散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
コメント歓迎、ただし仕事関連のお問い合わせには対応していません。

Tさん補遺

2019-01-03 22:27:57 | 日記

2019年1月3日(木)

> 私が小学生の時、なぜか母が「元旦っていうのはね」と意味を教えてくれました。
> なぜ母が知っていたのか不思議なくらい、ほとんどの日本人は知らないんじゃないかと思うくらいこの時期は誤用が目立って気になってしまいます。

 ああ、それは申し訳なかったですね、さぞかしイラっとなさったでしょう。言い訳ですが、「元旦」「今朝」「今年最初の朝」などとっかえひっかえしてるうちに、「元旦の明け方」になっちゃったのを見落としたんです。

 「旦」の字は「命旦夕に迫る」(お利巧な日本語入力システムは「迷胆石に迫る」とやってくれました)の表現がある通り、それ自体「朝」という意味ですから、「元旦の朝」では「馬から落馬」ですよね。

 「母の教え」は偉大なり。やっぱり直します、みっともないので。

> 最近、あるところで知ったのは「年賀はがき」と「年賀状」の違いです。
> 私は両方ひっくるめて「年賀状」と気にせず言っていたので知った時は内心反省しました(^^;

 どんな経緯で気づかれたのか、また教えてください。さて、私は明日が仕事初めなので、今夜はこのあたりで失礼します。『名もなき毒』を読みながら出勤です。ラグビーの大学選手権準決勝が二試合とも非常に面白く、これが三が日最大の収穫でした。

Ω

 


コメント御礼/以後もよろしく

2019-01-03 19:32:02 | 日記

2019年1月3日(木)

Tさま

コメントありがとうございます。

> 私は「喪中に年賀状は出せないが受け取るのは良い」と聞いたので、喪中ハガキを頂いた方にも出していました。
> でも、先生のようにお考えの方もいるので出さない方が良いのかもしれませんね。
> この辺りは地域や人によっていろいろな考え方がありそうですね。

おっしゃる通り、いろいろな考え方があるのでしょう。
私のポイントは、社会通念としてどうかということではなくて、逆に私だったら大事な人を失って喪に服している人に対して、「新年おめでとう」と挨拶する気にはなれないということなんです。その人には新年もおめでたくはなく、めでたいと祝う気もちにもなれなかろうと想像してしまうので。
「つらいことがあった旧年とは違って、めでたい新年となりますように」というのだったら麗しいことですけれど、その気もちが伝わるささやかな配慮がほしいかな。ただ「おめでとう」ではちょっと違うだろうと、これはあくまで私の感じ方です。

「だから何も出さない」というのも、それはそれで寂しい話で、実は私の内心では『一陽来復』の記事と、12月25日の『現実にないものも』とは事の両面なのでした。お読みくださったように中学同窓の彼女は「賀状代わり」、つまり彼女の感覚では賀状を出すことが不適切と思われるので、代わりにクリスマスカードを贈ってくれ、その中で「既に地上に存在しない人にも、心の中では会える」と慰めてくれたのですから。

何と素敵な心根だろうと敬服し、同時に学んだわけです。私自身は、喪中はがきの返信には寒中見舞でお悔やみを述べるよう心掛けていますが、彼女の配慮には遠く及ばなかったな、と。

Tさんも、どうぞ「出さないほうが」などとおっしゃらず、御自身の流儀で周囲の人々を祝福してあげてください。

> あと、先生のような方には気づいて頂きたかったです!
>  ↓
> 元日明け方 or 元旦

ははは、やらかしたようですね、御指摘ありがとうございます。
ブログですのでちゃんと見直すこともせず、とんでもない誤用誤変換は多々あることと思います。
「以後、気をつけます」ではなく、「以後も御指摘ください」とお願いいたします。
第一回記念に、当該箇所はわざと訂正せずにおきますね。

> 今年もブログ更新楽しみにしています!

ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。

席亭敬白

Ω


一勝の価値

2019-01-03 13:05:00 | 日記

2019年1月3日(水)

 妻夫木  「ノーヒット・ノーランの一勝と、(普通の)二勝を選ぶとしたら?」

 田中将大 「二勝です、一勝は一勝でしかない。」

by SAPPORO

 ありがとう、今の自分にぴったりの心得、確かにいただきました。日本のTV番組で抜群に優れているのは、ほかでもないCM。まったくもって素晴らしい。

Ω