美術方面には昏いものだから、山下りんという女性のことはこの作品で初めて知った。
明治の初め、他家に嫁ぎ、子をなすことが何よりも女性に求められていた時代に、絵師になるために笠間から江戸へ家出するりん。当然のように連れ戻されるが、彼女の絵への熱情は衰えることがなかった。自分の求めるものを探し続け、次々に師を変えながら正教会に入信。その縁で当時のロシアの首都だったサンクトペテルブルクに留学する。しかしそこでも正教会のイコン(聖像)の平板さに失望し……
日本初のイコン画家となったりんが、ルネサンス以降の立体的な画風に魅かれながら、しかし無署名で模写にすぎないイコンを描き続けるうちに、白い光をりんは感じるようになっていく。
恋愛要素はいっさい作中に含まれていない。東北が初任地だったために訛りがぬけない宣教師ニコライは魅力的な人物だし、家族との関係も次第に修復されていく。しかし彼女はひたすらに描き続ける。いっそ爽快なくらいだ。
この作品にとって幸せなことかは微妙だが、どうしようもなくりんの人生がロシアとの関係性で捉えられるのは仕方がない。
留学先での修道女たちとの軋轢、勃発する日露戦争、そして革命のために衰えていくロシア正教……そして現在わたしたちはロシアの不幸な事態を極東から眺めている。
果たしてりんが生きていたら、どんな思いでいたことだろう。そしてりんの人生を描き切った朝井まかては、この状況をどう考えているだろう。
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