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日々の恐怖 10月14日 大学病院の夜

2014-10-14 17:51:25 | B,日々の恐怖



   日々の恐怖 10月14日 大学病院の夜



 昔の話なんだけれど、腰椎の手術のために大学病院の整形外科に3ヶ月ほど入院したことがあった。
検査をして手術し、寝たきりの状態が1ヶ月くらいあって、回復が進むにつれて、喫煙者だった俺は煙草が吸いたくてしょうがなかった。
 やっと固定の期間が過ぎてリハビリをするようになると、病院のロビーに行ってやっと煙草を吸うことができるようになった。
当時は今のように院内全部禁煙というわけではなかった。
 そのうち、入院が長引くにつれて夜眠れなくなった。
それで、6人部屋だったけれど毎夜遅くまでイヤホンでラジオの深夜放送を聞いていた。
 その夜もそうしていて、2時過ぎ頃一服してから寝ようと思って病室をそっと抜け出した。
整形はそうでもないが、大きな病院なので内科の階では毎日のように死者が出ているようだったけれど、病院の夜は看護室は明かりがついていて宿直の医師や看護師さんがいるし、俺のように眠れずに病院内をうろついている入院患者もけっこういて、怖いと思ったことはなかった。
 エレベーターで1階のロービーまで降りて、喫煙所で煙草を吸っていると救急の待合室が見える。
指定病院なので、こんな時間でも救急の待合室には赤ちゃんを抱いた若い母親などが7、8人くらいはいた。
 煙草を吸い終え、自動販売機で缶コーヒーを買って、病室に戻ろうとしてエレベーターまでの廊下を歩いていて、ふっと後ろを振り返ると、俺の後ろ少し離れたところに車いすの婆さんの後ろ姿が見えた。

“ 俺って、あんな婆さんとすれ違ったかな・・・?”

不思議に思って、俺は向きを変え婆さんの後ろ姿を見た。
 婆さんの縮れた白髪の薄くなった頭が、ゆらゆらと前後に揺れていた。
車椅子の婆さんだから、普通、介護の人がついている筈なのに一人って何か変だ。

“ ヤバいかも・・・。”

そう思って、俺は後ずさろうとしたが、体が硬直したように動かなかった。
 そして、前後に小刻みに動いていた婆さんの頭の揺れが大きくなって、首が俺のほうを向いてがくんと倒れた。
首の骨が折れたのでなければありえないような動きで、俺はもろに逆さになった婆さんの顔を見てしまった。
しわだらけの顔は真っ白で、両目のまぶたが赤い。
 俺は、

“ うわっ!”

と思ったがやっぱり体が動かない。
 そのまま、どうしたらいいのかと固まっていたら、一人の女性が通路の奥から、こっちに歩いて来た。
50代前半くらいで、白衣は着ているもののこの病院の看護師の制服ではないので女医さんかもしれない。
 女性は車いすの正面にくると婆さんの肩に手を置いて、もう片方の手でゆっくり婆さんの頭を起こした。
そして、俺のほうをチラッと見て、

「 大丈夫ですよ。」

と言った。
 その瞬間、婆さんが動物のような速い動きで女性の腕に噛みついた。
女性はちょっと驚いたような顔をしたものの、噛みつかれた腕はそのままにして、もう一方の手で婆さんの頭を何度も擦った。
 女性は噛まれた腕をそっとはずすと、

「 病室に戻りなさい、こんな時間に出歩いてたらだめでしょう。」

と言った。
その言葉は、俺に言った言葉か、婆さんに言った言葉か分からなかった。
 そして、その後、女性はくったりと頭を垂れた婆さんの車いすを押して、廊下を真っ直ぐ進んで行った。
俺はエレベーターで病室まで戻ってベッドに入り、今見たものは何だろうと考えていたが、いつの間にか眠ってしまった。


 次の朝、この病室担当の若い看護師さんが体温を計りにきたときにこの話をすると、

「 珍しいものを見たわね、それは○○さんでしょう。
この病院に、夜だけ時々来てもらってる方なの。
絶対、他の患者さんには、この話はしないでね。」

と、念を押して言われた。
そして、それ以上の詳しい話はしてくれなかった。
 それ以後、俺は退院するまで夜中に出歩くのはやめることにした。
その後、無事退院はしたけれど、あの女医さんがあの時来なかったら、俺は一体どうなっていたのだろうと今でも思う。










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