福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

今日は新羅の侵略に備え四天王像を山陰地方に置いた日

2024-05-26 | 法話
  (日本三大実録・貞観九年867五月)「廿六日、八幅の四天王像五鋪を造り各一鋪、伯耆・出雲・石見・隠岐・長門等の国に下す。国司に下知して曰く、彼の国西極堺に在り新羅に近し。警備の謀、當に他国に異なる。宜しく尊像に帰命し勤精修法し賊心を調伏し灾変を消却せしむべし。仍て須らく地勢高敞、賊境瞼瞰の道場を點択すべし。若し素道无ければ新たに善地を択し仁祠を建立し尊像を安置すべし。国分寺及び部内 . . . 本文を読む
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今日はロシアが対馬の永久租借を要求した日

2024-05-26 | 法話
今日はロシアが対馬の永久租借を要求した日文久元年1861五月二十六日、は対馬芋崎を不法占拠していたロシア軍が対馬藩主宗義和に謁見、芋崎の永久租借を要求した日です。此の後イギリスによる干渉に助けられロシアもやっと8月15日に退去します。https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd . . . 本文を読む
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今日は大師が内裏に於いて祈雨法を修され効験のあった日です。

2024-05-26 | 法話
今日は大師が内裏に於いて雨ごいの祈祷をされ験を顕された日です。天長四年(827年大師五十四歳 )五月二十六日に大師は内裏において祈雨法(きうほう)を修されています。高野大師御広傳です。「天長皇帝大極殿において百僧を屈して雩(あまごい)す。大師願文を作して云く『維れ天長四年中夏の月、朔乙由酉。・・・大極清涼両殿において三尊の霊に雩(あまごい)す。聞くならく、仏心とは慈と悲なり。大慈は則ち楽を與え、大 . . . 本文を読む
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今日は唐の太宗の没した日

2024-05-26 | 法話
今日は唐の太宗の没したの日。ウキぺデア等に依ると太宗は貞観23年5月26日(649年7月10日)に没しています。太宗は中国史上の名君として知られています。・太宗の対話を編集して為政者の心得を説いた『貞観政要』は頼朝・政子、家康等日本の歴代の為政者の愛読書でもあった。ここには、贅沢を誡めるために後宮を整理するとき美人は嫁ぎ先が見つかりやすいとして美人から先にリストラした(吉宗が享保の改革で大奥の美女 . . . 本文を読む
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今日は神仏一体の山王礼拝講です

2024-05-26 | おすすめ情報
今日は神仏一体の山王礼拝講です 『近江の祭礼』に「祭礼日は五月二十六日午前九時、概要は、法華八講ともいう。万寿二年(1025)、山僧が習学修練を怠り僧兵として社頭を歩くさまを嘆くと共に、日吉大神を和め奉るために西本宮拝殿で行われた法華八講が起源とされている。修祓・祝詞奏上の後、法華経についての問答が行われる。神仏習合時代の様子を今に伝える貴重な祭礼である。」(戦後すぐに再興されて今日に至っていま . . . 本文を読む
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国宝唐招提寺金亀舎利塔の由来

2024-05-25 | 頂いた現実の霊験
国宝唐招提寺金亀舎利塔の由来 https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwi1t8-xlK_wAhVNxIsBHe5aC30QFjAAegQIAhAD&url=https%3A%2F%2F . . . 本文を読む
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懺悔が運命を拓く

2024-05-25 | 法話
(運命を切り拓く大前提は「懺悔」であると最近思っています。不平不満からは運命は拓けません。)   「懺悔(岡本かの子「仏教人生読本」)さんげは心象上の生理作用です。人間の体の皮膚に老廃物が溜れば一つ一つの毛孔がふさがりついに健康に支障を来すように人間の心にも心を活かして行く上に不必要なものがたまる。たとえば、過去の嘆きとか悩みとか、罪悪を悔くいる気持ちとか、それらは体の皮膚にたまる老 . . . 本文を読む
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菩薩は空不二の相を行ずるも而も慈悲心を行ず

2024-05-24 | 諸経
華厳経巻二十六、十地品第二十二ノ四「(菩薩は)空無想の願を成じて慈悲の心を修し、仏の平等法に順じて諸仏を供養し奉る。智をもって空を観ずといえども而も福を修して厭くことなく、よく三界を厳るといえども而も心に遠離をねがふ。心常に寂滅なりと雖も、而も悪を滅する法を起こし、空不二の相を行ずるも而も慈悲心を行ず。一切の土は空なること虚空のごとしと観ずるといえども、而も能く荘厳して諸仏の土を清浄にす。諸仏の身 . . . 本文を読む
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四国遍路で不可能と思われた小児麻痺が治癒した話

2024-05-24 | 頂いた現実の霊験
四国遍路で不可能と思われた小児麻痺が治癒した話があります。「日本巡礼記集成」の中のn尼の手記によると昭和55年5月45番岩屋寺奥の院で小児麻痺により20年間動かなかった女性の手が行場へ登ろうとして鎖に手をかけた途端に動くようになったということです。「不思議はいまも新たなり」です。其処の所を抜粋しておきます。「昭和55年5月12日、四国88所巡拝」に、「美代ちゃん(19歳の女性、小児まひで左腕が上に . . . 本文を読む
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おおいなる、お慈悲ひとつの身になりて

2024-05-24 | 法話
「おおいなる、お慈悲ひとつの身になりて、すごす月日は、貴とかりける」(お地蔵様の歌、詠み人知らず。)お地蔵さまはお釈迦様の入滅された後、56億7千万年後に弥勒菩薩がこの世にあらわれるまでの間、衆生を救う役割を担っておられます。そして辺鄙な山中や道端に立ち尽くして自分は風雨に打たれながら、塗炭の苦しみにあえぐ衆生を無縁の大悲で救ってやろうと日日大奮闘されています。全く何の見返りもお求めになりません。 . . . 本文を読む
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十善業道經(全)

2024-05-24 | 諸経
十善業道經大唐于闐三藏實叉難陀奉制譯如是我聞。一時佛、娑竭羅龍宮にいまして、與八千大比丘衆三萬二千菩薩摩訶薩と倶なりき。爾時世尊龍王に告げて言く。一切衆生心想異るが故に業を造ることも亦異なり。是の故に諸趣に輪轉すること有り。龍王、汝此會および大海中に形色種類各別なるを見るや不や。是のごとく一切心によりて善と不善とを造る。身業と語業と意業との致すところならざるはなし。而も心は無色にして見取ばからず。 . . . 本文を読む
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寶篋印陁羅尼と光明真言が亡者の廻向には最適とのこと

2024-05-23 | お大師様のご足跡寺院
寶篋印陁羅尼と光明真言が亡者の廻向には最適とのこと沙石集・弥勒行者事に、浄土宗の竹谷ノ乗願房という人が御所の御下問にこたえて、「亡魂の菩提には、寶篋印陁羅尼(注3)と光明真言が一番」と答えさらに「十悪五逆の罪人で地獄に落ちて助かる道のないものでも、その子孫が寶篋印陁羅尼を七辺唱えて廻向すれば、地獄は変じて八功德の池となり宝蓋が頭にのり蓮華が生じて罪人の足を受け極楽へ導く。光明真言を一遍唱えれば無量 . . . 本文を読む
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今日は高野山八傑の一人道範入寂の日。

2024-05-22 | 法話
今日は高野山八傑の一人道範入寂の日。道範は高野山正智院の学匠。高野山八傑の一人。字は本覺、和泉国船尾の人也。年甫はじめて十四、高野山に登り正智院明任に随て剃髪、志行精勤、學解最も顕る。建仁二年1203八月兼澄の嘱を得て寶光院に住し、建保四年1216十一月朔日、明任を拝して具支灌頂を稟け、又華王院覺海に宗義を問ひ、後京都に出て禅林寺静遍並びに金剛王院寶賢に受法し、御室宗覚法親王に就きて廣沢流の源底を . . . 本文を読む
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今日は貞観の韓寇のあった日です

2024-05-22 | 法話
貞観十一年(869)五月二十二日、新羅の船2隻が博多湾に侵入し、豊前国の年貢を奪って逃走しています。(貞観の韓寇)『日本三代実録』「大宰府言す。「去る月(貞観十一年869年五月)二十二日の夜、新羅の海賊、艦二艘に乗り博多の津に来たり、豊前の年貢の絹綿を掠奪して即時逃竄す。兵を発して追へども遂に賊を獲ざりき」対馬守である小野春風は、多くの賊を討ち取り、新羅と内応していた30人を逮捕して追い払ったとさ . . . 本文を読む
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今日は新羅の賊が博多で年貢の絹綿を奪って逃げた日

2024-05-22 | 法話
日本三代實録 貞観十一年(869)六月に条に「先月の二十二日夜、新羅海賊 二船に乗船し博多津に来り豊前國の年貢絹綿を掠奪し即時に逃竄す、兵を発し追へども遂に賊を獲ず。」天皇は清和天皇この新羅の博多侵略は歴史記録のいたるところに出てきます。 . . . 本文を読む
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