KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

今日も台風通過待ち

2021年09月30日 | 俳句
天気 曇のち雨

昨日の続きで台風経過待ちのような一日。ということで、写真は昨日の続き。日本一、とかいうコスモス畑(というよりコスモスに覆われた丘)はまだ満開になっていなかったのだ。なので、咲き始めの花をあれこれ撮っていたらしい。


 このまま体調が沈んでいくのは困る・・とはいえ、今日はそれに加えて眠いこと。とうとう、昼食後に30分以上も居眠りしてしまった。昼寝や居眠りで快適になったことはないので、普段から昼間は眠らないようにしている。

きのうは、自民党の総裁選でテレビはその報道ばかり。結局何も変わらず、アベスガを継承していく路線になり、世の中は面白いことなぞ何も起きないものだとつくづく感じた。(自民党を支持している訳ではないが)

そして台風16号。巨大な台風は内地には上陸しないで済んだものの、島の方はかなり影響がありそうだ。八丈ではスーパーから食料品がなくなったそうだ。船便も航空便も数日は運休かもしれない。離島も東京、夫が単身赴任したこともあり、私の生まれる前にわが家も住んだことがあるし、色々と、島には無縁ではない。夫が赴任している時、台風は気になるのでつぶさにNHKの天気予報を見ていた。すると予報ではよく
「台風〇号は、本土には影響はない見込みです」という放送をしていたので、抗議の手紙を出したことがある。

本土、とは本国、その国の領地。小笠原も伊豆諸島も「本土」です!東京都です。他国の占領地ではありません。
後日NHKから返答の手紙があって、陳謝され、以後は「本土」が「本州」になった。と、そんなことを思い出した。
最近は10月に大きな台風が来る。これも地球の異常気象のひとつなのだろう。


台風の進路の端のわが故郷   KUMI 
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台風通過待ち

2021年09月29日 | 俳句
天気 晴
雲の多い空ながら、日差しは出ていた。
台風が関東に接近するのが二日後、というのに、私の気象病の方は敏感で、昼過ぎから耳鳴り目まいが最悪になった。あと二日、このまま?と思うとぞっとする。それとも、息苦しさは病気から来るものなので、永久にこの状態が続く?
困る。何しろ、緊急事態宣言なるものが明日で終了、この施設の「通院以外の外出禁止・面会禁止」がようやく解けるのだ。通院の行きかえりにコソコソと行動しなくても、堂々と「〇〇へ行きます」と買い物にも散歩にも出られる。
束の間の感染者の減少かもしれないけれど・・何しろ「束の間」でも私には貴重なのに。

午前中は、それでも今月の句の整理したり、まだ余裕があった。午後は・・下を向かないと出来ないスマホの操作も目まいを起こすので辛くなった。(パソコンは、真っすぐを見るので何とか大丈夫)
で、パソコンを開いて気分転換にコスモスの写真でも、と思ったら、忘れていたかなり前の、昭和記念公園での「コスモス図鑑」みたいな写真が出てきた。一眼レフに切り替えた頃だったかもしれない14年前のもの。
毎年行っていた頃の、でもまだ少し見ごろには早い10月初めだったかもしれない。当時は写真の保存に日にちは入れていないので解らない。画像解像度も落としているので、パソコンでの写真は小さくした。
でも、よく撮れています・・我ながら。


 









コスモスの写真は毎年随分撮ったが、コスモスの句は全く作れなかった。

人生を焦り始めて九月尽   KUMI  
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天高し

2021年09月28日 | 俳句
天気 曇一時晴

朝、ちらりと雪を少しのせた富士山が見えた。すぐに消えてしまったが・・昨日だったか、甲府の気象台ではっきりと雪の頂上を確認出来たので「初冠雪」にした、とテレビで見た。
歳時記には「富士の初雪」が秋の季語になって載っている。でも、初雪と初冠雪は違うこともある。初雪は、降っても冠雪にはならずに消えてしまうことがあるのだ。今年も、彼岸前の雪は少し積もったもののすぐに消えたので、初冠雪にはならなかったようだ。「初冠雪があった」と決めるのは、甲府市内からの「目測」なのだそうだ。山頂に測候所があった頃の方が正確な情報だったという、皮肉な話。

富士山が白くなると、やっと空も秋めいてくる。でも、台風が近いので空も写真のように、高いところの秋めいた雲と、台風の余波のような重たい低い雲と同居している。

去年の今頃の空。


カリンの木は公園の隅にある。ここへ入居の前、まだ、公園まで楽々と行ける体力があった訳で。
元気な時の自分を思い出すのがだんだん辛くなってくるので、忘れよう。今月末で緊急事態宣言も終るので、来月は散歩くらいは自由に行ける筈。
でも、通院がまた忙しくなるし、せっかくの解除一日目の10月1日は、台風の再接近する日になってしまった。どーせ人生は旨くいかないもの。休日は外も人が多いし、ノーマスクならどれだけ歩けるのか、の「実験」は延期になりそうだ。

もう少し生きやう富士に初冠雪  KUMI
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真紅の林檎と葡萄色の葡萄

2021年09月27日 | 俳句
天気 曇のち一時晴

写真は、昨日、整体治療の帰路に駅の構内の地元野菜の店で買った友禅菊。もう満開近かったが、先週、蕾ばかりのものを買ったら殆ど咲かなかったので。

葡萄と林檎の話。

写真は以前に撮った「甲斐路」という葡萄。葡萄の季節の最後に出回る、皮ごと食べられる葡萄だ。色からして甲州葡萄系なのだろうが、とても甘いので酸っぱすぎる果物は苦手な私の好物だった。でも今は、いちばん売れる葡萄はシャインマスカットなのだそうだ。値段は高いのに売れ筋は一番、ということで、大人気だった巨峰を抜いたと新聞に書かれていた。
葡萄色の葡萄より、緑色の葡萄の方が一番人気になったというのは、人生長く生きている者には、何だかねえ・・という気持。ちなみに、「葡萄色」は広辞苑にも載っている。

こちらは、同じ店で昨日買った林檎。


とにかくその赤さが、とっても目立った。写真よりも本物の方が赤い。林檎の名前は忘れたが、紅玉よりも小さい。無論、林檎はこのあたりでは作っていないので、長野産、と書いてあった。齧れるように無農薬栽培なので皮ごと食べてください、と。
小さな林檎は、なかなか売っていない。紅玉はジャムを作るのによく買ったけれど、申し訳ないが食べるには(私にとって)酸っぱすぎる。店員に訊いたら「甘いですよ、皮ごと食べられますし」と。
試しに1個だけ買ってみた。今朝、食事前に半分だけ食べてみた。齧るのはさすがに歯に自信がないのでちょっと・・自前の歯を欠いてしまったら困る。

美味しかった。酸味がほどほどで、とても甘くて、おまけに芯が写真のように少ない。

ここへ入居したのは去年の秋の終わり。今頃のことは知らないが、蜜柑の最盛期にも温州蜜柑さえ出なかったので、自分で買うしかない。10月になれば一応今までの外出禁止令はお終いになりそうなので、果物くらいは自由に買いに行けそうだ。せめて、大好きな柿は食べたい。

ぴかぴかの真紅のりんご信濃産  KUMI  
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会いたい人たち

2021年09月26日 | 俳句
天気 曇一時雨
秋の空気になった。曇天で気温が上がらないだけの、陰鬱な空ではあったけれど。
写真は昨日の続き。午後からは、整体治療へ。先週久々に行って劇的に頚椎の痛み・重みが改善したので、今日はもっと改善するかも・・と期待したが、そうそう快癒する訳はない。日曜の隣駅の駅周辺は、若い人たちで溢れていた。もう、緊急事態なんてどこにも影すらない。

最近は、たまには買う・・という程度の月刊の俳句誌に、年4回、付録の「俳句手帖」がついている。それを持って吟行に・・という目的で作られていて、句の書きこめる手帳部分だけではなく、季語と例句もあり便利だ。といって、私はそれを持ってお出かけはしたことはない。いかにも「私、俳句してます」と解ってしまうのがどうにも・・。別に悪いことはしていないのに、俳句してます、を宣伝はしたくない。私の愛用は3冊100円の小さなメモ帳と、少し大きいメモ帳を持っているだけ。
午前中、その「俳句手帖」を何気なく開いてみたら、例句に結社の句会の仲間の名が目に飛び込んできた。
  歩み入る月の畳の光かな  ミツ子
結社では古い先輩だが、彼女は俳人として名を上げている訳ではない。あら~と思い頁を繰ると
 稲穂の香検問所には若き兵  正子
彼女は、今も(といっても私はコロナ以来出ていない)吟行句会の仲間。
・・というよりは、句会の中心になっている俳人。
もっとあるかも・・と手帖の終わりにある「季寄せ」を見ると
 身にしむや掏摸(すり)の少女の眼の光  里美

 生きてある限りを同志敬老日  杏子(主宰)

 流灯やこの世の波にゆれながら  幸雄
 
 街道へ桂離宮の木の実降る  志う
彼女は京都の人。秩父での鍛錬吟行にもいらして、私よりずっと年上が、今も元気だ。ホテルで同室になったのが懐かしい。
などなど。この手帖の編集協力には、やはり同じ結社の俳人の名があった。なるほど、と思ったけれど、いつも熱心に読んだりしないものをひと月遅れで読み、懐かしい日々に遭遇出来た。


もう、机の上でしか恃みに出来なくなった俳句の世界。それでも、細々と繋がっている気分になれた。

長き夜や旅の句会は酔ひながら   KUMI 
コメント (6)
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