20200526
ぽかぽか春庭シネマパラダイス>2020おうち映画館(8)女王陛下のお気に入りアビゲイル・ヒル
『女王陛下のお気に入り』感想その3.
アビゲイル・ヒル(1670-1734Abigail Masham)は、サラの従妹。
父はロンドン商人フランシス・ヒル、母エリザベスはサラの叔母に当たります。
父の商売はうまくいかずに没落し、アビゲイルは、サー・ジョン・リヴァースの下働き奉公に出されます。(映画ではドイツ商人に身売りされて、性奴隷のように働かされ、そのため男性との行為に嫌悪を感じているという設定)
サラは、アビゲイルの境遇を知り、宮廷に呼びました。はじめは下働きから。
映画では、アビゲイルは痛風に悩む女王に薬草を探してきて足に塗り、気に入られるという描写があります。
サラがアビゲイルを自分に代わる「女王寝室係女官」にしたのも、自分以上にアンの心をつかみ支配できる人はいないと思っていたからです。
しかし、女王はしだいにサラの支配から離れ、アビゲイルを重用するようになっていきました。
女王のベッドで女王に快楽を与える役割をアビゲイルが担うようになっていきます。
「唯一無二の女王のお気に入り」の座をめぐってサラとアビゲイルの丁々発止の戦いは、ゴールデンホームステイの間に見ている中国ドラマ「瓔珞(エイラク)~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~」もそうですし、再放送されているのでまた見ることにした「武則天」も顔負けのすごさ、えげつなさ。
アビゲイルは宮廷侍従(アンの夫、王配ジョージの寝室係)のサミュエル・メイシャムと秘密裏に結婚。アンは結婚式に列席し、宮廷費から持参金を持たせる厚遇ぶりでした。従妹のサラは自領の城で暮らしていたため、この結婚を半年以上知らなかった。
マールバラ公ジョン・チャーチルとサラ夫妻は、アンとの関係悪化によってイギリスを離れヨーロッパ各地に滞在しますが、1714年にアンが亡くなると帰郷し、イギリス貴族社会で生き残りました。
アビゲイルのほうは、アンが死去すると辞任して宮廷から離れました。1734年に亡くなったあと、息子が爵位を継いだものの、息子は子孫を残さず家は断絶。
サラのほうが、貴族社会での立ち回り方は一段上手だったとみえます。
以上の史実は史実として、映画は、サラとアビゲイルとの「お気に入りの座」争いを「アビゲイル成り上がり物語」として描いています。
史実と異なるところはあれど、3女優の演技合戦、宮廷内描写の美術、衣装、すべてを映画として楽しみました。
宮廷シーンの撮影に魚眼レンズが多用されていたところは、宮廷のゆがみを表しているとして評判になった撮影技術ですが、その宮廷シーンのロケが行われたのは、ハットフィールドハウス。
Hatfield Houseは、イングランドのハートフォードシャーにある中世のカントリー・ハウス(貴族の館)。メアリー1世やエリザベス1世らが育った城館です。
アビゲイル(エマ・ストーン)が初めて宮廷に足を踏み入れ、サラ(レイチェル・ワイズ)と顔を合わせた廊下のシーン。サラが怒りに震えてアビゲイルに本を投げつける図書室、貴族たちがアヒルレースに興じていた白黒タイルの部屋。サラとアビゲイルが射撃をした庭もハートフォードシャーの庭園で、現在のハットフィールド公園。
Hatfield Houseの現在の所有者は第7代ソールズベリー侯ロバート・ガスコイン=セシルですが、館の維持費がかさみ、維持費用捻出のために一般公開されています。
ロケに使用できるため、宮殿シーンが必要である映画、「英国王のスピーチ」「恋におちたシェイクスピア」などにもつかわれました。
宮廷シーンの重厚な趣は、15世紀以来の本物の城館をロケに使ったおかげと思います。
史実のサラは、アビゲイルに「唯一無二のお気に入り」の座を奪われたあと、アビゲイルに同性愛嗜好があることを書き残しています。
映画では、サミュエル・メイシャム(カンバーランド公ジョージ王配の侍従寝室付き係)と結婚したアビゲイルは、新婚初夜に「はちきれそうだ」と逸る夫を手コキでいかせてすませています。
アビゲイルにとって、結婚も性愛も、しかるべき地位をえるための道具に過ぎなかったでしょう。アビゲイル自身が快楽に身をゆだねることは、たぶんなかった。
映画では、父の没落のために借金のカタにされ、ドイツ人金持ちの慰み者として性奉仕の日々をすごしたことがトラウマになっている、ということがほのめかされています。
アビゲイルが快楽を感じるのは、没落した一家に爵位と財産を復活させることのみ。
映画ではアン女王とベッドで同衾するのはサラのほうが先であり、サラが私生活も政治上の判断もアンを支配しているのも、アンをベッドでも支配しているからだ、と描かれていました。サラとアンの同衾を目撃したアビゲイルがアンの嗜好を理解し、サラに代わって同衾するようになって以後、女王の寵愛がアビゲイルに移った、という筋書きでした。
史実では、サラはアンの居住する宮殿とは別の城、マールバラ公ジョン・チャーチルがアンから与えられたブレナム宮殿で暮らしていました。表向きはジョン・チャーチルの戦功に与えられたことになっていますが、ジョンも、アン女王からサラへの慰労金がわりであろうことはわかっていたでしょう。
ハットフィールド城を使ったロケ。美術が重厚です。
サラは、1744年長寿を全うして死去しました。
サラと夫ジョンとの間には2男5女が生まれ、最初の子が夭折したほかは成人し、サラの肝いりでしかるべき貴族に嫁いだり、爵位を得たりしました。
サラは84歳まで生きて、孫たちがそれぞれ地位を得るように取り計らって、大往生。
サラの3女アンが、第3代サザーランド伯チャールズ・スペンサーと結婚。スペンサー家の子孫のひとりはダイアナ妃。つまり、英王室ウィリアム王子ヘンリー王子の先祖のひとりがサラに当たるわけです。
映画のラスト。
アン女王は、失った17人の我が子のかわりに兎を「私の子、私の赤ちゃん」と呼んでかわいがっています。兎に我が子の名をつけて自室でともに暮らしていましたが、サラは「失われた子供はアンだけのもの」と考えてうさぎには触れません。
しかし、アビゲイルは女王の前ではうさぎをかわいがりますが、いないところでは自分のストレスを発散するかのように兎を虐待します。
アンは、靴で兎を踏みつけ、兎の苦悶の鳴き声を楽しみます。アンが兎の悲鳴から虐待を察知するシーンで映画は終わります。アンもアビゲイルも本当には心を許し合えないでおり、幸せを感じてはいない。
春庭の借り家では犬猫の飼育禁止だったので、兎をペットにしていました。兎は、ほんとうに繊細で心優しい動物です。兎を踏みつけるシーンは、ほんとうに踏んでいるわけではないとは思っても苦しく、アンもアビゲイルも苦しみの中に生きていると感じました。
一番楽しめなかったのは、音楽の組み合わせ。中世のお城に似合うバロック風の曲が何曲も用いられている中に、突然現代音楽がかぶさる。
アンナ・メレディスAnna Meredith - Songs for the M8のMovementⅡとⅤ
監督のねらいはわかるが、ノイズっぽい現代音楽で違和感を出しているとしたらなんだか余計なお世話のような。
サウンドトラックにもバッハやビバルディの音楽とともにアンナ・メレディスの曲が入っています。
「Song for the M8」だけを聞いてみたい人は、↓youtubeでどうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=tM3D4cKFaHc
映画の感想なのに、史実調べが多くなってしまいました。が、光の効果とか画面表現など映画作劇上の評は映画の専門家が述べるでしょうから、私の感想は、「favouriteが、mostやestがついていなくても最初から最上級の単語」であるってことがわかったことにつきます。
この映画は、私にとって「The fabourite」ではないけれど、The one of favouritesです。
<おわり>