ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2024.10.13 Selig sind ,die da Leid tragen~悲しむものは幸せである~ドツレクを歌い切った日曜日は

2024-10-13 23:58:22 | 合唱

 昨夜は早々に入浴し、日付が変わるかなり前にベッドに入ったのだけれど、頭の中でドツレクが廻り続けて全く眠れない。そして何やらお腹がモタモタして気持ちが悪くなってくる。更には、今日の舞台で一人で座り込むとか吐きそうになるとか、もうネガティヴ連鎖の妄想が膨らむ。
 結局、そのまま悶々として2時過ぎにお手洗いに起きて、もう一度入眠の仕切り直し。
 夫も何やら寝付けなかった模様。明け方前まで少しトロリとしたけれど、3時間眠れたかどうか。

 平日と同じ時間のスマホアラームで起きる。集合場所までは5分とかからないから、部屋を出るまでは2時間半以上、十分余裕がある。自宅から出かけるとしたらそろそろ家を出なければならない。前泊でたっぷり睡眠時間を確保して体力温存を図るつもりが、これほど眠れないとは・・・まるで遠足前日の小学生並みの小心者である。

 窓の外は今日も快晴。海も空も青い。行楽日和である。
 部屋で紅茶を淹れて、昨日ベーカリーで調達した朝食を摂る。身支度を済ませ、夫に集合場所の近くまで送ってもらう。あまり早く来過ぎないように、というお達しだったので10分ほど前に到着した。
 地下1階の女性楽屋へ移動。かなり深く潜るので、階段の上り下りがなかなか大変だ。広々としたリハーサル室は鍵の閉まるロッカーもあり、設備がとても充実している。素敵なパンフレットが配られて思わず見入る。
 同期の3人と同じテーブルに陣取って、お呼びがかかる迄あれこれお喋り。

 ホワイエに移動し、女声ボイトレで何度もお世話になってきたY先生に、最後の発声練習を30分ほど行って頂く。定刻に指揮者のY先生が到着され、いよいよステリハ開始。
 昨日のオケ合わせで並んだ時はクラリネットの後ろだったが、今日は若干ずれてクラリネットよりチューバに近い。大きな楽器を持ちあげられると、指揮が殆ど見えない・・・。特に私の隣の方は小柄でおられるので、少しずれてみてもとても無理・・・と踏み台を使われることになった。

 1曲目から休みなく全曲通し、アンコール曲迄1時間半ミッチリ。足腰が早くも辛い。リハだから少し膝等を緩める動きを出来ても本番ではそうはいかないだろう。喉もどこもかしこもうまく力を抜かないとかなり厳しい状況であることを実感。

 ステリハ終了後は、ステージ出入りの練習を済ませてから、昼休憩へ。持ち込んだコンビニパンとジュースをぱぱっとお腹に入れて、ミヤを飲む。着替えを終え、化粧直しを済ませる。開演30分前に男性が女声楽屋に合流し、そこで直前発声を15分。後は各自お手洗い等済ませたら、舞台袖に移動だ。

 地下の楽屋では携帯の電波は届かず、1階まで上がらないとLINEも何も繋がらない。夫から開演1時間前に既に2,30人並んでいるという情報を得る。息子夫婦とお嫁ちゃんのお母様が駅に到着して、カフェで合流する模様だ。見れば、母からも何やら携帯着信があるが、間違えてかけたのか本当に用があってかけたのかどうか不明。かけ直すも出てくれないので諦める。

 そして、開演。始まってしまえば、もう終わる迄一直線だ。舞台の上から夫と息子夫婦、お嫁ちゃんのお母様の姿を確認する。あまりきょろきょろと挙動不審なことは出来ないので、いらして頂けている筈の方たちを全て確認することは叶わなかった。
 1曲目、あれだけ時間をかけて何度も何度も練習を重ねた出だし・・・今日はうまく行っただろうか。
 “Selig sind ,die da Leid tragen~悲しむものは幸せである~”40年前に歌った時と、歳を重ね、病とともに20年近く歩んできた今、各曲の歌詞の受け取り方は随分違っている。
 先生の指揮を見て、とにかく悔いのないように精一杯歌う。2曲目の途中辺りでまた目の前がチカチカしてきて、これはまずい、と不安になるが、なんとか持ち堪えた。3曲目辺りから視界が元に戻り、少し余裕が出てくる。4曲目は幸せを噛み締めながら歌えた。

 ソリストお二人の歌声は昨日のオケ合わせの時にも増して素晴らしい。座って歌うソプラノソロの5曲目が終われば体力勝負の6曲目、そしてそのままハイトーンで終曲7曲目に突入だ。正味70分以上、途中休憩もなく、聴いて頂く方たちにとっても体力勝負ではないか。

 体力的にかなり厳しかったけれど、とにかく何とか最後まで歌い切ることが出来てほっとした。こんな素敵なホールで40年振りに、学生時代と同じY先生の指揮で、そして40年前もともに歌った同期のRちゃん、Nちゃん、Sちゃんとすぐ近い立ち位置で歌えた幸せを噛み締める。こんなに良い冥途の土産はないだろう。
 沢山の拍手を頂き、アカペラのアンコール曲を歌い終わったら、膝も腰もパンパン。舞台袖に穿けたタイミングでY先生がお待ちくださっていて、お礼を言うことも出来た。さらにグータッチも。Nちゃんの発案でその場でお待ちして先生と一緒に写真撮影。ソリストのお二人も含めて良い記念写真を撮って頂くことが叶った。感謝。

 楽屋に戻り、着替え等を済ませ、楽屋を出る。レセプション開始までの間、楽屋口で待ってくださっていた先輩方とご挨拶をして、レセプション会場へ移動する。疲れ果てて立っているのがしんどい。一つ空いていた椅子に座らせて頂き、人心地着く。
 2時間のレセプション参加は体力的に厳しかったので不参加でお願いしていたけれど、事務局のご判断で、乾杯と挨拶だけには顔を出すように、とのこと。合唱団代表のD氏のご挨拶に続き、Y先生のご挨拶を伺って、Rちゃんとともに楽譜にY先生のサインを頂戴し、事務局の方たちにお礼のご挨拶をして、Rちゃんとこっそり会場を出た。

 Rちゃんは聴きに来てくれた同期のお友達2人と合流、私はホテルのラウンジでお茶中の夫、息子夫婦、お嫁ちゃんのお母様と合流した。喉はカラカラ、よれよれのヘロヘロ状態で南瓜のプリンとオレンジティ―を頂く。1時間ほど歓談。
 息子夫婦2人は2週間後に結婚式を控えており、そのタイムテーブルをお嫁ちゃんが説明してくれるが、もう頭が飽和状態でなかなか入ってこない。前日にもう一度息子が説明するというので、そうしてもらう。体力が限界で、夕食をご一緒するのはご勘弁頂き、解散。

 3人は私鉄に乗り、一緒に夕飯を摂って帰るとのこと。そこで別れ、私達夫婦はJR駅へ移動した。始発に座る。夫は、私が出かけた後、お天気が良かったので赤レンガ倉庫の方までお散歩したそうな。レイトチェックアウト出来たので、演奏会前にシャワーも浴びてさっぱり出来たという。それでもかなり疲れていたと見えて、座って電車が動き出したら舟を漕ぎだした。
 私は疲れすぎているのか、興奮しているのかとても眠れない。そして、今日いらしてくださった方たちからのLINEやメール等のやりとりであっという間に時間が経つ。

 ところが途中で、急に腹痛が始まる。紅茶を飲み過ぎたか、頂いたプリンが重かったか、差し込む痛みでだんだん苦しくなってくる。座っていたし、あと数駅だったので、なんとか乗換駅まで辿り着きたかったけれど、途中で断念して下車。やはり下痢・・・危機一髪だった。
 帰りが1台遅れてしまったけれど、とてもそのまま乗っては行けなかったので仕方ない。開演中でなくてつくづくよかった。それにしても治療直前で一番体調がいい筈の日曜日だというのに・・・。

 本当は乗換駅で美味しい夕食を夫に振舞って帰りたかったけれど、腹痛が収まらず、ひとまず最寄り駅まで行くことにした。
 最寄り駅に到着してすぐ、母に無事本番が終わった、と連絡する。転んだ後の様子を訊くと、痛みはないと言えば嘘になる(やはりやせ我慢していたのか。)。けれど、今日こそお風呂に入りたいので、夕方ハウス長に部屋に来て頂いて、入浴後に膝の擦り傷の消毒をしてもらったそうな。
 明日は家にいても仕方ないので、予定通りデイサービスに行くと言っていた。とにかくあと2週間、息子の結婚式出席まで十分注意して過ごすようにお願いして電話を切った。

 夫は昼食もラーメンだったようだが、私も夕食に簡単にラーメンが食べたい気分。腹痛だけれど、お昼が軽かったので空腹である。駅前の中華食堂に入ってぱぱっと食事を終えた。けれど、やはり下痢は収まらず、途中でも帰宅後もお手洗いを往復。すっかり水様便になった。身体が疲れたせいで胃腸も疲れているのか。

 諸々片付け、LINEやら何やらお友達と連絡を取り合っているうちにこんな時間になってしまった。いや、疲れているのだからブログなぞお休みにして休めばいいだけの話だ(と夫は言う。)。
 どうしてこうも貧乏性なのだろう。明日は一日休養に努めたいと思う。
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