先日電話で本があるから来てほしいという依頼。遠くではなし、ご高齢だし「100冊以上はある」ということだったので出かけました。「さあさあどうぞこちらに用意しています」というので見て「あれれ!?」缶飲料の函が三つ。100冊もあるのかなあ、と思いつつ中を取り出してみると、見覚えの本がちらほら! なんと我が家の100円均一、あるいは特価本が約半数。ほかも今風の経済や政治の「流行り本」ばかり。50冊もあるのかい?この方は以前韓国に駐在していてずっと以前に買い受けた際はそれなりの「踏める」本があったのでこの度もいくらか期待して出かけたのだが全くのOUT! 時々均一を見ていらしたのは覚えているけれど、それを丁寧に値段を消して保存してあったとは!しかもそれをまた「本があります、買って下さい」という。 「百均と特価は我が店の処分品であってわざわざ買い入れるものではない、よってこれらの品は評価できません、どうぞそちらで処分なさってください」と。 「値段はいいです、いくらでもいいですよ、持って行ってもらえば」という表情にはありありと不満が見え本心は決してそうではなく「なんで買わないのか?」という意思がうかがえる。
以前から均一と特価の台をやめようかと思ってはいるのだけれど、3日も4日もだれも店に入ってこない現状であり、なおかつ100円あるいはプラスという本は本当にたくさんあって、全く捨てるには忍びないという事情。しかし百均のお客さんで店の中の棚に目を配る人は30人中一人くらいかな、逆に店に入ってきてまず丹念に見てくださる方々は百均など全く目もくれない。 百均を出しているからこそそんな店と思われ、その本をまた「売れる・買い戻す」と思われていることが如実に分かった次第。大いに考えさせられたことでした。 大牟田の人はなぜ店の中の棚の本を見てくれないのでしょうか。