日々の恐怖 9月8日 小さくて白っぽい動物(3)
イヌ科と言われればそうかもしれないが、あれはどう見ても犬には見えなかった。
「 あれ、犬なんですか?」
「 そうよ。
あれは、昔から隣のBが使うんじゃ。」
Bさんは隣のユニットの寝たきりの利用者だった。
話が変な方向に行きつつあると感じながらも、そのままAさんの話に耳を傾ける。
「 あれは、若い者のイキをちっとばかり盗んでいくんじゃ。
そして、Bはまた少し生き永らえる。
あんたも、気をつけんといかん。
あいつは何もできん優男な風をして、腹黒いやつだから。」
「 イキって、なんですか?」
「 命のことよ。」
そこまで言うと、久しぶりのおしゃべりが堪えたのかAさんは目を閉じ、それ以上口を開くことはなかった。
私は驚きを隠せなかった。
しかし話の内容を信じた訳ではない。
認知症の方の話を否定しないのは基本中の基本だが、だからといって、Bさんが式神のようにイヌとやらをとばして命を少しだけ奪うなんて話、鵜呑みにする訳はない。
寡黙なAさんがここまで話をしてくれたことと、それが先ほど私が体験した不思議と合致していたことに驚いたのだった。
AさんとBさんは家が近く、確か昔からの顔なじみのはずだ。
しかし今の口ぶりからすると、二人の仲はあまり良くなかったのかもしれない。
昔からのそんな関係性が、攻撃的な言葉として今、発露されているのかもしれなかった。
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