20240125
ぽかぽか春庭アーカイブ(わ)和辻哲郎「埋もれた日本」
☆☆☆☆☆☆
春庭千日千冊 今日の一冊No.50
(わ)和辻哲郎『埋もれた日本』
『埋もれた日本』初出は1951。第一部は京都や奈良のこと『大和古寺巡礼』とつながる文。第二部は『菊と刀』非難。第三部は、漱石、藤村、露伴、野上豊一郎などの文人とのつきあい、思い出を書いている。
第二部の目次。「『菊と刀』について」「若き研究者に」「埋もれた日本」の三篇が含まれている。
日本敗戦後、進駐軍による日本統治がなされる際に、軍中枢将校たちにとって、『菊と刀』が必読書となっている、という話を聞いて、日本人知識人は驚いた。
自分たちがただ「鬼畜米英」などというスローガンだけで、アメリカの軍備分析もロクロク行わずに真珠湾につっこんで行き、泥沼の太平洋戦争を開始したのに、アメリカ側は、日本人の国民性、思想について、かくまでも深く分析していたのか。
特に、マッカーサーの「天皇はいい人だから、戦犯とはみなさない」という方針に、『菊と刀』の思想が影響したのかも知れない、という話も出て、日本人知識人にとって、戦後思想の出発は、「戦後民主主義」と共に、「外から見られた自分たち」の姿を知ることが必須となった。
そのような思想界の中で、和辻哲郎は『菊と刀』を、完膚無きまで叩きのめしている。資料の扱い方のあやまり、資料の偏りかたへの批判。ルース・ベネディクトの「西洋側から見た一方的なまなざし」への批判。ほんとに、小気味いい文章だから、『菊と刀』を読んでいない人にも一読をおすすめ。『菊と刀』読んでなくとも、読んだつもりになれるし。どこかのバーで、おねえさん相手に蘊蓄たれトリビアの泉をやりたい人にはぜひ。
本全体のタイトルともなっている『埋もれた日本』がまた、すごくいい。「キリシタン渡来時代前後における日本の思想的情況」という副題がついている。ここに書かれている武士たちの家訓を、きょうびの情けない政治家たちに煎じて飲ませたい。「正直であれ」というのが、どの家にも共通して繰り返し伝授されている「家の方針」なのだ。
また、「自敬の念を持て」ということも繰り返し述べられている。「自分自身を、卑下すると、我が身の罰が当たる」という家訓があるのだという。
『おのれが臆病であることは、おのれ自身において許すことができぬ。(中略)おのれの面目が命よりも貴いのは、外聞に支配されるからではなく自敬の念が要求するからなのである。』
と、和辻は、家訓の内容を解説している。これは当時の人々が『菊と刀』によって、描かれた日本人像を「よそから見られた自分の姿」と思い、その姿にあわせて右往左往する状況に対する、和辻の強烈な批判ともなっている。
「人から、どうこう言われるから」「人様から非難を受けないように」それだけが行動の基準である人を、和辻は快く思っていない。
近頃よく見かけるしつけ問題を例をあげれば、「ほら、あのおばちゃんがこわい顔してにらんでいるから、騒がないのよ」などと、電車の中で騒ぎまくる子供に言う母親のこと。おばちゃんがこわいから、おまわりさんがこわいから、国家からの圧力がこわいから、言いたいことも言えない、そういう態度をとる人を、和辻は、「自敬の念を忘れた人」と呼ぶのだ。
世間の目に合わせるのではない。人から見てどう思われるかを行動の基準とするのではなく、己の心情思想によって、自分の行動を律していく、そういう人にわたしはなりたい。雨にも負けて、風邪にも負けてしまう弱い自分ではあるが、立派な「非国民」めざして、国家が「派兵!」と命じても「いやだ」と言い、大学当局から「正式書類は元号で年数を書くように、と言われても、私は自分のうまれた年を、自分の書きたい年で提出する。(元号拒否した司法修習生が任官拒否された。裁判に訴えたが、負けてしまった。こういうのを思想統制と呼ばずになんとしよう)
私のものの見方考え方は、ある人々にとっては「片寄っている」「偏向思想」と呼ばれるものかもしれない。しかし、やはり私は人様にあわせて、自分をねじ曲げていくことができない。
な~んてね。元号で生年月日を記入しないとクビ!などと脅されると、「あ、今まだ、仕事を失うと、食ってけないから、ま、いいか、私、生まれはショウワです」なんて、君子じゃないけど豹変する、弱っちい人間です。どうも立派になれなくて、すまん。
と、思想信条告白して、春庭、どうにも情けない人間であることが暴露されたところで、50音順著者の昔読んだ本めぐりはおしまいです。ご愛読ありがとうございました。
<つづく>