

海保著「ミスに強くなる」中央労働災害防止協会新書
0海保 リレー連載; ヒューマンエラーを事故につなげないための心理安全工学
○第5回 注意管理不全とヒューマンエラーと事故防止
注意不足とエラー、事故との関係はよく知られている。しかし、単なる注意の不足だけで事を済ましてしまっては事の本質を見逃すことになる。注意の特性を踏まえた注意管理の方策を考える必要がある。
●注意をきちんと管理していなかったから----注意管理不全
失敗の中で、不当なくらいに責められるのは、「たるみ」によるものである。「たるみ事故」という言葉さえある。
たるみとは、注意を注いで仕事すべきときに、十分な、あるいは適切な注意を注がないことである。具体的には次の2つ。
・ぼんやり---注意の全般的な低下
・あきる---注意の時間的劣化
「ぼんやり」も「あきる」も、ごく自然な現象である。それだけに、誰もが自分で管理できそうなものだが、なかなか難しい。休憩を入れたり、バックグラウンド・ミュージックなどによる注意活性化の手段を取り入れることが必要である。 なお、たるみではないが、その他に注意の不適切な配分による失敗として、次の2つがよく知られている。
・慌てる---注意の配分遅れ
・とらわれ---注意の固着
いずれも、うっかりミスをしやすい。ミスが失敗に直結する場では厳禁である。
****クイズ5-1「うっかりミスを体験する」 次の作業をできるだけ速くやってみよ。 (1)「お」あるいは「類」と文字をできるだけ速くたくさん書いてみよ。 (2)「A」から順に、アルファベットの読みをひらがなで書いてみよ。 ************* (1)の作業をやると、ついうっかり「あ」を書いてしまわなかったであろうか。書字スリップと呼ばれる現象で、東北大学の仁平義明教授によって見つけられてものである。 (2)の作業をやると、ついアルファベットを書いてしまったり、カタカナを書いてしまったりしたはずである。 いずれも、通常はやらないことをやるように指示されたため、その作業をしている裏でもう一つの作業が暗黙裏に進行していて、それが、注意管理が十分になされない隙をねらって、表面に出てきたものである。
頭のなかで2つの仕事が葛藤する(認知的葛藤を起こす)ような場合には、注意がよほどきちんと向けられていないと、ミスが起こってしまう。 クイズのような作業では、単純作業を急いでやらせる---あわてさせる---、いつもとはまったく違った作業をさせることで、あえて「きんちと」注意が管理できないような状況を作り出しているである。
たるみが人の注意の本性であるにもかかわらず---というより、それだからこそというべきか---それによる失敗は文句なく責められる。そして、ひたすら謝ることになる。 たるみが人の本性といったが、それを示す現象には事欠かない。たとえば、行為のマクロ化。 慣れないときは、一つ一つの行為をPDS(計画-実行-評価)サイクルに従ってきちんと時間をかけて意識的にやっていたのに、慣れるに従って、下のほうのPDSサイクルはどんどん上のPDSサイクルにまとめてしまい(マクロ化してしまい)、結果として、10の意識的な注意努力を3に減らしてしまう。結果として心理的には楽になる。
車の運転を考えてみてほしい。初心者段階での運転後のあの疲れ。熟達するにつれて、運転後の疲れは、ほどよい快感にさえなるくらいに減少する。注意努力が不要だからである。 行為のマクロ化はしばしば失敗につながる。マクロ化された一連の行為を何か拍子で一部飛ばしてしまったにもかかわらず、そのことに気がつかないで、事故になっていまった。 信号の指さし呼称による確認作業。確認の作業そのものがマクロ化してしまっていて、一つ一つの行為がきちんと意識化されない。信号の確認をしたつもりで実は、ついうっかり(確認エラー)というようなケースである。
あるいは、習慣的動作の自動化。
朝起きて歯を磨き、髭をそり、----といった一連の動作を意識的にやっていては身がもたない。あたかも自動機械がやってくれているかのように進むからこその毎日の習慣的動作である。ここでは、注意努力はまったく不要である。 ここでも、子どもが突然泣き出して習慣的な一連の動作が中断され、歯磨きまでしてあとのひげそりはついうっかり忘れてしまった(省略エラー)というようなことが起こる。 たるみの欲求(?)は、しかし、創造的な工夫につながる。文明の歴史は、見方によっては、なんとか怠けたい、楽をしたいという強い欲求が作り出してきたとも言える。 問題は、そこに自分のたるみが失敗という形で人に迷惑や損害を与えるリスク(危険性)を、構造的に抱え込んでいることにある。 かくして、あることをするときに、どれくらいのリスクがあるか(リスク・テーキング)を考えながらするということも必要になる。誰もが保険屋というわけである。 しんどいことであるが、人生そのものが綱渡りと達観するしかない。 ところで、たるみが人の本性であるだけに、失敗の原因としてたるみを挙げるのが一番わかりやすいし納得されやすい。失敗の当事者でも「あなたのたるみが原因」と言われれば、そうかなーと思ってしまう。 しかし、それが、しばしば、より重要な本当の原因を見えなくしてしまうこともあるので、要注意である。
いずれにしても、たるみが人の本性だとすると、それによる失敗は起こって当たり前という前提で、その本性を踏まえた状況管理や環境の設計をすることが肝心となる。