「隠蔽捜査」は、オウム真理教信者による(と思われた)国松警察庁長官狙撃事件をモデルにしている。この事件は、当時オウムのテロが頻発していたので「また変なことをあいつらはやりやがって」と“自然に”受けとめたが、考えてみればとんでもない事件だ。
現職の警察官が、業界トップの長官を自宅マンション前で待ち伏せして狙撃しているのである。あ、現実には不起訴処分になっているので公的には犯人は不明なのだけれど。
しかしシリーズ2作目「果断~隠蔽捜査2」は、現実の方が小説を模倣した結果になった。先日の愛知県長久手町29時間籠城事件である。版元である新潮社は、この事件との類似性を指摘して宣伝したいのが見え見え(週刊新潮では“小社刊”の「果断」を、事件の記事のなかにしのびこませたりしていた)。しかしネタを割るようだが、小説の方は単純な籠城事件と思われたものが実は……という具合に展開していく。
ここで登場するのがSITとSAT。SITはSpecial Investigation Teamの略(実はSousa Ikka Tokusyuhanの略らしい)。全国の都道府県警察の刑事部捜査第一課におかれ、人質立てこもり事件などにおいて重装備で突入する。
SATはSpecial Assault Team(特殊急襲部隊)で、こちらは警備部に属する。その装備などには謎が多い。この二つの組織の連係が先日の事件ではうまく働かなかったようで、SATの隊員がひとり亡くなったのはご存じのとおり。今野敏は基本的に警察バンザイ系の作家だから、主人公竜崎の『果断』→SITとSATの突入指示を賞揚する。微妙なところだとは思うけどね。
今野はひたすら多作な作家なので、実はおすすめの警察小説はもっとある。わたしが好きなのは警視庁ベイエリア分署安積班シリーズ。どこがすばらしいかというと、主人公の安積警部補は、他人から見るとひたすら有能な刑事なのに、自身はそのことに意識的ではなく、中間管理職として部下の気持ちを推しはかれなくて(実はめちゃめちゃに慕われているんだけれど)ウロウロするあたり。そして、まことに意外な人物が名探偵に設定されているのだ。
おそらくは警察内部をかなりリサーチしてあるらしく、取り調べで“落ちた”容疑者は、身体中から水分が、特に例外なく鼻水が流れ出てくるなんて描写はリアルだ。
さて、警察内部からの情報をもとに描く、しかし今野とは反対に警察の暗部をえぐる作家も存在する。佐々木譲。以下次号。