治療週の週末、金曜日。在宅勤務5日目である。
案の定、朝は腹痛で目覚め、朝食後は下痢が始まった。我ながら笑えるほど分かり易い身体である。
こんな頻繁に繰り返す下痢になったことがない人だと、ああ、今日は調子悪い・・・と思うのかもしれない。けれど、一日おきに下痢しようが、とにかく普通に起きて普通に食事が摂れているのだから、私にとっては体調不良とは言えない、ごく普通の状態である(普通のハードルがかなり低いのかもしれないが・・・。)。
昨日は、火曜日の在宅勤務、水曜日の通院治療明けで3日ぶりの出勤。覚悟はしていたものの、溜まったメールと頻繁にかかってくる電話とZoomの会議等に忙殺された。これまで殆ど残業らしい残業はしていなかったのに、在宅勤務が始まってからの出勤日は定時に帰宅出来たためしがない。まあ、ただでさえ年度初めの繁忙期であり、週5日勤務しても足りない中、新型コロナウィルス感染拡大が止まらない前代未聞の事態。
職場は混乱の真っ最中。急ごしらえの在宅勤務をしながら、GW明けからはオンライン授業実施という目の前に迫った至上命題をクリアしていかなければならないのだから、それはもう致し方ないわけだ。
ちょっと愚痴をこぼせば、門外漢の夫は「授業は5月からスタートなんて無理なことは止めて、GW明けに出勤してから準備して、出来るようになった段階から授業を始めればいいじゃない。」等とのたまう。だが、巷では授業料返還要求やら、オンライン対応のための一時金一律支給やらと大変なことになっている。
そんな中、夕方、職場で岡江久美子さんの訃報が流れた。志村けんさんの訃報の時より出勤している職員が大分少ないので、あの時ほどの騒然ぶりではなかった。けれど、今回はさらに若く溌剌としたイメージの女性だったこともあって、女性の多い職場内では「どんどん年齢が下がっている・・・次は50代?怖いですね。」という話で持ち切りになった。
私が再発乳がん治療を続けていることを知っているかつての部下は、あえて乳がんと明言せず、「がんの放射線の治療中で、免疫力が下がっていたみたいですよ。」と言った。
「ああ、もう他人事ではないわ。早く帰りたい・・・」と思わず口走っていた私。
岡江さんは初期の乳がん術後の放射線治療だったというから、初発がステージⅠだった私と同じ状況だろう。私も術後、3月に丸々1か月以上をかけて月曜日から金曜日まで(久しぶりに定期券を買って!)週5日照射を繰り返すこと5回、計25回の放射線治療を受けた。
途中、小3だった息子からインフルエンザをもらって高熱で寝込み、数日間治療をお休みせざるを得なかったという苦い記憶がある。だが、治療が終われば、主治医からは「いつでも職場復帰していいですよ。」と言われ、4月、繁忙期の職場に復帰した。職住近接だったから満員電車での通勤がないという恵まれていた環境だったこともあるけれど、2か月ぶりの仕事は復帰直後に疲れやすかったこと以外は特に問題もなく、時短を申請するわけでもなく通常勤務だった。
岡江さんも2月半ば迄で放射線治療が終わっていたというのなら、事務所のコメントのような免疫力云々・・・ということはそれほどないだろうに、と正直な感想を持った。もちろん人により副作用の出方は千差万別だから、決めつけるようなことは言えない。けれど、これを聞いた乳がん治療中の人が不安になって治療を恐れて・・・なんてことになると、良くないのにな、と思った。
今朝の朝刊で、がん研有明病院の大野真司先生が「早期の乳がん手術後に行う放射線治療が、新型コロナウィルス感染症の重症化を招くという科学的根拠は現時点ではなく、考えにくい。不安な乳がん患者は治療を勝手に中断せず、まずは主治医に相談してほしい。」というコメントを出されていた。本当にそうだ。どうか冷静に対応してきちんと初期治療を全うしてほしい、万一治療を止めて再発することになったら、泣くに泣けない、と強く思う。
さて、そんなわけで昨夜も心身ともにヨレヨレの状態で帰宅した。定時でライナー帰宅した夫に夕食の支度をさせてしまって申し訳なかった。
そんな時、タイミング悪くLINEをキャッチした。
あるグループの友人からだった。個人的にうんと親しいわけでもないので、グループLINEではやりとりがあるけれど、一対一でのやりとりは殆どない。その彼女から「岡江久美子さん、乳がん治療だったとか。○○(私のニックネーム)もくれぐれもお大事に❕❕」というコメントと、笑顔の猫が両手にダンベルを持って筋トレ中「健康第一」というスタンプがセットで飛んできた。
普段なら笑って返信してお終いに出来る筈だった。空腹と疲労となんとなくささくれ立った気持ちが「思い出して頂きありがとうございます。」で終わらせなかった。「でもちょっと複雑。何とか生きてます。仕事も病院も行っています。」と返した。
それを見た彼女がちょっとでもまずかったな・・・と思ってくれれば、ごめんね、の一言があれば、それで済んだのだけれど。ほどなくして「仕事も病院も、よーく気をつけてね❕」と来た。
よーく気を付ける?これ以上どうやって?貴女に言われなくても、私は今、自分なりに出来ることはやっている。
これはちゃんと私の気持ちを伝えておかないと、また同じことが起こるな、と反射的に思った私は、止せばいいのに、また続けた。「気を付けていますよ。もちろん。ハイリスクなのは自分が一番わかっているから。でも仕事も病院も行かないわけにいきません。既に延命治療を12年間続けているわけです。今も6月からの新薬を使えるのを待っているのです。健康第一、なんて言われるとどうレスポンスしてよいやら。善意で言ってくださったのはよくわかるけど、本当はそっとしておいて頂くのが一番ありがたいです。我儘だと思ったらスルーしてください。コロナ騒ぎで仕事も忙しく、気持ちに余裕がないのかもしれません。いつもなら笑ってやり過ごせたかもしれないけれど、タイミング悪かったですね。すみません。」と。
我が家としては遅い食事を摂りながら(もう22時近かった。)そんなやりとりを入力している私を見た夫が、ため息をつきながら「今、貴女はよほどストレス溜まっているんだね。いつもならスルーするのに。」と言った。そして、「これを機会に仕事を辞めることも選択肢に入れた方がいいんじゃないの?」とまで。彼女からはその後「かえってごめんね❕」と返事が来て、そのやりとりは終わった。
いつだったかこのブログでも、この新しいウィルスとは闘うというよりも(私ががん細胞と長く共存してきたように)共存していく必要があるのではないか、と書いた記憶がある。今朝のニュースで山中伸弥先生が同じようなことを言っておられた。この闘い(あまり好きな言葉ではない。闘病中と言われるのも苦手である。)長期戦になることがわかってきた。ずっとファイティングポーズを続けていては疲れ過ぎてしまう。皆が皆、生まれて初めての非常事態で慣れぬ状況のもと、何とか折り合いをつけながら、ただでさえストレスが溜まって心身ともに疲れているのだ。
今、家にいられる人は、絶対家にいた方が良い。「歩かないと足が動かなくなってしまうから・・・」が口癖で「今日は駅前のスーパーまでぐるっと一回り散歩してきたの。」という母にもしつこく言って聞かせている。私のことを、「持病がある人は酷くなるそうよ。」と心配しているけれど、自分だって高齢でダブルキャンサーのサバイバー。十分ハイリスクなのだから、と。
このところ考えていたことであるが、なかなか記す勇気がなかった。あえて誤解を恐れずに言えば、70年以上続く戦争のない時代に私たちは生きている。医療の目覚ましい進歩により、かつては生き永らえることの出来なかった高齢者や病弱者が命を繋いでいる。自然淘汰という言葉のとおり、弱き者は倒れていく運命なのかもしれない。となれば、高額な治療で命を繋いで頂いている私は間違いなくその一人である。年長の夫もしかり。
夫がしみじみ「自分たちが同時にいなくなった時のことを真剣に考えておかないと。遺された〇〇(息子)が困らないように、通帳やら家の権利書やら一か所にまとめておかないと・・・」と言い出した。そう、冗談でなく、準備を始めておかなければならないかもしれない。
一旦新型コロナウィルスに感染して重症化したら、がん患者の終末期の1,2か月どころか半月足らずで命が持っていかれるのを目の当たりにして心が泡立つ。
というわけで、色々なところで歪みや疲れが目立ち始めている週末だ。それでも窓の外を見れば眩しいほどの新緑、青い空、白い雲。大きく深呼吸をしながら、久しぶりに職人さんたちが行き来しないベランダに出られる幸せを噛み締めた。
とにかくこの週末からGW終了までの12日間は、より一層の“ステイホーム”期間。私たちの心と身体が試される時である。都立公園の駐車場もクローズされるという。スーパーでの買い物も単独で、3日に1回でとのことだ。
来週も3日出勤の予定だ。週末からは早くも風薫る5月が始まる。GW明けはまた怒涛の日々が待っている。心と身体を出来る限りフラットな状態に整えておかなくては、と思う金曜日の夜である。