アメリカの代表的な株価指数「S&P500」は史上最高値を更新し好調を維持。そうした影響を受け日本株市場も底堅く推移している。しかし、経営コンサルタントの大前研一氏は、「戦争、パンデミックからインフレ、株価バブル、そして恐慌へ……という道程は100年前にも世界が経験したこと」として、再び世界を大恐慌が襲うリスクを指摘する。大前氏が直近の国内・世界情勢を踏まえて検証する。 第1次世界大戦終盤からの3年間(1918~1921年)に猛威を振るった「スペイン風邪」では、感染がピークアウトしてからも経済が大変動に見舞われた。欧米ではインフレが加速し、1929年のアメリカ株バブル崩壊に端を発した世界恐慌へとつながった。
新型コロナ禍が落ち着きを見せた現在、アメリカ市場はIT企業を中心にごく少数の株が高騰しており、生成AI向け半導体を手掛けるエヌビディアなど世界の半導体関連企業の時価総額はたった数年で4.7倍の1000兆円と、理屈に合わない異常な値上がりを見せている。
これは、100年前に一部の企業に投機マネーが集中した状況と酷似している。1920年代のアメリカでは、市民を巻き込んだ投機ブームが起き、銀行・鉄道・石油会社などの株が高騰。ダウ工業平均は史上最高値を記録して株バブルとなったが、1929年10月の「ブラックサーズデー(暗黒の木曜日)」を機に大暴落し、世界恐慌の引き金となった。それは日本にも波及し、昭和恐慌(1930年)へとつながっていくのだ。
当時のルーズベルト大統領は世界恐慌を克服するため、「ニューディール政策」と称して大胆な金融緩和やフーバーダム建設など大規模な公共事業を連発し、雇用創出や景気回復を狙ったが、所詮は「官製需要」にすぎない。政策の効果がはっきりしないまま、1939年に第2次世界大戦が始まった。その後の経済学の研究によれば、ニューディール政策は全く効果がなかったと結論付けられている。
今のバイデン大統領は株高が続くなか、ウクライナ支援として軍需産業にカネを注ぎ込んでいるが、需要を無理やり創出している点においては、ニューディール政策と似たり寄ったりだ。
“外来株高”に浮かれている場合ではない
100年前との違いは、世界の株価をつり上げているのが鉄道や石油など旧来の産業ではなく、国境を越えて展開するEコマースやAI向け半導体といった21世紀型産業である点だ。しかし、それらの産業が進む先にあるのは、やがてシンギュラリティ(AIが人類の知能を超える技術的特異点)を迎えて“人間の仕事がAIに奪われる世界”であることを忘れてはならない。人手不足のIT関連人材もAIに取って代わられたら、その後は100年前と同じく失業の山となるだろう。IT=失業という時代がすぐそこまで迫っているのだ。
ここからさらに、ロシア・ウクライナやイスラエル・パレスチナでの戦争の長期化・拡大(第3次世界大戦の可能性も)、資源高や食料難が重なれば、インフレが再加速するかもしれない。
また、11月のアメリカ大統領選挙の帰趨が株価暴落の引き金となる可能性もある。「自国ファースト」で保護主義的なトランプ前大統領が政権に返り咲けば、その政策が世界経済を混乱に陥れる懸念は拭えない。100年前に不況.大恐慌を呼び込んだ「ブロック経済」と同じである。
又、100年前のスペイン風邪流行後と同様に、アフターコロナの特需はもうなくなっている。日本でも、コロナ対策でバラ撒かれた補助金の恩恵はすでになく、逆に「ゼロゼロ融資(新型コロナウイルス禍で業績が悪化した企業を対象に実施された実質無利子・無担保の融資制度)」の返済が本格化するなどして企業倒産が増えたり、さらに景気が悪化したりする可能性がある。だがその時、政府のバラ撒き政策を支えてきた日銀の異次元金融緩和はもはや期待できない。大恐慌のリスクという現実を直視すれば、今の“外来株高”に浮かれている場合ではないのである。
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