第1章 ミスを防ぐ見えの世界を設計する
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1.1 見えるようにする
●見えないためにミス
●見られる状況に思いをはせる
●動きながら見る
●動くと見えてくる
●動きながら見られる表示を工夫する
1ー2)意味を見えやすくする
●意味が見えるとは
●まとめる
●違いだけを際立たせる
●それが何であるかをわからせる
●たとえる
●見えるものが現実と一致するようにする
1−3) 見た目をよくする
●感性をつくり出すのもの
●見て気持ちがよくなるようにする
ヒヤリハットの心理学(2)
「危険表示は見やすくわかりやすく」
章扉
「表示の2W1Hはミス予防のかなめ」
「心で見ないと見えないものが世の中にはたくさんあるのよ。まーそれがわかるまでには、10年はかかるな。」
概要********************
物を見たり聞いたりといった5感ベースの知覚機能はほとんど自動的に働いている。それだけに意識的なメタ認知による自己管理は難しい。
しかし、見誤り、見落としといった知覚機能に起因するミスは少なくない。その多くは、情報の発信側での知覚機能の働きについての無理解に起因している。ここでは、人の視覚特性に限定した情報環境、特に表示の最適設計を中心に考えてみる。
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1.1 見えるようにする
●見えないためにミス
見るものが、暗がりにあったり、小さかったりすれば、見落される。こんな当然のことが忘れられてしまうことがある。
たとえば、昼夜間で作業が行なわれるとき、昼間はよく見える危険表示も、夜間になると見えにくくなり、見落としてしまって事故というような例。
あるいは、文字の大きさも、見る距離(視角)によって、その心理的な大きさが変わることを知らなかったため、表示の見落しエラーによる事故というような例。
図1ー1 視角の計算。上下の線の間にある垂直物の大きさは、目には同じ大きさになる。 別添すみ
こうした状況依存性は、視覚機能の大きな特徴の一つである。したがって、どんな状況でものが見られるのかに思いが及ばないと、せっかくの表示も役に立たないことになってしまう。
●見られる状況に思いをはせる
視認性を考える時には、ともすると、文字や絵など見せたいものだけの視認性を考えがちである。大きく目立つようにすれば、それで事足れりと考えがちである。
しかし、見せたいものをどんな状況で見せるのかによって、見え方は大きく左右される。
図1−2は、錯視である。それ単独で提示されれば、正しく見えるのに、周囲にある図形が悪さをしてしまう。
図1−2 錯視のさまざま 別添 すみ
色彩豊かな町中での表示なら、原色よりも、かえって白黒のほうが、目を引き付けるし(誘目性が高い)、よく見える(視認性も高い)。
あるいは、至近距離から見るなら、あまり大き過ぎる表示は全体が一目では見えなくなってしまう。
どんな状況で見せるかをあらかじめ想定してみること、可能なら、現場に行って状況を確認をしてみるのが良い。
●動きながら見る
現場での状況に思いをはせる時にとりわけ留意する必要があるのは、静止した状態よりも歩いたり車に乗ったりしながら見られるという状況である。
動きながらの見えでは、普段はほとんど意識しないが、次の適切な動きを支援するための情報の取り込みが行なわれている。たとえば、坂道、カーブ、障害物なども、そのことを教えてくれる自然の手がかりが豊富にあって、それを見ることで次の行動を調整している。
見知らぬところを暗がり時に歩くと、次の行動の予測に役立つ視覚的な手がかりが貧弱になってはじめて、このことがよくわかる。
樹木が繁り、太陽が輝いている自然の環境では、次の行動の予測を支える手がかりが豊富にあるので、行動があまりはずれることはないが、人工的な環境では、突然、段差が出てきたり、急カーブになったりすることがある。これが、つまずいたり、ぶつかったりのミスにつながる。
●動くと見えてくる
何らかの意図があって動くと、その意図の実現を助けるものが見えてきて、自然に意図にかなった行為をするようなことがある。こうした行為を誘う仕掛けをアフォーダンス(affordance)と呼ぶ。フォーダンスのある人工的な環境を用意すれば、ミスも起こらない。
たとえば、ドアのノブ。多くは、回して引く行為をアフォードする。むろん、そうでもないノブがいくらでもあって、そんな時には、あれこれとやってみて正解を見つけることになるが、これは、適切な行為を阿フォードしていないことになる。
あるいは、道路上でみかける各種の白線。このおかげで、スピード感や曲がり具合が自然にわかり、アクセルやハンドル操作を適切なものにできる。
アフォーダンスとまではいかないまでも、バリーアフリーの考えの中に、動きながらの安全を支援する情報環境の設計のヒントがある。
○マルチモーダルな手がかりを提供する
たとえば、視覚が不自由な人には、触覚や聴覚の手がかりを提供する。
○急な変化がないようにする
たとえば、段差や90度カーブがないようにする。
○急な変化は目立たせる
たとえば、階段の端には色をつける。
例1−1 直角での見えを最適化する 公共建築のコピー済み
●動きながら見られる表示を工夫する
欄干の1本1本にはばらばらに色が付いているのだが、車で走りながら脇から見ると、一枚の絵になっているのをみかけることがある。動きながら見られることに配慮した見事な趣向である。これに似た趣向の広告が、地下鉄で試みられたこともある。
一方、新幹線では、通過する駅名はまず読み取れない。こんなところでこそ、試みてほしい趣向なのだが。
なお、少しずつ違う情報を時間的に融合して一つの絵として見せるのは、人間の情報処理モデルで言うなら、感覚情報貯蔵庫の働きによっている。映画で、少しずつ違う静止画を1秒間に24枚のスピードで見せると動きを見ることができるのも、この働きによっている。
図1ー3 人間の情報処理のマクロモデル(このモデルは本書の随所で出てくることになる。ここでは、とりあえず、見るだけでよい) PPTすみ
人工的な環境では、道路の予告信号、案内表示、危険表示などのように、なんらかのシグナル、サイン、シンボルによって動きの予測を支援することが必要となるのだが、それ自体もまた、動きながら見えるようにする工夫が必要となる。
たとえば、高速道路の案内では、複雑な漢字は簡略化することがある。これによって遠くから高速でも読み取れるようになる。あるいは、一度では読みとれないことを想定して、一定距離を置いてもう一度見せることもある。
1ー2)意味を見えやすくする
●意味が見えるとは
空腹の人が、目の前の柿を見逃すことはないが、満腹の人にとっては、レストランのネオンサインは単なる照明の一つに過ぎない。あるいは、迷い込んでしまった暗がりの森の中では、突然目の前に見えた大きな岩石は恐ろしい熊に見えてしまう。
欲求が視覚に影響を与えるこうした見えを力動的知覚と呼ぶ。 視覚に限らず5感は、単なる情報の取り込みをしているのではない。外界にあふれる情報から、その時その場で「意味」のある情報だけを抽出しているである。「意味」のない情報はフィルターにかけられて排除されるようになっている。
ここで、「意味」とは、「その時その場でその人が生きるのに役立つ情報」くらいの意味にとっておいてもらえばよい。
案内表示、危険表示なども、その「意味」が一目見て抽出できるように設計されていなければ、その効果も半減してしまう。以下、そんな観点から、表示に限定して、その効果的な設計指針を考えてみることにする。
●まとめるーー意味をわからせる指針その1
似たもの(類似)、近くにあるもの(近接)、囲まれているもの(閉合)、対称なもの(対称)、連続したもの(良き連続)は、一つのまとまり(ゲシュタルト)として知覚される。
この視覚特性は、表示のレイアウトを設計するときに有効である。
大事なことは一つ。意味的なまとまりが見た目のまとまりと一致するようにレイアウトすることである。電話番号でも、「19113572468」では「意味」が見えないが、「191ー1357ー2468」なら少し意味が見える。さらに、数字列が差が2の数列になっていることがわかれば、さらに高次の「意味」が抽出できたことになる。
例1−2 ゲシュタルト原理を応用した掲示例 ppt すみ
●違いだけを際立たせるーー意味をわからせる指針その2
たとえば、男女のトイレの場所の案内表示。
これも実にいろいろある。あごひげの絵と唇の絵、スカートとズボン、ピンクと青などなど。それだけを単独で見せられたら何のことわからないが、しかるべき場所で両者を同時に見ることができれば、弁別はできる。これが、違いだけを際立たせた例である。
選択枝が2つしかない状況では、とりあえずは違いだけがすぐに弁別できるようにすればよい。
もう一つ例を挙げておく。
文字形の「人」と「入」、「土」と「士」は、字の全体の形(概形)が似ているので、混同されがちである。ちなみに、漢字には、こうしたわずかな違いで別字になるものが実に多い。「矢ー失」「困ー因」「考ー孝」「折ー析」「末−未」「排ー挑」などなど。
表示に漢字を使うような時には、類字の有無にも留意する必要がある。
数字では読み取りミスは決定的な事態に至ってしまうことが多いので、さらなる工夫が必要となる。たとえば、
「3と5」「6と8」「1と7」「7と9」「0とo(英文字のオー)」
●それが何であるかをわからせるーー意味をわからせる指針その3
違いがわかるのを弁別、それが何であるかがわかるのが識別である。
トイレの男女の弁別のように、状況のおかげで弁別即識別となることもあるが、識別には、弁別情報に加えて、さらに情報が必要となる。
その情報の一つが、概形情報、つまり、マクロな情報である。目を細めると、細部が見えなくなってだいたいの形が見えてくる、あるいは、遠くからぼんやり見えるもの、概形情報とは、そのだいたいの形、ぼんやり見えるものである。こういう情報成分を低周波成分という。
字画の多い漢字は、文字の詳細成分よりは概形のほうが識別に寄与している。中国における漢字の簡略化も、そのあたりを考慮したものが多い。
もう一つの識別情報は、示差的特徴である。
たとえば、似顔絵で似た顔を描く時に(その絵が誰の顔かがわかる時に)、概形で似せるものと、目鼻などの特徴を強調して似せるものとがある。後者の特徴が、示差的特徴と呼ばれている。
示差的特徴は、文字や絵の識別でも大事な情報を担っているので、案内表示や危険表示などのように、一目でわかってもらいたいような場合には、それだけを強調するようなこともある。
例1−2 示差的特徴だけを強調したポスターの例
例1ー3 たとえることでインパクトを与えるポスターの例
**2枚を並べて
●たとえるーー意味をわからせる指針その4
例1ー3のポスターをみてほしい。
一点に集中することの大切さを、魚の大群の動きになぞらえて(たとえて)表現したいる秀逸なポスターである。
たとえは、このように、大切なところ(「意味」)をぱっとわからせてしまうことができるので、うまく使えば非常に効果的である。
ここで、「うまく使う」とは、相手がそれがたとえであることがわかり、伝えたいことが何であるかがわかることである。「ソレチノクのようなもの」とたとえられても、どうにもならない。たとえには、意外とこうしたものがある。パズルや広告表現ならともかく、ミスを防ぐ現場にはふさわしくない。
●見えるものが現実と一致するようにするーー意味をわからせる指針その5
地図や建物の配置図を首を傾けて見たりした経験はなかったであろうか。あるいは、地図を上下逆さまにして見たことはなかったであろうか。
地図や表示の空間配置と目の前の現実とを頭の中で一致させるために、こうした面倒なことをしたのである。
頭の中でイメージを回転する(メンタルローテーションする)ことはできるが、かなりの認知的な資源(注意と知識)を費やすことになる。そんなことをさせるのは不親切というものである。
表示と現実とのこうした空間イメージの不一致を同型性違反と呼んでおく。イメージ処理が求められる状況では、同型性違反は見る人に無駄な認知的コストを費やさせることになる。
1階 化粧品
2階 女性用衣類 プラントのイラスト 車のイラスト
3階 紳士用衣類 (プラントのほうを小さく)
4階 文具書籍
例1−4 現実の空間イメージとが一致してない表示の例
1−3) 見た目をよくする
●感性をつくり出すのもの
そこには自分を貶めるリスクがあることを本能的に知っているからであろうか、汚いものは見たくないし、近づきたくないと思うのが人のさがである。
逆に、美しいもの、快をもたらしてくれるものには、近づきたくなる。
こうした感情を伴う瞬間的な情報処理を感性情報処理と呼ぶが、感覚情報貯蔵庫が、こうした処理に深くかかわっている。それが、図1−2の3貯蔵庫モデルの図上段に示した情報処理の流れである。
知覚には、こうした感性的な要素が微妙に影響している。
内容的に立派なポスターを作っても、感性的評価に耐えないものでは、見てもらえない。3B(Beauty,Beast,Baby)を使えばまず最低限はクリアできるが、いつもそれだけは、あきられてしまう(感性を刺激しない)。
●見て気持ちがよくなるようにする
たとえば、危険表示でもそれが汚れていたり、下手な文字で書かれていれば、見るのもいやとなる。
作業現場などは黙っていれば汚れる。汚れの中にミスの種が隠蔽されてしまい、何かのときにそれが顕在化して事故が起こってしまう。
作業環境にも働く人の感性に配慮するようなこともあってよい。3K(きたない、きつい、きけん)をもって職場の勲章とするような雰囲気は安全上も非常に良くない。
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「ヒヤリハットの心理学(2)
「危険表示は見やすくわかりやすく」
1 イラスト案
2 シャベルカーにはってある「危険」表示がなぜ危険なのかをよくみようと近づいたら、「近づくと危険」とかかれていて、シャベルが突然回転してきてびっくりしてあとずさり
5
●解説」
1995年に製造物責任法(PL;prodact liability)が施行された波及効果だと思いますが、危険が存在するところでは、ともかくその旨の表示をするようにはなってきました。あまり多すぎて、どれが本当に危険なのかわからなくなってしまうようなケースさえあります。
また、「危険表示はしました。あとはあなたの自己責任です」とでも言いたいかのような、おざなりな表示も、しばしば見かけます。
今回の事例のように、表示する側も、慣れっこになってしまってか、危険表示はしたものの、その効果には無頓着というようなケースもあります。
表示だけで確保できる安全はたかが知れていますが、とりあえずの対策としては、それなりの効果はありますから、後述するような有効な表示をするように心がける必要はあります。
その上で、危険度が高いところでは、入れないようにする(ロックアウト)、行為を意識化してもらえるようにする(フールプルーフ)などの安全工学上の配慮をすることになります。この事例のような場合は、人が近づけないような柵を設けて作業をするのが王道です。
●類似ケース
○夕方うす暗くなり、危険表示がみえにくく、危うく、段差につまずきそうになった。
○高速で走っていたため表示があるのはわかったが充分に読み取れなかった。事故車が突然前方見えてにひやりとした。
●対策「危険表示をするときに、どんなことに気をつければよいのでしょうか」
効果的な表示をする際の留意点には3つあります。
1)目立たせる
周囲との対比をつけることが第一です。原色を使ったり、大きくしたりして目につくようにします。さらに、掲示する場所にも配慮する必要がありますし、時折、表示内容を変えることも有効です。
2)危険の程度を示す
たとえば、取扱説明書などでは、「危険(danger)」「警告(warning)」「注意(caution)」によって危険性の度合いを文字や色で区別しています。
3)内容をわかりやすくする(理解容易性)
表示する内容は、2W1H(what,why,how)が原則です。たとえば、「危険、可燃性、火に近づけるな」となります。2W1Hの何を目立たせるかは、状況によります。
●自己チェック「あなたの”表示への関心度”は?」******
自分に「最もあてはまるときを”3”」「まったく当てはまらないときを”1”」と
して3段階で判定してください。
1)各種の表示はよく見たり読んだりするようにしている( )
2)表示上の約束事はだいたい知っている( )
3)危険表示があるところでは慎重に行動している( )
4)自分のために各種の表示を作ることがある( )
5)表示の見にくさやわかりやすさが気になる( )
*10点以上なら、表示への関心度が高いほうです。
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