4章 感情をコントロールする 18P
4ー1)その時、その場での感情をコントロールする
●感情は注意に影響する
●とっさの感情はいろいろの形で出現する
●とっさの感情は生き残りためのセンサー
●過ぎたるはなお及ばざるが如し
●あわてない
●パニックに対応する
4−2)ストレスに強くなる感情コントロール
●ストレスはミスを発生しやすくする
●ストレスをやわらげる
●感情をメタ認知し適切に表現する
●チーム全体のやる気を高める
4ー3)ミスによる心のダメージを癒す
●ミスをした人を癒す
●起こってしまったミスには寛容に
●ミスによって被害を受けた人を癒す
ヒヤリハットの心理学(5)
「気持ちが高ぶっているときは、気持ちを鎮めてから仕事をする」
章扉****
「気持ちは注意の調節弁」
「気持ちが高ぶっているから休ませてくれだと! そんなもの、仕事に熱中すればおさまってしまう。」
概要*********************
強い感情あるいは不安定な感情は、注意を経由して認知活動に微妙な影響を及ぼし、ひいてはミスを引き起こすことになる。だからといって、ロボットのごとき無感情生活をすすめるわけにはいかない。感情あってこその人間だからである。感情の特性を踏まえた感情コントロールの方策を身につけて、ミスに強くなるしかない。
*******
4ー1)その時、その場での感情をコントロールする
●感情は注意に影響する
気分がのらないときは仕事もしたくない、考えるのも面倒。こんなときは、ミスも起こりやすい。
一方、うれしいこと、楽しいことがあるときは、仕事も順調、頭も身体もスムーズに動く。もっとも、あまり舞い上がってしまうと、仕事が雑になり、これまたミスにつながってしまう。
このように、感情が行為や認知に密接に関係していることは経験的にはよく知られている。
その関係の仕方は、図2ー4に示されているように、
「感情--->注意--->行為/認知」
という経路が仮定されている。ここで、感情の乱れは、それ自体に注意を引きつけてしまうので、仕事のほうに払うべき注意が少なくなってしまって、うっかりミスを誘うことになる。
うっかりミスには、集中できなかったためにやるべきことをしなかった(実行ミス)、他のことに気をとられて手順を一つ飛ばしてしまった(省略ミス)、飽きがきたので、いいかげんにやってしまった(達成度不充分ミス)などなど。
もちろん、こうした注意管理不全によるうっかりミスのすべてが感情に起因するわけではない。メタ認知不全に起因することも多いことは、すでに述べた。
この事を前提に、まず最初に、とっさの事態での感情(情動)コントロールの話、ついで次節では、時間が経過してやや穏やかになった状態(気分)での感情コントロールの話、最後に、ミスによって傷ついた心の癒しの話をしてみる。
●とっさの感情はいろいろの形で出現する
ところで、感情は、心、顔、行動、生理の4つの領域でほど同時になんらかの変化を起こす。
図4ー1 基本感情とその表出 別添すみ
「心の主観的体験」
まず、感情は心の主観的な体験としてあらわれる。喜怒哀楽と言うように、基本的な感情体験があるし、さらに、それぞれ強弱もある。ミスを誘発しやすいのは、強い感情状態、それもどちらかと言うと強いネガティブな感情状態の時である。感情をいかに穏やかな状態に戻すからが、ミス防止の上では大事になる。
「顔の表情」
感情は顔の表情としても出現する。そのあらわれ方は、心の主観的な体験とほぼ一致している。うれしい時はうれしいなりの、悲しい時はかなしいなりの表情をする。それによって、周囲にメッセージを送っているのである。それを受けとめてやる周囲の配慮がミス防止になる。
「行動」
感情に駆動される行動は、感情を引き起こしたものに向かっていったり逃げたり(接近対回避)、感情をオープンに表現したりじっと閉じこめてしまったり(開放対自閉)、攻撃したり防御したりなどなど多彩である。
とりわけ、ネガティブな対人感情(喧嘩、妬み、軽蔑など)に駆動されてこうした行動を起こす時には、チームの作業の妨害要因、さらにはミスを誘発することにもなるので、要注意である。
「生理」
感情は、自律神経系を通して生理的な変化をもたらすが、それは、表情ほどには、感情の内容に特異的ではないらしい。各種の生理的指標も、興奮対弛緩の区別ができる程度であるが、今後、脳科学の進歩によって、さらに細かいことがわかってくるかもしれない。生理的変化をモニタリングして見えるようにしたりすることで、ミスを未然に防ぐ仕掛けがすでに、車などでは実用化されようとしている。今後に大いに期待したい。
●とっさの感情は生き残りためのセンサー
やや大げさな言い方になるが、とっさに起こる感情(情動)は生き残りのためのセンサー的な役割を担っている。
危ないものがあれば、恐怖感からとっさに逃げる。自分に快を与えてくれるものがあれば、それを手に入れようとして接近する。
したがって、感情のおもむくままに行動することは、その時、その場での生き残り戦略としては有効である。
とはいっても、こうしたセンサーとしての感情の役割は、狩猟採取時代のなごりであって、人類の長い進化の過程で、序々にその役割は小さくなってきている。
それでも、時折、長年にわたり同じ環境の中にいると、「あれ?何か変だぞー」というようなことがある。いわば、危険の察知力とも言うにふさわしい力が知らず知らずのうちに身に付いてくるのであろう。
ベテランに期待する能力の一つがこれであるが、最近では、ベテランをどんどん現場からいなくなってしまう傾向が加速している。さらに、現場の変化も激しいらしい。今日の設備、環境が1年たつとあとかたもなく新しくなっているようなことがあちこちで起こっている。
いずれも、安全にとっては、非常に望ましくないことは言うまでもない。
●過ぎたるはなお及ばざるが如し
感情には強弱がある。とっさの感情は、強いのが特徴である。
うれしくてうれしくて舞い上がってしまうこともある。逆に、悲しみのどん底に落ち込んでしまうこともある。さらに、びっくり仰天ということもある。
図4ー2 感情はポジティブとネガティブの間を行ったり来たり
pptすみ
快をもたらすポジティブ感情しても、不快をもたらすネガティブ感情にしても、感情があまりに強すぎると、感情そのものに注意のほとんどがとられてしまって、仕事のほうに割く注意がどうしても不足してしまう。それがミスを誘発してしまう。
強い感情状態、とりわけネガティブな感情が強くなった時は、仕事の現場から一時的に離れのがよい。強い感情状態はそれほど長くは続かないので、感情が治まってきたら現場に復帰するとよい。
感情を沈静化するちょっとした工夫も知っておくとよいかもしれない。
・深呼吸、脱力をする
・感情を大声を出して発散する
・感情状態を実況中継するような感じで(メタ認知を働かせて)言語 化する
●あわてない
あわてると危ないことは、小学生くらいから知ってはいるはずなのだが、ついあわててしまってミスというケースは実によく発生してしまう。
あわてるのは、現実の進行速度に追いつけそうにないかもしれないことを悟った瞬間から始まる、感情の乱れを伴い行為である。
朝寝坊して遅刻しそうな時。お客に急いでと催促された時など。これが注意管理不全をもたらし、頭の働きや行為を攪乱してしまう。
あわてている状態は、頭の中もパニック状態に近くなっている。
注意レベルはかなり高くはなっているのだが、それが、遅れを取り戻すことだけに集中してしまい、他のことに注意が配分できなくなってしまう。過剰集中による認知狭窄(きょうさく)の状態である。かくして、こんなことが起こる。
まず、適切な状況判断ができなくなる。ホームに止まっていた電車にあわてて乗ったら、反対方向だったとなる。
さらに、心のほうが身体より先に行ってしまう。急ごうとして階段で転ぶ。電話で支離滅裂なことをしゃべってしまう。
あわて事故を、あわてている本人が一人で未然に防いだり、事故対応をすることはあまり期待できない。
したがって、それぞれの状況で発生が予測されるあわて事故を防ぐ安全工学的な手立てや表示はきちんとしておく必要はある。電車への駆け込み防止策やその危険性の表示や警告のように。
しかし、あわてるような状況を作らない自己努力はできる。
特に、あわて事故を起こす頻度の高い人は、時間に遅れそうな状況や仕事が間に合わない状況をみずから作り出してしまっていることが多い。時間管理の点検をしてみる必要がある。
さらに、あわてそうになったなら、その時点ではまだ、自覚できる機会はあるので、あわてるようなことにならないように、考え方を変える、というより、開き直ることもあってよい。
時間に遅れそうになったら、遅れてもどうということはない、あるいは、遅れた時にどうすればよいかを考えてみる。
それでもあわてざるをえない時には、「あわてるな!」「あわてるな!」と呪文を唱えながらあわててみる。筆者の限られた経験であるが、呪文(言葉)が感情の沈静化と行動調整になっているらしく、ミスが減るようだ。
●パニックに対応する
とっさの感情の中でもやっかいなのが、パニックである。
危険度の高い事態が急速に押し寄せてきて強い恐怖にかられると、目が点、頭真っ白の状態になる。
こうしたパニック事態で自分の身を守るなら、迅速にその場を離れればよい。
問題は、パニック状態で何らかの仕事、たとえば、救急措置を施したり、お客の避難誘導などの緊急対応をしなければならないような時である。
いつもは何の苦労もなくできることが、出来ない。状況認識も狭小化してしまう。
こうしたことにならないためには、まずは、パニック耐性をつけることがある。パニックになってしまうと困る事態を何度も体験して馴れておくのが一番であるが、普通の人が実地での体験ができる機会は限られている。
序章で紹介したが、仮想現実の技術を使った疑似体験をしてもらうための施設があるので利用するとよい。地震を体験させてくれる起震車や厳しい風雨を体験させてくれる気象体験館など、最近は、仮想現実の技術も進化したので、あちこちに趣向をこらしたものがある。インターネットで簡単に見つことができるので、隙なおりに出かけてみるとよい。
パニック対応のもう一つの方策は、手順をシンプルに1枚程度の文書にしておくことである。これができる事態は限定されているが、パニックによる認知機能の低下を外から補うことができる。
パニック対応の最後にして最強の方策は、チーム力を活用することである。一人では対処できなくとも、仲間がいれば、なんとかなる。声を出し合い、リーダーの指令のもとでチーム力を発揮することになる。
4−2)ストレスに強くなる感情コントロール
●ストレスはミスを発生しやすくする
ここまでは、状況に駆動されて瞬間的に発生する感情(情動)のコントロールの話をしてきた。
ここからは、時間が経過してやや穏やかになった感情(気分)のコントロールについて考えてみる。「時間がそれを軽減し和らげてくれないような悲しみは一つもない」(キケロ)のである。
しかし、和らげられても、それがゼロになることはない。澱(おり)のように心の底に沈澱して時折悪さをする。それがストレスである。
ストレスはなぜミスを引き起こすのであろうか。
一番のポイントは、ストレスが注意の選択、配分(集中),持続を乱すことにある。
ストレス状態は、その時その場での感情(情動)ほどには、ストレス感情そのものに注意を引き付けることはないのだが、全体的に注意の自己管理を不適切なものにしてしまう。なんとなくやる気がしない」「いつものようには能率があがらない」「仕事が終わっても達成感がない」という状態をもたらしてしまう。
こんな状態がミスに直結してしまうことは言うなでもない。
悪いことに、ストレス状態では、メタ認知が好ましくない方向へかなり強力に働くので、たいしたミスでなくとも、自責の念、つまり自分が悪かったとの思いが強くなる。これがさらに、ストレスをもたらす。感情のネガティブ・スパイラルの始まりである。
●ストレスをやわらげる
ストレスとは、弱いネガティブ感情が持続する状態である。善玉と悪玉とがあるのでやっかいものである。
合格できないかもしれない不安感は、勉強へ駆り立てる。この不安感は善玉ストレスである。競争とか納期もそれが適度であれば善玉ストレスとなり、仕事には好ましい影響をもたす。ミスをおかす可能性も低まる。
これも、しかし、善玉ではあっても、ストレスであることに変わりはない。あまりに強かったり長期間続くと心がやられる。休息の自己管理が必要である。
悪玉ストレスは、ミスの発生にもろに関係する。
とりあえずの方策としては、心の健康自己チェックリストなどによる自己診断を活用して、自分の心の健康についての内省を深める必要がある。総合的な診断結果よりも、一つ一つの項目をチェックしながらのメタ認知による内省のほうが大事である。
インターネットで検索してみると、たくさんのストレスチェックリストが公開されている。信頼のおけそうなものを選んで、気楽にチェックしてみるとよい。いろいろ比較してみるとどれが信頼できそうかもわかってくるはずである。
表4ー1 ストレス自己チェックリスト(厚生労働省)<ー入手できれば
ただ、その結果がかえってストレスを高めてしまうこともあるので、あくまで「気楽に」、もっと言うならーー作成者には叱られるかもしれないがーー「遊ぶ感覚で」やってみるくらいのほうがよい。
なお、ストレスに対処する時の方略(コーピング・ストラテジー)として知られているのは、次の3つ。
○問題焦点型 ストレスをもたらす状況を冷静に分析して、その解決 に積極的に立ち向かう
○感情焦点型 感情の混乱を、ポジティブ思考、気晴らしなどでとり あえずなだめる
○問題回避型 休暇などによって、ストレス事態からしばらく離れる
自分で対処できないほどのストレスが続く時は、カウンセリングを活用することになる。最近、その必要性が広く認識されるようになり、カウンセリング制度も整備され、産業カウンセラーや臨床心理士の養成も急ピッチでなされるようになったきた。
参考までに、カウンウンセリグの要諦としてよく知られている3つの心がまえをあげておく。もし、仲間や部下がストレスに悩んでいるようであれば、役立つかもしれない。
○相手を受け入れる(受容)
相手の悩みを受け止めて、共感できる ことを示す。
○相手の悩みに耳を傾ける(傾聴)
相手の悩みを要約したり、言い 換えたりして、悩みの内容を つ かむ。これはひるがえって、相手も、 みずからの悩みを 自覚できるようになる。
○解決策のレパートリーを示す(選択肢の提案)
基本は、みずか らの判断で解決に乗り出せることである。そ れが無理そうな時には、 解決策をいくつか呈示して選択させる こともある。大事なことは、指示しないで、相手の自覚的選択を待 つことである。
●感情をメタ認知し適切に表現する
自分の感情状態を知って、それにふさわしい行動をとったり、あるいは、気晴らしなどの方法によって、その感情状態から抜け出る努力をしたりするのは、ごく普通におこなわれている。
外から感情状態を知るには、顔の表情と行動が手がかりになる。みずから知るには、心拍や手汗などの生理状態が有力な手がかりになるが、鏡を使えば、表情も自分で見ることができる。ある職場で、大きな鏡が入り口にあったのも、そんな鏡の自己認識効果をねらっているのであろう。
感情を知るもう一つの有効な方策がある。それは、メタ認知を使うことである。
感情状態は、極端に強い感情状態でない限り、ある程度はメタ認知ができる。そして、その状態を言葉として表現することもできる。
そして、自分の感情状態を言葉で表現できれば、あるいは表現しようと努力するだけでも---感情の知性化---、感情が穏やかになる。
感情の自己管理はまず感情の自覚にありである。
さらに、その困った感情が何に原因するのかにも思いをはせてみる。
自分なのか、家族なのか、仕事なのか、仲間なのか、上司なのか、世の中一般なのかなどなど。
由来がわかれば、対処方略も見つかる。ストレス状態にならなくとも済むかもしれない。
ストレスの原因が対人関係にあることが多いので、その具体的な対処方略について一言。
その基本は、自分の不快な感情を相手にきちんと伝えることである。その伝え方のハーツーのいくつか。
1)対面して言葉ではっきりと気持ちを表現する
最近はメールでなんでもやりとりしてしまうが、感情表現にはメールは不適である。なぜなら、感情表現には、言葉以外の表情やジェスチャーなどのパラ言語が重要だからである。相手の顔を見ながら、はっきりと言葉で話すことで、本当の感情も表現できる。
もう一つ、対面で感情を伝えることの大事さは、対面ならその場でのやりとりで感情そのものを発散したり、変えたりできる。メールで「嫌い」と打っても、返事が返ってくるまで時間がかかる。その間に、感情のほうはどんどん一人歩きしてしまう。「ちょっとした嫌い」が「本当の嫌い」になってしまう。
2)私/自分表現をする
感情表現は、相手への攻撃的な言説になりがちです。それを、「相手の何々が、自分の気持ちをどうした」という表現にする。
・「なんで連絡してくれなかったの」ではなく、「連絡がなくて、私は 不安だった」
・「SF映画なんかよく見るね」ではなく、「自分はSFは好きになれない ので、一緒にはいけない。」
3)why表現、how表現を心がける
自分の気持ちはこうで(what表現)、なぜこうなのか(why表現)、どうすればよいのか(how表現)をきちんと話す。「あなたには会いたくありません(what)。あなたへの気持ちが整理できません(why)。時間をおけば会えるかもしれません(how)。」
●チーム全体のやる気を高める
やや話がそれるが、チームで仕事をすることが多いと思うので、ここでチーム全体の感情管理を考える鍵概念とも言える、モラールについて一言。
モラール(志気)とは、チーム全体のやる気である。
モラールが高ければ、メンバーそれぞれが気持ちよく仕事ができて、しかも、遂行レベルも高くなる。さらに、ミスも減る。
モラールを高める方策は次の4つ。
・仕事の目標設定に全員が参加できる
・自分の役割がわかる
・仕事に使命感が持てる
・仕事の進捗に自分が貢献している感覚(自己効力感)を持てる
ただ、高すぎるモラール---日本の組織は集団としてのまとまり(
凝集性)が高いので、そうなりがちなのだが---も、注意の過剰集中と似て、状況の変化や目標の妥当性チェックに必要な複眼的な視点を取らせなくなることもある。
日常の仕事をするチームや組織は、戦闘する軍隊とは違う。適度かつ良質のモラールこそふさわしい。
4ー3)ミスによる心のダメージを癒す
●ミスをした人を癒す
ミスはおかそうとしておかすわけではない。不本意ながらおかしてしまうのがミスである。
「自分の本意ならず」なのだからいたしかたないと開き直って堂々としていられる人は、しかし、稀である。稀であるが、そうできる人もいる。なぜかについては、3ー3)の認知療法のところをもう一度、読み直してほしい。
しかし、多くの人は、ミスをおかしてしまった自分を責めに責めて、落ち込んでしまう。後悔し、自責の念にかられ、自分の無能感にさいなまれ、仕事へのモラールも低下してしまう。それに追い打ちをかけるのが、周囲からの冷たい視線である。
そんな状態から回復するには、どうしたらよいのであろうか。
●起こってしまったミスには寛容に
研究開発の現場では、研究初期などには、なんでも挑戦してどんどんミスをしてもよいことになっている。
しかし、作業現場ではそうはいかない。ミスはしないに越したことはない。ただ、起こってしまったミスについては、当事者にいくら厳しく当たっても、得るところは少ない。
むしろ、なぜミスが起こったのかに目を向けて、次のミスが発生しないような対策を考えたほうが生産的である。
そのためには、まずは、起こってしまったミスに対しては、寛容になる必要がある。そうでないと、フロント・エンドにいた人から、ミス防止に役立つ情報を得ることが難しくなるからである。
さらに、原因追及の目を、過去に、状況にと向けてみる。そこには、単純ではない因果連鎖のネットワークがあるはずである。そして、その中に、決定的な要因が見つかるはずである。それを取り除けば、次のミスを防止できる。
●ミスによって被害を受けた人を癒す
大きな事故や災害が起こると、きまって、心のケアーの話が出てくるようになった。それはそれで結構なことである。
また犯罪でも、加害者の人権擁護ばかりが表に出てきてしまい、被害者のほうの人権にはまったくと言ってよいくらい無頓着、無政策のままでここまできたのだから、驚きである。
それはさておくとしても、被害者の物的、身体的な被害はもとより、心のダメージも気になる。
よく知られるようになったのは、PTSD(post traumatic
disorder;心的外傷後ストレス)であろう。被害にあった場面が、突然、強い恐怖感とともに記憶に蘇ってきて(フラッシュバック)、精神的に不安定になってしまう。
時間が解決するようところもある。さらに、家族、仲間、近隣の中にも自然の癒し力がある。それで解決できれば一番である。
とりわけ、被害者グループに加入して思いを理解しあい、場合によっては対処方法を教えてもらうのもよい。ひとりではつらくと仲間がいれば癒されるし、力にもなるからである。
こうしたことが期待できない時や、症状がひどいケースでは、精神科を受診するか、カウンセラーの助けを求めることになる。
ヒヤリハットの心理学(5)
「気持ちが高ぶっているときは、気持ちを鎮めてから仕事をする」
事例 イラスト作成お願い
朝出掛けに、家で夫婦ゲンカしてかっかしたまま車の運転。あやうく事故。気持ちかっか、みれども見えず、自転車に直前まで気がつかず急ブレーキ
(車の運転をしながら、頭の中で妻をどなっているところに、自転車が走ってくるのをみて急ブレーキ)
●解説」
ケンカをすると、興奮します。今はやりの言葉を使うなら、気持ちがキレます。こうなると、自分で自分をコントロールすることもできなくなります。思わず暴力行為をしてしまうことさえあります。
それはそれでいろいろの問題がありますが、今問題にしたいのは、そのあとのことです。ケンカしたあとの興奮状態のまま、車の運転など注意の適切な管理を要求される仕事をするとミスが起こってしまいます。
なぜなら、強い興奮状態は、注意を興奮状態そのもののほうに奪ってしまって、運転などの仕事のほうへの注意を減らすことになるからです。
●類似ケース
○課長に強く叱責され頭にきてしまった。そのあとすぐに計算の仕事をしたが、計算ミスばかりだった。
○作業の手順をめぐって言い合いになってしまった。気持ちが治まる間もなく仕事に入ったら、金槌で手を打ってしまった。
●対策「興奮してしまったら、どうしたらよいですか」
興奮状態が一概に危険につながるわけではありません。
適度の興奮は、仕事をする上では必要です。「活を入れる」のも、最適水準の興奮状態を作り出すためです。
問題は、ケンカのような興奮のしすぎです。
興奮し過ぎると、注意エネルギーが、興奮そのもの(生理状態や行動など)、あるいは興奮を引き起こしたもの(ケンカの対象や理由など)のほうに多くとられてしまって、仕事のほうに注ぐ分がなくなってしまいます。かくして、注意が足りない状態で仕事をすることになり、ミスを発生することになります。
したがって、現場ではケンカまがいの争いや強い叱責は厳禁です。
そのような状況が発生してしまったら、現場からの一時的な離脱や休憩を強制的に入れるようにするのが良いと思います。興奮は時間とともに減衰します。興奮させるものが見えなくなれば、その減衰速度は速まります。
どれくらいの時間かは一概には言えませんが、15分あたりが一つのメドではないでしょうか。一人になれて、顔でも洗えるような
部屋でもあればなお良いと思います。
●自己チェック「あなたの”怒りやすさ”は?」
自分に「最もあてはまるときを”3”」「まったくあてはまらないときを”1”」として判定してください。
1)叱られるとすぐに頭にくるほうだ( )
2)怒るとすぐに声や表情に出る( )
3)喜怒哀楽がはげしいほうだ( )
4)怒ってしまったことを後悔することが多い( )
5)まがったことが大嫌い( )
*10点以上は、怒りやすいほうということになります。