2024年4月14日(日)
> 1912年4月14日の深夜、世界最大級の威容を誇る英国の客船タイタニック号は、北大西洋のニューファウンドランド沖で氷山に衝突し、翌15日の午前2時20分に沈没した。2,224人の乗客・乗員中、犠牲者は約1,500人にも達し、世界最悪の海難事故となった。タイタニック号は、画期的な二重底と防水区画を採用し、「不沈船」とまで言われていたが、処女航海の5日目にして巨体を海中に没したのである。
衝突当夜は新月に近い闇夜だった。タイタニック号が前方450m先に高さ20mの氷山を見つけたのは、午後11時40分頃。氷山発見後、直ちに回避行動を取ったが接触を免れることはできず、右舷90mにわたって裂け目を生じた。このため16の防水区画のうち前の五区画が浸水。船は船首から沈み始め、やがて真っ二つに割れて沈没した。前部四区画の浸水には耐えられる設計だったから、むしろ正面衝突した方が助かる公算は高かったかもしれない。
タイタニック号には、一人だけ日本人の乗客がいた。それは、鉄道院副参事の細野正文氏で、あと二人だけ乗る余裕のあるボートに最後の一人として飛び乗って助かっている。この奇跡の生還を果たした細野氏は、ミュージシャン細野晴臣氏の祖父にあたる。
晴山陽一『365日物語』(創英社/三省堂書店)P.110
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