KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

回顧・大雪・・普通の暮らしの頃

2025年02月14日 | 俳句
天気 晴

寒波がようやく緩んで、日本海側の凄まじい大雪は終わったようだ。
今頃、東京にも大雪の降ったことがあった・・と思い出してブログをひっくりかえしたら、2014年の2月だった。夫婦とも無事で一応元気で、普通に暮せた最後の年だ。まだ、車も処分していない年、凍結防止に駐車場のワイパー立ててあるのが我家の車。
マンションの周りの歩道


あれから11年・・いつまで無事に生きるやら、という日々。昨日は朝から病院へ、検査が三つ、診察が三科、という過密スケジュールの通院日だった。この病院、殆どの検査はCTなども含めて当日に解かる。で、検査の結果は・・総合するとまだ生きていなさい、ということだった。
ステージは1か2でしかないが心臓悪くて手術出来ない肺がん(肺腺がん)は、中断中の抗がん剤の効果が続いていて、又2ヶ月の経過観察となった。この免疫療法は副作用がキツいのでもう体力の限界だった。でも、2ヶ月中断出来たおかげで、少しは回復した副作用もあったけれど、消えない副作用もまだ残っている。
去年の秋に見つかってしまった乳がんの「再発かもしれない影」も、余り育っていないので、経過観察に終わった。
手足の指先が襲われて寒さとの闘いの膠原病の強皮症は、対策していたからか、去年の冬ほどには悪化していない。肺に間質性肺炎は出ていないし、こちらも経過観察、どの科も次回は春以後の診察予約になった。でも、時々指に起きるレイノー現象の発作は鬱陶しい。
あとは、半月後に循環器科の経過観察があるけれど・・ともかく、心臓は先月「メンテナンス」したばかり。肺が無事だから、暫くは生きていなさい、ということらしい。でもねえ・・寒波の気圧変動のひどい日が続き、体調は最悪の日が多いのです。暖かくなる頃は又、気圧の変化の激しい日が続くし・・
など、愚痴を言っても楽になる訳ではないけれど、自分のブログだから許してあげよう。

冬になってから周りで、車椅子になる人が続出した。殆どの人は認知症ではあるけれど、そうではない人まで・・年齢には関係ない。
で、怖くなって目まいが酷くても動き廻らずに出来る軽いストレッチとスクワットは欠かさなかった。それが・・
数日前、最近は何回かだけ寝る前にやっていた習慣のスクワット。運動不足極まれり、を解消したいと思い、椅子に掴っていつもより深く膝を沈めたら・・腿にちょっと違和感が。20年前に肉離れをやった場所だ。それこそ、ヤバい、という感じですぐに中止した。でも・・翌朝、普通に歩けるのに、ちょっと長く歩くと腿が痛くなり足が止まってしまう。とてもバスでの通院は無理そうだし北風の凄まじい朝なのでタクシーを呼んだ。
病院内でも時々立ち止まり痛みをやり過ごして。・・・案の定、「車椅子借りようか」と、付添のあーちゃんに言われてしまった。答えは「絶対、やだ」
まだまだ要介護にはなりたくない。車椅子に乗るようになったら、認知症も付いてくるような気がする。ちなみに私の介護度は、介護保険適用のいちばん軽度の「要支援1」。これは、ペースメーカーによる障害者としての配慮があるようだ。

甲斐相模今朝は眩しき斑雪山(はだれ山) KUMI
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大寒波襲来

2025年02月07日 | 俳句
天気 晴 

日本海側や北海道は、それこそ記録にないような大豪雪で何もかもが埋まっているらしい。写真は、十何年少し前の新潟南魚沼のもの。到着した日の一晩で積もった雪、この時は一晩30㎝くらいだったかも。

一日で1m積もることもあった。ここの駐車場は有料で、融雪の水の出る装置があったので車まで埋もれることはなかったが、ずっと昔、湯沢の他のスキー場で車が埋もれ、掘り出すのに苦労したことがある。
何しろ、それより凄い積雪に襲われているようだ。関東平野は寒い風に悩まされていて・・贅沢な話。

そんな寒波のせいで、私の体調は最悪で、終日、震度2の家に住んでいる感覚。気象病の人向けのアプリ・「頭痛~る」の午前中のデータ。確認したからといって役に立つ訳ではないけれど、倒れそうになっても「寒波のせい」と思える。頭痛持ちの人が多いようだが、私も酷い時はいつもの耳鳴り・息切れの上頭痛がしてくる。

おまけに寒さの冷えで、ちょっと油断すると指先に血が巡らなくて、皮膚荒れ。そのくらいのこと・・と他の人には言われそうだが、膠原病の強皮症の症状らしき末端の症状はしつこくて、なかなかの敵。パソコンは両手を使っているが、右手は薬指しか使えなかった。今日は人差し指が使えるのでパソコンも楽にキイを打てる。
おまけに、パソコンデスクは施設の接続回線の都合で北窓のそば、夜は電気毛布や暖房を入れてもすぐに足元が冷えてくる。書きたいことは山ほどあっても、そんな訳でパソコンを開く時間が少なくなった。
ともかく、この大雪と闘う地方の方たち頑張って~~ としか、言えない。
こんなことばかり愚痴っても、書く方も読む方も楽しくはないと思いつつ・・

寒波の大雪のときは、富士山も頂きは雲に隠れる日が多い。でも、数日前までは写真のように朝からすっきり見える日が多かった。

箱根にも雪が降ったようで、箱根の手前の丹沢山塊にもちらほらと雪が積もっている。丹沢の山稜は左に連なっているが、ちょうど電線がじゃまして、旨く写真に入らない。
毎日、窓の外の日差しは温かそうだけれど・・外へ出る勇気のないまま・・完全に冬籠り。そろそろ、勇気を出して外へ出ないと。

特急「あずさ」終着駅は猛吹雪  KUM

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二月になった

2025年02月02日 | 俳句
天気 雨

雪の予報が、夕方近くになっても朝から雨のままだ。まあ降らないに越したことはない。何センチかの雪で東京は大騒ぎになる。
   東京の大雪といふ十糎  KUMI
大分前の句だが、越後の一晩50㎝の雪を知っていたから、何とも情けない都会の雪対策。

1週間前、体調不良の時に毎月のLINEの句会日程だった。とても俳句どころではなくて延期してもらい、それが昨日。昨日は何とか俳句を作れる体調になっていた。が、スマホでの入力の指が・・昨日は右手の指が、血行悪いせいで人差し指中指の指先が傷だらけ、薬指しか使えなくなった。せっかく体調は何とかなったのに・・で、仕方なく、俳句も「音声入力」してみた。最近は、ラインやメモなど、入力は音声にしている。でも俳句は無理では・・と思ったら、単語を一つずつにすれば大丈夫、と解った。手指入力と音声との併用だ。
ほぼ8割は音声で済むので、とっても助かった。しめしめ・・最近のアプリは良く解らないけれど便利に出来ている。手の使えない障害者には有難いことだろう。でも音声は独り暮らしだから出来る。家族や人の居る前で「紅梅や・・」なんて呟いていたら、おかしなバアサン、と思われるだけだ。選評も音声で済むので疲れない。こんな時は独りものバンザイ、だ。

今日は節分。このところずっと2月3日なのだが、本当は一日ずれることがある・・ということは歳時記に載っているので知識としては知っていた。今年が久しぶりにそれに当たった。でも、明日、と思っていた人が多いようだ。若い介護士が出勤するまで知らなくて、昼食に節分用の食事が用意されていて「会社は間違っている」と思ったそうだ。

これを食べた入所者の半数以上は、今日が何月何日、かも解っていないと思う。言われればああ節分の頃だったのか、と思うくらいで。
豆まきはしないので、一応大豆入りのご飯。鬼の嫌う鰯は煮物になって・・気分だけの節分。こういう節季や季節の行事はカタチだけでも食事に入れてくれるのが有難い。さすが東京の会社運営の施設、恵方巻なるものは出ない。大体が、節分に恵方巻なる風習のあることを知ったのは、二十数年前のこと。私は一度も節分に太巻きなんか食べたことはない。

昨日の句会から・題薄氷(うすらい)
今や、俳句=認知症予防

薄氷の日差しに押され動き出す  KUMI
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増えゆく要介護老人

2025年01月29日 | 俳句
天気 晴

写真は、栴檀の実へ群がるヒヨドリ。無論、ここへ入る前の写真。
関東平野南部はこんな、カラカラ天気が続いている。毎年のことで、寒明けまでは仕方ないのかも。何かが降るのは大体が立春過ぎてからだ。

最近、同じ階の私より前か私と同じ時期くらいに入居した人たちが、次々と車椅子使用者になった。特別に転倒とか病気とかになった訳ではないようだ。年齢は80歳後半から100歳近くまでと、あまりトシの順ではない。コロナで寝込んだ人も居るが、感染しない我々も閉じ込め暮らしだったかたから、同じような環境だった訳で。認知症の騒々しい人たちが静かになった・・と思う部分もある。でも、無言で車椅子に座ってラウンジでお茶の時間を過ごしている彼ら彼女らをみていると、生きている意味ってあるのかなあ、とも。
もう「今日はは食事抜きなんですか!」と声を荒げたり(無論、食事は摂っている)「財布がないのよ」(家族が保管している)と被害妄想を訴えたりしなくなって、職員は楽になった、という部分もありそうだが・・実際は、おむつ交換が増えたり、車椅子の乗降介助が増えたり・・シーツを汚しトイレを汚し・・見ている訳ではないが、何となく介護士の動きで解り、ロビーの隅で日向ぼっこをしていても、落ち着かない。

唯一私と普通に話せる(耳が遠くなく、認知症もなく、車椅子でもオムツ使用者でもない)近くの部屋のAさんとは、そんな光景を見ながら
「長生きしたくないわねえ」と。彼女も夫が亡くなってすぐに、息子さんの家に近いこの施設へ入った。同じ階で私とまともな会話の出来る人が20人中1人、というのも寂しいこと。今朝は彼女、
「主人に、早く迎えに来て、と毎日言ってるのよ」
「あら、私もそんな気持ち。夫婦でもあの世へ行くのは早いもの勝ちね」

以前の家からの夕富士です。寒中がいちばん富士の美しい季節。今の場所からも同じ富士ですが・・電柱だらけ。

戦後80年。今、ここの入居者は女性は90代がいちばん多いとか。100歳近い人も何人か。重度の要介護の人たちには70代の人も居るが、認知症は圧倒的に90代が多い。
戦争を生き延びた戦前生まれは、粗衣粗食を生きてきたので、頑丈に出来ているらしい。私は病気だらけだけれど、命に関わる病気を克服した人も多い筈なのに、ものすごく生命力があるようだ。食欲のある人ほど、動けなくなっても元気なようで、やはり胃腸の健康が人間にはいちばん大事なようだ。何でもガマンして食べてきた世代なので、あまり文句も言わずよく食べる。

で、そんな我々世代よりも少しはひ弱かもしれない団塊の世代が、いよいよ後期高齢者になっていく。もう、なっている。要介護対象は増える一方で、団塊の世代を親に持つ働く世代は、これから、仕事と介護の両立に苦労するだろう、という話をテレビで報道していた。誰もが簡単に施設へ入れる訳ではないし、働く人を確保するために高給出す時代が来るだろう。住む家を売り払ってやっと入れた私ごときは、有料ホームなど夢のまた夢になるかもしれないし。
丈夫で長生き世代の我々がこの時代をはやく「引退」しないと、世に認知症の人が溢れていくこと間違いない。ああ、つくづくテキトウな頃に手のかからない「さようなら」を迎えたいもの。

夕富士の頂きつつむ雪けむり   KUMI
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生きています

2025年01月24日 | 俳句
天気 晴

私の体調も悪いけれど、パソコンの調子も悪い。そろそろ寿命かなあ・・ってパソコンのこと。私はまだ生きています。写真の花のように枯葉に埋もれて・・

とはいえ、1週間もブログを休んでいた。5日前にようやく、施設のコロナの隔離暮らしは終わったものの、心臓のメンテナンスをした筈の私の体調はちっとも改善しない。しないどころか、かえって心臓の動きは悪くなっていくような・・おまけにドライアイが酷くて、本当はパソコンを見ない方が・・
退院の時に循環器科のドクターは「それほど悪くはなっていない」と言ったからそう思うことにしているものの、退院してから又10日間のコロナ隔離で、何だか疲労が溜まったような。居住する4階のフロアは自由に動けたけれど、閉塞感が消えない。部屋でルームサービスに運んでくれるから食事時間の「ストレス」はないものの、やはり人間、「外へ出られない」というルールに縛られるのと「出ることは自由だけど今は出かける体力がない」では気分が違う。
その間に、4階の入居者の重度要介護者がまた増えた。車椅子で食堂へ来る人が4人増え(20人のうち)、車椅子は移動のためだけだった人が立ち上がれなくなったり、認知症の人が益々ひどい症状になったり・・感染して1週間以上も部屋から出ないと、そんな人が増えるばかりだ。私も、22日に眼科へ行ったら何だかひどく疲れて、その夜から動けないくらいの目眩に襲われて・・何しろ、心臓はまだ大丈夫、と言われているのでひたすら我慢我慢。病院はインフルエンザの患者で大変らしいから、救急診療へ行くのも無理だろう。

今日は久々のパソコンを開いた。まだ生きている、と知らせなくちゃ・・って、有名人でもないからもう消えていたって、どうということないのに。その代り、中居クンがテレビから消えてしまった。寂しいですよ。

今年は、大寒過ぎたばかりなのにこれ以上の寒さはもう、来ないのだそう。
霜柱なんて、見ないで終わりそう。もっとも、霜柱のある時間に外へ出ることはもうないだろう。

日にちの経つのが早いこと。始まったばかりの初場所が、もうすぐ千秋楽だ。いつも、初場所の最中に向島百花園で定例の句会があった。両国駅を通るので、途中下車して国技館の周りの雰囲気を楽しんだともある。場外でも色々と他惜しめるのが相撲の街・両国界隈だ。序の口・序二段などの若いお相撲さんはJRで国技館へ行くので、電車で乗り合わせることもあった。懐かしい光景だ。

初場所や鬢付け匂ふ総武線  KUMI
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もう30年・震災忌

2025年01月17日 | 俳句
天気 晴

もう30年になる・・とは信じがたいけれど、確かに30年前の災害だった。
その翌年の夏休み、神戸に少しは寄与出来るかも、と高校野球の開会式の甲子園と姫路城見物のため、三宮駅前のホテルを予約した。もう一泊したかったが、甲子園が始まるのでその関係者のためにどのホテルも満室。仕方なく、二泊で、という慌ただしい日程になった。それでも姫路城へ行き、高校野球の開会式と一試合を観て、神戸の街を観光することは出来た。初めて行った訳ではないので六甲は省略した。奮発した神戸牛のステーキがとっても美味しかったのを覚えている。
あれから30年・・東日本大震災があり、能登の地震があり、日本はますます災害大国になってしまい、異常気象続きで地球も壊れていくようになって・・

最近、大災害が起きると、高齢者施設は一体どうなったのだろう、と考えてしまう。東日本は昼間だったが、神戸は早朝だった。こういう施設は夜勤者は居ても、たった二人で何十人もの動けない人の世話をすることが出来る訳がなく。悲惨な現場が見えてきてしまう・・などと想像しない方がいいかも。ここだって、火の手が襲ってきても今の私ならベランダにさえ出られれば外へ逃げることが出来る。ここの建物は新しいし、まず倒壊の心配はない。
でも、認知症の人の危険対策でベランダには出られないようになっている。
イヤですよ、火だるまになるのは・・すぐに開けてくれるのかしらん?



朝から震災のニュースなど見たせいか久しぶりに真面目になり、YouTubeで老人専門医の認知症の話を見る気になった。今まであれこれと「勉強」させてもらったが、今日は「重度認知症は介護するな」え?と思う見出しなので見る気になった。
認知症の進行症状を5段階に分けて、色々と説明があり、最後に行きついた症状の段階ではもう「何もしない」ことが、介護者にはいちばんの方策なのだという。
あ~解かる解かる。体の苦痛は介護する必要はあるけれど、その他の本人の要求などはそれこそテキトウに「はいはい、わかりました、大変だったわね、そうね、やっておきますよ」と愛情を持って対処すればいい・・本人は要求したことを数分後には忘れるのだし、介護者が家族だったら、真面目に対応していると疲れてしまう・・ほっておいたからと、進行が早まることもない・・何もしない介護。

食堂へ行けば、また、耳の遠い認知症の人たちとの付き合いが始まる。10日以上も彼女たちから解放されて解ったことは、私にとっては彼女たちとの毎日がストレスになっていた、ということ。元気に対応出来た頃はまだしも、最近は一段階上の大きな声を出すのが疲れる。相手は普通の声なのだから余計腹が立ってくる。
彼女たちはまだ最終段階の症状ではないので、テキトウに交わして無言とはいかない。無言を貫くのもストレスになるし。事務所でそんな愚痴を言えば、「席を替えましょうか」となるけれど・・あのね、認知症でなくて耳が正常な女性って、入所者に殆ど居ないでしょ。男性は、品のない人ばかりだからまっぴらです。


皆さん、介護有料老人ホームには、重度の認知症になるまで入所しない方がいいですよ。ここは、「サービス付高齢者住宅」だったのに、途中から「介護ホーム」に変更されてしまった。
その方が経営上は楽なのだろう。

どこまでも青き凍て空祷りの日 KUMI
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隔離生活=冬籠り

2025年01月15日 | 俳句
天気 晴

さて、やっと書くつもりになって頑張ってかなりの行数を書いたのに・・一時保存しておこうとしたのを誤って全部削除してしまった(泣)

とにかく、まだ隔離生活は続いていて、でも居住フロアでの移動は出来るので気楽ではあるけれど・・冬籠り、という季語があるのでその冬籠り、と思えば気楽になれる。食事も、今回は使い捨ての皿や紙コップではない普段のものなので、ルームサービスを受けていると思えば有難い。体調悪くて個人的に部屋食にしてもらうと、食堂の配膳後に運ばれるので汁物やご飯は冷たくなっている。でも今は、その階の分を全部ワゴンで運ぶので冷めることはあまりない。冷めていても電子レンジが部屋を出るとすぐ近くにある。食堂へ行く手間が省けるし、一緒に食べねばならない同席の3人にイライラせずに済む。認知症の重度から軽度までの3人は、おまけに耳が遠いときている。
一週間以上会っていないので「はじめまして」から始まるかもしれないし・・
10日前、私が「入院しますね」と言って別れたことなんか、とっくに忘れているだろうし・・ともあれ、食事に関して言えば、今は贅沢な気分だ。面会禁止外出禁止が早く終わってほしいだけ。


こんな贅沢な暮らしも、4階は患者が居なくなった。そろそろ隔離暮らしはお終いらしい。
で、私の体調はというと・・今日は気圧が低下中で(外は季節外れの暖かさのようで)もう、最悪。外出禁止が幸いかもしれない。明日はまた寒波が来るとか・・電池替えた器械のおかげで少しは良いと思った血行も、あまり良くならなかったらしい。それでも、血液サラサラになるという薬は今回も処方されなかったし、カテーテル治療も不要だった。
もう少しこのキツい症状を抱えて生きてみようかな・・と思う。

同じ階の何人かは、歩いていた人たちもこの1年で車椅子になってしまった。4人は認知症が進んだ。でも、体は、健康らしくて。
食事時間になるとラウンジのテーブルで介護士の世話で食事している。


歩きまわっていた頃の元気な認知症はどこへやら・・さんざん騒ぎを起こして迷惑だったSさん、Kさんが、表情もなく車居椅子でぼーっとしているのを見ると、何だかねえ・・私はそこまで長生きしたくない、と思ってしまう。とはいえ、まだ80代の人も居る・・遠くない私の未来?

特急を窓辺に眺め冬籠り  KUMI
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ロボットは元に戻れない?

2025年01月11日 | 俳句
天気 晴

前回の記事へコメント頂いた皆さま、ありがとうございました。
無事、退院しました、個々へのご返事は略させていただきます。

昨日退院した。
写真は8階の病室からの夕暮れ。いちばん右端に富士山が見えるが、写真の入院した日は雲の中だった。どうせ見えても隣の病棟の屋根に乗っている状態なので、あまり見応えはない。「全室オーシャンビュー」などというリゾートホテルがあるけれど、この病棟(個室)の南向きの8・9階は、「全室富士山ビュー」旅行に行ける訳でもいし、贅沢のために使う機会のないお金は、入院中の贅沢に使うこととした。

たかがペースメーカーのバッテリー換えの手術でも色々あったけれど・・手術そのものは部分麻酔だからどーということもないし。それよりも、入院の日からひどく体調が弱っていて、歩くのも息苦しくて・・という状態だった。なので、最近は動きにムラのある器械を「メンテナンス」したら少しは回復するかしらん?と期待してしまった。
部分麻酔なので、顔を隠されてもドクターの声ははすべて聞こえる。
「はい、ドラーバーください」とアシスタントのドクターへ。古いネジを外して「はい、新しいのを」「ドライバーを・・」かなりの力でネジを押し込む感覚がして、胸がウッと。「痛いですか~」「いえ、大丈夫です」とロボットならぬ患者の私。「なかなか入らない・・」え、困ります、ネジが入らなかったら・・
半分眠ったみたいな状態なのに、心臓に器械が入っている、と知ったまーちゃんに言われた「ばぁばはロボットなんだ」という言葉を思い出していた。
「イビキかいていますねえ」嘘、そんなに熟睡はしていませんよ、と言いたかったけれど声にはならなかった・・と言うことは、少しはほんとに眠っていたかも。

交換術は30分ほどで済んだが・・本当は心臓の動きが悪いことを想定していて、カテーテル治療をする準備もしてあった。その準備の方が大騒ぎだった。そのために朝食も昼食も抜いていて、空腹が何より辛かった。
ま、必要なくなったので書いても意味なし。心電図の器械を胸に付けたまま一晩過ごし、翌朝の検査で異常がないのでもう退院になってしまった。
でも、ちっとも症状は改善していない。心不全はさほど悪化していないので、他の要因があるのでは・・とドクターは言うけれど・・少なくとも近日中に心不全でぶっ倒れることはないようだ。

施設へ帰ったら、待ってたのは・・又々の隔離生活。うんざり。



重度介護の人はひととおり罹ったようで、今度は、自分で歩ける認知症でもない男性のようだ。そういえば同じ階のその二人、マスクを装着しているのは見たことがない。病院ではインフルの方を警戒していたが、ここは、みんなコロナのようだ。私はインフルエンザ優先でワクチン打ったので、少し心配。
ホーム内、コロナ騒ぎが終ったらインフルエンザが流行?
もう勘弁してください。

寒林を日差しの抜ける眩しさよ  KUMI


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明日からしばらく・・

2025年01月07日 | 俳句
予定は2泊の入院ですが、心臓のメンテナンスをしてまいります。果たして、車みたいにメンテナンスしたら少しは機能を回復する・・といきますかどうか。最近、心臓が勝手に暴走している感じ。
ペースメーカーの電池替えだけではなく、心臓そのものも「お手入れ」するみたいです。ややこしいことをして、たった三日で帰れる?万一の場合はどうなるの?
病院を信じることにします。

昼食にはいつものように七草粥が出ました。美味しかったから、少しは力になったかな?

薺粥能登の藻塩をひとつまみ  KUMI





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三が日

2025年01月04日 | 俳句
天気 晴

夫の亡くなる年まで、元日に東京に居ればほぼ毎年初詣に行った、高幡不動尊の元日の写真。30年くらい前は午前中に行けば、混雑はあまり感じなかった。が、なぜか年々参拝者が増えてしまいこの当時はもう、駅からの参道も人が溢れていた。

さて今年は・・何もない誰も来ない三が日。コロナ閉鎖がやっと終わったので、面会の家族が来たり、子供の家へ一時宿泊滞在に行くための迎えが来たり・・結構な人の出入りがあった。誰も来ない私はちょっと寂しいかも。あーちゃんは風邪の年末年始だったそうで。もっとも、来週の入院・退院の日に来て貰わねば困るので早く風邪を治す方が先決問題。
年末に来てくれる筈の人たちはコロナ閉鎖で来られなくなったし・・
で、別に寂しい訳ではない。三が日は、思い切って見たいテレビをじっくりと。箱根駅伝は邪魔なしで二日間見ることが出来た。コースに映される風景を眺められるのが何よりの楽しみ。夜も、暫く改装工事に入ってしまう国立劇場の歌舞伎中継やら、ドラマやら・・はい、好きなチャンネル見放題でした。去年は元日の能登の地震で、テレビを楽しむ気分ではなかったので。

元日と二日は、ささやかながら昼食に正月を感じさせるものを出してくれる。
これに「お雑煮風お吸い物」が付く。米粉で作ったはんぺんみたいな、見た目が餅のようなもの。餅が出る訳ありません、救急車が列なしてしまいます。
写真を撮り損ねた二日は、ちらし寿司だった。


新しいカレンダーの1月を開いたら、あら、ペースメーカーの電池替え入院の日がもうすぐだ。少し慌てる気分になった。12月中は、まだまだ先のこと・・と思っていたのに。たった二泊の入院でも、必要なものは同じだ。まず、入院書類の作成。これがかなり面倒だった。右手指の中指人差し指とあまり動かない支障があり、細かい字を書くのに一苦労。まさか、こんなに支障が出ているとは・・入院の説明書をゆっくり読んでみたら、どうも、入院では電池替えだけではなく、心臓本体のメンテナンスもするらしい。徐脈(脈が遅くなる)が酷いので息切れも酷いようだ。入院で、少しは改善出来るのかもしれない・・あまり期待しない方が良いけれど。
最近は俳句もスマホのメモへ残したり音声入力したり、と怠けているので字を書けなくなっていることに気付かなかった。ひどく疲れた。あとは入院の必要品の荷造り。大体のものは緊急での入院を想定してバッグに詰めてはあるけれど、細かいものはまだ色々とある。最近はちょっと動いただけでも動悸息切れで目の前がフラフラ状態に・・
こちらは、明日から少しづつ頑張ろう。

四日はや雲湧きあがる富士の裾  KUMI
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