2015年4月12日(日)
(・・・山沢先生などと違って、この通りに読んだわけではない。今日話したことを思い出しながら、適当に潤色して書いてみる。)
皆さん、ご入学おめでとうございます。
最近は全入化時代の風潮を反映して、「当大学を選んでくださってありがとうございます」といった卑屈な挨拶も聞かれるようですけれども、私は昔通り誇らかに御挨拶したいと思います。放送大学の大学院へようこそ、皆さんは良い選択をなさいました。
年齢を問わず背景を問わず本当に勉強したい人々が、忙しい生活の中で時間をやりくりし、身銭を切って全国から集まってくる、これこそ本来の大学というものです。放送大学は日本一、大学らしい大学です。その一員であることを、皆さんは喜びとも誇りともしていただきたいと思います。
さて、放送大学の数あるプログラムの中で、皆さんは生活健康科学を選択されました。しかし皆さんがこの点にどの程度重きを置いているかは、少々疑問です。先ほど建物の下で行き先を確認しているらしい方に「生活健康科学ですか?」と尋ねましたら、何を訊かれているか分からない様子で、まごついておられました。次の方も同じような具合で、「生活健康科学」はよほど耳慣れない言葉であったように思われます。それぞれの関心事と指導教員、そして「放送大学」という大看板が皆さんの頭の中で直列をなしており、「生活健康科学」という中間項は影が薄いのかも知れません。
確かに 「生活健康科学」とは、少々落ち着きの悪い言葉です。内容を見ても、生活・福祉・保健体育・医療・看護などと多彩な領域構成で、雑多な寄せ集めのような印象を与えるかもしれません。けれども実際は寄せ集めなどではない、そこには一貫する軸、骨太な軸が存在しています。この軸について、どう説明したら皆さんに伝わるだろうかと考えていたところ、ひとつの古典に思い当たりました。読んでみましょう。
思うべし、人の身に止むことを得ずして営むところ、
第一に食うもの、第二に着るもの、第三に居るところなり。
人間の大事、この三つには過ぎず。飢えず、寒からず、風雨に侵されずして、閑かに過ごすを楽しみとす。ただし人皆、病あり。病に冒されぬれば、その愁い忍び難し。医療を忘るべからず。
衣食住に薬を加えて四つのこと、求め得ざるを貧しとす。この四つ、欠けざるを富めりす。この四つの外を求め営むを奢りとす。四つのこと倹約ならば、誰か足らずとせん。
衣食住プラス医療、これが過不足なく満たされていることが人の豊かさであるということ、それは、ずっと古い時代から知られてきた知恵の認識でした。生活健康科学のプログラム構成は、これにぴたりと一致することが分かるでしょう。
衣・食・住のこと、その今日的な進化形である家族論やリスクマネジメント、医療・看護と健康増進、それら必須のものごとに対する人々の平等なアクセスを実現するための福祉、これらが生活健康科学の関心事です。人が貧困を免れ、奢侈に陥ることを避けつつ、本当の意味で豊かに生きる条件を追求していくことを、当プログラムは主題としています。
皆さんのテーマは個人的背景に支えられた個別のものであるとしても、それらはいっぽうでプログラム全体の大きな主題に接続されており、滔々たる歴史の中で人が追い続けてきた大きな幻に連なっていること、この日にあたってそれを知っていただきたいと思います。
このような大きな流れに共に参与する皆さんは、ひとつのコミュニティの一員であります。教員や同志と協力して運営するゼミの場で、毎回そのことを確認なさるでしょう。皆さんは孤独ではなく、しっかり支えられ、支えあって進んでいきます。その際、皆さんの研究を支えるため、常に多くの裏方さんたちが尽力していることを忘れないでください。今日のこの場も、教務課職員たちの多大の労苦を経て設営されたものですが、この人々の名前すら皆さんは知らないのです。
この人々に代表されるような、目に見えないところで支えてくださる方々への感謝を忘れず精進するならば、皆さんの努力は必ずそれにふさわしい実を結ぶことでしょう。
本日は、おめでとうございます。