をふさぐようになっています。 この方が防犯?上良いかもしれません。
雨戸のようですね?
この建物を見ても 堀立柱建物って解りますね?
柱を突き立てると言うより 石の上にプレハブを乗せた見たいな様子になっています。
手前の建物にも 秘密があります。
覗いて見ましょう。
武者だまりだったようですが 廊下のような巾しかなくて狭いです。
名前は忘れたけれど でっかいわら細工
一抱えもありそうです。
これ鉄砲を撃つときに銃身に差し込んで使うのだそうです。 発砲の時の衝撃は相当な物でそれを矢わげるために使うと・・・・
でも重そうです。 銃身だけでも充分重いのに これ付けて戦場へ赴くって かなりの体力を消耗しそうですよ
奥行きのない部屋で撮ったのでゆがんでしまってごめんなさい。
これは梁と柱の図です。
普通 柱の上に梁があるものですが この部屋はずれています。
これも建物の強度を考えると 弱い気がするけれどどうしてこうなったのでしょう?
説明のおじさんは 作る人の意見が合わなくて喧嘩しないようにそれぞれの主張を大事にしたようなことおっしゃいましたが・・・・
だから間尺に合わないって言うんだ・・・・と
この説明ではちょっと違いましたね?
ひわだぶきって言うのでしょうか? 材料がよく解らないので檜皮と決めるのは駄目かも
板の厚さに変化を付けて屋根の厚さが一定になるように(正確に言うと 少し端っこで上に沿っているような気もする)拭かれている。
比べる写真がないけれど(撮り忘れ)この屋根は長屋の方 隣の高櫓にはもっと分厚い板が使われている。
屋根でさえ 城主との差別を計っている。
窓枠の柱が面白い。
四角柱の辺がこちらを向いている。
初めて見る並び方だけれど これも意味があるのだそうだ。
たとえば鉄砲の弾が飛んできたとき 平面より斜めの方が中に被害が及びにくい。 縦断は斜面に当たると北方向と反対に跳ね返る。 これは他の実験で見たことがある。
また この柱には黒い色を絶対塗らないとか
黒い色は中を見やすくしてしまう。 戦国時代は のぞきが当たり前だったので(それだと城の意味がなくなる気もするけれど)白い色を塗って 光の反射で中を見えにくくしたのだそうです。
強い光の中携帯の文字が見えなかったり ナビが見にくかったりするので手で影を作るのと似ている?
凄い知恵ですね?
中に入ってみます。
城主の部屋です。 私達の知っている城と比べると粗末で居心地悪そうです。
それでも城主には畳二畳分のスペースが与えられ 少し高い場所にしつらえてあります。
家来は畳半畳だそうで 座って寝ていたとか・・・・・そんなぁ
戦時中だから仕方ないのかなぁ 何でも無いときは下でお屋敷に帰るわけだから
城主の部屋の上には部屋は作らないんだって 外から見るとまっすぐズドーンと建っていたようだったけれどな。 城主は言ってみれば神様の様な物で神棚や仏壇の上には建物を作らないのは神仏への畏れからだって言うのだけれど 私の家神棚の上に私の部屋あったな
だから私の人生は不幸な星の下にあるのか・・・・なんてね
もしも作ってしまったときには 上に天と書いた紙を貼ると 神様の上には天がありますよって言う意味になって 災いを防ぐのだそうですよ
マンション どうすりゃいいんだ?
あの白い壁の手前の辺にさっきの城主の畳がありました。 う~~ん 少し外に出ているかな?
そして屋根の出ている位置を覚えていて下さい。
屋根は窓のすぐしたから出ています。そして屋根の厚み 上の屋根と比べると厚みがあるような気がします。
実は窓の下にこんな部屋が隠されていたのです。
この城は天井には仕掛けありませんでした。 私の実家にあったようなよくある天井でした。
壁は全部板張りです。
よく見ると下の方に穴が空いています。見えますか?
これに指をかけて持ち上げると壁が持ち上がり手前に引くと外れます。
あらら 向こうに隠し部屋が・・・・
それも部屋の回り全部がそうなっているようです。 どのくらい入れるでしょうか? 結構な忍者?が入れますよ。
ボランティアのおじさんの言葉を借りると この時代はのぞきや 聞き耳の世界だそうです。
裏から見ると(どっちが裏か解りませんが)よくわかります。
さて足助城 ボランティアのおじさんの丁寧な説明で楽しく回ることが出来ました。
私が登山靴履いていたのでおじさん少し遠慮したのか城主の部屋の二階しか上がっていませんが もっと沢山見ることができるようです。
全国的にも例がない魅力的な城 もっと沢山の人に見てもらいたいなと願って降りてきました。