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池袋暴走、88歳元院長を書類送検 過失致死傷容疑 ”正常な運転に支障があると認識していたかどうか”

2019-11-12 12:25:55 | 社会
https://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/sankei-afr1911120003.html 2019/11/12 (産経新聞)
 東京・池袋で4月に暴走した乗用車に母子がはねられ死亡した事故で、警視庁交通捜査課は12日、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)容疑で、車を運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(88)を書類送検した。同課は認否を明らかにしていない。

 同課によると、飯塚元院長は当初、「ブレーキをかけたが利かなかった。アクセルが戻らなかった」などと説明。しかし車の機能検査で異常は確認されず、その後、「ブレーキとアクセルを踏み間違えた可能性もある」と供述を変えていた。こうした状況に加え、ドライブレコーダーの記録などを解析した結果、同課は飯塚元院長が最初に接触事故を起こした後、ブレーキをかけずにアクセルを踏んだ操作ミスが事故原因と結論付けた。

 書類送検容疑は4月19日昼、東京都豊島区東池袋の都道で乗用車を運転中、3カ所の横断歩道などで、自転車に乗った近所の松永真菜さん=当時(31)=と長女の莉子ちゃん=同(3)=をはねて死亡させたほか、男女8人と同乗の妻に重軽傷を負わせたとしている。縁石に接触したり、赤信号を無視したりしながら約150メートルにわたって暴走し、時速約50キロから90キロ台後半まで加速していたという。

 事故では飯塚元院長も胸を骨折するなどして入院。退院後も目白署に出頭して聴取に応じていたことなどから、同課は逮捕要件に当たる逃亡や証拠隠滅の恐れがないと判断し、任意のまま捜査を進めてきた。

 松永さんの遺族は9月、飯塚元院長について、できるだけ重い罪名での起訴と厳罰を求める約39万人分の署名を東京地検に提出している。

https://keiji-pro.com/columns/189/#toc_anchor-1-2-2 刑事事件弁護士ナビ
過失運転致死傷罪とは|罰則と危険運転により刑が加重される場合


過失運転致死傷罪において、過去には以下の判決が下されています。

大阪・御堂筋暴走
「運転時に危険性の認識なかった」と危険運転致傷罪否定
 大阪・ミナミの御堂筋で2014年6月、低血糖症による意識障害の危険性を自覚しながらワゴン車を運転して3人に重軽傷を負わせたとして、自動車運転処罰法違反(危険運転致傷)の罪に問われた男の判決公判が24日、大阪地裁であった。村越一浩裁判長は運転時に危険性への認識はなかったと判断し、予備的に問われた同法の過失運転致傷罪で禁錮1年6月、執行猶予3年(求刑・禁錮1年6月)を言い渡した。
引用元:大阪・御堂筋暴走:過失運転致傷罪で有罪判決 - 毎日新聞

感想
本人がどれだけ危険性を意識していたか?
医者から運転を控えるように言われていた。

判例と違うのは2人亡くなっています。

歩くのでさえ、2本の杖をつかないと歩けない状況でした(実況見分時の写真から)。
高齢(88歳)で、アクセルとブレーキを踏み間違る判断レベルでした。

これで運転に問題がないと思っていたなら、それは驕りと傲慢以外のなにものでもないでしょう。
当初「ブレーキをかけたが利かなかった。アクセルが戻らなかった」と言っていたとのこと。
車には問題がなく、その後、「ブレーキとアクセルを踏み間違えた可能性もある」と供述を変えていたとのこと。
そうするとちょっと前自分がどうしたかの認知機能も低下していたことになります。

過失運転致死傷罪
自動車の危険運転で人にケガをさせるまたは死亡させたときに問われる罪です。罰則は7年以下の懲役・禁固又は100万円以下の罰金刑が科せられます。(刑事事件弁護士ナビより)

重罪に処して欲しいとの約39万人の署名。

検察が起訴するかどうか、そして起訴されたら裁判所がどう判断するかになります。
拘留もされなかった特殊なケースです。
事故後、救急車や警察に連絡する前に息子に連絡したそうです。
下記のサイトに連絡した内容が記載されていました。
事実だとすると、何を大切にしているか、まさに自分の名誉なのでしょう。

検察が不起訴にしないことを願います。
そして裁判官が署名の重みを受けとめ、重罪に処するかどうか。
注目したいです。


https://curious-rabble.net/ikebukuro-traffic-accident-iiduka-kouzou-son-family-address/ Happy*farm より

飯塚幸三元院長は、池袋暴走事故発生時にすぐに110番通報をせず、息子に電話していたことが明らかになっています。

飯塚元院長が事故後に指示したとみられる行動がこちら。
自宅電話番号・・変更
フェイスブック・・アカウント削除
ツイッター・・アカウント削除
ストリートビュー・・自宅にモザイク
ウィキペディア・・編集ページをロック
経済産業省の勲章贈呈ページ・・削除
Google検索ワード・・削除

この飯塚元院長の行動に対して「人命救助より自分の保身を優先するのか」と国民から批判が殺到しています。


https://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/sankei-afr1911120003.html
池袋暴走、88歳元院長を書類送検 「厳重処分」の意見付ける

2019/11/12 (産経新聞)
 東京・池袋で4月に暴走した乗用車に母子がはねられ死亡した事故で、警視庁交通捜査課は12日、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)容疑で、車を運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(88)を書類送検した。起訴を求める「厳重処分」の意見を付けたという。認否は明らかにしていない。
 同課によると、飯塚元院長は当初、「ブレーキをかけたが利かなかった。アクセルが戻らなかった」などと説明。しかし車の機能検査で異常は確認されず、その後、「ブレーキとアクセルを踏み間違えた可能性もある」と供述を変えていた。こうした状況に加え、ドライブレコーダーの記録などを解析した結果、同課は飯塚元院長が最初に接触事故を起こした後、ブレーキをかけずにアクセルを踏んだ操作ミスが事故原因と結論付けた。
 書類送検容疑は4月19日昼、東京都豊島区東池袋の都道で乗用車を運転中、3カ所の横断歩道などで、自転車に乗った近所の松永真菜さん=当時(31)=と長女の莉子ちゃん=同(3)=をはねて死亡させたほか、男女8人と同乗の妻に重軽傷を負わせたとしている。縁石に接触したり、赤信号を無視したりしながら約150メートルにわたって暴走し、時速約50キロから90キロ台後半まで加速していたという。
 事故では飯塚元院長も胸を骨折するなどして入院。退院後も目白署に出頭して聴取に応じていたことなどから、同課は逮捕要件に当たる逃亡や証拠隠滅の恐れがないと判断し、任意のまま捜査を進めてきた。
 松永さんの遺族は9月、飯塚元院長について、できるだけ重い罪名での起訴と厳罰を求める約39万人分の署名を東京地検に提出している。

「定年後の『やってはいけない』人生100年時代の生き方、働き方」郡山史郎著 ”企業側が求める3Y"

2019-11-12 09:09:18 | 本の紹介
50歳でソニーの取締役に就任し、60歳で子会社の社長になった。その後に同社の会長、ソニーの顧問を経て、退職したのは役員定年の70歳。相当にバリューは高いと思っていた。しかし以前から知っている人材紹介会社の社長に頼んでみると、60代半ばを過ぎたビジネスマンの求人はゼロ。しつこく足を運んだら、そのうち社長が居留守を使うようになった。このときはじめて自分の市場価値を思い知らされた。

・やってはいけないこと
1)やりたい仕事、給与にこだわり、転職を繰り返す
2)年金がもらえるまで、会社の雇用延長制度を利用する
3)ケ個の人脈を頼りに、仕事を紹介してもらおうとする
4)何かに役立てようと、資格・勉強に時間とお金を使う

・70歳近くになって再就職で苦労した経験が、自分で人材紹介会社を立ち上げる大きなきっかけになった。

・定年退職の準備は45歳前後ではじめるといい。

・第一ハーフは「競争社会」(45歳まで)、第二ハーフは「共存社会」(45歳以降)

・私の会社にある求人募集リストを一覧すると、定年後の再就職で設定される”初任給“は15万~20万が一般的な相場である。その代わり「毎日出社しなくてよい」「時短勤務で構わない」といった時間拘束の緩い条件になっているケースが多い。

・定年を迎えたら、もう一度新入社員になったつもりで、待遇にあまりこだわらずに、何でもチャレンジしてみるのがいいだろう。

・履歴書の希望年収のところに思い切って、現役時代の1/10の数字を書いておこう。勇気がなければ「200万~2000万」と希望年収額に大きく幅を持たせておくといい。

・幸運なマッチングは何百分の1

・「60歳でひと休みして、充電してから再就職先を探そう」と考えているのだとしたら、思い直してほしい。なぜなら「定年後のキャリア形成において、ブランク期間はデメリットしかないから」だ。

・会社の本音は「定年後まで面倒を見切れない」

・「やる気がある」「態度や物腰が柔らかく、社会人として適切なコミュニケーションがとれる」「依頼された業務をきちんとこなし、まわりと協調しながら仕事に取り組める」「身だしなみがキチンとしている。服装や髪型に清潔感がある」などが、まず挙げられるポイントだ。これらの条件は定年前の人材にも求められる事柄である。これらに加えて、定年後の人材に企業が期待している特有の要件がある。それが「安い」「やめない」「休まない」という“3つのY”だ。

・転職は2回が限度
 私の会社は約1,000社のクライアントを持ち、有名企業もずらりと並んでいる。そのうちの9割の会社では、3回転職している人は書類審査さえも通過できない。
 転職回数の多い人は「やめグセがある」「我慢できない」「協調性がない」とみなされるのである。

・会社の人事には添うてみよ
 どんな異動でも受け入れたほうがキャリアの幅が広がるし、思いもよらない楽しみがついてくることもある。

・生活水準は上げるな
 収入が減ることを見越して生活を変えていこう。

・借金は定年後まで持ち越さない

・「定年前」の人脈は使わない
 というより、ほぼ役に立たないので、あてにしないことをおすすめする。

・儀礼と礼を欠くのは高齢者の特権
 その関係は定年で終わってしまったのだから、陰からひっそり冥福を祈ればいいと思う。

・人に頼らず自分でやるクセをつける
 自分で考えて自分で動く人はすぐに採用されやすい。

・スポーツジムに支払うお金があるのなら、毎日の仕事帰りに1駅手前で降りて、道すがら本を買ったりしてはどうだろう。

・人生後半に「やってほしい」こと
1)健康管理に心がける
2)社会との接点を持つ
3)家族との接点を持つ
4)服装
5)身だしなみ
6)クルマ(小さな車か手放す)
7)読書(図書館)
8)お酒(楽しみの一つ)
9)規則正しい生活
10)生活管理(自分でできることは自分でする)
11)家事(掃除、洗濯、料理など、身の回りのことができるように)
12)ゴロ寝、テレビ(休日に)
13)散歩
14)貯金
15)焦らない、おそれない、あきらめない(私の会社のモットー)

・人間は社会のなかで生きている。社会のなかで生きるということは、社会のために働くということだ。社会に貢献する仕事をしなければ、人間は社会の一員になれない

・「高齢者は不幸」なのではなく、「『高齢者は不幸』だと思い込むことが不幸」

・いくつになっても、自分で舵を取り続ける。

感想
定年にならないと定年後のことを体験することができません。
先に定年を迎えた人の体験や感想を知ることによって、定年後の生活を疑似体験することができます。

私も6年前に定年退職しましたが、なるほどと思うことが多くありました。
退職後失敗しやすいのが、退職金を使って新規事業を行ったり、オフィスを借りたりすることだそうです。
もちろん、著者のように新規事業を立ち上げ上手く運営する方もいらっしゃいますが、多くは老後の資金を使ってしまうそうです。
オフィスに関していえば、今はWifiサービスが増えたり、ルーター契約していれば、どこでもオフィスになります。
私は車内、駅の待合所、カフェなどで仕事をしています。
カフェを変えて気分転換をはかることもあります。
マック、ドトール、バーガーキング、タリーズ、スタバ、ミスタードーナツ、ロッテリアなど多くのカフェがあります。
新しい場所に行くと、周辺を見渡し、カフェが見つからないときは、スマホに「近くのカフェは?」と問いかけるとカフェのリストが出て来ます。
もちろん図書館もその一つです。


国民祭典で繰り返された「万歳三唱」15回に困惑も運営は「予定通り」 その真意は? ”天皇陛下を利用しようとする人々が?”

2019-11-12 08:54:14 | 社会
国民祭典で繰り返された「万歳三唱」15回に困惑も運営は「予定通り」 その真意は?
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191111-00000036-sasahi-soci〈AERA〉
11/11(月)

 天皇陛下の即位を祝う「国民祭典」が9日、皇居前広場で開かれ、招待客を含めた約3万人(主催者発表)が集まった。天皇皇后両陛下が姿を見せると、集まった人々は提灯に点灯し、日の丸の小旗を振って祝福した。奉祝曲「Ray of Water」が披露されると、皇后雅子さまが涙をぬぐう場面もあった。

 厳かでありながら、温かな感動をもたらした国民祭典だったが、多くの人が違和感を抱いた場面もあった。当日、自宅でテレビを見ていたという20代女性は言う。

「ぼーっとテレビを眺めていたら、いきなり万歳三唱が何度も流れて、思わずチャンネルを変えました」

 会場で配られた祝賀式典プログラムでは、「天皇陛下のお言葉」の後に、伊吹文明・奉祝国会議員連盟会長による「万歳三唱」と記されていた。予定通り、伊吹会長は力強く万歳三唱を指揮し、安倍晋三首相やステージ上の人々もこれに続いた。

 司会の谷原章介さんが伊吹会長に「ありがとうございました。聖寿(せいじゅ)万歳を、伊吹文明奉祝国会議員連盟会長より申し上げました」と述べた直後、再び男性の声で「天皇陛下 万歳」の声が響いたのだ。さらには、「皇后陛下 万歳」、「天皇皇后両陛下 万歳」と豊富なバリエーションに、思わず苦笑する人も。だが、会場の人々も再び万歳三唱を続け、陛下と雅子さまも提灯を掲げて呼応した。

 その後現場が静まると、谷原さんが両陛下の退出をアナウンス。だが、またもや先の声で「万歳三唱」が始まったのだ。
 ここまでくると、会場のみならずステージ上でも戸惑う様子が見えた。二人の姿が見えなくなるまで万歳三唱は続き、掲げた手の高さもまばらになっていた。

 SNS上でも、鳴りやまない万歳三唱に疑問の声が上がっている。

<万歳三唱怖い>
<ステージの人たちも固まった感じがしていて奇妙だった>
<両陛下も困惑していたのでは>

 伊吹会長のあとに繰り返された万歳三唱の数は、実に15回。音頭をとったのは、スピーカーを通した声だった。奉祝委員会にも「伊吹会長から誰かがマイクを奪い取ったのではないか」という問い合わせがあったという。だが、この万歳三唱は予定されていたものだという。同会の担当者は言う。

「参加者の気持ちを考え、最後までお見送りしたいと、万歳三唱を続けると台本にもある。天皇陛下にも皇后陛下にも感謝の気持ちを伝えたいという自然な思いです。一般参賀では自然発生的に万歳三唱が起きますが、バラバラに言うのではなく、陛下の動きに合わせて音頭をとる思いでした」

 台本であれば、ステージの登壇者らが戸惑ったように見えたのはなぜなのか。担当者は続ける。

「私自身、演出だとわかっていても驚きました。前もって理解していても、びっくりしたのでは」

 予定通りの演出に驚いたのは、国民だけではなかったということだ。(編集部・福井しほ)

※AERAオンライン限定記事

感想
何事も程度問題があります。

戦争中に「天皇陛下万歳!」の下、多くの人が戦地に向かい、尊い命が亡くなりました。
軍人は200万人~230万人/民間人は50万人~100万人とも言われています。
しかし戦争を決めた責任者は安全なところにいて死にませんでした。
責任者の息子は陸軍が多かったと本にありました。
なぜなら、船は沈没すれば上官も亡くなりますが、陸軍は後方の安全地帯に所属する役職にすることが出来るからです。
東京裁判で一部の責任者が処刑されましたが、インパール作戦(約3万人死亡)やノモハン事件(約8千人死亡)の責任者は責任を取らされることがありませんでした。

国民が亡くなっては、国が存在しません。
何を守らなければならないか?
それは国民を守るためではないでしょうか。

上皇ご夫妻の国民への思いにより、天皇制度がさらに国民に親しみのあるものになってきたように思います。
上皇ご夫妻の日々のご尽力の賜物だったと思います。
そこには「二度と戦争は起こさない」との強い願いがあったのだと思います。

上皇ご夫妻の思いとは違って政権のトップが意図的に日本が戦争できる国へと少しずつ変えようとしているように思えてなりません。
その兆しが、シナリオで何度も行った万歳三唱に現れているように感じてしまいました。
杞憂ならよいのですが・・・。


万歳三唱とは三回行うことです。
シナリオを作った人が誰の意思でそのようにされたのか。
シナリオを作った人だけではないように思うのですが。