・私たちが感じている苦しみは、自分の内側で、自分によって創り出されている。
・智慧の書(経典)の書を、意味をかみ締めながら自分の中に刻みこみ、応用し、事業から人間関係まで、いちいちの思考判断の基準としたのです。すると不思議なほど、自分の精神が安定し、日々起こる細かな出来事にいちいち心揺さぶられることがなくなりました。
・付き合ってはいけない「4種類の人」
1) 何ものでも取っていく人
2) 言葉だけの人
3) 甘言を語る人
4) 遊蕩の仲間
・「4種類の友人」
1) 助けてくれる友
2) 苦しい時も楽しいときも一様に友である人
3) 自分のためを思って話してくれる友
4) 同情してくれる友
・4つの智慧
1) 布施
2) 愛語
3) 利行(見返りを求めないで、他の人の利益のために尽くすこと)
4) 同事(自分を捨てて、相手と同じ心・境遇になること
・「中央タクシー株式会社」(長野の山奥)
お客様の約9割が電話予約で占められ、流しの営業はしていないにもかかわらず、「売上高で長野県内トップ」のタクシー会社です。
乗務員のAさんが、老夫婦を長野から成田空港まで送りしている途中、高速道路の大渋滞に巻き込まれてしまったそうです。「このままではフライト時間に間に合わない・・・」。そこで、鉄道に乗り換えていただくことに決め、最寄り駅に向かうことにしました。無事に駅に着いてお客様を降ろしたあと、何を思ったのか、Aさんもクルマを降りてしまった。そして、この老夫婦を一緒に電車に乗って、成田空港まで向かったのです。「東京駅で、お客様が迷わないため」です。Aさんは、「このお客様が、自分の両親だったらどうするか」と自問自答をして、「自分の両親なら、最後まで見送る」と答えを出したのです。
・「ダンマパダ」(真理のことば)という経典の中に、次のような詩句があります。
「たとい他人にとっていかに大事であろうとも、(自分ではない)他人の目的のために自分のつとめをすて去ってはならぬ。自分の目的を熟知して、自分のつとめに専念せよ」
お釈迦様は、「他人を立たせ、その結果として自分がつぶれてしまったら、それは愚かなことである。自分の目的のために生きなさい」と説いています。
・唐代の禅僧・無業禅師は、誰に対しても「莫妄想」(妄想すること莫れ)と唱えたと
いいます。「莫妄想」とは
「現実からかけ離れた空想や夢想をしたり、考えてもしかたのないことをあれこれ思い悩むことはない」という教えです。
・僧侶が長生きする理由
「食事」:「食べ過ぎなどに注意して、摂生を心掛けている」
「瞑想」;「瞑想の時間を取り、精神的なゆとりを持っている」
・お釈迦様の教え
「自分の心を傷つけてはいけない」
「自分を大事にしなければいけない」
お釈迦様が、他人を傷つける行為をいさめたのは、他人の悪口や非難が、いずれ自分に返ってきて、自分自身を傷つけることになるからです。
・過去を追うな。
未来を願うな。
過去はすでに捨てられ、未来は未だ来ない。
ただ今日すべきことを熱心になせ
・『大迦旃延一夜賢者経』という経典の中に、『一夜賢者の偈(げ)』と言う詩
過去は追うな。
未来を願うな。
過去は既に捨てられ、
未来はまだ来ない。
だから、ただただ現在のことをありのままに観察し、
動揺することなく、よく理解して、実践せよ。
ただ今日すべきことを熱心になせ。
明日、死のあることを誰が知ろうか。
かの死神の大軍と会わないわけはない。
このように考えて、熱心に昼夜怠ることなく励む人、
このような人を一夜賢者といい、
寂静者、寂黙者と人はいう。
・相手に悪口を言われても、受け取らない。
受け取らなければ、腹は立たない
・『祈り』という行為を通して、人の心は少しずつ癒されていきます。もし、耐え難い苦しみやストレスにさらされたときは、手を合わせて、
「生きとし生けるすべてのものの、苦しみがなくなりますように」とお祈りをしてみてください。
・悩みや不安がある人が愚かなのではありません。悩みや不安の正体を明らかにせず、そのままに、「何もしない人」が愚かなのです。
・「四諦・八正道」を実践すると、「苦」がなくなり、心の平穏が訪れる
「四諦・八正道」
http://sasaguri88.la.coocan.jp/shidai-hasshodo.html
・身口意(心と言葉と行動)の方向性が一致してはじめて、私たちの心身は矛盾なく快適に生きることができます。
・お釈迦様がお亡くなりになる前に弟子たちに残した「自灯明」の教えです。
「苦しみを手放して自由になること、『自由になる』とは由(よ)れる自分、つまり拠り所となる自分を育てること」
感想;
ある人の言葉に”怒り”を感じたら、既に相手の言葉を受け取っていることになります。
言葉はどの人からでるかで重みが違ってきます。
愚かな人からの言葉を受け取って自分が怒っていると、まさに自分も愚かな人に成るのかもしれません。
仏教はまさに生き方。
この本では、苦しみをいかに手放すかについていろいろな教えがありました。
・智慧の書(経典)の書を、意味をかみ締めながら自分の中に刻みこみ、応用し、事業から人間関係まで、いちいちの思考判断の基準としたのです。すると不思議なほど、自分の精神が安定し、日々起こる細かな出来事にいちいち心揺さぶられることがなくなりました。
・付き合ってはいけない「4種類の人」
1) 何ものでも取っていく人
2) 言葉だけの人
3) 甘言を語る人
4) 遊蕩の仲間
・「4種類の友人」
1) 助けてくれる友
2) 苦しい時も楽しいときも一様に友である人
3) 自分のためを思って話してくれる友
4) 同情してくれる友
・4つの智慧
1) 布施
2) 愛語
3) 利行(見返りを求めないで、他の人の利益のために尽くすこと)
4) 同事(自分を捨てて、相手と同じ心・境遇になること
・「中央タクシー株式会社」(長野の山奥)
お客様の約9割が電話予約で占められ、流しの営業はしていないにもかかわらず、「売上高で長野県内トップ」のタクシー会社です。
乗務員のAさんが、老夫婦を長野から成田空港まで送りしている途中、高速道路の大渋滞に巻き込まれてしまったそうです。「このままではフライト時間に間に合わない・・・」。そこで、鉄道に乗り換えていただくことに決め、最寄り駅に向かうことにしました。無事に駅に着いてお客様を降ろしたあと、何を思ったのか、Aさんもクルマを降りてしまった。そして、この老夫婦を一緒に電車に乗って、成田空港まで向かったのです。「東京駅で、お客様が迷わないため」です。Aさんは、「このお客様が、自分の両親だったらどうするか」と自問自答をして、「自分の両親なら、最後まで見送る」と答えを出したのです。
・「ダンマパダ」(真理のことば)という経典の中に、次のような詩句があります。
「たとい他人にとっていかに大事であろうとも、(自分ではない)他人の目的のために自分のつとめをすて去ってはならぬ。自分の目的を熟知して、自分のつとめに専念せよ」
お釈迦様は、「他人を立たせ、その結果として自分がつぶれてしまったら、それは愚かなことである。自分の目的のために生きなさい」と説いています。
・唐代の禅僧・無業禅師は、誰に対しても「莫妄想」(妄想すること莫れ)と唱えたと
いいます。「莫妄想」とは
「現実からかけ離れた空想や夢想をしたり、考えてもしかたのないことをあれこれ思い悩むことはない」という教えです。
・僧侶が長生きする理由
「食事」:「食べ過ぎなどに注意して、摂生を心掛けている」
「瞑想」;「瞑想の時間を取り、精神的なゆとりを持っている」
・お釈迦様の教え
「自分の心を傷つけてはいけない」
「自分を大事にしなければいけない」
お釈迦様が、他人を傷つける行為をいさめたのは、他人の悪口や非難が、いずれ自分に返ってきて、自分自身を傷つけることになるからです。
・過去を追うな。
未来を願うな。
過去はすでに捨てられ、未来は未だ来ない。
ただ今日すべきことを熱心になせ
・『大迦旃延一夜賢者経』という経典の中に、『一夜賢者の偈(げ)』と言う詩
過去は追うな。
未来を願うな。
過去は既に捨てられ、
未来はまだ来ない。
だから、ただただ現在のことをありのままに観察し、
動揺することなく、よく理解して、実践せよ。
ただ今日すべきことを熱心になせ。
明日、死のあることを誰が知ろうか。
かの死神の大軍と会わないわけはない。
このように考えて、熱心に昼夜怠ることなく励む人、
このような人を一夜賢者といい、
寂静者、寂黙者と人はいう。
・相手に悪口を言われても、受け取らない。
受け取らなければ、腹は立たない
・『祈り』という行為を通して、人の心は少しずつ癒されていきます。もし、耐え難い苦しみやストレスにさらされたときは、手を合わせて、
「生きとし生けるすべてのものの、苦しみがなくなりますように」とお祈りをしてみてください。
・悩みや不安がある人が愚かなのではありません。悩みや不安の正体を明らかにせず、そのままに、「何もしない人」が愚かなのです。
・「四諦・八正道」を実践すると、「苦」がなくなり、心の平穏が訪れる
「四諦・八正道」
http://sasaguri88.la.coocan.jp/shidai-hasshodo.html
・身口意(心と言葉と行動)の方向性が一致してはじめて、私たちの心身は矛盾なく快適に生きることができます。
・お釈迦様がお亡くなりになる前に弟子たちに残した「自灯明」の教えです。
「苦しみを手放して自由になること、『自由になる』とは由(よ)れる自分、つまり拠り所となる自分を育てること」
感想;
ある人の言葉に”怒り”を感じたら、既に相手の言葉を受け取っていることになります。
言葉はどの人からでるかで重みが違ってきます。
愚かな人からの言葉を受け取って自分が怒っていると、まさに自分も愚かな人に成るのかもしれません。
仏教はまさに生き方。
この本では、苦しみをいかに手放すかについていろいろな教えがありました。