ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2011.1.15 死ぬのによい日だ

2011-01-15 21:46:11 | 読書
 のっけから凄い表題だが、これは今日読んだ本の題名。
「日本エッセイスト・クラブ編‘09年版ベスト・エッセイ集」である。「2008年中に発表されたエッセイから二次に渡る予選を通過した128篇が候補作として選ばれ、日本エッセイスト・クラブの最終選考によって55編のベスト・エッセイが決まりました。」ということだそうだ。五木寛之さんから加賀乙彦さん、酒井順子さん、中島誠之助さん、山田太一さんなど錚々たるメンバーのエッセイ集だ。

 歌人・俵万智さんの『プーさんの鼻のララバイ』は、子育ての初心を思い出させてくれたし、作家・三浦しをんさんの『祖母とわたし』では、10代で2人の祖母を失った私も、なんとなく祖母を思い出し、ほっこりと心が温かくなった。同じく作家・楊逸さんの『明治天皇を食べようか』は“中華料理”の中国語としての意味を知って驚いた。松本歯科大学名誉教授・笠原浩さんの『ゴム手袋とラブロマンス』では、乳がん根治手術としてかつて主流だったハルステッド手術で有名なハルステッドとその夫人の、医療の場でのラブロマンスを知ることが出来た。
 そして表題作『死ぬのによい日だ』は、一番最後に収録されたエッセイで、栄養学ジャーナリスト・丸元康生さんの作品。食道がんを患ったお父様が、最後にとてもよい日を持てて嬉しく思う、と記されたものだった。

 が、中でも、読書家で知られる俳優・児玉清さんの『静かに深く心にしみこむ、夫婦の絆』が心に残った。城山三郎さんの「そうか、もう君はいないのか」を紹介した文章である。私も城山さんのこの本は読んだし、田村正和さん主演のドラマも見たけれど、城山さんの本はもとより、児玉さんのこの紹介文が実に凝縮されており、素晴らしく胸を打った。

 今日は、夫は昨日書いたとおり後輩の奥様の葬儀に参列してきた。
 ご主人は夫に挨拶しながら泣き出してしまったという。帰宅して、「これから彼は一人でご飯を作って食べるんだなあ・・・」。ぽつりと夫が言った。
 先日、夫と21回目の結婚記念日を祝ったときに、斜め奥の席に年配の男性が一人でお酒を飲みつつ食事をしている姿があった。
 「ずっと一人で家で食事をしていてもつまらないし、ワンパターンになるだろうから、美味しいものを食べたくなったらこうして外食に出てくるのだろうけれど、一人で食べても美味しくないだろうね、それにもまして、こうして皆がいるところで一人で食べていれば、より一人であるということを感じざるを得ないし。それでも、頑張って食べにきているんだね・・・」と話しながら、将来の夫の姿に重ねてしまい、辛くなった。
 夫もまた同じ気持ちだったのではないか、と思う。

 昨夜、お腹の気持ち悪さが酷かったので、就寝前にはナウゼリンを飲んだところ今朝は大分落ち着いた。それでも朝食は怖かったので控えめにしておいた。
 昼迄で2日分のロキソニンも飲み終わった。熱はないけれど、だるくてなんだか何もする元気が出ない。
 夕食は葬儀帰りの夫に作らせてしまい、自己嫌悪の土曜日だ。




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2011.1.14 今時、そんなことって・・・

2011-01-14 20:37:36 | 日記
 夫から、驚き且つやるせない話を聞いた。「大変なことがあったんだよ。」と。

 そして、自分のところに来たメールをプリントアウトして見せてくれた。私も1度はお目にかかったことのある方(夫の職場の後輩)からのもの。
 奥様がもともと腰痛持ちだったのだが、年末に酷くなり、動けないほどである。お正月明けに病院に行ったが、腰椎の軟骨がすり減っている痛みで、どうしようもない。とにかく痛み止めを飲んで我慢するしかない、と言われたそうだ。その後も一向に痛みは改善せず、今日は別の病院に連れていく予定で、仕事の調整をしなければ・・・というメールの日付は3日前の午後3時半。

 「それは大変だね、で、どうしたの?」と聞くと、なんとその翌日(一昨日の朝)、ご主人はなかなか起きてこない奥様を(調子が悪いのだろうから、もうちょっと寝かせておこう・・・)と思って、無理に声をかけなかったそうだ。が、さすがに不審に思い、見に行った時には既に冷たくなっておられた、というのだ。

 その時のご主人の驚愕は想像に余りある。腰が抜けてしまうほどだったのではないだろうか。そんなこと、現代医学で起こっていいのだろうか。これまで奥様はずっと持病を抱えており、ご主人がフォローしてきて、ようやく落ち着いてきた、と聞いていた。一時はご主人自体もストレスで体調を崩し、お休みされていたこともあった。

 それが、本当に突然の急逝。結局、司法解剖にまわされ、死因は「盲腸破裂、腹膜破裂」だったという。いまどき、盲腸で命を奪われるとは・・・なんともやるせないではないか。しかも病院に通っていた、というのだからあんまりではないか。血液検査の一つもすれば、白血球がうんと上がっているはずで、異常が分かるではないか。

 というのも、結婚してまだ3年も経っていなかった頃、もう20年近く前のことになるが、夫が盲腸で入院したことがある。
 夫は若い頃から胃痛持ちで、胃が痛いとちょくちょく胃薬を飲んでいた。その日は痛みがひどいと言い、大事を取って仕事を休んでいたので、近所のクリニックに行くように、と言い置いて私は出勤した。
 心配だったので、私が午後休みをとって帰宅すると食卓のテーブルに「入院する」とメモ書きがあった。(まだ携帯もなかった時代のことだ。)あわててもろもろの支度をして、メモにある、自宅の隣駅の病院にかけつけると、盲腸で即手術、だという。同意書等の書類を書いて、なけなしの通帳から入院保証金10万円をおろして、盲腸だから1時間程度、と言われて入った手術室だったが、結局3時間以上も出てこなかった。
 1人で廊下で待っていて、それはそれは長かった。執刀医が出てきて膿盆に乗ったどす黒く腫れた盲腸を見せてもらった。腹膜炎一歩手前で、もしもう少し遅れて盲腸が破裂してお腹の中に便が漏れだしたら本当に大変だったと言われ、へなへなとなった。

 夫は痛がりの怖がりで、血を見ると気分が悪くなる方だし、麻酔から覚めて「命に別条は・・・」などと聞くので、「何言ってるの、盲腸だよ、大丈夫、大丈夫」と言ったものの、本当に大事に至らずに良かった、と胸をなでおろした。これも胃が痛い、と思って初期対応が遅れた結果だ。それでもその日通院し、すぐに血液検査で白血球が異常に高すぎると分かり、隣駅の大きい系列病院に移り、緊急手術をしてもらえたのだ。
 その後、ずっと傷口のふさがりが悪く膿んだりして、退院は1週間どころか1ケ月近くにわたった。1週間の自宅療養も含めてまるまる1ケ月以上の長期休暇になってしまった。病気休暇を申請するほどでもないから、と当初は年休で対応したが、ほとんど使い尽くしてしまい、その後、年休をためるのが大変だった、とひいひい言っていた。今でもとても盲腸とは思えないほどの大きい傷跡が残っている。

 腰痛だ、と思っていたのがまさかの盲腸破裂による腹膜破裂。ご主人はとても受け入れられない・・・のではないだろうか。ご主人は自分が気づいてやっていれば・・・、と後悔の言葉しきりだそうだが、そんなに自分を責めないでほしい。

 明日が葬儀だという。奥様はいったいどれほど無念だったろうか。ご冥福をお祈りするとともに、ご主人が体調を崩されないことを心から祈りたい。

 それにしても本当に人の命ってとても儚い・・・だから人は生身なのだ、と思う一方、とてもしたたかだ、とも思う。年末に一人暮らしで自宅トイレに8日間も閉じ込められた末、無事救助された60代の女性の話、今日は80代の女性がダンプに600mも引きずられながらもしがみついて軽傷で済んだ等等・・・。やはり「生きたい」という生への執着がモノを言うのか。私はしぶとく治療を続けてしたたかに命を繋げていきたい、と思う。

 息子は骨も折らず、熱も出さずに無事スキー教室から帰宅した。

 明日は、今年はとりわけ酷い目にあいそうな花粉症、先手必勝で朝一でクリニックへ連れて行き、薬をもらいに行こうと思っている。その後、スキー教室中の塾の振替授業と室長面接の予定だ。どうなることやら。今夜はしっかり寝て、明日から心機一転、うまく切り替えていってほしいものだ。

 体調だが、やはりお腹の気持ち悪さがかなりひどい。そのため、食欲もいまいちで、ぱっとしない。火照りは今のところそれほどでもないが、今日は早めに休もうと思う。

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2011.1.13 ハーセプチン125回目、ナベルビン7クール2回目、ゾメタ47回目

2011-01-13 21:19:31 | 治療日記
 今朝、夫は朝の時間節約のために新幹線で(!)重役出勤。なんと終点の東京駅まで僅か2駅20分のこの駅から乗るビジネスマンがかなり沢山いて、ようやく3人席の真ん中に座れた、というメールがきた。
 一方、私は一足遅くホテルを後にしたが、16階の部屋からはMM21地区が見え、雪化粧した富士山までとても良く見られて、ホテルの部屋の窓の角度の関係で病院は見えず、でちょっぴり得をした気分だった。

 そして何よりチェックアウトして徒歩10分で病院に入れたのでとても楽だった。今日は診察前レントゲンだったが、殆ど待ち時間なく、すぐに撮影して頂き、内科に移動できた。院内の改装が進んでおり、腫瘍内科の受付と診察室ブースが1つ横にずれていた。予約より5分ほど早く受付番号が電光掲示板に表示され、中廊下に入ると、先生がお顔をお出しになって呼ばれ、すぐに診察室へ入った。

 先週の状況をご報告。ロキソニンが功を奏して発熱はないが、やはりお腹の気持ち悪さと火照り、不眠が気になること、週末以降、速歩きをすると息切れや胸部の圧痛と鈍痛があったこと、ここ数日は早朝覚醒があることをお話した。先生がおっしゃるには火照りと不眠はステロイドのせいで、他の吐き気止め(セロトニン拮抗薬)では便秘が酷くなるし、薬価も高い。吐き気止めをやめてみてもいいが、いったん気持ちが悪くなってしまうと辛いので、今の少量のステロイドを吐き気止めにするのが良いのでは、とのこと。「早朝覚醒については、歳のせいもあるのでしょうか・・・」と言うと、私より2つ年上の先生はお茶目にも「私もそうなのでわかります。」と。
 レントゲンの結果は、タキソテールでも消えなかった右と左の影の動向が一番問題なのだが、左肺にある太い結節様の影が前々回、前回、今回と比較すると、大分スリムになってきている。また右肺にある白くはっきりとした楕円の影も、今回は薄くなって殆ど判らない感じになっている。嬉しい。
 診察室で検温すると7度2分だったが、今日は予定通りゾメタも含めての6本の点滴フルコース。次回は1月26日に白血球のみチェックして投与の予定だ。

 診察室の隣奥になった処置室に入ると、すっかり改装が進み、広々としていた。ベッドと点滴椅子が19になり、ほぼ倍だ。窓の外が見えるように点滴椅子が並んでいてとても嬉しい。なんと今日はまだ入室が9時ちょっと過ぎだったので1番乗り。
 そしてこれまで痛みが酷かったポートに刺す翼状針の、新しいタイプのものが入ったという。「まだ試行状態ですが、やってみていいですか。」と看護師さんがおっしゃるので、「是非」とお願いした。結果、最初のチクリだけはあったが、いつものようにグリグリと押されながら刺されていく痛みが殆どなく、看護師さんに「これなら大丈夫です。」とお話した。
薬が届くまで1時間ほど待って、10時過ぎに点滴無事スタート。

 今日は3冊読んだ。
 1冊目は島田裕巳さんの「人はひとりで死ぬ 『無縁社会』を生きるために」(NHK出版新書)。
「無縁社会」の衝撃についてはこのブログでもちょっと書いたことがあったが、「無縁化はなぜ進んだのか?そして、無縁社会に希望はあるのか?『葬式は、いらない』の島田裕巳による『無縁社会論』、決定版!」という帯だ。確かに高度経済成長後、むら社会、有縁社会からの脱出劇があり、無縁社会への移行は必然だったのだと思う。「他者との強いつながりの中で自由に生きることが理想なのかもしれないが、それは容易には実現できない。そして無縁社会の到来に衝撃を受けた人でも、では有縁社会に戻りたいか、といえばそうではないだろう。」ということにも素直に頷ける。無縁死に向かう「おひとりさま」、お墓の話など興味深く読んだ。そして、全ての死は無縁死であり、人は最期は一人で死ぬ、だからこそ十分に生きるためにはどうするのか、という展開にも納得できた。

 2冊目は谷村志穂さんの「雪になる」(新潮文庫)。
「『海猫』『余命』で絶賛を浴びた著者が描く、切なくて甘美な六色の恋愛模様。」という裏表紙。
(『海猫』『余命』は両方とも読んだが、後者は女性外科医・百田滴の命をかけた選択―新しい命に未来を託すのか、できる限りの延命という道を選ぶのか。妊娠と乳がん再発を知った女性医師の愛と生を描くストーリーで、映画化もされたと記憶している。)
「あなたに抱きしめてほしい。この街は、寒すぎるから。夜空に願う、六つの恋」という帯のとおり。表題作「雪になる」と最後の「三つ葉」が印象に残った。

 3冊目は高岡望さんの「日本はスウェーデンになるべきか」(PHP新書)。
スウェーデン公使の緊急提言、アメリカもギリシャも危ない!では、日本はどうする?」と帯にあったが、スウェーデン贔屓の私としては、もちろん日本はスウェーデンにはなりえないと思うけれど、16年前に滞在したことを懐かしく思い出しながら、では今はどうなっているの?と、とてもリアルに想像しながら読むことが出来て幸せな2時間だった。スウェーデン人の本質とする『自立した強い個人、規則に基づく組織力、透明性、連帯』の4つのポイントには頷ける。その国民性として『清潔、能率的、決まりを守り、勤勉、中庸を好み、横並び意識が強く、上下関係に敏感、内気で謝意』というと、やはり日本人は彼らに対して親近感が湧いてくる、というのも確かだろう。

 6本の点滴が終了したのは2時少し前。針を抜くときの衝撃も殆どなく、とても有り難かった。次回からは針刺も抜針もリラックスできそうだ。
 会計をし、本日の病院滞在時間は6時間弱。院外薬局でロキソニンを出してもらっても、駅ビルの3時までのランチタイムに滑り込むことが出来た。
 そして今日は本当に久しぶりに明るいうちに帰宅することが出来た。

 明日の夕方には息子がスキー教室から帰ってくる。気がつけばあっという間に1月も半ばだ。こうして毎年のように「1月は行ってしまい、2月は逃げてしまい、3月は去ってしまう」のか・・・、と今から焦ってみても仕方ないけれど。
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2011.1.12 What a wonderful life!

2011-01-12 22:42:19 | 日記
 今朝は予定通り夫が一足先に出かけ、私も少し遅れてチェックアウトした後、会議に向かった。
 ここ数日、どうも早朝覚醒で、眠りが浅いのがちょっと気になる。どうしても睡眠不足だと、胸の鈍痛、圧痛があるようだ。なるべく気にし過ぎないようにはしているけれど、速足で歩いたりすると息切れもするし、なんとなく咳も出ている。

 途中でお昼をとりつつ、午後は職場に戻り仕事を片付け、家に帰って最低限の片づけをし、今夜は病院の最寄駅直結のホテルに滞在している。それにしてもわざわざこうして近場にいちいち宿をとるのはちょっと変じゃないの、と思われるかもしれない。が、今日は特別。一足早く夫と結婚21周年祝いをしてきた。去年もこの時期、息子がスキーで不在だったので、2人で20周年のお祝いをした。確か奇をてらってチュニジア料理だった。「来年も元気で迎えられるといいね」と言いあったけれど、明後日1月14日で無事結婚21周年。今年は特に○○婚式、とは言わないようだけれど銀婚式まであと4年だ。

 それにしても本当に1年なんてあっという間だ。1年で365日、3年でも1000日ちょっと。10年となれば3650日だけれど、80年生きるとしたって、日にすれば29200日。そしてあと100年したら、今生きている人は殆ど誰もいなくなっているのだ。そう思うと、こうしてある時期生かされているのはなんだかとても不思議に感じる。いろいろなことがとても瑣末なことに思えてくる。

 ポストには、あけぼの会のTさんからお手紙とご本が届いていた。息子とのことの一つの突破口になれば、と送ってくださったのだ。そして「痛くても、辛くても、苦しくても生きていることはすごいことです。」とのお言葉に思わず目頭が熱くなった。
そう、生きているからこそ、痛くて、辛くて、苦しいのだ。生きているって素晴らしい。Life is wonderful!  What a wonderful life!ではないか。

 今日は、今年初めてのお花が届いていたので、その処理をして出てきた。
 今日のお花は淡いピンクのチューリップ、白水仙、マーガレット。それぞれの花言葉は恋の宣言、尊敬、真実の愛、だそうだ。時間がなかったのでとりあえず大きな花瓶に投げ入れしてきた。明日帰宅したらきちんと活け直そうと思っている。

 今日は2冊読んだ。
 1冊目は平出隆さんの「猫の客」(河出文庫)。“はじめ「稲妻小路」の光の中に姿を現した猫は、隣家の飼い猫となった後、庭を通って我が家を訪れるようになる。いとおしく愛くるしい小さな訪問客との交情。しかし突然別れが理不尽な形で訪れる。・・・”という裏表紙のさわり。初めて読んだ作家だったが、何とも言えず静謐な気持ちになり、とても好きだ、と思える文章だった。本書はフランスでも大好評を博しているそうだ。「フランスの書評を一読して、“猫の客”がフランスにおいて成功した確かな鍵を見つけたように思われた。それは、この作品が、漱石の言葉を借りれば、一種の俳句小説として読まれていること、および、読み終わった後に深い余韻となって響く、終わり・離別・死の癒しへ導く柔らかな考察によってであるように思った。」と解説の末次エリザベートさんが書かれていることに、とても納得した。

 2冊目はTさんにお送り頂いた野口嘉則さんの「鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール」(総合法令)。
 41歳の主婦が小学校5年生の息子のいじめに悩んでいるところから物語は始まる。夫が紹介してくれたある人物に相談。夫や両親に対する気持ちを洗いざらい見つめ直していく実話に基づいたストーリー。「私たちの人生の現実は、私たちの心の中を映し出す鏡である」という法則が鏡の法則である。つまり、自分の心の波長にぴったりな出来事が起きる、ということだ。人生に起きていることを見れば、自分の心の中を知ることが出来る、と。つまり、人生の問題を根本的に解決するには、自分の心の中の原因を解消する必要がある、赦すことでやすらぎが手に入る。まずは自分を赦す(自己受容)ことが必要。そのための8つのステップが具体的に紹介されていた。「人生で起こるどんな問題も、何か大切なことを気づかせてくれるために起こります。あなたに解決できない問題は決しておきません。あなたに起きている問題はあなたに解決する力があり、その解決を通じて大切なことを学べるから起こるのです」と。本当にそうなのだろうな、と思う。こうして病を得たのも神様の思し召しだろうか。そして、すべてのことは自分を見つめ直すことから始まるのだろう、と思う。

 明日は治療日。徒歩で病院に通えるので朝はゆっくりできるのが嬉しい。


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2011.1.11 寒中お見舞い申し上げます

2011-01-11 22:20:15 | 日記
 今朝は本当に冷え込んだ。頬に刺し込むような朝の空気。いくら重ね着をしていてもタイツとブーツを履いていても、やはりスカートでは寒い。寒に入っているわけだから、当然なのだけれど。
 それでも私は、このピリリと寒い、けれど抜けるように澄み切った青空の東京の冬、場所によっては真っ白な雪を被った富士山が見渡せる東京の冬、が嫌いではない。産まれてこのかた半世紀近くの間、16年前に海外研修で半年間離れた以外は都外に住んだことがないので、他の土地の冬は殆ど知らない。一方、夫は雪国の出身だから、「やはり、冬は雪がなくては始まらない。」と言うのだけれど、私は、ずっと重苦しい灰色の雪雲が立ち込める長い冬にはちょっと耐えられそうにない。寒くても乾燥していても、たとえ短い時間でも太陽の光にあたって青い空が見上げられれば、気持ちはそんなに落ち込まないから。

 さて、今朝、息子は無事に中学校で3回目になるスキー教室に出かけた。目指したスキー場はたっぷりの雪に恵まれているようだ。4日間口うるさい親の目から解放され、入試からのプレッシャーもしばし忘れ、すっかり慣れ親しんだ悪友たちと先生方の目を盗んでいろいろ良からぬことをやらかしそうな気配。無法地帯で楽しんでくるのはいいけれど、一応受験生・・・、せめて足の骨だけは折らずに無事に帰宅することを望みたい。

 喪中欠礼を頂いた方たちには、これまで出来る限り寒中見舞い状を差し上げようと思ってきた。今頃の時期は、お正月が終わり、改めて故人を想い忍び、ふと淋しさを感じる頃なのではないか、と思う。だからこそ、「お変わりありませんか。寒い中どうぞお風邪を召しませんように。」と一筆書き添えたい。言い訳をしても仕方がないのだけれど、恥ずかしながら今年はまだお出ししていない。
 一度喪中欠礼を出すと、翌年以降、年賀状が途絶えてしまうのも哀しいけれど事実のようだ。年賀状だけのお付き合いになってしまった方とは、年賀状のタイミングを逃すとあっという間にご無沙汰のまま1年が過ぎる。そして翌年の年賀状が2年ぶりとなると、それこそお元気ですか、と無防備に書くことも憚られる。特に病を得てから強くそう思うようになっている。

 さて、明日は恒例の早朝都心会議だ。いつもは一人で近くのホテルに泊まるのだが、今回は息子が不在なので、仕事が終わってから夫と合流し、同じ宿に滞在している。同じ宿でも普段はレディースシングルで今日はツイン。部屋の向きが違うので何やら別の宿に泊まっているような不思議な感じだし、夫はこの駅に降りるのが初めて。一緒に歩いているのもなんだかピンとこない。夫は普段私が一人で宿泊している時にいったい何をしているものやら、と思っていたのではないだろうか。毎回行くワンパターンな動きを実際に体験してもらおうかと、ご案内した。ただ同じレストランに行って、同じ本屋さんを覗いて、同じスーパーで飲み物を調達して部屋に戻る、というだけのごく地味なナイトライフー小さな冒険―なのだが・・・。

 今日は1冊読めた。
 中嶋博行さんの「ホカベン ボクたちの正義」(講談社文庫)。著者は現役弁護士でリーガルサスペンスの騎手として注目を集める方だそうだ。正義感に燃える新米弁護士(ホカベン)に5歳の娘を連れた母親が離婚相談に訪れる。夫のDVを察知し奔走するが、依頼人は夫を刺殺。保険金殺人か、依頼人は事実を語らず、熾烈な法廷対決の果てに浮上した恐るべき真相・・・という裏表紙のとおり二転三転。車内で読み始めたら止まらず、食事間際まで夫を制して一気読み。



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