モニターをやる以上は制度について知ってなければいけないのですが、春先にエントリした際にもらったパンフレットやDVD(確か永島敏行とかが出ていたやつ)はどこかに行ってしまったので裁判所のHPにある裁判員制度のページなどでおさらいをしてみました。
ちなみに広報用映画はいくつかバージョンがあるようで、モニターが終わったときのお土産に長門裕之などが出ているもの(観た人によるとけっこう面白いらしい)と「総務課山口六平太」が主人公のアニメ物をもらいました。
(オークションに出品している不届者がいるらしいですが、こういうのこそYouTubeにアップしたらいいんじゃないでしょうか)
前回、裁判員制度について「どうやったら逃れられるか」「面倒くさい」「責任が重過ぎる」という入り口の議論が中心になっていることに疑問を呈したのですが、個人的には「殺人・放火・傷害致死のような重大な事件を、素人の裁判員と裁判官が短期集中で審理し量刑まで行う」というのが果たして機能するのだろうか、という疑問があります。
① 短期集中審理は機能するか
公判前整理手続を導入して集中審理するとはいえ、最高刑が死刑もある犯罪の審理として十分なのだろうか、という疑問があります。
② 裁判員は量刑まですることが可能か
たとえば殺人事件などでも目の前の被告人に死刑の量刑ができるのでしょうか(法務大臣ですら執行をいやがっているのに)。逆に「社会の敵」風な見方をされている被告人に対しては必要以上の厳罰に振れてしまうことはないでしょうか。
また法定刑がとても広い(たとえば殺人罪の法定刑は死刑・無期または5年以上の懲役)うえに酌量減軽や執行猶予の有無まである幅の広い判断をできるのか。逆に現在の量刑の「相場」を示してしまうとそこに誘導されてしまい、「国民の意見を反映する」という裁判員制度の趣旨に反することになってしまうし・・・。
(たとえばアメリカの陪審制度では陪審員は有罪・無罪の判断のみをし、量刑は裁判官がすることになっていますので、国民参加型の刑事訴訟制度でも量刑までやるのが一般的というわけではありません。これは制度の導入の際にも議論になったのではないかと思うのですが、その頃の議論の中身は残念ながら知りません。)
それともう一方で、刑法とか刑事訴訟法なんてのは学生の頃にちょっとかじったことしかなかったので、改めておさらいのために概説書を買って読んでみました。
刑法と刑事訴訟法が一冊にコンパクトにまとまっていて章立てもわかりやすそう(いきなり「行為無価値と結果無価値」などと言い出したりしない)でしかも新しい大谷 實『刑事法入門 第6版』を購入。
まえがきにもあるように、元は法学部生向けの入門書だったものを、ロースクールの法学未修者向けや裁判院制度導入にあたっての一般人への刑事司法の教養書としての意味合いを持たせるように改訂したそうで、脳味噌の奥の方に眠っていた記憶の虫干しにはちょうどよかったです。
これを読んで更に問題意識が浮かんできました
③ 判例をどのように説明するのか
たとえば法律上明文はないものの判例では定着している共謀共同正犯などは、裁判官は誘導的にならずにどうやって説明するのでしょうか。
また、説明しても「それっておかしい」と裁判員全員が言えばそちらが多数決で優先します。その結果控訴されたときに、高裁は単に「判例違反」として覆すのでしょうか。それとも「国民の意識を反映」させるために一度差戻してみたりするのでしょうか。
それやこれやでいろいろな問題意識を持ちながら模擬裁判に臨むことになったわけですが、ホント「模擬」裁判でよかったと思いました。
いきなり呼び出されたりしたら、相当悩むと思います。
ちなみに広報用映画はいくつかバージョンがあるようで、モニターが終わったときのお土産に長門裕之などが出ているもの(観た人によるとけっこう面白いらしい)と「総務課山口六平太」が主人公のアニメ物をもらいました。
(オークションに出品している不届者がいるらしいですが、こういうのこそYouTubeにアップしたらいいんじゃないでしょうか)
前回、裁判員制度について「どうやったら逃れられるか」「面倒くさい」「責任が重過ぎる」という入り口の議論が中心になっていることに疑問を呈したのですが、個人的には「殺人・放火・傷害致死のような重大な事件を、素人の裁判員と裁判官が短期集中で審理し量刑まで行う」というのが果たして機能するのだろうか、という疑問があります。
① 短期集中審理は機能するか
公判前整理手続を導入して集中審理するとはいえ、最高刑が死刑もある犯罪の審理として十分なのだろうか、という疑問があります。
② 裁判員は量刑まですることが可能か
たとえば殺人事件などでも目の前の被告人に死刑の量刑ができるのでしょうか(法務大臣ですら執行をいやがっているのに)。逆に「社会の敵」風な見方をされている被告人に対しては必要以上の厳罰に振れてしまうことはないでしょうか。
また法定刑がとても広い(たとえば殺人罪の法定刑は死刑・無期または5年以上の懲役)うえに酌量減軽や執行猶予の有無まである幅の広い判断をできるのか。逆に現在の量刑の「相場」を示してしまうとそこに誘導されてしまい、「国民の意見を反映する」という裁判員制度の趣旨に反することになってしまうし・・・。
(たとえばアメリカの陪審制度では陪審員は有罪・無罪の判断のみをし、量刑は裁判官がすることになっていますので、国民参加型の刑事訴訟制度でも量刑までやるのが一般的というわけではありません。これは制度の導入の際にも議論になったのではないかと思うのですが、その頃の議論の中身は残念ながら知りません。)
それともう一方で、刑法とか刑事訴訟法なんてのは学生の頃にちょっとかじったことしかなかったので、改めておさらいのために概説書を買って読んでみました。
刑法と刑事訴訟法が一冊にコンパクトにまとまっていて章立てもわかりやすそう(いきなり「行為無価値と結果無価値」などと言い出したりしない)でしかも新しい大谷 實『刑事法入門 第6版』を購入。
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まえがきにもあるように、元は法学部生向けの入門書だったものを、ロースクールの法学未修者向けや裁判院制度導入にあたっての一般人への刑事司法の教養書としての意味合いを持たせるように改訂したそうで、脳味噌の奥の方に眠っていた記憶の虫干しにはちょうどよかったです。
これを読んで更に問題意識が浮かんできました
③ 判例をどのように説明するのか
たとえば法律上明文はないものの判例では定着している共謀共同正犯などは、裁判官は誘導的にならずにどうやって説明するのでしょうか。
また、説明しても「それっておかしい」と裁判員全員が言えばそちらが多数決で優先します。その結果控訴されたときに、高裁は単に「判例違反」として覆すのでしょうか。それとも「国民の意識を反映」させるために一度差戻してみたりするのでしょうか。
それやこれやでいろいろな問題意識を持ちながら模擬裁判に臨むことになったわけですが、ホント「模擬」裁判でよかったと思いました。
いきなり呼び出されたりしたら、相当悩むと思います。