またしても「失敗の本質」の実際版である。
2019年発行なので 我店で手にするものとしては比較的新しい。
もとより戦前の機械・工作機・動く道具に関心があるので、入手してあまり間を置かずに目を通した(「読んだ」とは言い切れない) 15年戦争から、ことに太平洋戦争に至るいろいろな事象について輩は以前から度考えてついでいる。
よくもまあこんないい加減な偏狭な情報、身勝手な解釈・思い入れで戦争を始めたものだとこの手の本・研究などに接するごとに心底から怒りを感じ心の芯から冷たくなっていく。
中支の戦線で「日本製のトラックに当たると助からない、フォード・GMのトラックに当たると「助かった」と感じた」という記事を以前に読んでいた。
一方で日本の飛行機で液冷エンジンがものにならなかった理由の一つにシャフトがヤワというのがあって、トラックも未舗装の悪路で重荷重で使うとシャフトが折れる、という事も書かれていた。日本は性能の良い「鍛造機」がアメリカ製で1台しかなかった(以前ある書物で知ったけれど記録しておかなかったので詳細は書けない)。輸入しようにもすでに禁止されていて入手不可、軍が同様の物を作れといっても全くできなかった。この液冷エンジンが日本で作れないのをドイツの技術者は理解できず不思議がっていたそうであるが、ドイツにはこのクラスの鍛造機はいたるところにあったのだ。ほかにもドイツ、あるいは欧米に比べて「近代戦」に対応できない化学工業・機械工作のレベルだった。
これらのことは技術者が書いた戦時中の話にはいくらでも出てくる。
「零戦」「疾風」超大型潜水艦、あるいは大和・武蔵、等、個々には当時としては傑出した「単品」は作れたけれど、戦争とはそんなことでやれるものではない。
この書によれば、日本のトラックも戦後米軍がテストしてみたところそんなに性能は悪くないという評価だったそうである。同じようなことが航空機でもあって二式大艇・疾風等当時の水準をしのぐ「製品」であったが、燃料・油・部品・整備体制、さらに運転・操縦者などが全く追いついておらず本来の性能を発揮できなかったことは知られている。いかに良い道具でも与えさえすればすぐに全能力を発揮できるというものではない。そこを全く理解できず精神論で乗り切ろうというのだからあきれたことであるが、では今日その反省は如何!?
日本軍は日清日露の戦争・戦闘の仕方から全く進歩しないままだった。輜重・兵站を馬に頼っていたことでもわかる。
過去のことを考えるのは未来を見るためだ、という事だが こと「戦争・戦闘」に関しては 今の日本は80年前と全く同じに感じられる。いまだに「巨砲・大艦」主義だと言って差し支えないと思う。戦前のように「打って出る」ことは考えなくとも「防衛」のためになすべきことは沢山ある。
北と中共のミサイルが脅威ならまず作るべきは「防空壕」 海上自衛隊の整備基地は丘の上から丸見え、何を積み込んだか、どこを改修したかなんでもわかってしまう。航空基地も数が少ない、陸・海・空の縄張り根性はかわっておらず、分散させておかないと危なく一気に潰されるというのに相互互換がなされていない、またその時周辺の住民をどう守るというのだろうか。等々。
UA・Marineの下請けの空母まがいを作るよりも、トマホーク・オスプレイを買うよりも、AAV7を配備する(たった数台で何ができるのか)よりも 「防衛」のためになすべきことは沢山ある。ナゼ1945年8月15日・9月2日を迎えなければならなかったのか 真剣な反省と「楽観的・希望的」ではない政治展望があるべきではないかと。