幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

阿川佐和子さん「サワコの朝 村木厚子さん」 ”日常の行動が信頼を生む”

2019-09-03 16:48:12 | 生き方/考え方
元厚生労働省事務次官。辞めて4年
仕事は役所と関係ない大学で教えている。客員教授。仕事に就く前に知っておきたいことなどを教えている。
63歳、164日拘留。私の仕事はあなたの考えを変えることと検事に言われた。
その後、検察の杜撰な捜査が発覚。見えないものを見た経験をした。
なぜ乗り越えられることができたのか。その胸の内を明かしてくれた。

冤罪事件から10年。世の中の空気は官僚はどこかでずるしていると思っている。
皆正義の味方でいたい。権力と戦う。そのアピールの場になると検察は考えた。
大阪特捜部に呼ばれて逮捕。逮捕された時、報道が流れる。娘がそれで初めて報道を知るのは避けたいと思った。
携帯で「たいほ」と夫にメール3文字で送った。夫は海外に出張していた。

村木さんが虚偽の証明書を指示した疑惑。
きつく言われたら、記憶が迷うことはなかったのですか?(サワコ)
何百との決裁がある。議員からの依頼もある。断る場合もありOKする場合もある。
誰かに面談で会う場合は手帳に書いていた。手帳は5年間残していた。
議員からの依頼もなかった。ただ挨拶の会うだけだけだと記憶にない。会ったことないのか?と検事に言われたが、覚えていませんとしか言えなかった。
答えようがない。そして逮捕。
畳三畳にトイレと小さな洗面。そこにお布団を引く。
拘置場で買い物ができる。
下着類とかお菓子やせっけんとか。自分のを持っていてもよい。
職員さんは立派だった。番号で呼ばれる。縁起が悪くて「13番」だった。番号は選べない。
お風呂は脱ぐのか始まって15分。逆算しながらお湯をかけるのは2回だなとか。
たくさんの人が私を信じてくれていたことが支えになった。
優秀な特捜部が逮捕すると、「何かしたのではないか?」と思うことがあるのでは?(サワコ)
父からは「やったのか?」「やっていない」「だったら徹底的に戦え!」と言われた。
弁護士さんから、「真実を貫け!」書いたものの下に多くの人の名前が書いてあった。
これだけ多くの人が信じてくれていたと思うと心強かった。
拘置場ではニュースは分からないので、やったかもとの言葉は聞こえてこなかったのが助かった。

164日はどんな日だったか?
日記を残した。
7:30気象、8:00朝食
パンか麦飯。
サンマがでたのは感激した。季節を取り入れている。
食事は栄養バランスが取れている。
差し入れで柑橘類を取っていたら、肌がきれいになった。
規則正しい生活を送っていた。怒っても仕方がなかった。

私に「やりました」と言わせようと、「執行猶予が付けば大したことないよ」と言われた。
でもそれは「クロはクロでしょう!」
公務員として信用を大切にしてきた。泣いて抗議した。「検事さんたちの常識が狂っている」と。
そしたら休憩にしましょう。その後「確かに狂っているかもしれない」と言われた。
狭い範囲なので考えが偏っているかもしれない。

娘からママは今年は大殺界だよ。でも2月から運気が上がる。
確かにその占いのそこだけは当たっていた。
家族、同僚が信じてくれていた。
頑張らないと、
娘たちが何かあったとき、お母さんは頑張れなかったとなると、娘たちも頑張れない。
裁判はどうなるかわからない。
自分はやっていない。娘のためにも頑張ろうと思った。
主人は忘れていますね(サワコ)。
夫が家族を守ってくれていた。家事もやってくれていた。
それがなかったら早く出た方がよいと思ったかもしれない。

1曲目 いきものがたい「YELL」
冤罪事件の後に聴いていた曲。
電車なくて残業で帰る時、タクシーの中でイヤホンで聞いていた。
3年後に事務次官に。
ご家族は面倒かける母親だなと。
娘は事件で大騒ぎ。次官で大騒ぎと言っていた。

若草プロジェクト。瀬戸内寂聴さんが声を出した。
家が厳しい。虐待があるとか。それでも何とか大きくなった若者が家を出ると非行とか悪いレッテルを貼られる。
こっちに助ける人がいますよと。
LINEとか小さなシェルターを持っている。
地道にやろうと思っています。

感想
https://blog.goo.ne.jp/egaonoresipi/e/46702d8ac40b003cc1f1005752b61f01
「私は負けない 『郵便不正事件』はこうして作られた」村木厚子著 江川紹子(聞き手・構成)”誰でも虚偽の自白調書にサインしてします。実際多くの事例がありました”


https://blog.goo.ne.jp/egaonoresipi/e/734e21eb154ecc8f2187745f1243f198
「あきらめない 働くあなたに贈る真実のメッセージ」村木厚子著 ”普段の行いが信頼を得る”


信頼は日頃の行動を築いていくものなのでしょう。
それにしても、検察はやっているかやっていないかは関係なく、犯罪者にすることなのでしょう。
しかし、その考え方に染まってしまって、それを実践した検事は道を踏み外してしまいました。
ある面、犠牲者だったのかもしれません。
同じ冤罪が続かないことを願うばかりです。
一方、詩織さんの準強姦犯を逮捕直前で上からの指示で停止。
財務省の国民の財産を8億円もディスカウントしても誰も罪に問われない。
検察の正義は、通常の正義とは違うようです。




「ヨーロッパとゲルマン部族国家」マガリ・クメール/ブリュー・デュメジル共著 ”キリスト教が大きな役割を果たしていた”

2019-09-03 08:40:00 | 本の紹介
・三世紀から五世紀にかけて、ヨーロッパの軍隊はしばしば困難な状況に陥り、蛮族の戦闘員の集団に帝国領への侵入を許していた。このため、この時期は長きにわたり、「大移動」期と評されていた。しかし、このような評価は誤解を招くものであり、総じて不適切である。

・リーメスとは、帝国を蛮族世界から分かつ軍事境界線である。この領域におけるローマ人と蛮族の関係は複雑である。彼らはたしかに対立もしていたが、交渉や交易も行い、協力しあっていた。

・皇帝たちは、(皇帝)テオドシウスの二人の息子がそうであったように、後継者を残すために蛮族出身の女性を娶ることをいとわなかった。

・やがて、ローマに仕える蛮族の大部分は同盟軍になった。

・あらゆる蛮族王国では、上からの改宗、すなわち社会的エリートから始まって下層へ浸透していく形の改宗が行われた。この宗教上の変化はひじょうにゆっくりとしたやり方で行われ、その方法はどの国家でもほとんど同じだった。

・新しい王国において、ローマ人と蛮族との間の宗教的隔たりが消滅したことによって、住民の二つの構成要素の接近が容易になった。より正確にいえば、改宗によって二つの世界のエリートが社会的慣習をともにしているために集まることが可能になった。

・上からの改宗のプロセスの末、自分自身を「きわめて敬虔なキリスト教徒」だと思っている高位のエリートから、異教や異端の極限とけなされた地方の居住者に至るまで、社会のほぼ全体がキリスト教化された。

・総じて、ローマ世界は消滅したのではなく、蛮族軍の圧力の下で変容したのである。このプロセスは新しい民族的アイデンティティの形成をもたらした。それはおそらくローマ市民権ほど流布しなかったが、このアイデンティティを中心として新しい民族がゆっくりと形成された。たとえば七世紀において、フランク族は、古代においてライン川とドナウ川の向こう側に住んでいた蛮族の子孫では必ずしもなかった。実際彼らは、自由人で、キリスト教を信じていて、フランク族の王に忠実だった人間にすぎなかった。こうした理由で、蛮族王国は昔の民族的アイデンティティを継承したのではなく、彼ら自身が民族的アイデンティティに新たな価値を見出したのだった。

感想
蛮族の侵入を抑えていたが、それができなくなり、ついには一部に蛮族の国家ができました。
蛮族もいろいろなグループがありました。
フン族、ゴート族、フランク族など。
それらの蛮族の人々がキリスト教に改宗していったことで一つの大きな共通項ができたようです。
ヨーロッパには多くの国がありますが、かなり共通のところがあり、それでEUとの発想も可能になったのだと思いました。