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劇団昴上演の「幻の国」チラシ。シュタージの秘密書類の倉庫です。
20170923
ぽかぽか春庭感激観劇日記>2017年9月の演劇(2)幻の国その2
ナチスドイツの無条件降伏のあと、ドイツは米軍が駐留していた地域はドイツ連邦共和国(西ドイツ)となり、ソビエト連邦が駐留していた地域は、ドイツ民主共和国(東ドイツ)となり、分断国家となりました。実質は東西冷戦の結果、東西に引き裂かれたのであり、特にベルリンは東ドイツの首都東ベルリンと西ドイツ側西ベルリンに分けられ、東西の間には冷戦を象徴する壁が築かれました。
東ドイツは、国名こそ民主共和国と名乗っていましたが、実質はソ連の指導下にある社会主義統一党の独裁国家であり、特に、エーリッヒ・ホーネッカーが権力を握って以後、西側との格差に不満を持つ国民を押さえるために、秘密警察(シュタージ)が暗躍し、政権に不満を持つ国民を次々に逮捕拘留していきました。人々は不満を持ちながらも、互いに監視し合い、行き詰まる牢獄のような国の中で暮らしていたのです。
「幻の国」は、ソ連の基盤が緩んだ1980年代以後、東ドイツにもその影響が及び、ベルリンの壁が崩壊して東西ドイツが統一されるまでの数年間を、東ドイツ側の視点で描いた作品です。
ホーネッカー政権下、秘密警察員とその協力者は国民の6人にひとり、という高い割合で存在し、ひとりが自国民5人を監視し、プライバシーも含めて逐一権力者側に報告される、という体制をとっていました。
幻の国の主人公、マリアとヘルムート夫妻。ヘルムートは、「社会主義の理想を実現するために、今は不十分な社会主義を維持しなければならない。そのためにはシュタージの活動もやむをえない」と考えてシュタージの一員として忠実に働いています。ヘルムートの妻マリアは、夫に頼まれて、ご近所の住民を監視する「協力者」として密かに活動していました。同じ団地に住む女性達を監視し報告する役割に加え、新しく引っ越ししてきたカタリーナに近づいて、彼女の動向を報告するよう求められています。
カタリーナはだれとも親しく付き合わない孤独な女性です。劇の冒頭、シュタージの職員に、夫が逮捕拘留されたあと、自殺したとして遺体が返されたことに納得していないというやりとりがなされ、大きな緊張感から舞台が幕をあけました。しかし、マリアの部屋に集まっておしゃべりする女性達は、みな屈託無く、不満も無く、東側社会の中では消費生活が向上している東ドイツに不満などない、という顔をしています。ときに本音が出て、西側の性能のよい車へのあごがれを語ったりはするけれど。
舞台は横長のつくりで、下手はマリアの居間。上手はシュタージの事務所。中央のソファは、マリアの部屋の客間にもなるし、シュタージの上官の部屋にもなります。
セリフだけで舞台を想像しているアコさんには、舞台の作りがちょっとわかりにくかったようです。
マリアとヘルムートは、ローザ・ルクセンブルクを尊敬しています。ローザのことば「自由とはつねに、思想を異にする者のための自由であるFreiheit ist immer die Freiheit des Andersdenkenden.」は、ふたりにとって、「本当の社会主義、自由で平等な社会」に至るための希望のことばです。この言葉を真に実現するため、社会主義を守るために、シュタージの活動もあるのだ、と信じることで、シュタージの活動をかろうじて肯定しているのです。ローザのことばは、私にとっても希望のことばでした。
しかし、現実には、シュタージの活動は市民・国民を抑圧する度合いがどんどん強まっていきます。
戦前の日本の特高、ソ連の秘密警察、おそらく現在の北朝鮮にも秘密警察は存在し、人々の思想と行動を監視する役目を負っていました。そして、戦前の日本の大半の国民がそうやって監視されることについて「特高がアカをつかまえるのは、国を守るために当然のことで、よき国民である自分には特高につかまる理由はない」と考えて暮らしていたのと同じように、東ドイツの国民も、「不満はあるけれど、そこそこ幸せ」な生活を送っていたのです。
それが。ハンガリー・オーストリアの国境が開放されたことから、社会が大きく変化していきます。東ドイツからハンガリーへは、簡単に旅行できます。同じ社会主義の国だから。そして、ハンガリーからオーストリアへ渡ることができるなら、オーストリアから西ドイツへ「旅行」することもできるのです。1989年5月以後、人々には「西側へ渡るか、東にとどまるか」の選択がありました。
東にとどまる決断をしたマリアの近所の夫婦「もう、東はおしまい。どうせ東西が統一されるのなら、今無理して西へ行くことはない」と考えました。
マリアは、人々の動向を見て、自分の苦しみを打ち明けてしまいます。ただひとり、マリアの見方になったのは、マリアが一番監視をしなければならなかったカタリーナでした。
時が流れ、シュタージは独裁者ホーネッカーの権力失墜以後、組織が崩壊していきます。上層部のなかには、シュタージの秘密書類を盗み出し、「西側の組織に売れば金になる」と考える者も出てくる始末。ヘルムートは、それを阻止します。
東西の統一を祝う花火が打ち上げられた夜、マリアのご近所さんたちは、わだかまりをとき、再びマリアの部屋に集まります。西ドイツの大学に入学することになったロッテ、西ベルリンに移住して、西側の車を手に入れることができたクララとアロイス夫妻。
それぞれの思いの中、花火の光が人々の顔を照らします。
今は博物館として保存されることになったシュタージ。ヘルムートの上司のひとりは、ひっそりと東ドイツの消滅に自分の運命を委ねます。
ヘルムートが命がけで守ったシュタージの秘密書類は、博物館で保存されることになりました。
マリアは「私たちが間違いを犯したこと。人々を追い詰めたこと、それを忘れてはいけない」と述懐します。
私がこの「幻の国」に心震えた、と言ったのは、この「忘れないこと」というセリフにあります。自分たちに都合の悪い出来事は「なかったこと」にしたがり、「都合よく忘れること」がお得意な権力者たち。
忘れてはいけないのです。
そして、ローザのことば、「自由とはつねに、思想を異にする者のための自由である」を、忘れないでいようと思います。
<つづく>