釣り雑誌「つり人」でお馴染み、つり人社から出ている一冊です。
幸田露伴の文章を現代風に訳したものということで、実は正直あまり期待していなかったのですが、その予想は半分は当たり、半分は大きく外れることになりました。
予想通りだったのは、やはり人の訳したものは手触り感に乏しいというか、自分で原文を読むに如くはなし。岩波の露伴全集を購う余裕はありませんので、古本屋を回って釣りの話が出ている巻を間引いて買ってこようかな、という気になりました。
しかし、それを補って余りあるのがその予想と外れたところ。たとえ人の訳した文章とは言え、そこは原文の持つ力。同じ釣り人として共感できるところ、距離感というものを十分に感じることが出来ました。これらの文章を読むと、幸田露伴という人が本当に釣りが好き、特に趣味としての釣りが好きだったのだと感じます。同時に、明治のこの頃にはまだ江戸前の風情溢れる釣りが残っていたのだと、とても羨ましく思います。
例えば、露伴が自分の父親や弟と一緒にキス(原文では「鼠頭魚」)釣りに出かけるくだり。前夜から降る雨を気にしつつ床に入り、明け方霧雨に変わったところをいそいそと船宿に出かけ、船を沖に出しての脚立釣り。とその前に、まずご飯と味噌汁で朝御飯(勿論、船の上でです)。渋茶をすすって、ようやく釣り開始。のんびりしたものです。
そして、存分に釣って、家に帰った時の心境を、こんな風に綴っています。
「父上の悦び、弟の笑顔、妻や子が魚の多さに驚き称賛する。
どれも私の胸にうれしいことと響かないものはない。」(「鼠頭魚釣り」)
今も昔も、魚を釣って帰って家族が喜ぶ顔を見るのは嬉しいものですね。
船宿や船頭さんの話も出てきます。
「(船頭は)他に対するすべてを寛大にすべきで、きつく
厳しくしてはならない。寛大は不愉快を化して愉快と
する性質で、きつく厳しいのは愉快を変じて不愉快と
する性質のものだからである。(中略)
自分と方法の違う他人の行動や思考を酷評したりするのは、
遊漁者の陥りやすい過失で、もっとも避けなければならない
ことである。(中略)
人それぞれ信じるところがあり、好むところとがあって、
互いに守っているように、互いに奪ってはならないから
である。」
まだあります。釣り人の心得、というか、こんな釣り人になれれば良いなぁと思うようなことが書かれてあります。
「金のことを言ってはならない。釣りをして遊ぶのは
金を遣うことである。釣りの損得を言うものは、むしろ
市場に走って魚屋を訪ねる方がよい。日々よく勤め、
時々よく遊び、家にあっては各自の仕事を忘れず、
糸を垂れては遊漁者の資格を忘れず、畏れ慎み、
悠然として長く楽しむものは、心に憂いなく、身に病なく、
清福十分、俗界にあって仙界に通じ、愚者にして賢人
でもあるだろう。」
もうひとつ。
「争うという気持ちを持ってはならない。争う心がなければ、
人が十尾の魚を獲り、自分が七尾しか釣れなくても、十分
楽しいものだ。嫉妬心を抱いてはならない。嫉妬心があると、
自分が百尾の魚を釣っても、他人が百一尾釣るとすぐに恨みが
起こる。身体を動かしなさい。釣り船を浮かべるのは身を働かせる
ためである。苦労を厭うならば、当然家にいて座ぶとんにでも
座っていればよい。」
こんな風にすぱっと言ってくれると爽快です。(出典はいずれも「游魚の説-石井氏釣書に題す-」。)
こうして読むにつけ、これが原文ではどう書かれているのだろうと気になって仕方ありません。安易に訳書に飛びついた訳でもなく、以って露伴の発見に至った訳ですからこの本には非常に感謝していますが、言いようのないこの欲求不満。
ダレカナントカシテクレ・・・
バラ本を探しに、神保町へでも行こうかなと思案していたら、そうだ、図書館に行けばいいじゃん!ということに気付きました。早速市内の図書館の蔵書を検索してみると、ありました、露伴全集。随筆だけで3巻。あいにく家から一番近い図書館にはありませんが、市内の別の図書館に蔵書があり、ネットで予約して取り寄せて貰えるとのこと。随分と便利な世の中になったものですね。
恐らくこの本に収められている以外にも釣りに関する随筆はあると思うので、じっくり紐解いてみたいと思います。何はともあれ、明治の文豪のこんな一面を教えてくれたこの本に、感謝です。
木島佐一(訳・解説)『幸田露伴 江戸前釣りの世界』(つり人社)
今日は
今、加古川でさぼっています。
流石、魚花さんです。
露伴に目をつけるなんて
拍手
少なくとも、釣りに関する露伴の記述は
大充足感を与えてくれました。
的確な表現、視野の広さ等々
褒めだすと際限なく続きそうです。
<幻談>の洗練された文は言うまでも
ありませんが、
あるとは知りませんでした。
早速、全集の随筆3巻を図書館で予約した
ところです。
今はネットの「青空文庫」で原文が読めますが、
「幻談」もそうですが、「蘆聲(あしごえ)」も
いいですね。これはハマりそうです。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000051/files/1439_28795.html
大いにハマッテ下さい。
少なくとも彼の魚についての表現の
1つ1つに説得力があり、
ウーンなるほどと、感心しました。
例えば、岩魚の生態
いろいろ新発見があると、思います。
お楽しみ下さい。
鱒二 同様 露伴ファンの1人として
大声をだして推薦いたします。
文泉
私は不勉強で文庫に入っている「五重塔」しか
読んだことがなかったですが、ちょっと腰を据えて
露伴の随筆を読んでみようと思っています。
今日図書館からメールが来て、予約した随筆3巻、
最寄りの図書館に移送されてきたとのこと。
読んでどうしても手元に置きたくなったら、
神保町に行ってバラを探そうと思っています。
ともあれ、よい発見をしました