【序】
佐久総合病院の医師色平哲郎氏(写真)は、医学と社会についての見識が深く、自らもブログやSNSなどで啓蒙も熱心におこなっている。自らも定期的に専門雑誌に論文を執筆し広く世間に提供されている。今回はわだ内科クリニックの和田医師の論文を紹介なされたものを転載させていただいた。読みやすくするため若干の編集を施すが、内容は下手に変えるには無力な専門外なので変える余地はない。
(櫻井 智志)
わだ内科クリニック
和田眞紀夫
2020年4月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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❶【二つの「医療崩壊」】
「医療崩壊」という言い方が適切な表現であるかどうか、困窮した医療現場の状況を表すのに用いられているが、現在日本で起きている医療崩壊には2つの局面がある。
❷【新型コロナウイルス感染者を隔離・治療するために特化した「指定病院の医療崩壊」】
その一つは新型コロナウイルス感染者を隔離・治療するために特化した「指定病院の医療崩壊」という問題だ。そもそも準備されていたベッド数が少ないうえに、感染法の規定に従って軽症者まで隔離・入院をさせざるをえないという事情があった。そこへ持ってきて急速な感染拡大に伴って重症者が急増したために、あっという間に手いっぱいになってしまった。治療にあたる医者は疲弊し、医療資源も枯渇している。
ただでさえ少なかったベッドが埋まらないようにするために、極端に「PCR検査を抑制する」という対策が取られてきたが(現在も専門家会議や日本感染学会はその方針を変えていない)、とうとうベッド不足のために入院できずに自宅待機を余儀なくされている患者さんが溢れてきて、仕方なく軽症者をホテルに移すなどの対応がとられ始めているのが現状だ(これはもう感染症で定められた隔離義務が守られていない違法な状態ということになる。さらに言えば、もともと軽症者の検査をしないで経過観察としていたことも隔離の義務を果たしていなかったことになる。)。
❸【本来コロナ感染者を治療することを想定していなかった一般の「市中病院の医療崩壊」】
もう一つの医療崩壊の局面は、本来コロナ感染者を治療することを想定していなかった一般の「市中病院の医療崩壊」が始まっている問題だ。PCR検査を抑制する方針が取られてきたために水面下で市中感染が拡大し、一般病院の患者さんや医療スタッフから院内感染が広がった。感染を拡大させないために救急外来や一般外来を閉鎖せざるを得ない状況にまで追い込まれ、入院患者さんの感染拡大を防ぐことができずに多くの死亡者を出している。
このような現況に対する国や都道府県の対応は極めて遅く、もう任せてはいられないと判断した地方自治体の市・区が名乗りを上げ、独自に屋外に発熱外来や検査センターを設置して、市中感染の拡大阻止のために動き始めている。
❹【二つの「医療崩壊」議論の混乱】
「医療崩壊」と言ってもここで説明したような2つの局面があるのに、この2つの「医療崩壊」がごちゃまぜに議論されているために混乱が起きている。「指定病院の医療崩壊」を阻止するために検査が抑制され、検査が抑制されたために市中感染が拡大して「市中病院の医療崩壊」が起きているのだから何をやっているのかわからない。そして、もはや指定病院だけではコロナ患者を診られない状態になり(入院できず自宅待機の患者さんが溢れている)、結果的には一般病院でコロナの患者さんを診るような事態になってしまった。新興感染症の流入初期にウイルスを封じ込めるという指定病院の意義はもはや失われていて、指定病院を指定して区分けする意味もなくなっている。
❺【「壊れたラジオ」ーウイルス封じ込めのためのクラスター対策】
「ウイルスの封じ込め」は難しいことが明らかとなっているにも拘わらず、現在でも壊れたラジオのようにウイルス封じ込めのためのクラスター対策が続けられている。「指定病院の医療崩壊」を考慮するフェーズはとっくに終わっているのに、いまなお初期の対策に固執して「市中病院の医療崩壊」を防ぐ対策が置き去りにされている(新興感染症の流入初期には「ウイルスを封じ込めること」が厚労省や感染症学会に課せられた使命であったという事情にもよる)。
❻【感染症法の二類相当指定からはずすことが得策】
現在の行き詰った状況から抜け出すためには、「ウイルスは封じ込められなかった」ことを早々に宣言してこのウイルスを感染症法の二類相当指定からはずすことが得策だ。そうすればクラスター対策を続ける義務はなくなり、指定病院の指定がはずれて指定病院だけがすべての患者を一手に引き受ける責務からも解放される。
好むと好まざるとにかかわらず、これからは日本中のすべての医療機関が総力をあげて新型コロナウイルスに罹患した患者さんの治療にあたらなければいけないフェーズに来ている。
「市中病院の医療崩壊」の阻止こそが今、国や都道府県に課せられた課題であることを認識すべきだ。
❼【PCR検査が極端に抑制されてきたことの弊害】
最後にPCR検査が極端に抑制されてきたことの弊害について触れておく。新型コロナウイルスはかなり早期から日本に流入していて、すでに多くの日本人が罹患して免疫を獲得していることを示唆するデータもある。もしそうだとするとすでに新型コロナウイルスは日本に蔓延していることになり、検査をすれば検査をしただけ陽性者が出てきてもおかしくない。
そうなると、今急激に感染が拡大しているのではなくて、感染拡大が深く静かに潜行していたのかもしれない(にも拘わらず欧米のようなオーバーシュートを起こしていないとしたら、アジアに共通するような民族の特性、アジアに広がったウイルス亜型の毒性、BCG接種による免疫の獲得など、何らかの原因が影響しているのかもしれない。)。
感染の拡大が今急激に起きているのではないならば、この時点で厳しい社会封鎖をする必要がないのかもしれない。にも拘わらず、PCR検査が厳しく抑制されてきたために、このウイルスがどのぐらい社会に浸透しているかを今知ることができない。
❽【新たな感染確認者数の増加は急激な感染拡大を意味するとは言えない】
日々明らかになる新たな感染確認者数(韓国ではこのように呼ばれている)の増加が必ずしも今現在の急激な感染拡大を意味するとは言えない。死亡者数の統計もまたしかりで、現在明らかになっている死亡者数、罹患率、死亡率いずれも大きく修正される可能性がある。だとするとこれらの基礎データを元にした感染拡大や死亡者数増加のシュミレーションも大きく軌道修正されるかもしれないことを念頭に置く必要がある。
この問題を解決する救世主は何といっても抗体検査であり、いち早く広範な抗体検査が行なわれて集団免疫の状態が明らかになる事が望まれる。<了>
佐久総合病院の医師色平哲郎氏(写真)は、医学と社会についての見識が深く、自らもブログやSNSなどで啓蒙も熱心におこなっている。自らも定期的に専門雑誌に論文を執筆し広く世間に提供されている。今回はわだ内科クリニックの和田医師の論文を紹介なされたものを転載させていただいた。読みやすくするため若干の編集を施すが、内容は下手に変えるには無力な専門外なので変える余地はない。
(櫻井 智志)
わだ内科クリニック
和田眞紀夫
2020年4月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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❶【二つの「医療崩壊」】
「医療崩壊」という言い方が適切な表現であるかどうか、困窮した医療現場の状況を表すのに用いられているが、現在日本で起きている医療崩壊には2つの局面がある。
❷【新型コロナウイルス感染者を隔離・治療するために特化した「指定病院の医療崩壊」】
その一つは新型コロナウイルス感染者を隔離・治療するために特化した「指定病院の医療崩壊」という問題だ。そもそも準備されていたベッド数が少ないうえに、感染法の規定に従って軽症者まで隔離・入院をさせざるをえないという事情があった。そこへ持ってきて急速な感染拡大に伴って重症者が急増したために、あっという間に手いっぱいになってしまった。治療にあたる医者は疲弊し、医療資源も枯渇している。
ただでさえ少なかったベッドが埋まらないようにするために、極端に「PCR検査を抑制する」という対策が取られてきたが(現在も専門家会議や日本感染学会はその方針を変えていない)、とうとうベッド不足のために入院できずに自宅待機を余儀なくされている患者さんが溢れてきて、仕方なく軽症者をホテルに移すなどの対応がとられ始めているのが現状だ(これはもう感染症で定められた隔離義務が守られていない違法な状態ということになる。さらに言えば、もともと軽症者の検査をしないで経過観察としていたことも隔離の義務を果たしていなかったことになる。)。
❸【本来コロナ感染者を治療することを想定していなかった一般の「市中病院の医療崩壊」】
もう一つの医療崩壊の局面は、本来コロナ感染者を治療することを想定していなかった一般の「市中病院の医療崩壊」が始まっている問題だ。PCR検査を抑制する方針が取られてきたために水面下で市中感染が拡大し、一般病院の患者さんや医療スタッフから院内感染が広がった。感染を拡大させないために救急外来や一般外来を閉鎖せざるを得ない状況にまで追い込まれ、入院患者さんの感染拡大を防ぐことができずに多くの死亡者を出している。
このような現況に対する国や都道府県の対応は極めて遅く、もう任せてはいられないと判断した地方自治体の市・区が名乗りを上げ、独自に屋外に発熱外来や検査センターを設置して、市中感染の拡大阻止のために動き始めている。
❹【二つの「医療崩壊」議論の混乱】
「医療崩壊」と言ってもここで説明したような2つの局面があるのに、この2つの「医療崩壊」がごちゃまぜに議論されているために混乱が起きている。「指定病院の医療崩壊」を阻止するために検査が抑制され、検査が抑制されたために市中感染が拡大して「市中病院の医療崩壊」が起きているのだから何をやっているのかわからない。そして、もはや指定病院だけではコロナ患者を診られない状態になり(入院できず自宅待機の患者さんが溢れている)、結果的には一般病院でコロナの患者さんを診るような事態になってしまった。新興感染症の流入初期にウイルスを封じ込めるという指定病院の意義はもはや失われていて、指定病院を指定して区分けする意味もなくなっている。
❺【「壊れたラジオ」ーウイルス封じ込めのためのクラスター対策】
「ウイルスの封じ込め」は難しいことが明らかとなっているにも拘わらず、現在でも壊れたラジオのようにウイルス封じ込めのためのクラスター対策が続けられている。「指定病院の医療崩壊」を考慮するフェーズはとっくに終わっているのに、いまなお初期の対策に固執して「市中病院の医療崩壊」を防ぐ対策が置き去りにされている(新興感染症の流入初期には「ウイルスを封じ込めること」が厚労省や感染症学会に課せられた使命であったという事情にもよる)。
❻【感染症法の二類相当指定からはずすことが得策】
現在の行き詰った状況から抜け出すためには、「ウイルスは封じ込められなかった」ことを早々に宣言してこのウイルスを感染症法の二類相当指定からはずすことが得策だ。そうすればクラスター対策を続ける義務はなくなり、指定病院の指定がはずれて指定病院だけがすべての患者を一手に引き受ける責務からも解放される。
好むと好まざるとにかかわらず、これからは日本中のすべての医療機関が総力をあげて新型コロナウイルスに罹患した患者さんの治療にあたらなければいけないフェーズに来ている。
「市中病院の医療崩壊」の阻止こそが今、国や都道府県に課せられた課題であることを認識すべきだ。
❼【PCR検査が極端に抑制されてきたことの弊害】
最後にPCR検査が極端に抑制されてきたことの弊害について触れておく。新型コロナウイルスはかなり早期から日本に流入していて、すでに多くの日本人が罹患して免疫を獲得していることを示唆するデータもある。もしそうだとするとすでに新型コロナウイルスは日本に蔓延していることになり、検査をすれば検査をしただけ陽性者が出てきてもおかしくない。
そうなると、今急激に感染が拡大しているのではなくて、感染拡大が深く静かに潜行していたのかもしれない(にも拘わらず欧米のようなオーバーシュートを起こしていないとしたら、アジアに共通するような民族の特性、アジアに広がったウイルス亜型の毒性、BCG接種による免疫の獲得など、何らかの原因が影響しているのかもしれない。)。
感染の拡大が今急激に起きているのではないならば、この時点で厳しい社会封鎖をする必要がないのかもしれない。にも拘わらず、PCR検査が厳しく抑制されてきたために、このウイルスがどのぐらい社会に浸透しているかを今知ることができない。
❽【新たな感染確認者数の増加は急激な感染拡大を意味するとは言えない】
日々明らかになる新たな感染確認者数(韓国ではこのように呼ばれている)の増加が必ずしも今現在の急激な感染拡大を意味するとは言えない。死亡者数の統計もまたしかりで、現在明らかになっている死亡者数、罹患率、死亡率いずれも大きく修正される可能性がある。だとするとこれらの基礎データを元にした感染拡大や死亡者数増加のシュミレーションも大きく軌道修正されるかもしれないことを念頭に置く必要がある。
この問題を解決する救世主は何といっても抗体検査であり、いち早く広範な抗体検査が行なわれて集団免疫の状態が明らかになる事が望まれる。<了>