2015年4月11日(土)
思ったほど冷たくはない雨の中を幕張へ。「学びのコミュニティ」修士編、北海道から2人、青森に山梨、遠くの人ほど早く来るのは普遍的な法則で、引っ張られて僕も常よりは早く出かけている。
「検索より探索」、液晶モニターの映し出すコメントが気が利いている。検索情報の氾濫に少々飽きていないか、「勘を信じて出かけよう」と。
そう、ケータイとかスマホとかいうものが昔からあったら、奇跡のような出会いも信じがたい椿事も起きはしなかった。新潟駅前でのO君との劇的な treffen も。防災でこそ「想定外」は最大の敵だが、日常生活では楽しみの秘訣だ。すべてが想定内になった時、人生は生きる意味を失う。「時よ止まれ」とつぶやく瞬間、悪魔が魂をさらっていく。
今週はひどく長く思われる。「時の流れが遅い」ようだ。山沢学長が引用された周知の理論を援用すると、時の流れが遅いのは
1. 学びつづけているから
2. 新しい場所をたずねたから
3. 新しい人に会ったから
4. 新しいことを始めたから
5. 感動が多かったから
ということになるが・・・何だそうか、
これだ。
毎日のように「生まれて初めて」の調理体験をしていたもんな、一週間が長いわけだ。知的体験もこれに倣っていきたいものだが、さしあたり上の5項目は、石倉昇九段直伝の「囲碁上達5K+1」と対比すると面白い。
5Kとは「形、考え方、繰り返し、好奇心、感動」、そして+1は「感謝」。
まるで人生訓そのものである。
う~ん、何となく気が重いのは天気のせいばかりではなくて、明日の入学オリエンテーションで「主任」として挨拶しないといけないからだ。ついでに、プログラム紹介のテレビ収録がくっついている。
何だろう、人前で話すのは少しも苦にならないし、むしろ楽しいのに、いつになく不機嫌で落ち着かないのは・・・やっぱり、ある集団を代表するという役割意識のためなんだろうな。迷惑かけたらいけないという懸念の強さは、これでもやっぱり日本人なのか。
何がいいかな、何を話そうか。
ん?
『徒然草』?
そうか、それで行こう。それと「学びのコミュニティ」、うん、できた、それでいいや。
ああ、できたできた。
とたんに海の方から薄日が差してくる。いかさま師のユング先生なら、外在化というところか。
(http://www.ashiyahama.com/topics/2009_1_1.html より拝借、平成21年・芦屋市総合公園の初日の出だそうだ。)