KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

散歩道の花

2020年05月31日 | お散歩写真
天気 晴のち曇

昨日の続きの写真。
湧水の道に面して市の資料館となった元農家の長屋門の建物とか、カフェもあるが、まだ休業中だった。明日から開くのかも。
資料館の地続きの大きな家の門に、毎年薔薇が咲く。もう花が終わってしまったかと思っていたら、まだ綺麗に咲いていた。公園の入り口の薔薇も綺麗だった。


繍線菊(シモツケ)も咲き始めていた。これからたくさん咲く。


まだまだバラ園も咲いているのだろうか・・と、毎年吟行で行っていたバラ園のことを思った。今年はもう行けそうにない。では来年・・と思っても、私に元気な来年が来るかどうかは解らない。
見るものみな、見納めかも・・と思いたくなる。


休園中の昭和記念公園は、明日から開園するそうだ。ポピーのあとの季節に行くことはあまりなかったので、下の写真は6年前の5月、ポピーの丘へ行ったときの日本庭園の写真。


新しいカメラにしてからはこの時期に行ったことがない。開園を待っていた高齢者が、どっと押し寄せるかもしれない。でも園内は広いので、私は人のあまり通らない道をよく知っておりますよ、ウフフ。マスクして歩くのは辛いから、外せる道を選べば良いのです。
何とか元気を振り絞って行ってみよう・・と思っても、もう梅雨前線が近づいてきている。今日もこちらは外れてくれたものの大雨の雲が通ったようで、そのせいか目まいがひどくなっている。

薔薇咲かせ江戸の頃より大地主  KUMI
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緑蔭 

2020年05月30日 | お散歩写真
天気 晴

午後には暑くなり雷雨がくるかも・・という予報なので、私にしては早めに散歩に出てみた。公園ではなく、谷戸道の方を選び、体調が良ければ今日はお寺さんの方まで行こう、と思って。歩き始めると、目まいも気にならない。引き返すつもりの公園を通り過ぎて、友人と花見に行ったコースへ出た。旧武蔵国分寺のあったところ。


ここまで来たのは、花見以来のことかもしれない。人はあまり居ないし、緑蔭に坐っていると暑さも感じなくて、私には快適な気温だ。古木の里桜の実がかなり熟れていた。


黒くなると食べられなくはない・・ちょっと苦いけれど。
講堂跡の草地は、このコロナ騒ぎで市の作業も控えているから草が伸び放題だ。ニワゼキショウがあちこちに咲いている。なぜか白ばかり。


お寺(現在の武蔵国分寺)まで行こうとすると、広場の端に中学生が集まっていた。というかスマホで集合をかけていたのだろう、どんどん増えていく。近くを通るオジサンたちはマスク姿なのに、誰もマスクをしていない。


怖いです。カッコ悪くてマスクなんかしていられねえ、ということなのだと思うけれど。密着密集、のモデルみたいな・・ 多分、一人だけマスクしていたら「何怖がってんだよ」と笑われるのだろう。そういうお年頃。
おいねえ子供らだなあ・・と独り言が出てしまいそうになる。最近は夫に嫌われた実家の方言がスラスラ出てくる。その方が気持の表現が出来るのだ。
来週から学校も始まるらしいので、学校では厳しく言われるだろう。でも学校から離れるとこんなものなのですよ、先生。

境内には、山紫陽花の一種の甘茶の花が咲いていた。


とっても小さな額紫陽花の一種で、この葉っぱも、花祭の甘茶になるとか。でも甘茶は今、この花ではなく「甘茶蔓」から作る、と聞いたことがある。
以前は毎年お詣りしていた花祭も、この数年は行く余裕がなかった。今年は中止だったようだ。そんなことまで思い出してしまった。お釈迦様さえ出番を失う・・コロナめ!

湧水の道を歩いていると、前の方に居た小学生が「ショウリョウバッタだ!」と菖蒲の前で立ち止まった。彼らが去ったあと、葉っぱを覗くと居ました。


ちょっと早すぎないかしらん?季語は秋ですよ。もっとも、夏になれば出てくるバッタ。子供の頃はキチキチバッタ、と言っていた。キチキチと鳴くし。

多摩川の流れの始まりの一つ、名水百選のハケ(崖)の湧水も久々に見た。水量はあまり多くない。梅雨になれば増えていくのだろう。


子供連れのグループがにぎやかに流れに足を浸したり。お父さんたちはマスクしていない。厭ですねえ、自粛警察の気持になって、マスクしない人が気になるなんて・・と思うけれど、隣の市の病院からのクラスターのせいなのか、昨日は我が市の感染者が一人増えていた。
自分で自分を守るしかない高齢者のことも考えて~ と言いたくなるくらい、マスクなしの働き盛りの人たちが今日は多かった。土曜日でもあるし、自粛解除になったのだからせめて家の周りくらいはもういいだろう、とマスクを外すようになったのだろうか。
ハケの急な階段をはぁはぁ上り、公園に出て家まで7000歩弱のお散歩。写真撮りながら、休みながらとはいえ今の私にしては頑張った。

源流のそのみなもとの泉かな  KUMI
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欠陥急須で新茶

2020年05月29日 | 俳句
天気 晴

一昨日新茶が届いたのでさっそく淹れようとして、たまには急須を使おう・・と。
この急須、5年前に最後の長距離ドライブで夫に縁ある福島へ行ったとき、2泊した飯坂温泉の旅館で買ったもの。くり抜きで出来ていて一人用にはちょうど良い。私は、左利きではないのにどうしても左手を使ってしまうことが幾つかある。その一つがお茶とか珈琲を淹れる時。
なので、取っ手が横に付いている一般的な急須は右利き用に出来ているので、この急須のような形か、蔓のついたものでないと使い勝手が良くない。宿の売店で気に入って買ったのだが・・ これ、欠陥商品でした。
蓋に穴がないので、蓋をしたまま注ぐとお湯が胴体へ廻ってこぼれてしまう。蓋を外して使わねばならない。ということで、滅多に使わなかった。
でも、普段使っている急須は大きいので一人用にはちょっと・・なのだ。昼食でお茶をがぶ飲みする時はまだしも、おやつにちょっと新茶を・・という時は大きすぎる。
折角の思い出の品、使わねば損なので、お茶が蒸れたところで蓋を外して・・何とも風情のない欠陥商品だ。

二人とて家族は家族新茶汲む  KUMI

去年の句。結社誌にも主宰が選んでくれた。この句を作ったときは、もう夫の余命は解っていたので、来年は一人で飲むのだろう、と覚悟して作った句なので感慨深い。

そろそろ梅雨前線も近づいたし、今日が晴天の最後かも・・という予報。洗濯機を2回まわして、銀行へ固定資産税を払いに行ったら、もう昼になっていた。
今日は少しは体調も良い。さて、届いていた10万円の給付金の申請書も作ってしまおう、と開封してみる。


面倒、とか、書き間違いしやすい、とか言われていた書類、別に面倒は何もなかった。個人の情報はすでに印刷してあるし。必要な書類のコピーも家のプリンターのコピー機能で作れる。あとはサインして印鑑を押すだけ。自分の名前は間違えません。10分で終わってしまった。
私は年金が減った訳ではないけれど、身内にはコロナ禍で苦労している者も居る。何かの役に立てば良い。どうせ、国の借金で支払われるものなのだ。借金の国債買うのも税金からなのだし。
一昨年、引き継いだ亡姉の資産を処分して、収入はたいしたことがないのに、びっくりするような国税・地方税を払わされた。その恨みがまだ残っている。庶民の金の恨みは怖いですよ。

新茶汲むひとりの朝の静けさに   KUMI
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気が緩んだけれど

2020年05月28日 | 俳句
天気 曇がち午後雷雨

病院の脳神経内科へ行く日。毎期の定期通院になってしまった。一ヶ月前の新緑は、もう夏木立。脳は何でもなかったけれど、前回、年配のドクターに「もう、一生目まいと付き合う覚悟でいます」と言ったら「寂しいことを言わないで。少し考えましょう」と、見放さなかったのだ。頚椎が原因、と解っても治療方法はなし。血流を良くすることで改善策を、ということらしい。
病院の家から近い入り口は3月から入れない。封鎖されていて警備の職員が立っていて、正面からは写真が撮れないので斜め前から。


感染症の疑いの患者は裏へ廻る。私が12月に救急搬送されたERがその受付になっているのだ。地元医師会によるPCR検査も裏庭で始まった、と張り紙があった。
外来受付は熱を測ったりものものしい警戒なのだが、予約患者を少なくしているらしく、外来患者はあまり混み合っていない。なので受け付けるとすぐに呼び出し機が鳴ってしまい・・慌てた。
血液検査の結果、リウマチの怖れのある検査値がかなり高いのだという。初めて見る検査項目、正常値の数倍になっていた。自覚症状はないし、身内にそんな病気の人も居ないし、何だか良く解らない。でも、専門科で診てもらうことになった。今日、という訳にはいかず来週になる。病気の数がまた増える?もういいよ・・

と思いつつ、帰路はバスで駅まで出て、久しぶりに百均の店へ。不要不急、と思い我慢していたモノがあったのだ。句帳替わりのメモ帳と、流し台の汚れ落とし。なくても暮らせるし別のもので代用は出来るけれど、なくなると気になるもの。
そして、昼食は、ずっとテイクアウトしていたカフェで、今日は店内で食べることにした。
ちょうど入り口のそばの席が空き、そこなら密閉状態にならないし・・と。これが、気の緩み、というものですねえ、きっと。


ちょっとした「緩み生活」をして帰宅したら、東隣の市内の病院で院内クラスターが・・というニュース。あらまあ、大変なこと。駅で言えば三つ先になるが、おなじJRの沿線だ。感染病棟は多分ない病院だと思うので、何が原因なのか・・私が考えることではないけれど。このあたりは感染者がずっと増えていないので、感染するのは東京も区内のこと、と思っていたのに。
やっぱり、気を緩められないのがこのウィルスの存在なのだ。頚椎の治療に整体院通いを復活させようと思ったのも、又、やめておいた方が良いようだ。どうなるの?私。

眠気吹き飛ぶ雷鳴の一撃に  KUMI
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新しい生活習慣

2020年05月27日 | 俳句
天気 晴

写真は、ご近所のサツキと紫陽花。様々な花を咲かせているお宅で、いつも楽しませてもらっている。塀の外から無断で写真を撮っているが、今日は奥様がちょうど手入れをしていたので「写真、撮らせていただきます」と断った。


紫陽花が咲き揃うと、個人のお宅としてはこれも見事だ。もっとも、紫陽花はわが家の周りにもたくさん咲くのでこのお宅を頼らなくても写真は撮れる。

もう紫陽花の季節・・一年前はこんなに目まいと闘う必要もなかったのに・・と思ってしまう。昨日は、前線の通る天気のせいもあったのだろう、今朝は大分良くなっていてほっとした。が・・午後になると又、首が痛くなる。ということで、出かける用事は昼前に済ませることにした。用事、といっても小さな買い物があってスーパーへ行っただけ。散歩に行く元気なぞない。

緊急事態は解除されても、暮らし方は一年前には戻らない。一年前には考えられなかった「新しい生活習慣」で当分は暮らさねばならないのだ。当分・・といっても何年になるやら。
夏なのにマスク。手洗いは当たり前だが、ソーシャルディタンス、とやらで人には近づかない。施設や公園が開かれても、どこへ行ってもウィルスに常に気配りが必要。すれ違う人は無症状感染者と思え。
これでは、元気になってもちっとも楽しめない、ということだ。自粛の家籠りをしていた方が楽かもしれない・・でも、こんなに体調悪くなる日が多くては、一人でこの夏を越せるのかしらん? 今日はとっても後ろ向きになった日だった。
などと、考えると、コロナ鬱になりそうだ。明日は病院の通院日。少しは体調の回復の知恵を貰えれば良いけれど。

マスクも、10万円の給付金の申請書も届いた。異常な時代になっている、と実感させられた。

木洩れ日に汗のマスクを外しけり  KUMI

・・マスク、は冬の季語。考えた末、「汗」を付ければ今の時代だけに通用する夏のマスクの句になるのでは、と。
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