ヒューマンエラーを防ぐためのマニュアル作り
----認知心理学からの提案----
「概要」--------------------------------------------------------------------------------
ヒューマンエラーを防ぐための仕掛けの一つとして、マニュアル(仕事の手順書)を位置づけたとき、マニュアル作りではどんなことに配慮すればよいかを考えてみる。まず、ヒューマンエラーを、「使命ー”計画・実行・評価サイクル”」の枠組で分類して、それぞれのエラーを防ぐためのマニュアル作りの指針を、認知心理学の立場から提案してみる。
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はじめに----マニュアルの5つの役割
マニュアルには、仕事の手順書と、道具・器械の取扱説明書とがある。いずれも、次の5つの支援機能がある。なお、本講演では、手順書の意味である。
○操作支援 決められた操作が確実にできるようにする
○参照支援 必要な情報がどこにあるかを示す
○理解支援 操作の意味や目的がわかるようにする
○動機づけ支援 マニュアルを読んでみたいと思わせる
○学習・記憶支援 必要なことを覚えてもらったり、学んでもらう
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第1 使命ー「計画・実行・評価のサイクル」の枠組で多彩な
ヒューマンエラーを分類する
○やってはいけないことをしてしまう
「使命の取り違えエラー」
例 ノルマを達成するために手順を無視して効率化をはかってひやり
○勝手な思い込みをしてしまう
「思い込みエラー(ミステイク)」
例 モニターの警報が鳴った。いつもの警報の不具合と思い込んでいつもの操 作をしたが、圧力が限界点に達してしまいひやり。
○やるべきことをしない/余計なことをしてしまう
「うっかりミス」
例 同僚と話をしながら、機械操作をしていたら、あやうく機械に巻き込まれ そうになった。
○やるべきこと/やったことを確認しない
「確認ミス」
例 確認「行為」はしたものの、きちんとしなかったために、工具を置き忘れ てしまいひやり。
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第2 使命の取り違えをさせないためのマニュアル作り
人はエラー、事故を起こさないことを目標に生きているわけではない。安全という制約(上位の使命)の中で仕事上の目標を達成することになる。ところが、しばしば、仕事上の目標が安全の制約をはみ出てしまったり、両者が葛藤したりすることがある。それが事故を発生させることにもなる。
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指針1-1「使命(mission)を明確に書く」
指針1-2「そうする(how)のはなぜ(why)を書く」
*慣れると、whyは意識から消えてしまいがち
例 T社のミッション・ステートメントの例
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指針1-3「適度の具体表現で書く」
例 「安全第一」では抽象的、「手順書通りに」
指針1-4「目標の葛藤の発生を防ぐために、安全の下に仕事のミッションを書く」
例 「速く、確実に」は危険
第3 思い込みエラーをさせないためのマニュアル作り
状況の中にある顕著な手がかりだけに基づいて、その時その場で活性化している知識だけが使われてしまい、思い込みエラーを起こさせることがある。 とりわけ、即応を要求されたり、状況の激変のために、何が何やらわけがわからなくなってしまうような事態では、その時その場で目立つ限定された手がかりだけに基づいて駆動された知識だけを使って状況の解釈モデル(メンタルモデル)を構築しがちである。それが状況とのかかわりにふさわしくないとき思いこみエラーとなる。
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指針3-1「目標をわかりやすく先に書く」
例 大文字のTを逆さまに描いて、その上に三角形を描く
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指針3-2「妥当な状況認識を支援する書き方をする」
例 こういう時は(what)、こういうことだから(why)、こうする(how)
第4 うっかりミスをさせないためのマニュアル作り
うっかりミスのほとんどは、注意管理不全から起こる。人の注意資源には限界があるからである。また、注意資源の活用の仕方も、いつも適切であるとは限らないからである。注意管理のくせを知った上での最適化が必要となる。
指針4-1「マクロ化表現に注意」
例「フロッピーをセットしてください」はだめ
指針4-2「1文1動作で書く」
例 ppt 済み
指針4-3「操作の説明はビジュアル表現を使う」
例 適当な紙について、次の操作をしてください。
1)紙を半分に折ってください。 2)右隅をちぎってください。
3)もう一度、半分に折ってください。 4)また、右隅をちぎってください。
5)3と4を、もう一度くりかえす。 6)紙を広げる。
指針4-4「予想される危険、エラーは、あらかじめ書き、かつ、起こりそうなところにも書く」
第5 確認ミスをさせないためのマニュアル作り
エラーをおかすのは人間である限りしかたがない。とすれば、エラーをしたかどうかを確認して、事故につながらないようにすればよいということになります。
ところが困ったことに、確認という行為にも
○確認行為そのものを忘れる。とりわけ、確認行為が習慣化してしまっているときが怖い。ストーブの火を消したかどうかなどのように、実際にやったこととやったつもりとの区別ができなくなる(現実モニタリングの混乱)ことがある。
○確認そのものにミスが起こる
となると、確認忘れ、確認ミスは起こるという前提で、うっかりミスとおなじような仕掛けを作り込んでおくことをまず考えておく必要がある。
指針5-1「操作の結果を示す」
指針5-2「確認行為も、手順の一つに入れる」
例「指さし呼称で確認すること」
指針5-3「参照しやすくする」
例「目次、索引を充実させる」「本文中でも、メリハリをつける」
おわりに----マニュアルの理解支援機能を強化する
エラーを防ぐには、マニュアル通りにすることが最低限の要件となる。しかし、現実世界では、想定外の事が起こる。そのとき、「マニュアル通り」に固執すると、事態をさらに悪化させてしまうことがある。
それを防ぐためには、マニュアルに理解支援機能を作り込むことである。
・「いかに」に加えて、「なぜ」を書き込む
・知識の高度化をうながす情報を書き込む
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さらに、「想定外」を減らすための努力も必要となる。
・ベテラン、エキスパートがもっている暗黙の知識を可能な限り形式知化する
・マニュアルは現場で作る
***ppt すみ
海保のマニュアル関係の参考書
1)海保博之 2002「くたばれ、マニュアル! 書き手の錯覚、読み手の癇癪」新曜社
2)海保博之ら 1987「ユーザ・読み手の心をつかむ マニュアルの書き方」共立出版
海保のヒューマンエラー関係の参考書
1)海保博之・田辺文也 1996 「ワードマップ ヒューマン・エラー---誤りからみる人と社会の深層」新曜社 1900円
2)海保博之 1999 「人はなぜ誤るのか---ヒューマンエラーの光と影」 福村出版 1800円
3)海保博之 2001 「失敗を”まあいいか”とする心の訓練」小学館文庫 500円
4)海保博之 ○2002年1月より8回連続 「ヒューマンエラー防止のための心理安全工学」 「働く人の安全と健康」に所収 中央労働災害防止協会
○2003年1月より「ヒヤリハットの心理学」を「安全衛生のひろば」(中災防)に連載