20190519
ぽかぽか春庭シネマパラダイス>樹木希林映画(2)万引き家族
『万引き家族』が2018年6月に公開されて、みようと思っているうちに、第71回カンヌ国際映画祭パルムドール、第42回日本アカデミー賞作品賞など内外できさまざまな賞を受けて、1年たってしまったら、配給収入50億円、いまさら見に行くのも気恥ずかしいデカい作品になってしまった。
公開から1年待ったのは、飯田橋ギンレイホールにかかるのを待っていたため。
4月26日に見ました。夫の持つ「シネパスポート」を借りてタダで映画を見る、それ以外に私にとって夫の積極的存在意義がない、というのも結婚37年目の夫婦の歴史。
是枝裕和監督の『万引家族』。
是枝監督は、「親の死亡届を出さないまま、親の老齢年金を受け取り続けていた家族」の新聞記事を目にしてこの映画の脚本を思いついた、ということです。私もこの新聞記事を目にしました。そして「この年金不正家族、あのあとどうなったのかなあ」と思ったことはありましたが、裁判結果も知らないまま。
是枝監督は、この新聞記事を忘れないで、すぐれた作品を生み出しました。
公開から1年たつうちにあちこちでレビューも目にしたために、ある程度は予備知識を持って見たので、驚くこともないだろうと思っていたのですが、後半、あれこれ驚きました。「秘密の暴露」というのは、探偵映画だろうと恋愛映画だろうと、映画の王道です。
ある程度の予備知識とは。
貧しいが心寄せあって暮らしている家族。「おばあさんの年金と母親のパート収入では足りない分、万引きで家計費を補っている」家族の物語、ということです。
おばあさんが死んだ後も、死を伏せて年金を受給し続けようとする家族を、上から目線の批判的な描き方をせずに、貧しい一家のあたたかい人間関係を描いているんだろうなあと、予想した上で見たのですが。
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美、柄本明、高良健吾、池脇千鶴、樹木希林
以下、後半部分のネタばれを含む紹介です。
『誰も知らない』がそうであったように、世間は、この家族を「いない者たち」としてしてきました。民生委員が、独居老人宅として柴田初枝(樹木希林)の家を定期訪問したとき、初枝の家族はあわてて姿を隠します。
世間的には、初枝は独居老人として、下町の今にも崩れそうな家で暮らしています。
たまにパチンコに行く初枝。隣の席のフィーバー大当たりの玉をくすねるくらいのことはやるし、20年以上も前に離婚した夫の死後、「月命日のお参り」として自分から夫を奪った女(元夫もこの女性もすでに死去しているが)の家に押し掛けて、3万円ほど入った「お参りのお車代」をもらってきたりする。世間的基準から言えば、品行方正な「お上品なおばあさん」ではない。
初枝のボロ家に身を寄せているのは、初枝の息子と思われる治。日雇いの工事現場でけがをしても労災は出ず、収入源は万引き。その技を少年ショータに伝授し「おじさん、じゃなくてとうちゃんと呼べよ」と言うところを見ると、本当の父親ではなく、妻信代の連れ子か。
治とショータのふたりはスーパーでの一仕事のあと、揚げ物屋で買ったコロッケを食べながら帰る。その途中、団地のベランダにひとりいる女の子コロッケを食べさせ、家につれて帰ります。
女の子の体の傷跡から家族からの虐待を察した信代は、ゆりと名を言った少女も家族として受け入れ育てることにします。女の子の親から失踪届もだされないまま、少女は柴田家で6人目の家族として暮らしていきます。
学齢期であるショータですが、治は「学校に行く奴は、学校に行かなきゃ勉強できないような出来の悪い子なんだ」という説明をしています。
クリーニング工場でパートをしていた信代でしたが、不景気のためリストラにあいます。ふたりのうちどちらがやめるか、話し合えと言われても、どちらも生活がかかっていてやめるわけにはいかない。しかしニュースを見た同僚は「あんたとニュースに出ていた女の子がいっしょにいるところを見た」と脅しをかけてきました。
保育園の長期欠席児調査があり、ゆりが親の家にいないことが判明したのです。「誘拐事件」として騒がれはじめた女の子が信代といっしょにいた子だと気づかれてしまったのです。ゆりの存在を黙っていてもらうために、クリーニング屋パートの仕事を同僚に譲り、ゆりの髪を切り「りん」と呼ぶことにします。少しでも世間の目をゆりからそらすために。
初枝が「信代の腹違いの妹」という亜紀。
亜紀は柴田家に帰れば「おばあちゃん、温かい」と身を寄せ、初枝を慕っています。初枝が幼いゆりといっしょに寝るというと、「私がおばあちゃんと寝る」と譲らない。
亜紀は、JK見学店でバイトしています。源氏名はさやか。
JKお散歩とかJKリフレ(クソロジー)とか、業態はさまざまなれど、女子高生(風)の衣装をつけた女性たちや下着姿の女性たちに性的関心を寄せる男たちが集まる店は、手を変え品を変えて存続しています。
見学店では、マジックミラーの前でJKたちが生着替えし、下着を股に食いこませ、腰を振って男たちに肢体のパフォーマンスを見せます。「こすっちゃお」という店が撮影協力店としてクレジットされていました。
一世を風靡したJKビジネスですが、規制が厳しくなり、2019年現在で生き残っている見学店は都内に10店舗ほどとか。この手の店は、法規制と新業態のいたちごっこ。需要があれば供給がある。
見学店の受付で、客は見学中に使うためのティッシュの箱と使用済みティッシュをいれる黒いビニールゴミ袋を渡されるそうですが、「こすっちゃお」の撮影では、JK側の画面だったので、食い込んだ下着の部分をこすっている女の子は写っていましたが、客室側はマジックミラーごしにしかわからないので、ティッシュを使っていたかどうかは画面からはわかりませんでした。
さやかは客の「4番さん」のリクエストに応じて、「見学部屋」から別料金の「膝枕」の部屋へ。
吃音者だかコミ障だかの「4番さん」の手の傷に気づいたさやかは、「私も自分で自分をたたくことがある」と共感します。
さやかが4番と心通わせるように見え、4番が高潮するようす、4番さんは池松壮亮が演じていて、心に傷を持つ4番さんとさやかの共感がストレートにつたわりました。
こういうファンタジーが描かれるからこの手の店が繁盛するのだなあ、と突っ込むのも無駄か。JK店で働く亜紀への視線がとてもフラットでいいと思います。上から目線なく描かれていることに、是枝の手腕を感じます。松岡茉優だからできたのかもしれないけれど。
亜紀が「さやか」を名乗っていた理由。「さやか」とは、両親から大事にされ何不自由なく育っている実の妹、本物の女子高生の名前。
亜紀が初枝の家にころがりこんだ過程は描かれていないけれど、典型的中流一家の両親や妹との暮らしに行き詰まり、ダメな部分も何もかもを受け入れてくれる初枝を亜紀が選んだ、ということ。
両親は世間体をはばかり、家に寄つかない長女の存在を隠しています。それだけでも、亜紀が家に居たくなかった理由がわかります。
両親は、月命日のお参りにきた初枝に「長女は、オーストラリアに留学したっきり、あちらに居続けて実家に帰らない」と、説明します。初枝は亜紀がいっしょに暮らしていることは両親に告げていません。
樹木希林の使い方、これまでの樹木希林出演映画の中で一番いいと思います。それは、樹木希林が持っている「毒」をきっちり表現させているから。「暖かくてよいおばあさん」というだけなら、樹木希林でなくてもおばあさん役はいるけれど、この「人間の体内毒素」みたいな内面をも表現できる役者だということを、わからせてくれます。これまで樹木希林が演じたおばあとはちょっと違うこと、入れ歯をはずした演技というだけではなく、「人がいやおうなく内面に持たざるを得ない毒」がにじみ出ていて秀逸です。
一家の要であった初枝の死後、家族は崩壊していきます。
治と信代は自宅の床に初枝を埋め、初枝の年金を引き出します。
ショータは、ゆりを連れて近所のよろず屋で万引きを繰り返します。とっくに万引きに気づいていた老店主に「妹にはさせるな」と言われたことから、ショータの心が変わりはじめます。以前読んだことのある「スイミー」の話を治に語ってきかせるショータは、賢い子なのです。
ゆりがスーパーで勝手に万引きをしたとき、ショータは自分に店の目を向けさせるために、騒ぎを起こます。店員に追いかけられる途中歩道橋から飛び降りてけがをし、柴田一家の存在やりん(ゆり)がいっしょに暮らしていたことが発覚します。
リンは、実親の元に返されます。ゆりは本当の名はジュリ。世間は、いなくなって2ヶ月も娘の行方不明を届け出なかった両親を不問にして「誘拐した」柴田一家を糾弾します。そのため、実親がDVを繰り返していたことは隠されてしまいます。世間は真実はどうか、ではなく「わかりやすい悪者」を糾弾したいのです。
信代は初枝を埋めたこと、りんを連れてきたことなど、すべてを自分の身に負います。
面会に来て「すまないな」とわびる治。信代は「あんた、マエがあるから」と治をかばい続けます。
治の「マエ」とは。
前夫からDVを受けてきた信代は、治とともに夫を殺害。DVを振るわれた際の正当防衛の結果という主張により、治には執行猶予付きの判決が出ました。ふたりはこの過去を共有しつつ夫婦として柴田初枝の家にかくれ住んできたのです。
安藤サクラの演技、最初から最後まですごいです。
「カップラーメンを発明した夫を心優しく支え続けるけなげな妻」という朝ドラ、安藤サクラの無駄遣い、と感じました。ああいう妻なら、安藤でなくてもかわいい女優さんがベタ演技でやっても視聴率はとれたろうに。
事件発覚後児童施設に入り、小学校での成績もいいというショータは、1年後、治に会いにきます。釣りをしながら、ショータは「わざとつかまった」と打ち明けます。
治は「スーパーに並んでいるものはだれのものでもないから、万引きは悪いことじゃない」と教えてきたショータが、自分とは違う価値観をはぐくみ成長していることに気づきます。もう教えることがなくなった治は「とうちゃんでなく、おじさんに戻る」と告げます。
治は初枝のもとで偽名を名乗って暮らすことにしたかわりに、信代と育てることにした子供を自分の本名である祥太と呼ぶことにしたのです。
治とともに面会に来たショータに、信代は「秘密」を打ち明けます。
祥太を千葉のパチンコ屋で「拾った」ときのこと。駐車場の高温の車の中に置き去りにされ、ぐったりしていたショータを連れ帰って育ててきたのだと。実親が捜索願いを出したのかどうかもわからにまま、ショータは信代と治が育ててきたのでした。
信代は実の親の手がかりを伝え、親探しをショータに託します。
団地の一室にもどったジュリは、あいかわらず虐待を受けていますが、ベランダに出てひとりいるジュリは、ある種の「まなざし」を持ったように見えます。柴田の家で暮らした数か月で、ジュリも変わったのだと思います。
子役も含めて出演者ひとりひとりがすばらしい演技をするので、2時間があっというまに過ぎました。
おおかたの観客は映画を見終わって、この一家のささやかな幸せを守ってやりたいとその日は感じ、そして翌日は、「万引きを子供に教える親」だの「死んだ親を家に埋めて親の年金を不正受給する息子」だのが発覚したニュースを見たら、正義の顔をしてその悪を責め立てるのでしょう。
治がショータに教える「店にあるものは誰のものでもないから、だまってもらってきてもよい」という治にとってのジョーシキは、悪とされる。そして「税金はみんなのものだから、だれのものでもある。よって山口と福岡を結ぶ道路を特別扱いしてお金をつぎ込むのも当然」という考え方は、「上司のために忖度できるよい部下」とされているみたいです。この国では。
是枝監督と樹木希林が組んだ映画、『歩いても歩いても(2008)』『奇跡(2011)』『そして父になる(2013)』『海街ダイアリー(2015)』『海よりもまだ深く(2016)』の中で、タッグを組んだ最後の作品『万引き家族』は、樹木希林の魅力をいちばんうまく引き出していたんじゃないかな、と思います。
是枝と希林が組んだ最初の映画『歩いても歩いても』で描かれた妻。表面上は長年連れ添た夫婦。しかし妻は、愛されないままの夫婦の歴史をも全部心に納めて、夫とのひとつの時間を生きている。
万引き家族の初枝の全身からも、それが表現されているように感じたのですが、これは希林裕也夫婦を知っているからそういう目でみてしまうのかもしれません。樹木希林自身が体現している夫婦の形。「夫の心の中には、妻の居場所はなかった。けれど、妻は夫を最後まで憎みはしなかった、いや、世間とは別の形で愛し続けてきたのだ」という夫への感情。
初枝が夫を奪った女の家に祥月命日のお参りに行くのは、3万円の「お車代」をせしめに行きたいからでなく、夫が生きたその証を目に焼き付けに行っていたのではないか。亜紀を自宅に住まわせているのも、「自分が身を引き、不倫相手に夫を譲ったからこそ、亜紀が生まれた」ということを、自分の人生の証にしたいからではなかったか、と思います。
春庭夫は、昨年夏に骨折手術で足の骨にボルトを埋め込みました。この夏、そのボルトを取り出す入院をしなけりゃならぬ、と今から「令和最初の大イベント」を待っています。私としては、シネパスポートを借りる際に、足にボルトがあろうとなかろうと、変わりなし。
<つづく>