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しゃくしゃくしゃく...。
犬丸が、瓶詰からメンマを一本ずつ取り出しては、丁寧に咀嚼している。
きゅるっ。
一本食べるごとに、キチンとふたを閉めている。最近発売されたばかりの、桃屋の穂先メンマやわらぎであった。
「あーあ、何もなくなっちまったなあ...」
男4人で生活していたアパートの部屋には、荷物が殆どなくなっていた。居間の隅に、梱包された犬丸の持ち物が積み上げられているだけだ。
部屋には隼人と優、その先輩である川崎と犬丸がいた。
犬丸以外の3人は、それぞれ隣町の国分寺に引っ越しを済ませてあった。犬丸だけは東京の生活に見切りをつけ、田舎に帰ることになったのだ。
しゃくしゃく、きゅるっ。
「しっかし、男だけでよく暮らしたよなあ...」
川崎がキャビンに火をつけ、しみじみと言った。
「一時期はもっとたくさんいたんですよ、男ばっかり5人も6人も!」優が全員の顔を見回し、畳にひっくり返って屁を放った。
確かに、
「なんか面白そうだから、オレも一緒に住む!」
といって共同生活に無理矢理参加してきた男もおり、ある時期は狭いアパート内に男ばかりがうごめいていたこともあったのだ。
「異常な生活でありました」
「まあ、何にしてもや、終わりはあっけねえよなあ...」川崎はまたしみじみといった。
「犬丸、俺らのことは心配すんな。隼人がいいアパート見つけたからな」
「いいアパート? あれが?」優がすわと起き上がった。
「トイレ共同だし、風呂もないんですよ。今時、四畳半の部屋なんですよ!」
「バカ野郎、いいんだよ安ければ...」
「男はな、一度は四畳半に住まねばならないのだ!」隼人が力強く言った。しかし勢いで言ってるだけで何の根拠もない。
しゃくしゃくしゃく、きゅるっ。
しゃくしゃくしゃく、きゅるっ。
しゃくしゃくしゃく...。
「あのさあ!」川崎が突然、口調を変えた。
「おめえ、いちいち食うたびにフタを閉めんなよ。女々しいやつだな」
「しょうがねえべ、食器をしまっちゃったんだから取り皿がないのっ」犬丸が反論する。
「そういうこといってるんじゃねえよ。いちいち箸で一本ずつ食って、いちいちフタ閉めんなっていってんだよ」
「ちゃんとフタ閉めないと乾いちゃうでしょっ」
「あーっ、見ててイライラするっ!」
「ま、まあまあ先輩」
しゃくしゃくしゃく、きゅるっ。
「それ、美味いんですか」傍観していた隼人が訊いた。
「ああ、これは美味いよねえ。たまんないよ」
しゃくしゃく、きゅるっ。
「うーっ! おめえのそういうところが、俺を苛立たせるんだ!」
川崎は激してきた。キャビンを吸うスピードが速まった。
「ま、まあまあ。夫婦でもないんだし。へへへ」優がなだめる。
「バカ野郎っ、夫婦でたまるか!」
「俺に当たらないでくださいよう」
川崎、隼人、優の3人は、部屋こそ別だが、みな同じアパートに引っ越したのだった。
共同生活を解散すると決まってから、隼人がたまたま見つけてきた激安物件に(月額1万8000円である)、他の2人も安易に決めてしまったのだ。
「先輩、これからはちゃんと自分の城を持てるんですからね。もうイライラすること、ないですからね」
「おう、お前ら。これからは気安く俺の部屋に来んじゃねえぞいいな」
川崎はまだ苛立っている。
しかし、3人が引っ越したばかりのアパートは、これ以上はないというほどの安普請だった。試しに壁にドライバーを突き立てたら、隣の部屋に突き抜けてしまったほどである。
これでは、自分の城も何もあったものではない。
結局、桜町荘を出てからも、このメンバーは“へっぽこ三人組”として過ごしていくことに、まだ誰一人として気づいているものはいなかった。