当別町の中心部、昨日紹介した「伊達記念館」「伊達邸別館」から目と鼻の先にある「阿蘇公園」という公園。
明治5年(1872年)、当別に入植した伊達邦直主従が神社を奉還し、町の北にある溶岩円頂丘の「阿蘇岩山」(アイヌ語で「柴の多い山」を意味する「アソ・イワ」が由来)から「阿蘇山神社」と名付け、それがそのまま公園の名前にもなったとのことです。
「阿蘇岩山」って初めて聞いたけど、正しくは当別町じゃなく石狩市なんですね。
それが何ゆえ当別町にゆかりの名前として残っているのか、それもまた興味深いところですね。
使われているのでしょうかね・・・。
中曽根総理といえば、私が小学生から中学生にかけての頃です。
ここは桜の名所でもあるようで、このとき(5月5日)は、御覧のとおり、満開ではないにしても綺麗に咲いていました。
公園内には、他にも幾つか記念碑がありました。
「坂坦道」という、石川県出身で、9歳で北海道に移住し、「札幌市民芸術賞」の受賞歴もある彫刻家の作品だそうです。
無名、つまり名が残されていない開拓者を顕彰する像だそうです。
同じような趣旨の碑は道内でも幾つかあるそうだけど、今日の発展の陰には、歴史に名を残している人だけじゃなく、こうした名も残らない人の功績もあるということは、忘れてはいけないのでしょうね。
推定樹齢350年という歴史の記念樹。
少しばかり傷んでいるようにも見えるけど、これからも大切にされていってほしいですね。