ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2024.10.27フェスゴ11回目11日後のこと 息子挙式・披露宴無事終了

2024-10-27 23:55:15 | 日記
 昨夜は母を入浴させ、その後急いで私も、更に3日間シャワー浴しか出来なかった夫にもゆっくり入浴してもらい、なんとか日付が変わる前にベッドに入った。暫し寝付けなかったけれど、明け方5時過ぎにお手洗いに起きる迄は目が覚めなかったので、5時間近くは眠れたか。
 気になる外の天気、カーテンを開けると青空が広がっていた。良かった。関西で9年間暮らした息子、同様に4年間暮らしたお嫁ちゃんのために遠方から足を運んでくださる方も沢山おられると聞く。
 晴れ女、念じた甲斐あり、である(どうもお嫁ちゃんは雨女らしい・・・。新婚旅行先の写真撮影地では青空が見られなかったそうな)。

 結局そのまま眠れず、こっそりスマホを触りながらアラームが鳴るのを待つ。夫は義妹夫婦とレストランへ降り、私と母はルームサービスで夫々朝食を摂った。30分単位でのリクエストだったのに、出来れば〇時〇分とお願いしたら1分前にピンポンが鳴った。お見事。
 母は和食を、私はホテルの名前がついたエッグベネディクトをメインにした洋食をチョイス。ボリューミーで食べ切れず、申し訳ない。しかも朝一番でメイクをお願いするため、すっぴんでバスローブ、ケアバンダナというトホホな恰好で応対する私である。

 夫は中華のセットを頂いたようで、1時間もしないで部屋に戻ってきた。食事を下げて頂き、急いで荷物を大かた整理する。これからのスケジュールはほぼ分刻みである。一応頭に入れたつもりだが、バトラーサービスが付くとのことなので、もう言われるがままに動くしかない。

 新郎側は私がトップバッターのメイクである。母や義妹と違ってヘアメイクがないのはカツラだからだが、30分たっぷりかけてお化粧して頂いた。病気の治療でカツラで、眉毛も睫毛もないのです、と正直にお話して、イメージをお伝えしてお任せ。
 マスカラがつけられないので、つけ睫毛も考えましたが、(涙で)取れてしまうと怖いので・・・とのこと。いえ、泣かないつもりでいますが・・・、と言ったものの、なかなかそうもいかなかったのは後に痛感させられることになる。

 私が終わったのと交代に母を夫が連れてきてくれて、急いで部屋に戻り、ジャケットを羽織り、正礼装に着替えを済ませ、チェックアウト出来るようにして荷物を夫とともに控室に運ぶ。これも皆、バトラーさんたちの指示で動く。自分のことに必死な私のために、足元が危なっかしい母の介添えもしてもらえて有難いことだ。
 夫もお嫁ちゃんのお父様も、男性陣は自力でモーニングコートを着なければならないのが気の毒か。8階の控室の窓は大きく、皇居が見渡せる。夫、なかなかお似合いである。

 そうこうしているうちに義妹がメイクに呼ばれ、夫と私は新郎新婦の支度が出来ました、と2人の部屋へ案内される。ウエディングドレス姿のお嫁ちゃんの姿は息子もまだ見せて貰えていないらしい。タキシードで後ろ向きになって待っている。息子のあんなに緊張している姿は久しぶりに見た。もうカチンコチン。

 お嫁ちゃんと息子は身長差が30センチあるが、今日はかなり高いヒールを履いているとのこと。歩く練習もしたそうだ。カメラマンさんがあれこれポーズを指示して、色々なアングルで写真撮影。ホテルのらせん階段での撮影を経て、ホテル入口にはロールスロイスが鎮座ましまして2人を待っている。いやはや、なんと恥ずかしい。

 車の前で両家の両親と写真撮影を済ませた後、2人を見送る。招待客だけでなく、通行人の方たちも珍しそうに見ているではないか・・・。顔見知りのお友達にはご挨拶が出来てちょっとほっとする。
 2人がロールスロイスでドライブをしている間に、急ぎ2部屋分のチェックアウト。セイフティボックスの手続きを済ませたら、ホテル正面玄関に2人が到着。ロビーでは既に式に列席される方たちが並んで待っていてくださる。

 続いて24階のチャペルに向かい、挙式リハーサル。母は控室で待つ予定だったが、歩く距離を考えると、チャペルの方が楽だと思うので、とバトラーさんが連れてきてくださる。
 挙式の流れとその都度の動き、両親の役割分担等を説明され、実際に練習をしたら、もう参列者の方々がチャペルに案内されてくる。

 お嫁ちゃんのお父様はバージンロードを介添えし、お母様はベールダウンを、私は息子にジャケットを羽織らせるというセレモニーを仰せつかった。夫は手袋を渡す、と色々細かい演出である。
 息子が緊張しているのが手に取るように判る。ジャケットを羽織らせ、襟を直し、蝶ネクタイを整え「おめでとう、幸せにね」と囁く。鼻がつんとしてしまう。

 無事に父上からお嫁ちゃんをバトンタッチされ、人前結婚式である。2人の誓いのメッセージを聴き、指輪の交換を済ませ、2人で誓いのメッセージを入れたボックスにサインをして、皆様からの祝福と承認の拍手を頂く。挙式中のBGMはハープ、チェロ、バイオリンの生演奏と4人のコーラス。これも素敵だった。
 
 息子からのメッセージカードをオープンしてくださいとのこと。手書きでギッシリ2枚である。いや、泣かせる演出はなし、ではなかったのか。夫が隣で目頭を熱くしているのが判る。こっそり仕舞おうかと思ったら見せてというので、交換してお互いのものを読んだら、また涙腺刺激である。隣で母はとっくに涙ぐんでいる。
 挙式は無事終了。その場で全員集合写真の後、親族のみ残り、新郎新婦より夫々の親族紹介がある。

 披露宴開宴まで20分ほどか。3階のグランドボールルームに移動して、息子の高校時代の友人3人組の受付を経て、ウェルカムドリンクで暫しカラカラの喉を潤す。席次表とビンゴカードや2人の手作りの冊子が配られる。いやはや、本当に立ったり座ったり上がったり下がったり。91歳の母はバトラーさんに手を引かれながら、なんだか立っているのがやっとという感じ。心配だが、頑張ってもらうしかない。他人事ではなく私自身も、である。

 これだけ立ったり座ったり、且つお役目があるので、やはり慣れない和装にせず洋装にしてよかった、と改めて思う(それでも慣れないロングドレスだから気を抜くと裾を踏む。)。幸いお腹の調子は崩れていなかったけれど、ともすると咳込んだり、でかなり危なっかしかった。
 
 今日は息子達1組の披露宴ということで、最初から予定時間3時間でゆったり、である。昨夜まで準備に勤しんでいた2人。完璧主義で凝りに凝ったお嫁ちゃんとそれに並走した息子2人の合作で、大きなスクリーンで映し出されたオープニングムービーはなかなかの出来映えだった。
 2人が入場する。司会者から開宴の辞があった後は、高砂(と今は言わないのか。)の新郎新婦2人からのウエルカムスピーチ。2人はソファに座り、いつでも参列者と一緒に写真を撮りましょう、というスタンスらしい。

 2人のプロフィール紹介が終わると、息子のお兄ちゃん的存在であり親友のMさんから乾杯のご挨拶。
 食事のメニューは、3か月前からホテルの料理長さんと打ち合わせを重ねながら、完全オリジナルで作ったという。メニュー表を見ると、秋の収穫祭をテーマに2人の好きな物が色々組み合わされている。

 お嫁ちゃんのお友達からのスピーチを頂いた後は、ウエディングケーキ入刀。ファーストバイトで交互に大中小のスプーンを選ぶという演出だ。続いてのサプライズは可愛がってもらった夫々のおばあちゃんへのサンクスバイト。母はバトラーさんに連れられて、2人の大きなケーキの前へ。お嫁ちゃんのおばあちゃまは和服姿でちゃんと一人で歩いておられるのがお見事。
 感極まってメソメソしっぱなしの母だったが、「皆さんが写真を撮っていてよく見えないから前の方に連れて行ってくれたのかと思ったら、なんだか騙されてしまった」とのコメントだったが、満更でもなさそうだった。

 バトラーさんに言われるがままのタイミングで、夫と2人で各テーブルにご挨拶に廻る。
 サプライズ満載の趣向の中、お色直しで2人が若干時間差で退場。夫々のお友達に付き添われて中座する。 
 食事を愉しみつつ、プロフィールムービーが流れる。小さい頃の写真をあれこれ持って行ったのがここに使われていたのか、と納得する。さらに驚いたことには、キッチンとライブで繋がり、料理長さんからの挨拶の後は、シェフ帽を被ってズッキーニを切る息子の姿。なんとメインディッシュをサーブするという。いやはや。
 小学校時代から高校を通してのお友達であるY君に、キッチンからシェフ姿の息子が届けに来るという演出。シェフ姿がなかなか似合っていて、会場が沸いている。

 ここでお色直しが終わったお嫁ちゃんと一緒に、自分もジャケットだけチェンジした息子が再入場。お嫁ちゃんは純白のウエディングドレスの後は目を見張るような真っ赤なドレスだ。こちらのカラードレスに一目惚れだったという。
 予め渡されていたビンゴカードは2人に関するクイズになっており(親族はクイズに当たってビンゴになっても挙手してはいけないという決まり)、5人の方に素敵な賞品が当たっていたが、なかなか難しかったようだ。

 それぞれのテーブルに2人が廻り、カメラマンが写真撮影。祝電披露の後は、両家両親4人が並ぶ。お嫁ちゃんからご家族に向けた手紙の朗読に涙腺を刺激される。一旦鼻水が出始めると、鼻毛がない私はもう、止まらない。ハンカチで押さえてばかりである。記念品贈呈でもまた息子に「おめでとう、いい式だったね、幸せにね」と言いつつ涙で化粧が崩れる。嗚呼。

 両家代表の謝辞は夫が仰せつかった。立つ前にはもう疲れて眠い、と宣わっていたけれど、練習より本番の方がずっと上手で、安心した。手前味噌だが、良いスピーチだったと思う。
 その後、息子からもお礼のスピーチ。これまた淀みなく、さすがチビの頃から“口から生まれた”と異名を持つわけだ、と何となく納得する。

 そして3時間半近くの宴が終わる頃には、早くも今日の挙式の様子を写したエンディングムービーで皆様をお送りする準備。息子夫婦を囲んで両家両親が並び、6人で送賓。皆様にお礼を言い終わったら夕方近くになっていた。

 急ぎ、控室に戻って着替えと荷物整理を終える。母のケアまでなかなか出来ない中、義妹がぱっぱと手伝ってくれて有難い限り。男性陣はあっという間に着替えを済ませ、レンタルのモーニングコートをお返しして、手持無沙汰だったようだが、私はあれこれ荷物をパッキングするのに手間取った。

 バトラーさんがエントランスまで先導してくださり、タクシーで駅まで向かう。雨が降り出している。皆さんは濡れなかっただろうか。
 お嫁ちゃんのご両親とおばあちゃまとはホテルで別れたが、JRの駅のホームに上がる段階でまた遭遇。夫とははぐれてしまい、慌てて電話をして事なきを得たが、とにかく少しでも階段があると、母のあゆみがいきなり遅くなるので、人混みの中、大きなキャリーケースを引っ張り、振り向かずに歩いていく夫とはぐれたのは当然か。

 無事並んで3人席を確保し、大荷物を沢山網棚に上げて1時間電車に揺られる。母宅最寄り駅に到着し、タクシーに乗り、無事送り届ける。荷物を開けて母のモノを取り出し、再びタクシーを呼んで帰宅した。
 帰宅後は諸々片付け、外食せずに帰って来たので、またしてもレンチンプラスアルファ程度の遅い夕食を摂った。

 2人は今日もホテル泊だが、2次会をしていたお友達に合流したという楽しそうな息子の写真が送られてきた。あれだけの大きな宴を無事終えた2人は本当に疲れただろう。今日はゆっくり休んでほしい。
 そして私達も、ゆっくり休みたい。明日はアラームをかけなかったら何時まで眠れることやら。流石の母もデイサービスはお休みして片付けをするという。
 とにもかくにも、生きてこの日を迎えられたこと、あらゆることに感謝である。
コメント (2)
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