缶詰blog

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桃屋®ザーサイ(桜町荘セレナーデ)

2005-06-30 15:29:49 | 連載もの 桜町荘セレナーデ

cans

「分かりはじめたmy revolution、明日を乱すこ~とさ~♪」
 川崎が軽やかに口ずさみながら、共同便所から出てきた。優の部屋に入ってきて、畳にどっかりと腰を下ろす。
「便所、すっげえ臭いなあ!」
「俺は用を足しているあいだは口で息をしてます。匂いを嗅がないようにです」隼人が妙に丁寧な説明をした。
「優は何時に帰ってくんの?」
「遅くなるって、言ってました」
「ふうん」
 川崎と隼人が、優の部屋にいるわけだ。部屋の持ち主は、まだ帰ってきてなかった。
 武蔵小金井での共同生活を解散し、3人は国分寺のアパートに引っ越していた。
 家賃は1万8000円だった。風呂はなくトイレは共同。窓には網戸さえ付いていないという極貧アパートである。
 さて、こうして一人暮らしを始めてみると、毎食キチンと飯を炊いているのは優であることが分かった。
 だから川崎も隼人も、飯の時分には優の部屋に集まって一緒に食べることが多かった。
 優は毎月、実家から米をたっぷりと送ってもらっていたのである。
 しかし、この日。
 2人は優がいない部屋に上がり込み、勝手に飯を食べようとしている。
 優は2人が食べに来るものだから、常に炊飯器一杯に飯を炊いていた。
 大らかな性格なのか、2人に文句をいうことはなかったのだ。
「あれ、今日は飯が少ねえな」川崎が炊飯器を開けて点検している。
「2合しか炊いてねえよ、あいつ」
「俺たちが食ったら、なくなりますね」
「しょうがねえよな、少ないんだから」
「しょうがないですねえ」
「まったく、あいづはしょうがない奴だ...」川崎は呟きながら自分の部屋に戻って、茶碗と箸、瓶詰をひとつ持ってきた。
 この場合の“しょうがない”とは、炊いた本人が食べられなくてもしょうがないという意味なのである。

cans

「これで飯食おうぜ」
「それはナンですか」
「バカ野郎、ザーサイだよ。知らないのか」
「食ったことないなあ」隼人も自分の部屋に戻り、茶碗と箸を持ってきた。
 隼人の部屋はすぐ隣である。川崎の部屋は強烈な臭気を放つ共同お便所の向こうであった。
「さて、食いますか」
「優君、いただきまーす!」
「おっ、このザーサイって美味いっすね」
「だろだろ!」
 カラーボックスに置いてあった優のなめ茸、ごはんですよなどの瓶詰も拝借し、2人は2合の飯をあっという間に平らげてしまった。
 キャビンに火をつけながら、川崎がコーヒーを淹れるように隼人に命じる。無論、それも優のネスカフェである。
「あれ、コーヒーが残り少ないですよ」
「ったくあいづは! コーヒーくらい買っておけよなっ!」川崎は鼻腔から大量の紫煙を排出しながら叫んだ。

 さて、数時間後のこと。
 アルバイトを終えて腹ぺこで帰宅した優は、部屋に入って空っぽの炊飯器を発見することになる。
 さらに畳には、黒いつぶつぶが付着しており、足の裏でねばついた。川崎が意味もなくネスカフェの瓶を振り回したため、中身が飛び散ったのだ。
 2人は掃除などせずに退去している。
「ナンだよナンだよこれは!」
と、優が絶叫したのかどうか。
 今となっては本人にしか分からないことだが。
 いや、ひどい話しもあるものだ。 



 昭和60年4月、国分寺にて つづく
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