距離感

私はバーに行く時は大抵一人ですが、その理由の一つは、これまた大抵一人でいらっしゃるバーテンダーさんとしっかり向き合うことができるようにです。もっともこれは、何も常連面をしてバーテンダーさんを独り占めしたいという訳ではありません。（私は常連面をするのも、あからさまに常連扱いされるのも、どちらも大嫌いです。）

私にとってバーというところはその空間と時間を楽しむところであって、カウンターの向こう側であれこちら側であれ、邪魔する人は少ないに越したことはありません。ですが、そこは人と人とが出逢う場。一期一会、談論風発、楽しい話が出来ればそれはそれでまた良しと思っています。

ところが難しいのは、こちらはバーテンダーさん一人を相手にすれば良いのですが、バーテンダーさんは複数のお客を相手にするということ。いいバーテンダーさんは決してお酒を作る順番を間違いませんし、たくさん居るお客に声を掛ける頃合を誤りません。けれどお客の側でもその距離感を誤らず、声を掛けるタイミングを図って飲んでいれば、カウンターの両側がある種独特の距離感と一体感で満たされることになります。

ここら辺は感覚的なものなので、言葉で説明するのは難しいのですが、色々なバーで飲んでいると、こういう極めて個人的な判断基準で見て自分に合うか合わないか、それほど時間が掛からずピンと来るようになりました。

これからお話するのは先週、とあるバーに行った時のお話です。そのバーは、その界隈では必ず名前が挙がる割と有名な老舗のバーで、以前から機会があれば一度行って見たいと思っていたのでした。

店は歴史を感じさせる佇まいで、恐らく常連さんにとっては居心地のいいバーなのでしょう、この日もカウンターの隅でお二人、ショートカクテルを前に老バーテンダーさんとお話に興じておられます。私はもとより一見のお客、居並ぶ洋酒のボトルを眺めながら、一人もの思いに耽っていました。（因みに私がオーダーしたのは写真のジンリッキーです。）

しかし、結局飲み終わるまでバーテンダーさんとは話をしませんでした。正確に言うと、私からも話しかけませんでしたし、向こうからも話し掛けられませんでした。それはそれで、一人になりたい客の意向を察知して話しかけないのもバーテンダーさんの心得でしょうし、それはそれで何とも思っていません。しかし、驚いたのはそのお会計の時。

魚花「ご馳走さまでした。」

老バ「ありがとうございます。○○円になります。」

魚花「今度またゆっくり伺います。」（いわゆる京都のお茶漬け）

老バ「うちはジンも45ml入れてるから、しっかりしてたでしょ。」

魚花「は？」

老バ「うちはご覧の通り日本のウィスキーは１本も置いてないんです。なのに○○○○ーが×××（バーを紹介するサイト）に載せてくれって言ってきたんです。」（そう言いつつ、サイトのコピーを見せる。）

魚花「・・・？」

バーが人を育てるのか、はたまた人がバーを育てるのか、それは良く分かりませんが、ともかくこんなことを聞かれもしないのに自分から言うバーテンダーさんは初めてでしたので、ちょっと驚いてしまいました。漏れ聞こえてくる常連さんとの会話も業界の裏話や人の噂話のようなことが多く（そんなことは散髪屋に置いてある週刊誌でやってもらいたいなぁ）、それでも、居心地の良い人にとってはとても良いバーなのでしょう。ただ、私には合わないなぁというだけの話です。

こういう場面に遭遇すると、やはり常連面というのは傍目にも美しくないなぁと思います。こちらがその気がなくても先方（バーテンダーさん）がそう思って力が入っている場合もあったりして、そういう時に他のお客さんがどう感じているか、今回のように立場が変わってみると気付くものだなぁと改めて思いました。

という訳で、結局またいつもの、長年通って顔は覚えられているものの常連扱いもされず、一人飲みたい時間は話し掛けられず、顔をあげて目が合うとひと言ふた事、それで全てが事足りる、そんなバーに寄ってから家路につきました。

以上、単なる酒呑みの戯言と、お笑い下さい