前号繰越。
私のアパートには電話がなかった。携帯華盛りの今では想像もつかないことだが、大家のうちに電話が入ると、家族がわざわざ隣のアパートまで呼びに来るのである。ノックの音がしてドアを開けると、お・誰もいない。
「?」
「でんわだよ!ホリさん!」
5~6歳の大家の孫娘が、首を垂直に上げて知らせてくれる。そんなことが多かったから、マクドナルド採用の報せも、そのパターンで受け取ったのかもしれない。Iが言ったように、時給620円、夜10時から朝7時の開店までの実働8時間。一晩に5千円近く、一ヶ月に6~8回だから3~4万、遊興費として(笑)稼ぐ生活が始まった。
仕事の内容はこうだ。
・店内外の清掃(トイレ含む。汚物入れを始末するようになってから、女性に対する幻想は一切捨てた)。
・窓みがき(冬はつらい)。
・ダスター、と呼ばれる布巾の整理(お湯に浸したダスターを両手で絞り続け、手の皮が剥けたこともあった)。
・OJ、と呼ばれる(もうお気づきのようにマックには符牒が多い。マック、というのが既に最大の符牒だが)オレンジジュースの缶を開け、ジューサーに入れる。
・製氷機が作り出す半端じゃない量の氷の始末。
……これらの仕事を終夜一人で続けることで、同時に夜警の役目も果たしていた、というわけだ。まことに合理的。アメリカンスタイル。
このバイト、ぶっ倒れるほどハードというわけではないが、問題は眠気。開店時に早番のスタッフに店を渡し、さて大学へ、と思っても、朦朧とした頭がそれを許さず、体は真っ直ぐにアパートの布団に向かってしまう。
初手から高くなかった出席率がさらに低下し、たまに授業にでると「堀ぃ、久しぶり」と声をかけられる始末。一年程でこのバイトを辞めたのはその理由だったが、キツい、という認識がお互いあったからか、バイト仲間同士はメチャメチャ仲がよかった。以下次号。