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理想語らぬ政治に危機感 教皇が来日に込めた狙い  ”理想を語り、それに近付ける普段の取り組みが求められる”

2019-11-26 13:01:11 | 社会
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52571640V21C19A1I00000/?n_cid=NMAIL007_20191126_H 日本経済新聞 編集委員 小林明2019/11/26
ローマ教皇(法王)フランシスコは26日、4日間に及んだ日本滞在を終えて帰路に着いた。38年ぶりとなった教皇の来日は我々の心に何を残したのか。痛感するのは、夢や時代の精神を呼び掛けることの大切さと難しさ。そして分断された世界をつなぎとめ、未来を語る国際的なリーダーシップへの強い渇望だ。

フランシスコ教皇は24日、被爆地の長崎と広島から「核兵器のない世界は実現可能であり、必要である。核兵器は国家の安全保障への脅威から私たちを守ってくれるものではない」と戦争の悲惨さと核兵器使用・保有の恐怖を訴えた。

耳が痛い思いをした政治リーダーは多いだろう。3年半前の2016年5月、現職の米大統領として初めて広島を訪れて平和の祈りをささげたのは、プラハ演説(09年)で「核兵器なき世界」を約束したはずのオバマ前大統領だった。

だが皮肉にも世界の核情勢はかえって深刻さを増している。東アジアでは中国や北朝鮮が核開発や兵器配備を進め、米ロも抑制してきた中距離核の再強化に動き出した。小型の"使える核兵器"がテロ組織の手に渡るという新たな恐怖さえ広がっている。
大国といえどもやはり核兵器の均衡による抑止力に頼らざるを得ない。

困難を乗り越えるには多国間の粘り強い交渉や妥協が欠かせない。では誰がそれを言い出すのか。旗振り役だった米国は「自国第一」を叫び、単独行動にひた走る。国連など国際機関による調整も効力が薄い。そんな状況だからこそ、夢や理想を語る教皇の言動に関心が集まっている。

教皇は演説で「平和と安定は団結と協力に支えられた道徳観からしか生まれない。相互不信の流れを打ち砕かなくてはならない。軍備管理の国際的枠組みが崩壊する危険がある」とも指摘した。

これは多国間協議を拒絶する単独行動を強烈に批判した発言である。自国の利益ばかりを優先するなら核廃絶や軍縮の実現はおぼつかない。メッセージには台頭するポピュリズムへの対決姿勢が随所に読み取れる。
教皇の普段の言動からも、世界にはびこるポピュリズムと真正面から格闘する姿が浮かび上がる。
266代目で初の南米(アルゼンチン)出身の教皇となったフランシスコは13年の就任以来「貧者のための教会」を掲げ、様々なメッセージを送り続けてきた。

特に移民受け入れや地球温暖化防止に背を向けるトランプ米大統領に対する批判は手厳しい。メキシコ国境に壁を作るという発言には「懸け橋でなく壁を作ろうとする人は、誰であれキリスト教徒ではない」と強い調子でたしなめた。

資本主義の行き過ぎにも警鐘を鳴らし、弱者に救いの手を差し伸べる。英国の離脱で混乱する欧州連合(EU)首脳には「欧州は家族。意見に違いがあろうと協力しながら成長できる」と結束を呼び掛ける。国際舞台における教皇の存在は決して無視できない。
ローマ教皇庁(バチカン)は、無神論を掲げる共産主義と戦前から一貫して厳しく対峙してきたことで知られる。その象徴的な存在が38年前に来日した教皇ヨハネ・パウロ2世だった。初のポーランド出身の教皇として母国の民主化支援を通じて東欧革命に火を付け、ソ連崩壊、戦後の東西冷戦終結を導いた「陰の立役者」である。
しかし、フランシスコ教皇はその「最大の敵」だった共産主義圏との歴史的な雪解けに足を踏み出した。

15年にキューバと米国の国交回復を仲介したほか、16年にはロシア正教会と和解して1054年以来続くキリスト教会の東西分裂を修復。司教任命権で対立してきた中国政府とも昨年、暫定合意にこぎつけるなど大きな節目になる偉業を次々に成し遂げてきた。
そこには「壁」を作ろうとするポピュリズムに身をもって対峙しようという強い意志がにじむ。
ヨハネ・パウロ2世とフランシスコ――。同じ被爆地で平和と反核を唱えた2人の対比に、世界情勢の構造変化を実感せざるを得ない。

パラダイムシフトはなぜ起きたのか。原因は様々だ。グローバル化とIT(情報技術)の進歩、過剰な競争は社会に格差と分断を生み、安定した政治を支える中間層を疲弊させた。世界の富は欧米からアジアに移転。新興国からの挑戦を受けた先進国にかつての余裕はない。
「イデオロギー対立が終わり、戦後の国際体制の秩序が崩れたことで教皇の闘争相手は共産主義からポピュリズムに変わった」と専門家は見る。
約2000年続いたバチカンの歴史は腐敗と改革の繰り返しだった。フランシスコ教皇は聖職者による児童への性的虐待、バチカン銀行の資金洗浄疑惑など山積する課題への危機感から選出されたとされる。最初から「改革者」としての宿命を背負って登場したわけだ。
そんな活力を取り戻すための改革や自浄作用の知恵も大いに参考になる。混迷の中で岐路に立つ我々はどんな未来を描くべきか。38年ぶりとなったローマ教皇の来日は様々なことを考えさせてくれる。
(編集委員 小林明)

感想
人と人の間には摩擦が生じます。
国と国の間には軋轢が生じます。
それを何とかしようとの努力をしないとそれは大きくなってしまいます。

その努力を一人ひとりが行うことを、ローマ教皇訴えたのだと思います。

公明党は創価学会母体にしています。
創価学会は日蓮の教えに基づいた宗教団体です。
”平和の党”をうたい文句にしていますが、安倍政権を支持し、日本が戦争ができる国へのお手伝いをしているように思ってしまいます。
自民党の暴走を止めていると言われていますが、その結果はどうでしょうか?
・個人情報保護法
・集団自衛権
・破防法 など
国の情報を国民にできるだけ知らせない。
何か集まって国に反対するようなことがあると逮捕できる。
自衛隊が戦争が可能(同盟国が攻撃されると)。

その結果が、桜を見る会の参加者リスト廃棄なのでしょう。

「桜を見る会」名簿、二階氏「いちいち破棄する必要ない」 ”誰が考えてもその通り。ではなぜ直ぐに廃棄したのだろうか?”

2019-11-26 12:37:08 | 社会
https://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/sankei-plt1911260009.html?from=gootop#cxrecs_s 2019/11/26(産経新聞)
 自民党の二階俊博幹事長は26日の記者会見で、首相主催の「桜を見る会」の招待者名簿が共産党の資料請求日に破棄されていたことについて「来年のことを考える場合の参考になるので、いちいち廃棄する必要はない」と述べた。
 一方、12月9日に会期末を迎える今国会の延長に関しては「今のところ必要があるという声は聞いていない」と述べた。

感想
誰が考えても廃棄する必要はないと考えるのでしょう。
事務方も過去に読んだ人を参考に次に呼ぶ人を決めると思います。
そうしないと、基準がその時その時でバラバラになります。

では、なぜ直ぐに廃棄処分にしたか?
共産党が提出を求めていると知り、これはやばいと思って誰かの指示で廃棄したと考えるのが自然です。
誰が指示したか?
シュレッダーにかけて人がいるのですから、その人に尋ねればよいのですが・・・。
廃棄を指示した人の、勇み足だったように思います。
問題ないなら堂々とされていれば良いのですから。
それができなかったのでしょう。

高速シュレッダーは1,000枚/分処理できるそうです。
予約しないと使えないとの説明です。
仮に6時間/日使うとすると、
1,000枚×6×60=360,000枚
毎日36万枚もシュレッダーにかけないといけないほど、たくさんの書類があることになります。
そんなにあるわけないです。
答弁は詭弁というより嘘だったのでしょう。



日バチカン、核めぐり溝=ローマ教皇来日で浮き彫り ”日本は被爆国として世界の非核化を推進する立場なのに、発言と行動が矛盾!”

2019-11-26 09:52:00 | 社会
https://news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-191125X562.html時事通信社 2019/11/25

 フランシスコ・ローマ教皇の来日は、核兵器に関する考え方をめぐる日本とバチカンの溝を浮き彫りにした。両国は核廃絶という究極的な目標は共有しているが、核抑止力も許すべきではないと訴えた教皇に対し、日本政府は抑止は当面必要との立場を変えなかった。

 「日本は唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向け、国際社会の取り組みを主導していく使命を持つ国だ」。安倍晋三首相は25日夜、教皇とともに臨んだ各国大使らとの集いであいさつし、核廃絶への決意をアピールした。

 続けて演説した教皇は「原爆の破壊が二度と繰り返されないようあらゆる手段を促進してほしい」と呼び掛けただけで、この場では違いは露呈しなかった。

 しかし、教皇は24日の被爆地での演説で「核戦争の脅威での威嚇に頼りながら、平和を提案できるのか」と核抑止を批判している。この言葉は核保有国だけでなく、米国の「核の傘」で守られる日本にも向けられていると見られている。

 北朝鮮などの核兵器の脅威にさらされる日本は、米国の「核の傘」は安全保障の基礎との立場。菅義偉官房長官は25日の記者会見で「核を含めた米国の抑止力を維持・強化していくことが現実的で適切な考え方だ」と教皇に事実上反論した。

 核兵器禁止条約をめぐっても見解は異なる。教皇は演説で条約発効の必要性を訴えたが、菅長官は会見で「条約は現実を十分踏まえず作成されたため、核兵器国のみならず非核兵器国からも支持を得られていないのが現実だ」と述べ、批准に否定的な立場を改めて強調した。
 政府関係者によると、首相と教皇との会談には当初、日本側から複数の政府関係者が陪席する予定だったが、バチカンの要請で同席者は通訳のみとなった。

 日本政府の姿勢に野党からは批判が出ている。共産党の小池晃書記局長は会見で「日本政府は世界の宗教界の最高指導者の一人である教皇の発言の重さを正面から受け止めるべきだ。唯一の戦争被爆国としてメッセージを聞き流せば、歴史と世界に背を向けることになる」と語った。 

感想
「日本は唯一の戦争被爆国として、核兵器のない世界の実現に向け、国際社会の取り組みを主導していく使命を持つ国だ」。安倍晋三首相は25日夜、教皇とともに臨んだ各国大使らとの集いであいさつし、核廃絶への決意をアピールした。

ところが日本は、安倍首相の発言とは逆の行動をとっています。
核拡散防止条約に107国は賛同しましたが、日本は賛同していません。
日本は率先して非核化を取り組む立場では?と法王の問いかけに、安倍首相は言葉だけになっているように感じてしまいます。
原子力発電を廃止しないのも、核物質を確保するためではないかとの説も言われています。
ロケット技術&核物質⇒核搭載ミサイルとなるからです。

一人でも多くの人が声をあげていくことなのでしょう。


ローマ教皇、被爆地で核廃絶訴え「核は我々を守らず」 "一人ひとりがその思いを実践していく!”

2019-11-26 09:36:36 | 社会
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52550690U9A121C1ACYZ00/ 日本経済新聞 2019/11/24

来日中のローマ教皇(法王)フランシスコは24日、被爆地の長崎、広島両市を訪問し、被爆者の冥福を祈るとともに、平和と核廃絶を訴えるスピーチを行った。「核兵器は安全保障への脅威から私たちを守ってくれるものではない」と核の抑止力を否定し、核の戦争目的使用を「犯罪以外の何ものでもない」と主張。個人や国家が団結して核廃絶に取り組むよう訴えた。

教皇が被爆地を訪れるのは1981年のヨハネ・パウロ2世の訪問以来38年ぶり。
教皇は24日午前、長崎市の爆心地公園で献花し、黙とうをささげた。その後、信徒や被爆者らを前にメッセージを読み上げた。

教皇は長崎を「核兵器が悲劇的な結果をもたらすことを示す証人の町だ」と表現した。その上で「核兵器や大量破壊兵器を持つことは平和や安定につながらない」と主張し、本来は人間や環境保全に使われるべき資源が軍拡競争に使われていることを「途方もないテロ行為だ」と述べた。
核兵器から解放された平和な世界を、数え切れないほどの人が熱望している」として、核廃絶は「可能であり必要」と指摘。その実現には個人や国家、国際機関などが一致団結して取り組むべきだと訴えた。

各国の指導者に対しては「核兵器は安全保障への脅威から私たちを守ってくれるものではない、そう心に刻んでほしい」と呼び掛け、核抑止力を否定した。「私たちは多国間主義の衰退を目の当たりにしている。あらゆる国の指導者が注意を払い、この問題に力を注ぎ込むべきだ」とも述べ、国家間の相互不信の流れを食い止める必要があると強調した。

長崎市の爆心地公園で演説し、核廃絶の必要性を訴えるローマ教皇フランシスコ(右)=共同
教皇は長崎訪問の後、空路で広島に移動し、24日夜に広島平和記念公園で開かれた「平和のための集い」に参加した。
集いでの演説では「ここで大勢の人が一瞬の閃光(せんこう)と炎によって跡形もなく消され、影と沈黙だけが残った。全てが破壊と死というブラックホールに飲み込まれた」と、原爆の悲惨さを強調した。

戦争目的での原子力使用を「犯罪以外の何ものでもなく、倫理に反する」と強く非難。「強力な兵器を製造しながら、平和について話すことなどどうしてできるか」と問いかけ、真の平和とは「非武装の平和以外にありえない」と訴えた。

演説終盤では、原爆と核実験とあらゆる紛争犠牲者の名において「戦争はもういらない」「こんな苦しみはもういらない」と声を合わせて叫ぶよう呼び掛けた。
教皇は25日には東京で東日本大震災の被災者らと面会するほか、天皇陛下との会見や安倍晋三首相との会談が予定されている。26日に帰国の途につく。
81年のヨハネ・パウロ2世の被爆地訪問時には、教皇が広島で「戦争は人間のしわざ」という平和アピールを発表し、多くの被爆者が被爆体験を語る契機となった。

感想
政治を決めているのは一人ひとりの思いと考え方だと思います。
ローマ教皇の言葉は夢物語だと言ってしまえばそうなります。
そうではないと、一人ひとりが行動していくと、それは夢ではなく、希望になり、現実になります。

教科書に掲載された第二次世界大戦前の写真が記憶に残っています。
武器を背負いきれないほど背負った二人の姿がありました。
結局、その武器は使われたのです。
持っていると使いたくなります。
また武器を作っている会社は使われて消耗あるいは破壊されるとニーズが生じます。

「戦争は人間のしわざ」
人が戦争を起こしています。
インパール作戦、ノモハン事件、何万人兵士が餓死、病気、戦闘で大切な命を失いました。
その作戦を決定した人は亡くなっていませんし、責任も取っていません。
それを決めた政治家を選んだ国民一人ひとりの責任でもあります。
同じ過ちを繰り返さないためにも、ローマ教皇の言葉を深く心に刻み行動していくことではないでしょうか。