2013/06/29
ぽかぽか春庭@アート散歩>春庭の現代ゲージツ入門(9)チン↑ポムin岡本太郎記念館
岡本太郎記念館は、岡本太郎(1911 - 1996)と岡本敏子(1926 - 2005)が暮らしたアトリエ兼自宅を改装して太郎作品を庭と1階2階に展示しています。
太郎の公私にわたるパートナー岡本敏子は、法律上では太郎の養女であり、事実上の妻、そして対社会的には太郎の個人秘書でした。
敏子が太郎の妻として入籍しなかったのは、太郎に異母弟妹がいたためです。(これは瀬戸内寂聴説)
太郎の父、岡本一平(1886 - 1948)は、太郎の母かの子(1889 - 1939)が亡くなったあと、再婚して4人の子をもうけています。敏子が妻として入籍すると、子がいない夫妻の場合、異母弟妹にも相続権があります。
太郎は、作品をほとんど売ることなくアトリエに残しました。太郎の遺作を散逸させないためには、敏子を養女として唯一の相続人にする方が作品を完全に管理できると考えての養女縁組みだったと思われます。相続者が子である場合は、故人の弟妹には相続権がなくなります。
作品のほとんどは川崎市に寄贈されて岡本太郎美術館所蔵品となり、残りは岡本太郎記念館に残されました。敏子は散逸をまぬがれた太郎作品を守ることに残りの生涯を費やしました。
太郎の死後、敏子は「太郎の芸術を埋もれさせず忘れさせない」ために本を書き、展覧会を実施し、日本各地をまわりました。太郎こそ敏子の作品でした。太郎の死後2年後1998年に青山の自宅を記念館としてオープンしてから今年は15年目にあたります。太郎のアトリエだった展示室には、敏子が太郎について語る録音が流されています。
敏子さん、ほんとうに太郎がだいすきだったのだろうなあ、と思いながら聞いていました。
岡本太郎記念館の1階に展示されている太郎と敏子の写真
敏子は、「忘れられかけていた前衛画家・太郎」の再評価のために積極的に活動し、2003年にはメキシコで行方不明になっていた「明日の神話」の行方を探し出しました。大阪万博の「太陽の塔」と並ぶ太郎の代表作です。
展示される予定だったメキシコのホテルの計画が中止されたあと、30年も行方がわからなかったのですが、敏子は長年の探索ののち、メキシコの倉庫に眠っていた絵を見つけました。
縦5m横30mという大きな壁画は、現在井の頭線とJRを結ぶ渋谷駅コンコースに展示されています。
太郎が、原爆投下とビキニ環礁での水爆実験、第五福竜丸の被爆への気持ちを表すために制作した作品です。
2013年05月30日の渋谷駅
敏子なきあと、敏子の甥の平野暁臣(1959~)が太郎記念館館長になり、岡本太郎賞の選定などの記念館事業を引き継いでいます。
2年前、平野が残念に思った事件がありました。アート集団Chim↑Pomが「自分たちの作品である」と表明した明日の神話付け足しフクシマ第一原発爆発の絵」に対して
「「
きちんと岡本太郎にオマージュを持っている作品であり、たんなるイタズラ書きなどではない」
と述べた意見はマスコミによってほとんど無視され、紙面にきちんと掲載してくれた新聞は少なかった。マスコミ報道は「フクシマ原発爆発に乗じた悪ノリのイタズラ」という一方的な論調をとりました。
太郎記念館では、若手芸術家が岡本太郎作品とのコラボ作品を制作し、記念館2階展示スペースを作品発表の場として与えるという「若手アーティストとのコラボレーション」を続けてきました。今年2013年に、この企画はChim↑Pomに託されたのです。
こりゃ、面白いもんが見られそうだ、といういつものヤジ馬精神で、5月27日にChim↑Pom展を見てきました。(3月30日~7月28日)
チン↑ポムは、エリイ、卯城竜太、林靖高、水野俊紀、岡田将孝、稲岡求をメンバーとするアート集団。2005年活動開始し、サンフランシスコで開催された会田誠個展で会場に作品を展示し、アート界にデビューしました。会田誠の周囲に集まった若手たちです。
岡本太郎記念館の1階には、太郎とのコラボ作品が飾られていましたが、一番に目をひくのは、太郎記念館に寄贈された「明日の神話へのつけたしフクシマ爆発」の絵です。
「明日の神話へのつけたし作品」の渋谷駅への配置予定図なども展示されていました。チム↑ポムがいかにして渋谷駅にこの付け足しをくっつけるかの設計図がノートをひきちぎったメモとして壁にあり、これもコラボ作品の1つ。
太郎アトリエに「太郎とのコラボ作品」として展示されているチム↑ポムの付け足しフクシマ原発の爆発
平野が評したように、別段うまい絵でもないし、現代美術としての衝撃がある絵でもない。しかし、2011年4月に、不特定多数の人の目に触れる場に、フクシマ原発が放射能をまき散らす存在であることを題材にした作品を、ほかの誰が展示し得ただろうか。
現代美術がパフォーマンス&インスタレーションを含むようになって以来、「行動」も展示のひとつであるとするなら、原発爆発直後のこの「行動力」は、他のアーティストがだれも行わなかったアートとして、高く評価すべきでした。しかし、大多数の人々は「いたずら」としておしまいにしました。
チム↑ポムは、2008年10月には被爆地である広島県の上空に、飛行機雲で「ピカッ」という文字を描いたことが一部の人に問題視されました。被爆者たちは、のちにチン↑ポムの製作意図をきちんと理解してくれた、ということです。
世間のタブーに対しておとなしく何も言わない自称美術家たちがゴマンといるこの社会で、原爆投下にたいして、アートによって「物言う」集団でありました。
世間はチム↑ポムを「お騒がせ集団」として扱っていたし、「明日の神話への書き足し」も、「売名行為」として眉をひそめて非難する「評論家」やら「コメンテーター」たちが続出しました。
しかし、平野暁臣は、かれらに「表現の場」を与えたのです。記念館という「ハコモノ」の中でできることは限られているけれど、少なくとも私はこれまで「お騒がせ」の部分しか知らなかったチム↑ポムの作品、インスタレーションなどを見て、「いいんじゃないの、これ」と思いました。
一番よかったのは、フクシマ第一原発の警戒区域に「ビニールのレインコートを着ただけ」という姿で入り込み、ビデオを撮影したことです。当時、マスコミも「放射能がこわいから」と、だれも取材に行かなかった無人地帯にカメラを向け、無人になっている家、捨てられたペットが死にその死骸をカラスが集まってついばんでいる様子などを記録してきました。単なる「お騒がせ集団」だったら、連日「○○シーベルト」と報道されている地帯に命がけで入って記録しようと思うでしょうか。私はこの映像を高く評価します。
危険地域への立ち入り禁止の看板とフェンス(画面右下の日付は、私が岡本太郎記念館に行った日付です)
カラスが小動物(置き去りにされたペット?)の死骸をついばむ「立ち入り禁止地域」
チム↑ポムのインスタレーションの中に、「カラスを空に集めて撮影する」という映像作品が以前からありました。「人がカラスの剥製を掲げて、カラスの鳴き声を流してバイクで走ると、ものすごい数のカラスが集まり、集団を形成してあとをついてくる」という説を実証したフィルムがあるのです。東京の市街を、大阪の太陽の塔がある地域を、そしてフクシマの無人の町を、バイクが疾走します。荷台に立つエリイが腕にカラスの剥製をかかげ、バイクはカラスの鳴き声を大音量で流しています。
空には信じられないほどの数のカラスが飛び交っています。縄張りを荒らされまいとするのか、仲間のカラスの剥製を見て、弔いをしているのか、わかりません。カラスにそういう習性があるのだと、私はこの映像作品を見るまで知りませんでした。
渋谷をバイクが走ると、109前にいる人々がみなぽかんと空を見上げ、カラスの大軍団を見ている様子が撮影されています。ネットに「スゲー、カラスがいっぱいいる」と、ツィッターする人もいます。このカラスの映像、ヒチコックの『鳥』なんてもんじゃなく、リアルで迫力がありました。
月曜日午後という一番すいていると思われる時間を選んででかけたので、ビデオの前に足を投げ出して座り込み、何度もくりかえしてカラスが集まって飛ぶフクシマや渋谷の映像を見ました。このときのビデオ上映は、10分ほどのインスタレーション作品でした。
私は、「現代アート」というものに、いささかの懐疑の思いしか抱いてこなかった。 いしいひさいちのマンガでは「現代美術展」に麗々しく飾られた落書きを、観覧者が感心した様子で見ている4コマがあります。(2013年06月02日朝日朝刊「ののちゃん」)4コマめのオチでは、これらは「電話かけている人が手持ち無沙汰なときに、メモ用紙にぐるぐるとボールペンで描いた図形」と種あかしされています。
現在の「現代アート」をおちょくっているとも言えるし、現代アートと名付けられて美術館に飾られれば、人々はありがたがって見に行くということへの皮肉とも言えます。
Chim↑Pomの「明日への神話つけたしフクシマ原発爆発」の絵は、渋谷駅コンコースに「勝手に展示」されたときは「いたずら書き」とされて撤去されました。これから先、岡本太郎記念館に寄贈され、正式な収蔵作品になったことで、「アート作品」として批評されていくことでしょう。
「こんなイタズラ書きを掲示して実にけしからん」とか「こんな絵はアートじゃない」と評論した美術界のえらいさんたち、これから美術館の中で見るときどんな顔をしてこの作品を見るのでしょうか。
私は、「美術館めぐりを安上がりなお楽しみとしか思っていないオバハン」ですから、美術評論家のような専門的な評などできはしません。が、会田誠展とその弟子筋のChim↑Pomを見て、アートの未来に少しは明るい希望を持ちました。
カタログは買わなかったけれど、Chim↑Pomの著作『芸術実行犯 アートが新しい自由を作る』を買いました。月曜日に本を買って、火曜日の帰りの電車内で読み終わりました。新書くらいの判型で175ページだから、読み続ければすぐに読み終わる分量なのですが、最近の私は読み始めても電車の中ですぐに寝てしまうので、一日で新書を読み終えるなんてことができなくなっていました。それなのに『芸術実行犯』は、車中いねむりをさせないおもしろさがありました。
日本の現代アート、希望はある。
最後に、岡本太郎の書とそのオマージュリメイク作品をUPします。
岡本太郎は、ベ平連(ベトナムに平和を市民連合)が、ベトナム一般市民虐殺に抗議してアメリカの大新聞に出した新聞意見広告に賛同して、「殺すな」という文字を書きました。
リメイク作品は、岡本太郎記念館の塀の東南の角に書かれていました。
太郎の書
リメイクされた塀の書(落書きに見えるように書かれています)
慰安楽しみのために消費するのもアートのひとつの役割であり、それを悪いとは思いません。しかし、現在の、硬直した心の中に押し込められている社会状況で、心の自由としなやかさのために発信できるアートもまた高く評価されるべきです。
Chim↑Pomは、その志を持ったアート集団であると感じました。
岡本太郎記念館の入り口
次月7月もまだまだ現代アートシリーズが続きます。
<つづく>